平民出身の妹が逆ハーレムを作っているのですが、多分彼らは恋人じゃなくて舎弟だと思います
コメディです。
「マーガレット嬢、婚約破棄をさせてもらう!」
婚約者であった第三王子殿下まで、妹に心酔していたというのは意外でしたが、この度のことは必然であったのでしょう。
複数の男性に囲まれた妹を見て、私はため息をつきました。
妹には天性の才能があったのです。
私は、彼女を迎えた日のことを思い出していました。
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腹違いの妹がいると父に告げられたのは、一年前のことでした。
妹は若いころの父がメイドに手を出して生まれた子で、権力志向の父に利用されないよう、メイドは妊娠を隠して屋敷を去ったそうです。
偶然、父がそのことを知って、政略結婚の道具が増えると、屋敷に連れてきたのです。
その日は一日、家の中がざわざわしていました。
平民として、しかも治安の悪い地域で暮らしていたそうなので、貴族のマナーなどはわからないでしょう。
ですから、家庭教師をつけて付け焼刃の教育を行います。
そのために、家に連れてこられたのです。
初めて見た長身痩躯の妹は、貴族として生きてきたわけではありませんのに、髪も肌も丁寧に手入れがされているようで、少し意外に感じたものです。
そして、妹が初めて私を見たときの台詞は、今でも強く印象に残っています。
「おお、うぬが姉君か。我は覇王サラなるぞ。よろしく頼む」
下町言葉でしょうか。
透き通ったきれいな声で告げられた内容は「よろしく頼む」以外は理解できませんでした。
あとから聞いた話によると、妹は暗黒街で一番の実力者であるため、覇王と呼ばれていたそうです。
暗黒街は暴力が全てを支配する場所で、三歩進めば無頼者と喧嘩になり、十歩進めば魔物が襲い来る、そんな場所だそうです。
美しい女性であったサラが、暗黒街で生きるためには強くなるしかありませんでした。
育ての父であった、騎士くずれの男性の指導のもと、無頼者を殴り、言いよる男を殴り、魔物を殴っていくうちに、拳闘の才能があったらしい妹は、やがて頂点に立ちました。
覇王の誕生です。
暗黒街の覇王として名が知られた妹は、ついに父にその存在を知られることとなり、「より強い奴と出会わせてやる」という口説き文句で、我が家に連れてこられたそうです。
大丈夫でしょうか。
政略結婚には向かないのではないでしょうか。
ともかく、妹は慣れないマナーを習い、読み書き計算、歴史を詰め込み、どうにか学園に編入することになりました。
平民出身ということと、美人であることから、編入して数日の間に、軽薄な貴族令息が何人か妹に声をかけました。
「平民出身だそうだな。その美貌なら、さぞ遊んできたのだろう。俺の女になれ」
「うむ。うぬが我より強ければ考えてやろう」
妹は言い終わると同時に顎を殴り、失神させました。
「ひよっこめ。鍛え方が足らんな」
顎を砕かれた男性は、けれど、どうやら心まで砕かれたようで、後日、妹に弟子入りしたと聞いています。
こうして、妹は学園でも覇王道を突き進んでいきました。
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妹に関しては、平民出身でマナーがなっていないだとか、下町言葉(この頃には下町言葉ではないということを私も学びました)が抜けていないだとか、逆ハーレムを形成しているだとか、噂が立っていました。
とはいえ、妹は覇王ですから、逆ハーレムには、騎士団長の息子や、冒険者ギルド長の息子など、力を重んじる方々ばかりがいるということは言うまでもないでしょう。
逆ハーレムというか、多分、舎弟なのでしょうね。
家で妹と話したときは、色恋の話は一切出てきませんでした。
ケーキを食べに行くという話の代わりに、肉を食べに行くという話をしていました。
花吹雪を見に行く代わりに、闘技場に血しぶきを見に行っていました。
社交の場数は踏んでいるのに、実戦経験が圧倒的に足りていない、とぶつぶつ言っている日もありました。
どうしてこうなった。
妹が楽しそうなのだけが救いでしょうか。
妹は、(貴族としてはどうかと思いますが)どうにかうまくやっているようでしたので、私は父の命を受けて、隣国の友人のところへ出かけることになりました。
第三王子が婚約者であるため、私はすでに外交のまねごとをしているのです。
ひと月ほど家を離れたあいだに、私の婚約者まで妹に心酔することになるとは思ってはいませんでしたが……
***
「マーガレット嬢、婚約破棄をさせてもらう!」
隣国から戻った私は、婚約者であるグシン王子から告げられた言葉に驚きました。
まさかグシン様まで妹に心酔していたとは。
第三王子であることから、王になるのではなく、公爵として魔物が跋扈する辺境をおさめる予定で、幼いころから鍛錬を積んだ武闘派として育ってきたのです。
拳闘大会で優勝したこともありました。
グシン様が妹の舎弟になっているということは、妹は国内随一の武闘派王子を倒したのでしょう。
さすが我が妹、覇王を名乗るだけあります。
グシン王子は続けます。
「俺は慢心していた。マーガレット嬢を守るにはまだまだ力が足りないと気づいたのだ。今は婚約を破棄し、俺がもっと強くなってから、再度結婚を申し込もうと思う」
婚約破棄とは穏やかではないと思いましたが、ただ修業をしたいという申し出でしたね。
「かしこまりました。グシン様の御心のままに。サラ、存分に鍛えてあげてくださいね」
「はっはっは。姉君の婚約者をサラの次くらいには強くしてやろう。うぬら、いくぞ」
「「「「押忍」」」」
妹の趣味なのか、妹の逆ハーレム、いえ、舎弟の方々は髪型をモヒカンで統一し、制服の上にとげとげしい肩パッドをしています。
数年後、強くなったグシン様と私は結婚し、暗黒街より殺伐とした公爵領をおさめていくことになりました。
妹は舎弟の一人であった冒険者ギルド長の息子と懇意になり、やがて一緒に冒険に出て勇者と呼ばれるようになるのですが、それはまた別の話です。
終