24.温泉へ行こう
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大きなの湯だまりが集まっている広場の周りをぐるっと取り囲むようにで店が立ち並んでいる。そこに観光客が集まっていて、とても賑やか。まるで街で不定期に行われる週末のバザールのような光景が広がっていた。
リリー達は人混みの中を興味深く歩いて回りながら気になったものを購入していく。リリーが一番気に入ったのは温泉の湯気をモチーフにしたフワフワした砂糖菓子。湯だまりから立ち上る湯気のように真っ白なそれは勿論消えてしまうわけではなく大きな透明な袋の中に入っている。手で少しちぎって食べてみると口に入れた瞬間からふわっと解けてしまった。後には優しい砂糖の甘味だけが口の中に残る。その甘みも口から消えてしまえばまた欲しくなるのでつい次が欲しくなって袋に手が伸びた。キルアも興味を持っているようなので少しちぎって口の中に入れてあげたら、ほんのり頬を赤くしながら砂糖菓子を味わっていた。
「美味しいですね。甘すぎないところがまたいいです。後を引く。」
暗に次を催促するように見つめられて、リリーはもう少しちぎって彼の口へと近づける。するとゆっくり口を開いて砂糖菓子をつかんだリリーの指ごとパクリとされた。少しだけキルアの舌が指に触れてリリーは慌てて指を彼の口から取り戻した。
「実に考えられているお菓子です。材料のコストは恐らくかなり安いはずなのに。見栄えもする上に、品のある味だ。食べ方も指で摘まむなんて少しはしたないかと思ったが素晴らしい。リリー、もう少し食べたいです。」
お菓子の味だけでなく、販売する側からの視点でコストの面なども考えるのがキルアらしい。リリーはそこまで気に入ったならと袋ごと彼の前に差し出す。一瞬残念そうな顔をしたキルアだったが何かを思いついようで袋ごと砂糖菓子を受け取ると中からひとつまみ取って自分の口の中に入れた。
そしてすぐにもう一掴み。
「はい、リリー。『あーん』して。」
「あーん?」
言われるままに唇を開いたとたん、甘い砂糖菓子の塊がふんわりと入ってくる。同じもののはずなのに、先程よりもずっと甘くてフワフワした幸せな気分が口の中いっぱいに広がる。
「さっきのお返しです。二人で食べたらすぐなくなっちゃいそうです。後でもう少し買いに行きましょう。」
「………そうですね。」
リリーは顔を真っ赤にしながら頷いた。
出店を少し離れると今度は貴族の別荘が点在していた。キルアの別荘の方に大きく庭を構えてるような大規模な建物は少しだけで、ほとんどが館のみ。それでもお互いの建物が見える様な配置になっていないので別荘の数はそんなに多くない。ここに館を持つ貴族は本当に一握りの高貴な人物だけだろうと容易に予想が付ついた。
では一般の観光客はというと、彼ら向きに宿があるらしく『空室あります』と看板を掲げた建物をいくつか見つけた。小さな宿から、大きな豪華な宿まで様々ありそこへ泊る事も楽しみの一部だろう。そのうちの大きな宿から一組の男女が出てきた。
「カイ?」
先日ギルドで一緒に仕事をした剣士のカイが見知らぬ女性と一緒にいた。カイは自分を呼ぶ声に気が付いてリリーに軽く手を挙げる。
「ああ、リリーこないだぶり。」
そして、女性と共に近づいてくる。
「お前に会いたくてさ、昨日、リリーが所属しているっていう生活ギルドの《エンカ》に言ったら。受付の職員に会員にならないかって勧められて登録したんだよ。これは取りあえず初心者向けだって言われたデートの依頼。」
受付の女性に貴方なら超目玉会員になれること間違いなしと太鼓判を押されたとかで、リリーにも会えるからとかなり強引だったらしい。なんとなく受付で大興奮しているサラの顔が浮かんだ。
掲示された依頼も冒険者とは縁のない物ばかりでそれが逆にカイの興味をひいて、その日のうちに登録して今日初めての仕事だという。
カイの隣でニコニコと微笑んでいる可愛らしい女性がキルアに向かってペコリとお辞儀をした。
「お久しぶりでございます、マタドール公爵。父がいつもご迷惑をおかけしています。」
「おや、ジュリアとこんなところで会うとは。今日は宰相はどうしました?」
カイの隣にいる女性は宰相であるハインツ伯爵の長女でジュリア。キルアとも旧知の仲らしい。常々一度は高級宿に泊まってみたいと思っていたとかで、ギルドにデートのような同伴かつ護衛が出来る相手を依頼したらギルドからカイを勧められたという。
彼なら護衛としての腕前は確かだし鍛えた体が美しく端正な顔立ちもあって見た目も良い。公爵令嬢のジュリアと二人並ぶと美男美女のカップルにしか見えなかった。
「俺達、これから千人風呂ってとこに行くんだけど、そっちは?」
宿から持って来た大きな籠を見せながらカイがリリーに尋ねた。そういえば昨日キルアが行きたいと言っていたような。いつでも行けるようにと屋敷を出るときバスタオルなどを詰め込んだ鞄を渡されて今は空間収納におさまっているのを思い出した。
「そうですね、リリーそろそろ私たちも行きましょうか。」
「じゃあ、一緒に行こうぜ。」
「別荘お風呂しか入ったことありませんわ。大きなお風呂たのしみですね。」
「もう少し、暗くなってからでも……。」
陽の高い内からお風呂に行く事に抵抗を感じでいるリリーをよそに彼女以外の三人はさっさと歩き出してしまい、リリーは慌ててその後を追った。
千人風呂。
大きな野天風呂で実際千人も入れるのかは不明。観光名所にもなっていて周囲には湧き出た温泉が小さな川を流れていく光景もありなんとも情緒的だ。実際川のお湯に足をつけて楽しんでいる親子連れもいてなんとも微笑ましい。リリー達は一旦入口で男女別の更衣室へと分かれた。その後は中で一緒になるらしい。
つまりは混浴。
受付にいた店番の人の説明によれば、湯服と言われる掛物をまとって入ることも出来るが身体にまとまりついてあまり好まれていない。温泉が濁り湯との事もあり最近は湯船の直前までバスタオルなどで隠していて直前で外してしまうというのが流行りだという。湯服にしようとしていたリリーとジュリアだったがその説明を聞いてしまうと使いづらい。結局は大判のバスタオルで身体を覆ってのスタイルとなった。幸い濃い湯気が立ち込める野天風呂内は日中なのに思ったよりも視界がぼやけていて、近くにいるジュリアの顔以外はシルエットしか見えていない。
「そこにいるのは、リリーとジュリアですか?」
キルアの声がして男性らしき二人組が近づいてくる。近くまできてようやくキルアとカイの顔が見えた。二人とも腰にタオルを巻いただけの格好だ。鍛えられた身体が程よく筋肉となっていてついつい視線は釘付けだ。
「二人とも湯服、着なかったんだな。バスタオル足りるか?もう一枚いるか?」
カイが目のやり場に困りながら呟く。
「湯服、おススメしないって受付の人が言うから……。」
ジュリアと二人の時は気にしなかった事なのに、カイに指摘されて急に恥ずかしくなってきた。ジュリアも同じようで頬を赤くしながら俯いている。
「湯服は扱いが大変ですから、バスタオルが正解です。やはり温泉には素肌で入ってその効能を受けた方が断然良いですよ。それに今日は私達だけの貸し切りになってますから恥ずかしくありません。」
「え?貸し切りですか?」
「はい、昨日のうちに一日だけ《貴族時間》を買い取りました。まさかジュリア達も一緒になるとは思いませんでしたが、まあ無駄足にならなくてよかったですね。」
野天風呂は一般に開放されている時間の他に貴族のみが入れる時間というものがあるという。どちらの時間も事前に申請して代金を支払えば貸切れる。
ちなみに価格は一般より貴族時間のほうが高額。公爵だから貴族時間しか貸切れないというわけでもない。でもキルアは一般の時間を貸切って一般の観光客を締め出すのではなく貴族の時間を買い占めた。常に領民を気遣う彼らしい心づかいと言ったところだ。
「私がリリーの素肌を他人に晒すなんてしませんよ。今日はゆっくり入りましょう。ジュリア達もそういう事なのでリラックスして楽しんでください。」
「それなら、私も安心しました。マタドール公爵ありがとうございます。」
こういう待遇に慣れているであろうジュリアが真っ先にキルアにお礼を言う。
キルアはジュリアに微笑みを返すとリリーの肩をそっと抱き寄せた。
「じゃあ、折角ですからここで二手に別れましょうか。また後で会いましょう。」
それはキルアの明確な意思表示だった。カイが何か言いたそうに口を開いたように見えたがジュリアが頷いて彼を伴って温泉の反対側に歩き出してしまったので終了時間だけ告げて彼らとはそこで別れた。
◆◆◆
「リリー二人だけですから、バスタオルとってもいいですよ。」
先に湯船に入ったキルアがリリーに背を向けて促す。
リリーは近くの籠に身につけていたバスタオルをたたんで入れるとそっと湯船に入った。
ちゃぷん。
小さな音を立ててはリリーを中心に波紋が広がった。少し高めの温度の乳白色のお湯が素肌に気持ち良く染み込む。濃いめの白いお湯が全身を隠してくれるのでこれならキルアと向かい合っても恥ずかしくないかもしれない。振り返りたくてウズウズしているのが分かる背中に向かってリリーはそっと声を掛ける。
「キルア様、こっち向いても良いですよ。」
ゆっくりと振り返るその顔がほんのり赤いのはお湯のせいだろうか。少し遠くにいたキルアはゆっくりと近づいてきて止まる。
「もう少し近くに行っても良いですか。」
湯船に入ってまでも礼儀正しく許可を求められてリリーはクスリと笑ってしまう。
「どうぞ。これじゃあキルア様の顔も見えませんから一人で入っている気分になっちゃいます。」
何処でも紳士的なキルアに何を不安に思っていたんだろう。先程まで恥ずかしくて仕方がなかった気分が嘘のように消えていた。近くまで来たキルアの手を握ってそっと隣に並ぶリリーとキルア。
大胆な事をしているなと自覚しながらも二人はじっと湯船につかりながらいつまでも真っ青な空と遠くの山の緑を見つめていた。
暦は秋ですが、まだまだ暑い日が続きます
ご自愛くださいませ。
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