拾い物を投げる
軽い浮遊感のあと、体の感覚がはっきりしてくる。目を開けると部屋の中のようだった。軽く見渡すだけで直ぐに何の部屋か理解した。
「ここが俺の鍛冶場か」
炉、金床、ふいご、作業台、その他道具がいくつかと恐らくはストレージボックス。それぞれの作業時に邪魔になることはなさそうだが、なんとも狭苦しい鍛冶場だ。
いや、でも考えるとやべぇな。生産職は皆自分の工房とストレージあるのか。これと差をつけないようにするんなら、戦闘職は装備と金とアイテムとかたくさん貰ってるんだろうなぁ。まさかスキル1つ多いとかじゃないよな?
『いま鍛冶ギルドに入会すると、無料で個人の鍛冶場を持つことが出来ます。入会しなくても、クエストの依頼と受注は可能です。なお、今入らなくても後日入会金を払えば入ることが出来ます』
ドアを開けて出ようとしてドアノブに手を掛けると、扉に文章と"入る""入らない"のポップが浮かんできた。
入会して廊下に出ると思い出したかのように様々な生活音、作業音、人の喧騒などが聞こえ出した。部屋の中は防音だったようだ。
部屋から出て見えるだけでも同じドアがいくつか並んでるから、それぞれの部屋隔離しないとだるいもんな。音とか事故とか事件とか。
ざわつきが大きな方へ向かうと、酒場と受付が一緒になったようなファンタジー系にお馴染みの広間に着いた。飲み食いしている者、カウンターの内側の者、外側の者、2階3階にも人が見える。
そして中央辺りに居て各々の方向を向く3人の女性。
「新世代の皆さーん、クエストの依頼と受注は混雑を防ぐために、レベルを上げてから来てくださーい!」
「<鍛冶士>のレベルは5以上、"鍛冶"レベルは2以上にして頂くとクエストを勧め易くなります」
「南は蟻!西はゴブリン!初めは南がオススメだ!」
ロリ系元気っ娘、秘書系眼鏡美人、姐御系作業着美女。順番に繰り返しながら、恐らくはプレイヤー向けに声を張っていた。
よし、姐御の名前はいずれ聞くとしよう。ロリっことも仲良くなりたいね。
としても蟻か、サイズとリンク数によっては秒でむしゃむしゃだろうなぁ。石の槍が壊れるまでに何匹倒せるのかねぇ。まぁ、金も無いから何も出来ないからさっさと向かおう。
「武器の買い取りってどこで出来ますか」
「ゴブリンで武器ドロップしたら打ち直せねーかな」
「蟻が居るなら巣穴が坑道的な感じかしら」
「自分剣使いまーす!打撃武器使う人組みませんかー!」
鍛冶ギルドを出て、町の風景を楽しみつつ南側の門へ向かう。どの人物にもネームやレベルの表記などは無く、プレイヤーとNPCの区別は付かない。表情や会話なども誰もが普通なので、今は装備や初期の服などでプレイヤーを識別できるが、服飾が進むと不可能になってくるだろう。
2人の門番に挨拶し、町を出て真っ直ぐ歩く。街道と呼べるような舗装はされておらず、人が踏みしめただけの道を進んで行く。
森というよりは林と言った方が良いような道を歩いていると、草木だけだった景色が段々と石や岩を含んだものになっていく。
「おっ。投げやすそうな石みっけ。いいね、投擲用に良い感じのは貰とこ」
しばらく石を拾いながら歩いていると、インベントリ上で同じ石でもスタックが分けられていることに気づいた。片手で握れるくらいの物は、石(小)。くっつけた両手に乗るサイズは、石(中)、抱えなければ持つことが出来ないのは、石(大)。
鍛冶ギルドに帰ったら削って研いで、短槍とか錘とか、なんなら丸くして玉と投石器なんかも造りたいな。
緑色が視界の2割ほどに減ってきた頃にようやく1匹の蟻型モンスターが見えてきた。
真っ黒で光沢のある体。長い触覚と足。高さは腰ほど。横幅は人1人よりは大きい。顎は手足ならくらいなら挟み切れそうだ。
「体当たり、噛みつき、蟻酸ぶっしゃー、かな。あーそうか、仲間呼びとかもあるかもしれんか」
一通り蟻の動きを予想してから近づいていく。
長さはビックスクーターくらいか。先に"投擲"一当てしてみて感覚掴んでおかないとな。そんでぶっ叩こう。
石の槍は地面に突き刺しておいて、石(小)を取り出してお手玉しながら形と重みを確認して握る。そして蟻が横を向いたタイミングで野球ボールを投げる感覚で振りかぶる。
「っしゃッ」
蟻の体の1番面積の広い腹部の側面へ向かって投げつける。
「ギィッ」
現実世界では出ない球速で石は飛び、狙っていた場所へ直撃する。石をぶつけられた蟻は当たった側の足2本を浮かせながらよろめく。
(まじか、戦闘になっても敵のHPは見れ無い感じか)
蟻は体勢を整え、発見したこちらへ突進してくる。その速度は想像よりやや遅く、準備をしていればもう1度石を投げれたかもしれない。
お次は"腕力強化"を試すとしよう。今現在のステータスでのダメージ量が分からないから、倍率は計算出来ないけど継続時間と強化後の感じは掴めるだろ。