25.複雑な関係
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まさかお忍気分で出かけた温泉地でお会いできるとは。
久しぶりにお姿を見たマタドール公爵は一段と美しいお姿だった。そして成り行きでご一緒させて頂いた千人風呂で見てしまった芸術品の様な彼の裸が目に焼き付いて忘れられない。護衛代わりにギルドから派遣されてきたカイも剣を扱う者として素晴らしい肉体をしていたが所詮は冒険者、育ちが違う。同じ裸で歩いていても立ち居振る舞いは雲泥の差だった。やはり自分にはキルア様しかいない。
父が国の要である宰相の地位に着く前からマタドール公爵とは貴族の子息令嬢を対象として時折開かれる政治の講師、生徒として王宮で顔を合わせていた。無論一生徒として講義を受けていたジュリアにとっては彼女の周りにいる多くの学友とは違う初めて見る年上のそれも目上の男性だった。身分もそうだがその際立つ美しさもあり声こそ掛けることは出来なかったがすぐにジュリアのお気に入りになった。
ジュリアの父が宰相となってからは国政の相談役として時折屋敷を訪れるようになり偶然を装って挨拶をしたところ彼はジュリアの事を覚えていたらしくそこからは妹のようにかわいがってくれている。博識高く身分も釣り合う素敵なキルア様。ジュリアはいつか妹以上の存在になれると思っていた。
先日の夜会であらぬ噂を聞いた。
マタドール公爵が婚約者を同伴させているというのだ。ありえない、断言はできないがそんなことは本人から聞いていない。
『妹同然の自分に何の話もなく、そんなはずがない。』
確かに最近は相談を持ち掛けても余程の事がない限り断われていると父が愚痴をこぼしていた。彼の周囲で何かあったのかもしれない。ジュリアは宰相の父に同伴する形で夜会に参加していたので父と自分に挨拶をしてくる相手も多く、噂を聞いてもすぐに彼の元へ噂を確かめに行くわけにはいかなかった。やっと挨拶攻めから解放されて彼の元へ向かうと見たこともないような甘い顔をしたマタドール公爵がいた。傍らには緊張で顔をこわばれせている綺麗なドレスを着たそれなりに美しい女性。なんとなく挨拶をしたくなくて、ジュリアはその場を去ったのだった。
「カイさん、リリーさんと仲良さそうでしたね。お知り合いなんですか?」
キルア達と別れた後各々露天風呂を満喫したジュリアとカイはキルアにお礼を言って街へ戻って来ていた。先程もそうだったが今回付き添ってくれているカイはどうやら、あちらのリリーと知り合い以上の関係のようだ。
「アイツ幼馴染みたいなもんです。突然いなくなるから探してたんですよ。」
赤い顔は温泉の名残か、それとも別のものか。
「あら、幼馴染なの?じゃあリリーさんは大出世ね。公爵様の婚約者なんですもの。」
ジュリアは少しだけ感じた違和感を確かめるべく少し意地悪な言い回しをしてみるとカイの目が大きく見開かれた。どうやら自分の直観は当たりのようだ。ジュリアがニッコリを笑う。
「ねえ、私は公爵様とゆっくりお話がしたいの。明日マタドール家の別荘へ伺うつもりだからその間、カイはリリーさんをゆっくり説得したらいいわ?」
身分違いの恋なんて誰も得しない物、さっさと終わらせてほしいものだわ。
自分の部屋へ戻って行くカイを見つめながらジュリアは明日キルアに会う時に何を着て行こうかと思案していた。
◆◆◆
「明日、宰相とジュリアが遊びに来たいそうです。リリー構いませんか?」
別荘のシェフが作った夕食を二人で美味しく頂いて、少し仕事をするというキルアを書斎に送り折角なので改めて屋敷のお湯に一人で浸かったリリーは湯上りに冷たい飲み物を貰って部屋に戻ってきた。そこに丁度用事を済ませたキルアが入ってきてリリーの隣に腰かけた。なにやら少し不満そうだ。
「リリーが嫌なら断ろうと思います?」
「今日のジュリアさんですか?私はいいですけど。」
「私は折角二人でゴロゴロしようと思っていたのに、仕事みたいで嫌です。」
自分に向かって不機嫌を隠そうとしないキルアが幼く見えたリリーはクスっと笑う。子供のようにリリーの肩に体を預けるキルアの頭をリリーはそっと撫でた。
「流石に温泉地に来てまでお仕事の話はしないんじゃないですか?美味しいものを用意して皆で楽しくお喋りしましょう。」
「……仕方ないですね。そうします。」
キルアはどうせだからとリリーの隣に座ったまま別荘の管理を任せている執事を呼ぶと明日の準備の指示を出していく。時折リリーの意見も取り入れながら大事な打ち合わせをしているというのにリリーは自分の隣に座ったキルアの体温ばかりを気にしてしまう。いつの間にか打ち合わせが終わって執事が退出していくとキルアはリリーの肩をそっと抱き寄せた。
そのままそっと頬にキス。
「明日は一日遊びに行けなくなりそうですから、今夜は少しだけ私のわがままを聞いてください。一緒に寝ましょう。」
「え?」
キルアはリリーを抱き上げるとそのままベッドへ移動し、そっと彼女を下ろす。突然の展開にドキドキが収まらないリリーをキルアはそっと抱きしめる。彼の心地よい香りと体温がふわりとリリーを包み込んだ。自分の激しく跳ねる鼓動の音が彼に聞こえていなか心配になる。
「ふふ、心配しないで。一緒に寝るだけです。」
すっかりご機嫌になったキルアの声が頭上で響く。
最初こそ驚いたリリーだったがキルアの香りに包まれてドキドキと主に一日の疲れからすっかり睡魔が襲ってきてしまった。思わず自分から彼にすり寄っていしまいそのまま強めに抱きしめられる。
勘違いしちゃダメ。
私は抱き枕。
リリーは睡魔に負けて重くなった瞼をそっと下ろした。
「おやすみなさい。大好きですよリリー。」
眠ってしまったリリーを確かめてキルアはそっとその唇にキスをした。
台風、お気を付けください!




