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12.森は危険がいっぱい(前)

いつもお読みいただきありがとうございます。

走り去るリリーを追いかけるために駆けだそうとしたキルアの手をサラが掴んだ。

リリーを追うのに一瞬でも勿体ない、煩わしいと思いつつも振り返るといつもはカウンターで微笑んでいる彼女がキルアを睨みつけている。


「伯爵、そろそろギルドの私物化はおやめいただきたいのですが。迷惑です。」


ギルドの運営としては超目玉会員で、筆頭出資者であるキルアの意向は可能な限り叶える方向で今まで波風立てずに円滑に進めていた。しかしここ最近のキルアは明らかに一方的すぎるため、他の登録会員からも少なからず苦情が出始めているのだ。


「リリーさんは公爵の所有物ではありません。守られていないと生きていけない弱い女性でもないはずです。」

「しかし、先日の事が……」


キルアが先日の出来事思い出し顔をしかめる。


「そうですね、それはギルド側の落ち度です。それについては謝罪します。今後の問題回避のためにあらゆる手を打つとお約束しましたね。まだご不満ですか?」


サラがいつにもなく強い口調でキルアに詰め寄る。


「いえ、リリーさんが心配なだけです。」


正論をつくつけられたキルアは小声で言い返すのがやっとだ。


「では、今回の『お願い』は取り下げさせていただきます。以後、個人的な『おねがい』は受付ませんのでそのおつもりで。」

「わかりました。それより手を放してください、リリーさんを探さないと!」


キルアはサラの手を振り払うとリリーが消えた方向へと走り去った。


「全く、なんでも完璧にこなす器用な伯爵様のはずが、あんな不器用な人だとは思いませんでしたよ。」


振り払われた手を見つめながらサラはぽつりと呟いた。





◇◇◇

リリーは国境の森で野宿をしていた。

本当なら今日中に国を出て隣国へ移動しようと思っていたのだが何やら関所に大勢の役人が出入りして今夜は出国手続きが出来ないようだった。関所から帰ってくる男たちが話しているのが聞こえたのだが誰かを探しているらしい。リリーは嫌な予感がして少し様子を見ることにした。ギルドから飛び出してきたままでここまで来てしまったので手持ちのお金も少なく、宿には泊まれない。仕方なく森で手ごろな洞窟を探すこととなったというわけだ。


「野宿なんて久しぶりだなあ、でも落ち着く。やっぱり身に余る贅沢なんてするもんじゃないね。」


洞窟の前で焚火をしながらぼんやりと夜空を見上げた。

今頃キルアもこの夜空を見ているだろうか?

自分を大切に大切に扱ってくれていることは十分わかったいた。でも。自分は何もできない子供ではない。

あのままサラに押し切られて勧められるまま公爵邸に戻ったらきっとずるずるとキルアに守られてしまう。そしていつかはそれが当たり前と思ってしまいそうで怖かったのだ。


「一緒にいるのは嫌じゃなかったんだけどなあ……。」


あんな事件が無ければ自分は独り立ちして、一軒家に住み時折キルアと仕事をしたりご飯を食べたり、いつかはデートだって出来たかもしれない。


「で、デート……」

余計な想像をしてしまいリリーは顔が真っ赤になった。

きっと自分はキルアからしたら庇護欲をそそるペット的な存在。なのに今、突然自分のキルアへの『片思い』に気が付いてしまった。


「そうか……好きだからこそ、守ってもらうんじゃなくて対等でいたかったんだ。」


自分の思いがやっと理解できたリリーはしっとり燃え続ける目の前の炎に向かって微笑む。彼から逃げ出した今となっては打ち明けるすべはない。身分違いの世界の住人なのだからこのまま別れたら会う事もないだろう。そうだ、落ち着いたら置いてきてしまった荷物の手紙を書こう。そして、その時にそっと一言添えたい。



「私は、キルアが好きでした。」



考えるだけで幸せになっていたリリーはふと物音に気づいた。

洞窟の奥から何かが動き出す気配。


数は三体。


森で無人の洞窟などあるはずもないので勿論ある程度の予想はしていた。火を起こす前に入口から少し奥までは念入りに確認はしていたが思ったより洞窟が深かったようた。夜行性の動物だろうか?


『煙が入ってきて苦しいな』

『ああ、入口から何やら人間の匂いがする』

『久しぶりの食事もいいな』


ああ、こういう時は生き物の話が一方的に聞けるというのは何とも困る。

戦える人が同行している時は先制攻撃のチャンスにもなるのだがリリーだけでは逃げる準備をする位しかできない。

それも話し声が聞こえるほどの距離にいる獣相手となれば逃げることもほぼ無理だ。リリーは仕方なく近くに用意した松明用の木片に炎をともして洞窟の奥を照らした。


やはり、大きな黒い虎のような生き物が三匹見える。


『ああ、実にうまそうな小娘だ』

一番体格が良い一匹がピンク色の舌をぺろりと見せてリリーを見つめた。



こういった場合視線をそらしたら襲ってくる。

三体同時でなければ少しは生きられるだろうか?

いや、どうせ助からないのならいっそ一思いに一嚙みで終わらせてもらった方が?

松明を持つリリーの手が小刻みに震える。

その一瞬彼女が松明に視線を移してしまったのを獣は見逃さなかった。

目の前の大きな生き物ががそれと同時にリリーに向かって飛び掛かる。


バチッ

ドン!


目の前で火花が散って黒い虎が大きく弾き飛ばされた。

驚くリリーの身体を背後から見慣れない両腕がふんわりと抱きしめる。


「小僧ども、ワシらのお気に入りに手を出すとはなんのつもりだ?」


見上げるとリリーの知らない銀髪の紳士が面白くなさそうに黒虎たちを見つめていた。

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