16.勇者が登場です。
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勇者のエリク
聖女のユリア
剣士のカイ
魔導士のユーファット
エリクの隣で天真爛漫に笑顔を振りまいているのは聖女のユリアだ。
いつもは聖女らしく簡素な法衣を着込んでいたはずだが今日は豪華なピンク色のドレスを着ている。ユリアは確か実家が王家につながる家柄だと自慢していたはずなのでそれ相応の準備をしたのだろう。
エリクも今日は白と黒のストライプの燕尾姿だ。彼らの後ろにはカイとユーファットの姿も見える。
「本当に彼ら、帰還したんだ。」
リリーは既に懐かしく思う彼らをじっと見つめた。
「リリー彼らの近くに行ってみますか?」
「そうですね……後ででいいかも。」
声を掛けたらエリク達はどんな反応をするだろう。
過去に捨てたリリーを前にお互い気まずい雰囲気になるならこのまま会わない方がいいかもしれない。
大勢に囲まれたエリク達を横目にリリーはキルアの隣にあるこの幸せに今はまだ浸っていたかった。
リリーたちはバルコニーで涼んでいた。
あまり夜会に出席しないマタドール公爵が来ていると聞きつけた貴族たちがひっきりなしに彼に挨拶に来るのでキルアは対応に追われていた。
同伴していたリリーも否応なしに様々な人に挨拶をすることとなった。
キルアの『婚約者』として。
初めは驚いたリリーだが時折熱い目で挨拶に来るご令嬢や自分の娘を売り込んでくる貴族達を見てそういう事かと理解した。
「ちょっと疲れましたね。」
頼んでいた飲み物が届いて二人はバルコニーに置かれた長椅子に腰かけた。
夜風がひんやりとして気持ちがいい。
会場内にいると声を掛けられてしまうが流石に静かなバルコニーで椅子に座って談笑している二人に強引にあいさつをしてくる人はいない。
リリーはそっとキルアの肩に寄りかかった。
「もう帰りましょうか?」
「勇者に会わないんですか?」
「私に冒険者をやめた『今』があるように、彼らにも『今』があります。だからわざわざ彼らにとって『過去』の私が会いに行っても迷惑かなと。」
それに今はキルアと一緒にいる自分のほうが好き。
リリーはキルアを見つめて目を細めた。
夜会用のタキシードを着込んだキルアはいつも以上に色気がにじみ出ている。
月夜に照らされた髪がキラキラ輝いてまるでこの世の人でないかと思うぐらいリリーをドキドキさせた。
「私、婚約者のフリをしっかり出来ていましたか?」
「リリー私は……」
キルアが口を開いたとき入口でリリーを呼ぶ声がした。
「リリー、やっと見つけた!」
聞き覚えのある懐かしい声。
「エリク」
そこにはあの日別れた幼馴染が立っていた。
リリーは椅子から立ち上がり、エリクの前に立つ。
別れてから一年と経っていないので何も変わっていないかと思ったら彼は更に精悍な顔つきになっていた。
あれから更に厳しい地域へと挑み魔王と戦い、無事生還したのだ。
それだけ様々な苦労があったのだろう。
「おかえり、エリク。お疲れ様。」
リリーはいつも無事ダンジョンから帰ってくる度に彼らに掛けていた言葉をいう。
「ただいま。会いたかったよ」
にっこり微笑んでそのままエリクはリリーを抱きしめた。
何が起こったか理解できないリリーは硬直したまま目を大きく見開いている。
「さっきから、会場でマタドール公爵という方の婚約者がリリーだって言ってて驚いた。勿論別人の話だよね?」
エリクはリリーの顔を覗き込んだ。
「リリー俺、今度爵位を授かって『侯爵』になるんだ。随分待たせちゃったけど結婚しよ。」
エリクは無邪気に笑った。
「は?」
どういう事?リリーの頭の中は?マークしか浮かんでいない。
「今度結婚するのは聖女のユリアとなんだけど、貴族って何人でもお嫁さん貰えるんだって。だからリリーとも結婚しよう。」
一番初めにユリアと結婚。
二番目に私?
目の前の男は何を言っているのだろう。
そりゃ甲斐性がある裕福な貴族にはそういう事もあるかもしれないが、通常爵位を貰いたてでなんの貯えもない男が一度に二人なんてありえない。
それともユリアの実家が関係しているのだろうか。
「奥さんになるユリアはね家事がなーんにも出来ない子なんだよ、知ってるだろ?その点リリーは何でもできる優秀な奥様になれるよ。心配しないで僕が絶対幸せにしてあげる。」
さもリリーのために正しいことを言っているかのように自慢げに話すエリク。
彼を見つめながらリリーは呆然としていた。
それって、都合の良い家政婦って言いますよね?
「エリク。私、結婚しないよ。」
自然と言葉が出た。
もう好きとか嫌いとかそんなの関係ない。
彼はきっとリリーの事はずっとお手伝いさん程度にしか考えていなかったんだ。
そう思うと悲しささえ湧いてこなかった。
「リリー何言ってんの?君は僕と一緒にいなかったら価値もなかったでしょ?あの町で別れてから何してた?帰ってきてから君を探してギルドに照会をかけているから何処にも冒険者登録をしていないのは知っているよ?何の仕事に就いたの?まさか誰かの家で世話になってたの?その人の迷惑でしょ?やめなよ。」
エリクは矢継ぎ早にリリーに言って彼女の腕を強引につかんだ。
「痛っ!」
「なに弱々しいふりしてるの?ほら、兎に角行くよ。」
捕まれた腕が痛くて顔をゆがませるリリーをエリクは全く気遣う様子がない。
彼女を人形でも見るような目で見つめ、歩き出そうとした。
知らない男に腕を掴まれている様に思えてリリーの身体が小刻みに震え始めた。
「そこまでにしていただけますか?勇者さん。リリーは私の婚約者です。貴方の家政婦ではない。」
先程までじっと気配を殺していたキルアがいつの間にかリリーのすぐ横に立っていた。




