23.別荘地へ行こう
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翌朝、リリーとキルアは約束通り山奥にある別荘へと馬車で向かっていた。
そこは標高も高く気候も安定していて気温も年中適温で貴族の別荘地になっている。
別荘地と言っても人混みを嫌う貴族たちなので屋敷同士が密集しているわけではなく静かなところだという。馬車で半日はかかると言われ昨日の疲れがまだ残っていたリリーは馬車に揺られてウトウトしていた。
つい隣に座ったキルアの肩にもたれ掛かってしまい慌てて起きようとしてそれを止めるように頭を撫でられた。その優しいキルアの手がさらに眠気を誘う。
「昨日あんな格好になるまで頑張ったんですから、ゆっくり寝ててください。」
魔物を助けた際に浴びた返り血で随分血まみれになったまま帰ってきたリリーを見てまず屋敷の門前で守衛に止められ、その後は大怪我をしたのかと間違えられてキルアが飛び出してきた。事情を話してやっと解放されたのも束の間今度はメイドさん達によって隅々まで洗われてその後本当に怪我がないのかと医者が待機していた。実際少しの打ち身があったのでその治療をされて部屋に戻ったときには日にちが変わっていた。
キルアに明日の別荘行きはやめようかと提案されたのだが、大きなお風呂に入ることを楽しみにしていたリリーはそれを拒否。それならと指定された出発時間はなんと早朝だった。それを聞いて今更もう少し寝たいというのは我儘な気がしてリリーはほぼ睡眠をとる事無く馬車に乗り込んだのだった。
そしてその結果が、現在のこの状況。
本来なら馬車から見える外の景色を見ながら屋敷の料理人が作ってくれたお弁当を食べたりキルアといろいろな話をするはずだったのに。
今、リリーはひたすら眠い。
そしてキルアはそれを全く気にせずに彼女をやさしく撫でては時折抱き寄せたり何も食べないのはよくないと言って小さく刻んだお菓子を口入れたり飲み物を飲ませたりとリリーの世話を甲斐甲斐しくこなして嬉しそうにしている。
「キルア様、これ楽しいですか?」
流石に世話をされているだけの状況に心配になったリリーがキルアに尋ねた。ご飯を食べさせられた事もあってお腹が満たされてさらに眠くなってきた。今寝たら到着するまで起きられる気がしない。
「すごく楽しいです。リリーさんゆっくり寝ててください。ついたら一緒にお風呂入りましょうね。」
リリーはキルアの優しい体温を感じながらゆっくりと瞼を閉じた。
あたりから嗅ぎなれない匂いがするのを感じてリリーはようやくまだ重い瞼をゆっくりを開けた。馬車の窓から外を覗くと、そこには既に石畳の道はなく、森の中を軽く整備された野道が遠くまで続いていた。
「もう少しで目的の別荘に着きます。そろそろ起きていましょうか。」
キルアが冷たく冷えた水をリリーに手渡した。寝起きに冷たい水が喉に心地よい。
どのくらい寝ていたのだをろうか、出発時のモヤがかかったようなぼんやりした意識がきれいさっぱり洗い流された気分だった。これなら到着してから今度こそキルアの用事に付き合える。
「キルア様そういえば、別荘で何をするんですか?」
別荘に行くという事しか聞いていなかったことに今頃気が付いた。たしか洋服の仕立ては来週だったはずで……。
「何をするって、別荘でゆっくりするんですよ。ウチの別荘にも露天風呂を作ってありますからそこでゆっくりするのいいですが、少し足を延ばせば千人風呂と呼ばれる大きな露天風呂もあります。他にも観光できる場所もありますから色々見て回りましょう。一日では勿体ないので数日はここにいられるようにしましょうね。」
嬉しそうに予定をいうキルアを見てまるで恋人同士の旅行の様だと思いながらリリーはうっとりとキルアの横顔を見つめていた。
◆◆◆◆
「いいですか、こっち見ちゃダメですよ。」
リリーは今、温泉に入っている。
そして、隣には薄い布を隔ててキルアの姿も。
なぜこのようなことになったかと言うと別荘には大きなお風呂が『一つだけ』ある。
当たり前だが今まではキルアが来た時に彼が専用で使っていたので全く問題視していなかったのだが今はリリーがいる。別々に時間差で入ればよいと言ったのだが別荘の料理人が二人のために最高の状態で料理をお出ししたいと言ってきかないため時間を合わせるために二人同時で入ることにしたのだ。
最初リリーは裸を見せる事を恥ずかしがって薄い浴衣を用意しそれを着たままお湯に浸かろうとした。しかしそれはキルアに全力で止められた。
彼曰く裸よりエッチですとの事。
それならと考え出したのが風呂の半分をカーテンで仕切る作戦。準備は割とすぐ出来て何処からか持ってきた布で隔てられた浴室は割と快適そうに見えた。
しかしそこにも落とし穴が。
灯がついた周囲はカーテン越しにお互いのシルエットがはっきりと浮かび上がっていたのだ。そして筋肉質のキルアのシルエットにドキドキしたリリーは、自分の貧祖な身体を見られたくなくて必死で身を縮めて抵抗した。
「そんな、地面に座り込んでないで、お風呂に入れば見えませんから。」
「やー-見ないでくださいって言っているじゃないですか。これ以上見たら私は帰ります!」
「………見ませんから。さっさとお風呂に入ってください。ディナーの時間に遅れます。」
「……はい。」
時間短縮のために一緒に入っているのにすっかり忘れていた。二人は取り合えずお湯に浸かると細かいことは考えないようにしてお風呂を後にした。
料理人が作った最高のディナーに舌鼓を打った二人は夜の散歩を楽しんでいた。別荘地と言っていたので直ぐ近くではないにしろ貴族のお屋敷がいくつかはあるかと思っていたが今のところキルアの屋敷以外を見ていない。あるのは森ばかり。
「ここ、別荘地なんですよね?」
「そうですよ。少し下へ降ると宰相の別荘など他の貴族の屋敷があるはずです。そこの周辺は湯のため池がいくつかあり観光名所になっていますから明日行ってみましょうか。」
観光地と言う事はお店もあるのだろうか?たまにはキルアに何かプレゼントをしてあげたい。下へ降る坂道を見ながらリリーは明日の予定に思いをはせた。
「因みに、ここより上に登ると王族の避暑地ですね。だから上には一人で行っちゃダメですよ。帰ってこられなくなるかもしれません。」
キルアに言われてリリーは神妙に頷く。因みにキルアがクギを刺したのは、リリーが王族に見染められるのを危惧したからであって通常は観光客が王族見たさに良く行く観光ルートの一部なのだが……それは秘密と言う事で。
「あ、明日は大判のバスタオルを忘れないでくださいね。大露天風呂(混浴)行きますから。」
「え?」
「濁り湯だから、大丈夫ですよ。」
キルアが優しく微笑んだ。




