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最推しと田舎暮らしが始まりました。



 リオネル様の暗殺未遂事件から王都を離れ、公爵家領地の田舎に引っ込んで早や数ヶ月。

これ実質都落ちよね。最早転生してからの方が人生ハードモードよね。


 でも、逆に考えるんだ。このまま婚約破棄されて田舎でゆっくりと豊かなスローライフを送るのもいいかもしれない。前世からの憧れだったものね。それも最推しのリオ様と一緒に暮らせるなら良いじゃない……なんてのんきに考えていたのも最初のうちだけだったわ。


 あと、婚約は破棄になりそうと思っていたのに、王都から一向に婚約破棄の知らせが届かないのは、何故なのかしら。なんだか不気味よね。

 この公爵家領地の屋敷は、主にお祖父様が使っていましたが、将軍職に就いていらっしゃって、北方へ長期の遠征に出られています。ここ半年はこの屋敷にいらっしゃらないよね。残念だわ、会えなくて寂しい。


 ……もしお祖父様が私の立場だったら、どんな手を打ったのだろう。軍人だものね。少し意見を聞いてみたいのにな。


 お婆様は私の幼いころにこのお屋敷で亡くなっているのだけれど、隣国の王族の血を引いていた割には、あまり華美な生活は好まなかったようで、一族の肖像画はあるものの、彫刻とか見るからに高そうな壺もなく、高価な調度品も少ないのよね。


 さて、前書きはいいわね。

 本題に入りましょう。とても悪い話になるのだけれど……


 リオネル様は、あの事件のショックや、今までの苦労……いえ、王都の頃のストレスが祟ったのか、体調を崩してしまい、熱が出たり、過呼吸に陥ったり。めまいや立ちくらみが酷かったり、なかなか夜に寝付けず、眠れても夜中にうなされる事が度々あり、時折フラッシュバックの様な症状に陥ったりと、精神的にも不安定で、お母様とメイドたちが付きっきりで面倒を見ています。


 どう考えても鬱病、PTSDの症状が出ているわよね?戦争帰還兵が悩まされて自殺しているヤツよね。いえ、私医者じゃないから診断しちゃダメなんだけれど。

王宮内で戦争でもやってたの?いいえ、王子暗殺未遂です。この国の治安ヤバくない?国外に避難させた方がよくない?


 あの時、私が余計な事を言わなければ、防げたかもしれない。本当に、浅慮が悔やまれるわ……私も毎晩あの時のリオネル様が死んでしまう夢を見て飛び起きてしまう。寝付けない夜もあるけれど、リオ様のご心痛に比べれば、こんなの大したことないもの。


 それにしても、一国の王子があんな目にあったというのに新聞やスキャンダルにもならないなんて、どういう事なのかしら。お父様がなるべく触れない様に気を使ってらっしゃるにしても、全く入ってこないなんておかしいわよね。箝口令でも敷かれているの?



 私はというと、家庭教師とお勉強やダンス、フルートのお稽古をしたり、お祖父様の書斎から本を借りてきて、コンサバトリーで読んだりしています。これが意外と面白いのよね、欧州の兵法書や地図、歴史書みたいなのがたくさんあって、各国の王族のスキャンダルや珍事件が出てくるわ出てくるわ。これは確かに読み物としては面白いけど、本当の事なのかしらね?どう見ても、後世の著者や権力者の都合で、曲解されたままだったり、誇張されてない?


 天気の良い日には庭園やローズガーデンを散策して、リオネル様のお部屋にお見舞いのお花を持って行ったりしています。国花であるバラはもちろん、デイジーやマーガレットやガーベラ……ブルーベルを持っていこうとしたら止められたのよね。色味が駄目だって。

 庭師のハンスに体調の良くなるハーブや回復薬は作れないか?と相談したけれど、「それは薬師や薬草院の仕事で、無許可の我々が勝手にやっていい事ではありません」って言われました。薬剤師みたいな制度がこっちにもあるみたいね。


 お父様もお父様で、長年放置気味だった領地の事であちこち出掛けられています。いや、そこはちゃんと統治しとこうよ。


 お父様やお母様が食事を取れない時は、一人きりの食事にならないように、執事長のヨハンやメイドのアニー達、料理長のロック達が気を遣ってくれて、一緒にご飯を食べています。本来は使用人と食事を取るなんて良くないのだけど、この状況では、と目をつぶってくれたのよね。使用人達は故郷や最近の流行り物の色んな話をしてくれてとても楽しいわ。


 時折、ランチやブランチ、アフタヌーンティーの時には、テラスや庭園やローズガーデンに出て、リオ様の寝室から見える所で食べたりしています。そうするとリオ様が窓辺に出てきて、手を振ってくれるの。

 なんて尊い光景なの。この尊さはオタク構文以外の言語野を破壊するが、すぐに修復してくれるし私を至福に連れて行ってくれるのよ。きっとあらゆる病をも癒すわ……なんて、王都にいた頃の私なら言うのでしょうね。

酷いクマに、痩せこけてしまった頬……そんなリオ様を目の前にしたらそれどころじゃないわ。やつれてしまって、おいたわしい……心が痛いし、しんどい。実際泣いてる。


 そうそう、先日のディナーはうさぎのパイだったわ。とても美味しくいただきました。とても思うところはあるけどね。

 食事に使う食器やカトラリー全て銀食器に変えられたのには驚いたわ。銀食器を磨くのは、執事長のヨハンよね。あの量は大変そうだわ。

だけれど、ヨハンったら「このくらい爺には大したことではありませんよ」と笑って言うのよ。



 その後もリオネル様の体調は一向に良くならず、とうとう食も細くなってしまいました。全く食べられない日もあるらしいのです。

 可哀想なリオネル様。お母様もメイド達も大変そうだわ。

 私も何か看護のお手伝いしたいけれど、何が出来るのだろう。前世で医者や看護師じゃなかった事が悔やまれるわ……いえ、その、数学と生物が苦手で……。


 なんて考え込んでいたら、ぐうぅ〜とお腹が鳴ってしまった。この国でも珍しい柱時計を見ると、午後3時。

 無性に甘い物、プリンが食べたくなってきたわ。前世で最後に食べたのいつだったかな。厨房にはミルクと卵と砂糖はあるわよね。でもゼラチンってあるのかしら。

ないのならゼラチンから自作するか、本格的なカスタードプティングになるけど、食べたい。

 うーん、何とかして作れないかな。

 少し厨房を借りられないかしら。料理長に相談してみよう。


 早速アニーに頼み込んで、屋敷の厨房に連れて行ってもらったのだけれど。

「お嬢様、いくらなんでも公爵家のご令嬢が厨房に立つなんて聞いた事もありませんよ」

 料理長のロックにすげなく断られました。

 そうでしょうね、この世界の常識的に考えれば、厨房に立つ公爵家令嬢なんていないのが当然なのよね。悲しい。

「ごめんなさい、ロック。

 でも私、異国の本に載っていた料理がどうしても食べたくなって」

 そう言って懇願すると、ロックは仕方ないとため息をつき、こう意地悪を言った。

「うーん、ならレシピは分かりますか?まあ、お嬢様の歳じゃ覚えて……」

「ええと、確かミルクと卵と砂糖を割り混ぜて、液を濾し、バニラで香り付けして、耐熱皿に入れて、お湯を浅く張ったお鍋に入れて蒸すの。蒸しあがってプルプルになったら冷やすの。

 あとソースは、メープルシロップか、カラメルと言って、砂糖を……」

「いやいや、なんで覚えていらっしゃるんですか、お嬢様」

「とても美味しそうだったからよ」

 もちろんこれは嘘です。本当は前世で深夜に作りまくってたからです。抹茶プリンとか、コーヒー牛乳プリンとか。


「ミルクと卵を使うなら栄養ありそうですね……作ってみましょう」

 そう言って料理長は小鍋に砂糖と少しのお水を入れて火にかける。

お鍋のお砂糖が溶けて、琥珀色に変わったら、さらにお水を入れ、カラメルソースの完成。このカラメルソースを先に耐熱容器に入れる。

その傍ら、ちゃっちゃと卵とミルクと砂糖を割り混ぜたプリン液を作る。

希少なスパイスが収められている棚から、見るからに高そうな小瓶を取り出す。

フォレスティエ商会、と書かれた小瓶の中からバニラビーンズを出してプリン液を香りづけし……凄く香りがいいわ。このバニラビーンズ。

「言っておきますけど、このバニラビーンズってやつ、すごく高いんですからね、お嬢様」

「知ってるわ。でもよくあったわね。これ熱帯じゃないと育たないのでしょ?」

「そうそう、遥か彼方の南の諸島に領地があって、そこの農園でも育てているのだそうですよ」

 と言いつつ、近くにあった茶漉しを通して耐熱皿にプリン液を流し入れ、蒸し器の中に耐熱皿を入れる。 

 ダテに公爵家の厨房を預かってないわね、ロック。手際がいいわ。

「バニラの農園を?それ、詳しく教えてくれないかしら?バナナは?マンゴーは?カカオは栽培出来る?」

「今使っているバニラビーンズは公爵家のじゃないですよ。

ローズベル内の商会で、唯一南方でバニラ栽培に成功したフォレスティエ商会の商品ですけど、そこの商会のトップがちょっと前に死んじゃって、もうなくなっちゃったんですよね。

そこそこの価格の割には品質が良くて好きだったんだけどなぁ。在庫が尽きたら、外国の業者の高いくせに粗悪なモン買うようだから、もう今から憂鬱ですよ。

一応公爵家の南の領地でも栽培してみたんですけど、うまくいかなかったそうですよ。俺は詳しい事までは知らないんで、旦那様に聞いてくださいよ」

 まあ、そうよね。ロックは料理長であって、領主ではないものね。

後でお父様に聞こう。


ロックが蒸し器の蓋を開けると真っ白な湯気と共に、甘いバニラの香りが立ち込める。

「はい、出来ましたよ!」

「わあ!美味しそう!」

 やったプリンだ!前世ぶりのカスタードプディングが出来上がったわ!あとは冷やすだけ……と思ったら。

「お嬢様、その前に味見させて下さいね?」

 あろう事が、私の念願のプリンを料理長がそそくさと一口食べる。毒味なのは分かっているけど、ちょっとやるせないわ。

「うん?甘いな。おっこれ、噛まずに食べられるのか!

アニー、これを王子と奥様に」

「はい!かしこまりました」

 そう言うや否や、アニーの手によって、私のプリンはリオネル様とお母様の元へ運ばれて行きました。

 私は必死にアニーの後を追いかける。

だって肝心な過程を忘れてるんだもの。

「駄目よアニー、ちゃんと冷やさないとそんなに美味しくないの!」


「奥様、失礼します。エリーゼ様がこちらを」

「あら、見た事のない料理ね?」

「カスタードプディングと言うそうです。異国のスウィーツのようですよ。お嬢様が異国の本にレシピが載っていたと仰っていました。料理長が仰るには、甘くて栄養もあり、噛まずに食べられるとの事です」

 ああ間に合わなかった。私が追いついた時には、既にお母様の手にプティングが渡されてしまっていたわ。

「リオネル王子、エリーゼが美味しい料理を持ってきてくれましたわ」

「エリーゼ様の……?」

 リオネル様はベットからゆっくりと起き上がる。見るからにやつれたご様子が、心に痛むわ。お母様がプティングをひと匙掬い、リオネル様の口元へ。リオネル様は恐る恐る一口食べる。

「……いい匂い、美味しい」

 そう言って、ゆっくりだけど、リオネル様は見事完食されました。


「エリーゼ!ありがとう!リオネルが食べられたわよ!貴女偉いわ!こんな事も知ってるなんて!」

「え、ええ。たまたま読んだ本に書いてあったの。お役に立てて嬉しいわ」

 色が細くなったリオネル様が全部食べてくださったのはとても良い事よ。お母様も喜んでくれたことだし。前世からのプリン欲はステイさせました。


 なお、カスタードプディングは、その後すぐにロックがもう一つ作ってくれました。

 ええ、とても美味しかったわ。火加減が絶妙でふわとろ感が凄かった。流石プロね。いつも食べていたモノより香り高かったのは、ちゃんとしたバニラビーンズを使っているからなのかしら?


 メイドのアニーやメアリー達、そのあと帰ってきたお父様にも振舞われて、その日、公爵邸はちょっとしたプリンフィーバーになりましたとさ。


 早く元気になってね、リオネル様。

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