11.お仕事を再開しようと思います。
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契約したばかりの一軒家はそのまま解約。
リリーはそのままキルアの屋敷に住むことになった。
一人暮らしのために用意した家は町はずれの寂しい地区と言う事もあり今の彼女には恐怖でしかなく、勿論キルアも全力で止めにかかったのは言うまでもない。
解約についてはダグラスを紹介したギルド側が責任を感じて全ての手続きを無償で終わらせてくれたので、実質リリーが何もやらずに終了。取り寄せていたベッドについてはギルドがそのまま同額で買い取ると申し出てくれたが折角気に入ったものなのでキルアの屋敷に運んでもらう事にした。
「リリーさん、ホントにこの部屋でいいんですか?もっと広い部屋や衣裳部屋が付いている二間続きの部屋もありますよ。」
届いたばかりのベッドを設置してもらいやっとリリーの部屋が出来上がった。と言ってもベッドと執務机のセットと本棚や衣装収納などが少し置ける程度の比較的狭い部屋。使用人用の一室をリリーはキルアから借りることにした。
「ダメですよ、じゃないとお家賃払えませんから。」
リリーはあくまで『借りる』と言い、家賃を払うつもりでいる。だから身の丈に合う部屋を希望した。提案されたキルアは勿論家賃の受け取り拒否を口にしたがそれなら出ていくしかないとリリーに言われれば承諾するしかない。まあ、金銭を受け取るつもりはないのだが。
「その家賃ですが、金銭ではなく彼らの世話と通訳でお願いします。」
キルアはリリーの部屋に当然のように入り込み寛いでいる白い三つの塊を見つめてそう言った。
「はあ、なんだか心配されちゃって、離れてくれないんですよね……あの子たち。そしてやっぱりお金は受け取ってくれないんですね。」
初めての依頼の支払いから一緒に食べた食事の代金の時もそうだったが結局のところリリーはキルアに一度も支払いをしたことがない。
「本当に申し訳ないのですが、いりませんので。」
申し訳なさそうに言いながら幸せそうにリリーの頭をなでなでする。
そして最後はいつもキルアに、にっこりと微笑まれて拒絶されて終了。まあ、なにかの際にお返しすれば良いか、と思いながらずるずると借りだけが増えていくのが常だった。
「あ、私の隣の部屋は既にリリーさんの為に準備してありますから、いつでも使ってくださいね。仕事したらまた来ますから。」
「ここで十分です。」
仕事の事でと呼びに来た執事に引きずられるように出ていくキルアの背中に向かってリリーは大きなため息をついた。
「で、彼はなんと言っているんですか?」
執務室に戻ったキルアは用意された報告書の束を読みながら部屋に待機していた男に質問した。
「はい、先日捕まえたダグラスは薬師の腕は確かなようですね。彼女と会うたびに少量ずつ使っていたようです。後遺症が残らないと良いのですが。」
報告書にはダグラスが使った薬の事、今までの被害者のその後などについて細かく記載されていた。幸い今までの被害者はその後、後遺症もほとんどなく日常に支障なく暮らしている。
「皆さん結婚は、誰もされていませんね……やはりそこはトラウマが残りましたか?」
「今回の事件は未遂で終わっていますが、今までは違ったようですので。そこは何とも言えません。尋問した彼は『優しくした』との一点張りで話になりませんでした。」
キルアの手が報告書の束をぐしゃりと握りしめた。
「ほう、余程頭がおかしいと見える。人知れず……としたいですがリリーさんにバレたら大変です。今後この街へは近づかないと宣誓書にサインさせて、奉仕活動の施設へ監禁してください。」
「承りました。」
「次はないと、念押ししてください。」
リリーの知らないキルアが感情のない瞳を浮かべてニッコリと笑った。
ひと月ほどキルアの屋敷でダラダラした生活を過ごしたリリーはやっと彼の許可が出たのでギルドへと足を運んだ。
このひと月は、屋敷で仕事の手伝いをしようものなら使用人が飛んできてお嬢様は自分の仕事を取り上げるのかと懇願され、仕方がないので諦める、の繰り返しだった。やることもないので豪華な図書室を見つけて読書に精を出していたら蔵書の半分は読破してしまった。
「こんにちは。サラさんお久しぶりです。」
受付に見知った顔を見つけてリリーは挨拶をする。彼女はリリーを見ると一瞬顔をしかめた。
「いらっしゃい。リリー元気だった?」
「はい、お屋敷ですっかり怠け癖が付いちゃいました。何か良いお仕事入ってますか?」
「そうねえ……。」
いつもの表情で書類に目を通していくサラを見てリリーは先程の事は見間違いだったのかと思い直す。久しぶりに来たギルドはそれなりに賑わっていて掲示板にも沢山の依頼が貼ってあるのが見えた。出来る事なら女性からの依頼を受けたいと思うが、ギルドの性質上それは難しいだろう。
「リリーに指名の依頼が来ているわね。」
ぺらりと差し出された書類には『お菓子作りの補助』と書かれていた。依頼としては簡単なものだが依頼人の名前を見てリリーは固まった。
「サラさん、コレ依頼人がマタドール公爵なんですけど?」
「な、何か問題でも?」
書類に目を通しながらサラがきわめて平静を装う。
「おおありです。私が今いるお屋敷がマタドール公爵邸ですから。」
「へえ…そうなんだあ。初めて知ったわあ。」
職員ならだれもが知っているはずの情報をサラは今聞いたかのように嘯いた。
リリーは近くに貼ってあった新着の依頼を見つけて尋ねる。
「この買い物補助のお仕事なんて私でも出来ますか?」
「うーん。それはダメ。」
サラは依頼を確かめもせず即座にダメ出しをする。
なにか、おかしい。
「サラさん、何か隠し事してません?」
「そんなことないわよ。リリーいいじゃない、リハビリと言う事で『お菓子作り』」
リリーはじっとサラを見つめる。
「サラさん。」
「……仕方ないのよ。リリーに他の仕事紹介するとギルドが潰されちゃうの。」
サラの説明でリリーは全てを理解した。
「キルア様ですね。そうですか、分かりました。ギルドに迷惑おかけするわけにはいかないので今日限りで退会します。冒険者に戻ればいいだけですから。あああほんと、ご迷惑おかけしました。」
「リリーさんちょっと待って……」
口早にそういうと少しでもこの自分にとって場違いな空間にいたくなくてリリーは出口へと急ぐ。しかしそれは大きな両腕に抱きしめられる事によって阻まれた。
「リリー何処へ行くつもりなんですか?」
「貴方がいないところならどこでもいいです。マタドール公爵。」
リリーは彼の腕を振り払って駆けだした。




