彼女と海で遊ぶ前までの話
しおの香りは、高校生時代の思い出によって、みずみずしくて懐かしい匂いに感じる。あおくひろいこの海は私をあたたかく包み込む。
町と海が綺麗なこの町に来ると、彼女を思い出す。まるで人間には見えないうつくしさや儚さを備えた彼女は突然姿を消してしまった。しかし、不思議とさみしくはない。彼女は、私を見守ってくれているだろう。彼女は、いつまでも私のたった1人の親友だ。
数年前、私が高校生だった頃の話。私は夏休みに1週間程、祖母の家に泊まりに行った。祖母の家がある町は、海が綺麗で静かで、ご近所同士がとっても仲がいい。都会のほうから来た、カメラが趣味な紳士などがよくカメラを構えていた。深い青から淡い水色がいい塩梅でグラデーションになっており、砂浜は太陽の光でちいさなガラスの粒が乱反射していた。
長い坂を登ったところに祖母の家がある。壁はクリーム色で、屋根は深い赤色で塗られていた。祖母は雪のように白い猫と暮らしており、庭では可憐な花が咲いていた。祖母はおしとやかで上品
なひとで、髪の毛も、もとからこんな色なのよとでも言いたげな自然な白髪だった。料理や編み物も得意で、私は祖母のことが大好きだった。
夏休みの1週間だけではあったが、とても楽しみだった。私が14時頃家に着くと、祖母は「いらっしゃい」と言い、冷たいオレンジジュースとビスケットを出してくれた。
「周りのみんなにね、しおちゃんが来ることを言ったのよ。そしたら楽しみねえって言っていたわ。だから、もし外で会ったりしたらご挨拶してね」
「わかっているわ、おばあちゃん。それに私、ご挨拶に行こうと思っていたところよ」
しおちゃんというのは私のことである。潮という名前だから、あだ名がしおちゃん。私はこの名前がそんなに好きではない。
「それにしても、しおちゃん。あなた、また可愛くなったわね。その檸檬色のワンピースも、とっても素敵で似合っているもの」
「ありがとう。おばあちゃんも、そのグリーンのブラウス素敵よ。とっても似合っているわ」
少し休んだ後、私は外に出て近所のおばあちゃんやおじいちゃんに挨拶をしに行った。私が行くと、とっても喜んでくれて、果物やお菓子を持たせてくれた。この町の人はとても優しい。ちいさな町だからこそ、あたたかくて居心地がいい。
挨拶をしたついでに私は散歩をしていた。坂を降りて、少し脇道に逸れると海が一望できる場所に出る。そこには自動販売機や、白く塗られたベンチやテーブルがあった。
私が自動販売機でサイダーを買い、ベンチに座ってそのせつない痛さと甘みを感じさせるものを飲んでいると、ふと人の気配を感じた。それはベンチの隣に立っていて、海を見ているようだった。私が横を見ると、彼女は視線に気づいてこちらを向いた。そして、にこっと笑った。
「ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
彼女はとてもうつくしい女の子だった。年齢は私と同じくらいで、この世のものとは思えなかった。サマーニットの白いタンクトップに、アリスブルーのマーメイドスカート、白いパンプスを履いていた。夜の海のように深く魅惑的な髪の毛は耳下くらいの長さで、肌はミルクのように白くなめらかだった。瞳も深海のような色で濡れたように艶やかだった。小さな唇を左右に自然にひろげている控えめな微笑みは、絵画のなかの女性のようだった。
「ここの海ってとても素敵よね。嫌なこととか忘れてしまうわ。ねえ、あなたお名前は?年齢は同じくらいだと思うんだけれど」
「私は17歳よ。名前は潮。さんずいに朝って書くの」
私がそう言うと、 彼女は私の瞳を見つめた。体の中を、血管を通って隅々まで見られているような気がした。
「私はね、汐っていうのよ。歳も一緒。名前も似ているし、なんだか運命みたいだわ」
汐と名乗る彼女は、控えめな微笑みをしたかと思うと、次は鮮やかな花のようにパッと笑った。可愛らしい笑顔だった。儚い雰囲気かと思えば、年相応に見えたり、不思議な女の子だった。
「潮って呼んでもいいかしら」
「え?ええ、まあ」
「どうかした?」
彼女は心配そうな顔をして、「嫌なら言って」と言った。
「名前がそんなに好きじゃないだけなの。気にしないで」
「私は素敵な名前だと思うわ。響き︎︎が綺麗だもの」
微笑んで言う彼女に、心があたたかくなった。小さい頃、「うしお」という名前を「牛男」とからかわれていた私は、彼女の言葉で救われる気がした。
「呼びすてでいいわ。私もあなたのこと、汐って呼ぶから」
「じゃあ、潮」と彼女は嬉しそうに言った。
「この辺りに住んでいるの?」
「いいえ。夏休みだから、今日から1週間だけおばあちゃんの家に泊まるのよ。あなたは?」
「私もよ。ねえ、じゃあ、また明日も会いましょうよ。ここで待ち合わせ。どう?」
「いいけれど…何時に?」
「2時にしましょう。実家から、水着は持ってきてる?」
「持ってきているわ」
「じゃあ、水着を持って2時に集合。決まりね」
そう言って彼女はウインクをした。とてもチャーミングなウインクだった。このウインクで恋におちてしまう人も少なくないだろう。
私と彼女はそのあと別れた。彼女は大きく腕を振って、背を向けた。私も、彼女の背中を見送ったあと、祖母の家に戻った。初めて会った彼女に、私は心を奪われていた。それくらいうつくしくてチャーミングな女の子だった。私は明日が楽しみで、軽やかな足取りで帰った。
翌日、私は5分前に待ち合わせ場所に着いたが、汐はもう来ていた。
「ごきげんよう」
これが彼女の挨拶だった。
「ごきげんよう。早いのね」
「ふふ、潮も早いじゃない」
彼女は右耳の上をゴールドのピンで止め、水玉模様のネイビーの膝丈ワンピース、そしてイエローのサンダルを履いていた。足の爪は、オレンジ色に塗られていた。
「早く行きましょうよ」
そう言って彼女は軽やかに海岸への階段を降りていった。私も後ろをついていった。
海には家族連れや、友だち同士、紳士そうなおじいさんなどが各々楽しそうに過ごしていた。白い砂浜は、太陽の熱さをうけて、鉄板のように熱かった。私は中に水着を着ていたし、彼女も水着を着ていた。私たちは服を脱いだ。
「日焼け止め、塗ってきた?今日、きっとこんがり焼けちゃうわよ」
「塗ってきたわよ、もちろん。というか、あなたって本当に白いわね」
彼女は不自然なくらい白かった。今まで1度も日焼けなんてしたことがないような白さだった。
「一応気をつけてるのよ。でも、あなただって白いじゃない」
私たちはサンダルを脱いで、海まで走った。
最後まで書いてから投稿しようと思いましたが、ここで一息つきたいと思い、中途半端ではありますが投稿いたすことにしました。