26.別荘での食事会
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翌朝、宰相のハインツ伯爵と娘のジュリア、護衛もかねてカイがキルアの別荘へとやってきた。
「久しぶりですね、ハインツ公爵。」
「突然の訪問を快く受けて頂きありがとうございます。まさかマタドール公爵まで温泉地にいらっしゃるとは、娘から連絡を受けて驚きました。」
キルアとリリーは三人を入口の大広間で出迎えた。昨日のリラックスした服装とは違いキルアはワイシャツ、リリーは薄手のドレス姿だ。宰相は勿論スーツ、ジュリアも一旦自分の屋敷に戻ったのかかなり贅沢なドレスを着ていた。剣士のカイは正装など持ち合わせていないので伯爵から借りたのか細身の黒い騎士服のような物を身に着けていてそれが良く似合っている。
「最近は理由をつけては相談を断られていましたから丁度良い機会でした。今日はいくつか相談させてください。」
宰相は手土産をキルアに渡しながら申し仕分けなさそうに言った。
「温泉地まで来てやはり仕事ですか?宰相はやればできる人なんですからなんでも私に相談しなくても良いと思うのですが?」
(仕事の事もそうですが、そろそろはっきりさせないと娘が不憫で……。)
少し不満げに返すキルアに宰相はそっと耳打ちをする。
ハインツ伯爵には、あれだけリリーの事を自慢しておいたのに、基本的に親バカの彼は娘が悲しむのを見たくなくてそれについて何も言っていないらしい。全く困ったものだ。
「取りあえず軽い食事を用意していますからあちらへどうぞ。」
丁度準備が出来たらしく執事が呼びに来たのでキルアたちは応接室へと移動した。
「そう言えば彼女の紹介がまだでしたね。婚約者のリリー・マイヤー男爵令嬢です。」
食事を始める前にキルアはそっとリリーの腰に手を回して紹介をする。
すると発言した彼以外、リリーを含めた全員が驚いた表情を見せた。
「リリー、ご挨拶を。」
キルアに促され我に返ったリリーは慌てて挨拶をすることとなる。
「リリー・マイヤーです。いろいろありまして、キルア様にお世話になっております。」
流石に自分の口から婚約者だとは嘘は言えずリリーは顔を真っ赤にしてお辞儀をするのが精一杯。しかしそれが婚約した初々しさを感じさせて良い演出になり、さらにその間キルアの手はリリーの腰から離れることはなく、ジュリアの目は彼のその手に釘付けだった。
「初々しいカップルですな。立話もなんですし取りあえず座ってもよろしいですか?」
一瞬誰も発言しないままの状態が続き、ハインツ伯爵が口に手を当てて苦笑しながらキルアに尋た。彼の指示で慌てて部屋に待機していたメイドたちが各々の椅子を引く。すかさず使用人の手によって用意されていたあたたかな食事が運び込まれていった。
「リリーさんはこちらのカイさんとお知り合いなんですよね?ご一緒に冒険をされていたとか?」
食後に出された紅茶を飲みながらジュリアが尋ねた。
「はい。カイ達がこの大陸を離れるまでは一緒に旅をしていたんですが少し先の町で別れてその後いろいろあって今はここに落ち着いています。」
「じゃあカイに会って懐かしいんじゃありません?公爵邸に籠っていないで本当は外の世界に出たいのでは?それにずっと旅をしていたならこれから礼儀作法や所作も覚えなくてはいけない事も多くてし辛いでしょう?」
ジュリアは暗に身分違いの公爵邸に居座るのはリリーにとって過大な負担だとでも言いうように発言しながらそれでいて彼女を気遣うような言い回しをする。隣にいるキルアの目がスッと細められた。彼が口を開こうとするのを察してリリーはふわりと彼の手を握った。
「ジュリア様、お気遣いありがとうございます。私の旅は終わったのです。それに今はマタドール公爵と一緒に過ごすことが既に私の生活の一部になってますから辛くはありません。寧ろ日々が楽しいほどです。」
スラスラと返事を返されて悔しいのかぎゅっと唇をかみしめるジュリア。今にも泣きそうな彼女を見て言い過ぎたかと後悔した。すると今まで黙っていたカイが立ち上がる。
「こういう硬い席は慣れないんで、少し外出てきていいですか?リリーとお嬢さんもどう?」
ちらりとキルアを見ると頷いたのでリリーも行きたいと言って立ち上がった。反対側ではジュリアも立ち上がっているので一緒に行くつもりだろう。
「じゃあ私は宰相が持参した仕事を片付けましょうか。ハインツ、執務室がありますからそこへ。」
「ああ、助かる。」
自分たちも移動するため席立とうとしているキルアと宰相を置いて、リリー達三人は一足先に裏の森へと向かうため部屋を出て行った。
「おい、リリー。もう冒険しないのかよ?」
先頭を歩きながらカイがリリーに尋ねた。
「こないだの依頼でお前わりと楽しそうにしてたからてっきりまだそっちの希望もあると思ってたんだけど。」
「んん、もう遠出をするのはねキルア様が嫌がるからしないかな。」
はぐれないようにジュリアと握った手がピクリと反応する。
気になって彼女を見ると少し泣きそうな顔をして見つめ返された。
「ジュリア様、ごめんね。私、キルア様がいらないって言いうまではずっと彼の側にいると思う。」
ジュリアの足がぴたりと止まった。
「なんでよ!私の方がずっと一緒にいたのに。小さい頃から好きだったんだから。身分だって釣り合うわ……。」
繋いだ手を振りほどいてジュリアはしゃがみこんだ。
「うん。そうだね。」
リリーは静かに応える。
「お嬢さんさ、ずっと一緒にいたら皆付き合えるかって言ったらそれは違うわ。じゃあ俺はリリーと結婚しろって?」
随分先まで歩いていたカイがいつの間にか戻ってきてジュリアに尋ねた。
「……そうすればいいのよ。」
「コイツの幼馴染はもう一人いるぜ?こないだ盛大に振ってたけど。」
「あんたって使えないやつ。」
カイはジュリアの前にしゃがみこんで、にこりと笑いそのままそっと彼女の髪を撫でた。
台風、お気をつけください。
新作書きました。
シルバーウイーク集中連載中
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