15.ドレスに着替えたら
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朝からキルアが手配したドレスの仕立て職人が来た。王都で有名な人物らしく本来なら年単位で予約が埋まっているはずなのに今朝彼が連絡を入れたら即座に王都のから屋敷まで飛んできた。
「忙しいのにすまないね、ユータス。無理をさせてしまったかい?」
「マタドール公爵がお呼びならいつでも空けさせていただきます。ご依頼おありがとうございます。今日はどのような衣装を御所望ですか?夜会用の燕尾服はつい最近新調されたかと記憶しておりますが。」
「いや、今日はドレスをお願いしたい。彼女の物だ。」
ユータスはようやくキルアの隣で大人しく座っている少女の様な女性に気が付いた。緊張しているのか膝の上できつく手を握り締めている。
「リリー、挨拶を」
今まで見たこともないやさしい表情でマタドール公爵が隣の女性を見つめた。
「リリー・マイヤーです。今日は遠い所をわざわざ御足労いただきありがとうございます。」
リリーは座ったままペコリとお辞儀をした。
マイヤー家?そんな貴族いただろうか。職業柄、主要貴族はほぼ把握しているはずのユータスだったが思い当たらない。マタドール公爵との親密具合からしても有名貴族で間違いないと思ったのだが。
「ユータス・フェラガモットと申します。こちらこそご依頼いただきありがとうございます。」
「リリーの実家は遠方の男爵家で今は理由あって私の所に身を寄せ居ている。彼女は私の『親しい友人』だ。そのつもりで頼む。」
男爵家か…流石にそこまでは把握出来ていなかった。どうやら彼女は彼の愛人候補らしい。ユータスはじっとリリーを観察した。
ほっそりとした身体にストレートの長い金髪が美しい。
化粧をしていないせいか先程は少女のような印象のを感じたが、なかなか美しい女性のようだ。
きっとそれなりの店にあるドレスを着ても見栄えがするだろうが、それではユータスが呼ばれた意味がない。彼女の美しさを十分に引き出すものを考えなければ。
「どちらかに行かれるご予定がおありですか?」
ユータスは脳裏で直近の予定表をひろげる。
「月末に行われる夜会なのだが間に合うだろうか?」
……夜会まであと、二十日と少し。
これから先の予定がすべて白紙になった瞬間だった。
◇◇◇
ユータスの指揮の元、工房の不眠不休の作業によって無事ドレスは期日道理に屋敷へと届けられた。
「流石国一番と言われているユータスですね。素晴らしい。」
箱におさまっている衣装はエメラルドグリーンの光沢が美しい見事な仕上がりのドレスだった。
取り出されたそれはリリーのほっそりしたスタイルを見せるようにあえて細身に作られていてドレス全体にびっしりと刺繍が施されている。動きやすい方が良いというリリーの希望も取り入れられ、程よくスリットが入っているのが効果を発揮し艶やかに仕上がっていた。
「少し手直しをしますので…」
ドレスの最終調整の為にリリーに着替えて貰い、ユータスは打ち合わせを重ねて気心が知れてきた彼女と軽く会話をしながら作業を進めていった。
キルアは作業の間中、穴が開くのではないかと思うぐらいじっとリリーを眺めていた。
やはりこうなったか。
普段着のドレスを着込んでいるだけでも最近は美しく可憐になった彼女が彼女の魅力を引きだす為にだけに作られたドレスに身を包んだら誰もが虜にならない訳がない。
夜会当日、彼女はこの素晴らしいドレスで幼馴染の勇者に会いに行くだろう。勿論キルアが同伴するがその先に何があるかは分からない。いっそ出席を取りやめて彼女をこの屋敷に閉じ込めてしまおうか?
キルアの中にグレーな感情がうず巻く。
「キルア様、完成だそうですよ。」
リリーに声を掛けられてキルアは我に返った。
「素晴らしい。いつもの可愛らしいリリーさんも素敵ですが今日の貴方は誰にも見せたくないくらいに美しい。夜会ではきっと勇者も惚れなおしてしまうかもしれません。夜会が楽しみですね。」
キルアは本当は独占欲で充満した心の中を見せたくなくて、心にもないことを口にする。
ああ、夜会なんてなくなればいいのに。
キルアは感情とは正反対にリリーにやさしく微笑んだ。
「彼とはそういう関係ではないですから。キルア様もご存じでしょう?大体彼は当日忙しいでしょうし、会えるのかもわかりません。」
事情を知らないユータスの前なので話を濁してリリーは、少し残念そうに微笑んだ。
なにせ彼女を追放した相手なのだ。普通なら会いたくないだろう。
「すいません。私はこれで失礼します。当日の着付けの仕方はこちらのメイドの方にご説明させていただきましたので。」
「ご苦労様でした。料金は好きなだけ請求してください。」
話が重くなったことを察したユータスはキルアにお礼を言っていそいそと屋敷を後にした。
「陛下、本日は御招待頂きまして、ありがとうございました。」
夜会当日、キルアとリリーは会場に着くとまずは国王に挨拶に向かった。
マタドール公爵の名は絶大なもので会場に着くなり専属の案内人が付いた。そして彼に先導される形で王の待つ最奥の間へと案内された。
「いらっしゃい、マタドール公爵。遠いのにすまないね。」
「全くです。これで気が済みましたか?」
王とキルア、予想外に二人の会話が軽くリリーは驚きに目を大きく見開いていた。
「申し訳ない。可愛いお嬢さんだと聞いていたがこんなに美しいご令嬢だったとは。名前を聞いても良いかな?」
「リリーと申します。父はカーネスト・マイヤー、男爵位を頂いております。」
リリーは頭の中で必死に所作を思い出してなるべく失礼のないように挨拶をした。
「硬くならなくていいよ、キルアの大切なお嬢さんなら私の身内みたいなものだ。美味しいものでも食べてゆっくりしてくれ。」
年若い王に優しく微笑まれ、少しキルアに似ている様なその顔立ちにリリーの頬がほんのりと朱く染まった。
「じゃあ、リリー行きますよ」
キルアはリリーの腕をつかむ、まだ話したそうな国王を一人残してその場から立ち去った。
「王妃がいる俺にまで嫉妬してどうするんだよ。」
王はクスクス笑いながら、いままで何事にも動じない超堅物だったキルアの変化を喜んでいた。
広い会場にでて差し出された飲み物を受け取ると会場にひと際大きな歓声が上がった。
「勇者エリク・ロックマンが到着しました。皆さん拍手を。」
入口で渡されたのか大きな花束を持った男が片手をあげて拍手に答えている。
隣にはピンク色の可憐なドレスを着た女性が立っていた。
「エリクとユリア」
キルアの横でリリーがぼそりと呟いた。
なかなか勇者が出なくてすいません。




