20.お仕事のチャンスです(後)
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手配された馬車で子爵である息子さんの屋敷に到着すると、そのまま二人は奥へと案内された。
リリーは華やかなピンクのドレス、ラリーは簡単なスーツ姿だ。
案内された応接間で待っていると、神経質そうなほっそりした体躯の男性が現れた。
手には小さい花束を持っている。アレがきっと息子さんだろう。
彼はソファに座るリリーを見てニヤリと笑う。
「ようこそいらっしゃいました。リリーさん。父のわがままにお付き合いしていただいてありがとうございます。息子のエマール・イクスといいます。」
流石子爵と言うだけあって礼儀正しく挨拶をすると手に持った花束をリリーに差し出した。
「貴方の美しさには、まったく及びませんが。今日の記念に受け取ってください。」
折角差し出されたものをそのままにするわけにもいかずリリーは仕方なく受け取る。
エマールは花束がなくなった分だけリリーに近づいた。
一体何が起きているのか全く理解できない。
リリーは代わりにその分、座っている位置をラリーの横に近づけた。
『何の記念だよ』
ラリーが小さく呟くのが聞こえた。
リリーも全く同じ考えだった。
「ああ、護衛の君はドアの外で待っていてくれ。」
ラリーのほうがリリーに近いことが気に入らないのか、もしくは先程の呟きが聞こえたはずはないと思うが絶妙なタイミングでエマールは当然のことのようにラリーに指示を出した。
一瞬ラリーの目つきが険しくなる。
「俺はリリーの護衛ですから。」
短めに答え、彼は不快感をあらわにした。
元々誰に命令される言われもない神獣なのだいくら護衛ごっこをしているからと言っても納得できないらしい。
リリーはあまりに露骨な態度のラリーを睨む。
合わせて、子爵に向かってやんわりと断りを入れた。
「すいません、エマール様。私は独身ですので……男性と二人きりというのは抵抗がありまして、護衛のライの同席を許していただけませんでしょうか?」
女性にそう言われても二人きりになりたいなどというのはかなりのスケベオヤジか全くの常識知らずだ。
ダメ押しに彼のプライドを擽る様に少し背の高いエマールを上目遣いに見上げてリリーはそっとお願いをする。
エマールは慌ててリリーに向かって作り笑顔を見せた。
「少し怖がらせてしまったかな?失礼しました。じゃあライは壁際で立っていてくれ。」
「ライ、お願い。」
今度はラリーが何か言う前にお願をした。
「わかった。」
ラリーが立ち上がって壁際に立つのを確認してエマールはリリーの隣へ腰かける。
「父からの荷物、ありがとうございます。せっかっくだから今お菓子を用意しますね。一緒に食べましょう。」
すぐ横に座って囁くように言われてゾワッとした。
手を握ろうとしているのか少しづつ彼の手が近づいてくるがなんとか避ける。
「荷物も無事お届けしましたし、そろそろこれで……。」
「恥ずかしがっているのですか?身分の事なんて気にしないください。父が紹介してくれた貴方を俺は大変気に入りました。」
やっぱりこれは過保護な彼の父による強制お見合いなのだろう。
かなり迷惑な依頼を受けてしまったようだ。
勿論リリーは初対面の男性の見た目にこだわる様な思考は持ち合わせていない。
でも、この男性はなんとも言い難いが、あえて言うなら
《生理的に合わない。》
ラリーが使う一人称と同じ【俺】のはずがこんなに印象が違うなんて。
彼に言われるたびにゾワゾワした。
身分の話もキルアが言う
『身分なんて気にしないでください』
は、本当に心から彼がそう思っているのが分かる言い方で、今目の前の男が言っているのはリリーに身分の違いをはっきりと判らせて従わせようという下心がはっきりと示されていた。
リリーは壁に立つラリーに助けを求めようと視線を移すが、どうやらかなり怒っているらしく視線を合せてもくれない。
どうやって彼の機嫌を元通りにしようかと考えていると何やら生暖かいものが手にあたった。
リリーがラリーに気を取られているうちにエマールはついに彼女の手を摑まえたらしい。
そのままソロソロと撫でられて、その感触にたまらずリリーは手を振り払う。
「リリー、俺は子爵だよ?少しは敬ってくれないと。」
右の口の端を少し上げてエマールが拗ねた口調で言った。
先程は身分は気にするなと言い、今は敬えという。
ついには名前を呼び捨て。
貴族だというならもう少しスマートに口説けないのだろうか?
こんな事ならキルアの言う通り屋敷にいればよかった。
もう、今の状況をどう対処していいのかわからなくてリリーはぎゅっと目を瞑る。
「そう、じっとしてくれれば可愛がってあげるよ。」
なにを勘違いしたのか、急にエマールの声が優しくなり、リリーの顔に何かが近づいてくる気配がする。
……物凄くゾワゾワする。
「その辺にしておいてくれるかな?そろそろリリーが限界だから。」
ずっと聞きたかったラリーの声が頭の上から聞こえてリリーはホッとした。
瞼を開けてみれば丁度ラリーがエマールの腕を掴み上げているところだった。
「いい年して、父親に恋人候補探して貰わないとダメな男なんて最悪だね。」
ラリーは吐き捨てるように言ってエマールを椅子からつき飛ばす。
そのままリリーを抱き上げ、すたすたとドアへ向かって歩き出した。
「お前、何してるかわかってるのか?俺は子爵だぞ、貴族だぞ、偉いんだぞ!」
その言い方が果てしなくバカっぽいのだが、本人はいたって本気で怒っているようだ。
ラリーが深くため息を吐く。
そして何か面白いことを思いついたのかニヤリと笑った。
「そんなにリリーが気に入ったなら、マタドール公爵邸までおいで。」
ラリーはクルリと振り返りエマールの顔をじっと睨む。
「まあ来れるなら、だけどね?」
マタドール公爵の名前を聞いて真っ青を通り越して真っ白になっているエマール。
ラリーは、今日一番の美しい笑顔で微笑んで踵を返すと今度こそ扉を開けてその場を後にした。
今回、初めて掲載予告をしてみました。
掲載前に気になるところを手直しなどしていたので
間に合わなくなるかと少し焦りました。
なので次回の予告はしません(笑)
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