14.夜会に招待されました
いつもお読みいただき
ありがとうございます。
ここに一枚の夜会への招待状がある。
差出人はこの国の王。
時々宰相の仕事の相談を受けるので知らない間柄ではない。
先日、リリーの事を宰相のハインツ伯爵に自慢したのでそれを聞きつけたのだろう。
とてもわかりやすい単純な男だ。
リリーもこのくらい分かりやすければ彼女の望むものすべてを与えてあげるのに。
初めは拾ってきた子猫が毛を逆立てて威嚇しているのを面白く思って眺めていた。それがどんどん魅力的な女性に変貌していくのだから女は侮れない。
いや、侮れないのはリリー・マイヤーだからか?
捕まえたと思えばいつの間にか両腕からすり抜け、でも遠くからじっと俺の事を眺めている。とくに最近は、近づいてきたかと思えば会話の最中視線をさまよわせてばかり。
本当に彼女が何がしたいのか、全く分からない。
例の馬鹿な奴がしでかした事件が起きた当初は、少しばかり身の回りを警戒してくれていた彼女だがそれも一か月と持たなかった。
こっそり仕事をしようと計画しているようなので先手を打っておいたのだが、それが裏目に出て彼女の感情が爆発してしまった。
逃げ出したリリーを探し出す為、日頃貯め込んだあらゆる伝手を使って国境を封鎖までした。それなのに見つからなかった時にはもう一生会えないかと、この世の終わりかと思った。
だから、ようやく戻ってきた彼女をどうやって俺につなぎ留めたらいいのか。今考えているのはその事ばかり。
彼女と約束はしたが、やはり部屋に閉じ込めてしまおうか。
外部のどんな些細な出来事からも守りたい。
そして、ずっと俺だけにその笑顔を向けて欲しい。
でも、彼女に嫌われるのは絶対に嫌だ。
「……まったく、我ながら矛盾だらけですね。とりあえずこの手紙はリリーにも意見を聞かなければ。」
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【勇者帰還祝賀会 招待状】
当日は噂の可愛いパートナーを同伴すること。
国王 マルス・アラミス・ミゼル
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「キルア様、本当にクッキー作りたかったんですか?」
リリーの隣でキルアは鉄板の上に絞り袋で綺麗にクッキー生地を成形していく。
補佐をする彼女は先程材料を計量しただけだ。
ニコニコしながら大量のクッキーを作っているキルアをリリーは呆れた顔で見つめる。
「そうですよ。私は可愛いリリーと一緒にお菓子を作りたかったんです。次の指名依頼も出しますからよろしくお願いしますよ。」
話し合いの結果、キルアが出すリリー宛の専属依頼を必ず受ける事を条件に彼女がギルドの他の仕事を受けることは承諾してくれた。
しかし、それが彼のワナだった。
二日と空けずにキルアがリリーに指名依頼を出してくるのでいまだに他の依頼を受けられない状態は続いているのだ。本当は文句を言ってやりたいのに自分の気持ちを知ってしまったリリーはどうしても彼に強く言う事が出来ない。
寧ろペット扱いとはいえ、そこまで大切にされていることに幸せすら感じてしまう。
「そろそろ、クッキー焼けますよ。取り出しましょうか?」
キルアの言葉にほんのり頬を赤く染めたのを知られないように、リリーは慌ててそっぽを向きながらオーブンへと手を伸ばす。その手をキルアがやんわりと制した。
「何処を見てるんですか?危ないからやめてください。あとは私がやります。リリーは味見担当です。座っていなさい。」
ついにキルアからの戦力外通告。
メイドがお茶の準備をしているテーブルを指さされ、リリーは渋々とエプロンを外した。
「リリー申し訳ないのですが、今度一緒に夜会に行っていただけませんか?勿論ドレスも新調しますし、必要なら飾りの宝石類も手配します。」
出来上がったクッキーと共にいつの間にか用意された豪華なケーキを頬張りながら幸せをかみしめていたリリーにキルアは心底申し訳ない気持ちで話を切り出した。
全く興味のない夜会に、ただただ国王の野次馬根性を満足させるためだけに出席。しかも可愛いリリーをドレスアップしたら更に魅力が増すに違いないわけで。どうしてそれを他人に見せなければならないのだ。
甚だ問題ばかりだ。
「気乗りしないならそう言ってください。直ぐ断りますから。大体勇者の帰還なんて全く興味ありませんし……」
「え、勇者って……エリクが帰ってきたんですか?」
大きく目を見開いてぽかんと口を開けたままのリリー。暫くして瞼をパチパチと瞬くと今までに見たこともない柔らかな表情で微笑んだ。
「そっか、生きて帰ってこれたんだ。」
志半ばで追放された時は本当に理不尽に思って彼の事は大嫌いになった。
でも確かに自分には荷の重い仕事だったし、今は彼なりにリリーを思っての仕業だったと理解している。冒険者を止めてからは全く勇者の情報が入ってこなかったので彼の生存を聞けたのは嬉しかった。
「彼が来るんですか?なら、私行きたいです。」
別に、彼の所に戻るつもりはないが。今なら冷静に御礼を言える気がする。
「そうですか、なら二人そろって出席すると王に使いを出しますね。明日はドレスの仕立て屋を呼びましょう。」
「ありがとうございます。」
リリーは懐かしいエリクの事を思い出すことに夢中になり、目の前のキルアの顔が悲しげに歪んでいることに気が付く事が出来なかった。




