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限界オタクが悪役令嬢に生まれ変わって最推しに出逢えて尊い!ので、推しの闇落ちルートを全力回避します  作者: 睦月のにこ


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外伝・月下の茶会、マリヤカトレアの悔恨

 ある月光の綺麗な夜。



 お母様は神さまではなく、娘の私に祈ったのでした。

 赦しを乞うように、静かな声で……。




 もう夜中なのに、変に目が冴えてしまったわ。

 困ったわね。


 調理場に行ってもガランとして誰もいない。

 灯りも手元の蝋燭だけで心細い。まるで時が止まったかのようだわ。




 うーん、人を起こすのも面倒だし、カモミールティーぐらいなら自分で入れちゃおうかしら。


 そう考えて、調理場からティーポットとカモミールを拝借しようとした矢先。


 ふらりと、私の背後から貴婦人が現れたわ。


「あら、エリーゼ。眠れないの?」


「お母様?!あの、これはその……」


「いいのよ、エリーゼ。

 ハーブティーを入れる所だったのでしょう?


 申し訳ないけれど、私の分も入れてくれないかしら?

 出来れば談話室に」


「え?ええ。分かりました」


 お母様からお小言がないなんて、どうしたのかしら?




 談話室に入ると、マリヤカトレアお母様が、暖炉の火を起こしていた。


「お母様?!何をなさっているの?」


「ああ、今から使用人を起こすのも気が引けるでしょう?だったらワタクシでやっちゃおうかなって」


 イタズラがバレた少女の様に、朗らかに笑うお母様だったわ。

 お母様の、こんな姿を見るのは初めてかもしれない。


 お母様に、ミルクと蜂蜜を入れた、カモミールとラベンダーのブレンドティーをお出しする。


「ふふ、娘にこんな事してもらえるとは思わなかったわ」


 お母様はそう言って、ハーブティーを口にする。


「静かね。こんなに夜更かししたのは久しぶり。


 王宮に召し出される前日や、お父様に嫁ぐ前の晩はね、全く寝付けなくて。


 困ったものだったわ」


「もしかしてお母様、緊張すると眠れなくなるのですか?」


「ええ、嫌な体質でしょ?

 まさか、この歳になってまた悩まされるなんてね」


「いいえ、繊細な方にはよくある事ですわ」


「……幼い頃、暮らしていた実家の男爵家は名ばかり貴族でね。

 実際は田舎の豪農みたいな暮らしで、そんなに裕福じゃなかったのよ。


 使用人もいつも足りなくて、自分で暖炉をつけて薪を焚べる、お茶を淹れる事なんて、ごくごく当たり前だったのよ。


 リリーの家の方が、ウチの屋敷なんかよりずっといい暮らしをしていたの。本当羨ましく思ったものよ。



 でも王宮や公爵家では、いちいちメイドや側仕えに頼まなきゃいけないでしょう?

 そんな生活にいきなり変わったものだから気後れしてね。なんて窮屈なのかしらって、ずっと思っていたの。


 ……貴方は公爵家に生まれ育ったから、この気苦労は分からないでしょうね。


 幼い頃からセルシアナは気位が高くて、なんでもメイドにさせないと気が済まない子だったから」


 そういえば、面倒くさい子だったわね、昔の私。

 今の私には前世の記憶があるから、自分で出来る事は自分でするのは当たり前の事なんだと分かるわ。


「……それで、貴方は一体、どちらのどなたなの?」


 お母様の鋭い一言に、ギョッとする。身がすくむわ。


「お母様?……何を仰るの?私は貴方の娘ですよ」


「いいえ、セルシアナエリーゼ。

 貴方はいつの頃だか変わってしまった。


 あんなに気丈高だった小さな女の子が、妙に独り立ちした物分かりの良すぎる大人へ。


 私の可愛いセルシアナは何処へ行ってしまったのかしら?」


 そう呟くとお母様は涙をこぼし。


「かわいそうなセルシアナ。

 私が貴方を王宮へ生贄に捧げてしまった。


 リオネル王子の身柄と引き換えに、セルシアナをフィオナ様の嫁にと」


 初耳だわ。

 悪役令嬢の……私の婚約って、リオネル様と身柄と引き換えだったの?

 

「ヴェロニカ王妃とそう、お約束したのよ。

 今思えば、罠だった。


 貴方覚えている?

 婚約する直前の、王宮でのお茶会。

 ヴェロニカにせっかくのドレスをなじられて台無しにされて、散々泣かされて帰ってきたじゃないの」


 ……覚えて、いない。全く思い出せないわ。

 思い出したくない記憶だからなのかしら?


「セルシアナは、きっと私たちに頼れなかったんだわ。

 ワタクシに似て、子供なのに無理やり大人になりきるしかなくて……でも、他の人に上手に頼る事が出来ない不器用な子だから。


 なら、今わたくし目の前にいる貴方はなぁに?


 ……だとすると、今の貴方は、セルシアナエリーゼが助けを求めて呼び寄せた誰かという事になるのね」


 お母様は目を見開いた後、深く息を吐く。


「これはきっと罰なんだわ。


 リオネル王子を助けるためとはいえ、あの子を犠牲にしてしまったのだもの。


 セルシアナ、どうして私やお父様を頼ってくれなかったの……?


 どうして一言、『辛い』『フィオナ様の婚約者を辞退したい』と言ってくれなかったの?」


 ……それって、圧が凄くて言い出せなかったのでは?

 辞めたいと言っても、聞いてくれる様な環境ではなかったのかも。


 ……何か匂うわね、アルコールの匂いだわ?


「……お母様?もしかしてお酒をお飲みになりました?」


「何よ、悪い事なの?ウチの領地のワインの味を確認するのも義務でしょう?」


 なんだか妙に赤ら顔だと思ったら。通りでアルコール臭いわ。


「私の娘のセルシアナエリーゼはね。

 それはそれはわがままで子供っぽくて、とても私の手に負えない子だったのよ?


 それがいきなり物分かりが良くなったり、リオネル王子の進退を言い当てたり。

 大怪我している所を助け出してきたり、大嫌いだったお勉強を真面目にこなしたりするものですか。


 考えられるのは、異世界で善行を詰み聖女の素質を持ったものか。

 またはかつて秘儀魔法を使いこなしたとされる聖女……そうね、青薔薇の聖女様でも乗り移っているのかしらね」


 お母様は、非常に賢く、強い精神を持った方だ。


 ひょっとしたら、実の娘が昔の聖女か、前世の人格に乗っ取られているかもしれない状況で……平静を保っていてくれる。


 本当だったら、娘を返してと半狂乱になってもおかしくないのにね。


「私の娘を王宮に輿入れさせる代わりに、リオネル王子を公爵家の養子に迎え入れる約束だったのよ。


 不甲斐ないわよね。私達の世代で解決出来なかった事を子ども達にまで押し付けて。


 それでもきっと私の愛娘の、わがままで不出来なあの子では太刀打ち出来なかった。

 あの娘は自分の窮地を両親にさえ相談してくれないのでしょう。


 きっと愚かで、情けない親と思っていたのでしょう。

 今の貴女がいなければ、エリーゼはここまで平穏無事に生きて来れなかったのでしょうね」


 


「ねえ、貴女が聖女か前世の方と見込んで、ワタクシの罪を告白していいかしら?


 こんな事、子どもや、ましてや実の娘に聞かせるべきではない。墓場まで持っていかなければならないのは分かっているけれど……


 ワタクシ、以前に国王陛下にお誘いを受けたの」


 お誘い?嫌な予感がする。

 それってどういう?まさか。


「……『側室にならないか』と」


「嘘でしょう?受けたの?!」


「そんなまさか!もちろん丁重にお断りしたわよ。

 残念だけれど、私には愛人や側室になれる程器用ではないもの。今のあの人の方が性に合ってるわ」


 驚いた。そうよね、お母様がそんな事に応じるはずないものね。


 ……いや、待って。ならゲーム本編では?

 もしリオネル様を王宮から解放させる為に、お母様が国王陛下のお誘いを受けていたとしたら。


 それがもし、フィオナ殿下やリオネル様に伝わっていたとしたら。


 父王を惑わす愛妾の娘として、王子兄弟に毛嫌いされない?

 そして国王陛下にとっても、悪役令嬢は邪魔な存在になっていたとしたら?

 リオネル様を上手く唆して暗殺させ、その罪でもってリオネル様を追い詰める事が出来るなら?


 とんでもない仮説だけれど、でもこれで筋が通る。


 リオを助けなかったら、私は思っていたよりもとんでもない窮地に立たされていたのかもしれないのか。




 ……しかし、こんなことを話すなんて、もう娘とは別人として捉えられているのでしょうね。


 でも、私は憶えている。

 セルシアナエリーゼとしての幼い頃の記憶も、感情も全部。

 その全てを、とても愛しいと感じているのに。


「お母様、何をおっしゃるの!

 私はお母様の娘のセルシアナエリーゼです!それ以外の何者でもありません!


 お母様の教育がなければ、リオネル王子とともに学べなかっただろうし、お母様の矜持や気高さがなければ、私だって心が折れていたかもしれない」


 今世の私をずっと支えてくれたのは、紛れもなくお父様とお母様なのよ。


 ゲームのシナリオ通りに動かず、独自に考えて動いてくれた。

 その事に、私がどれだけ感謝していることか。


 ……ああ、そっか。私が学園で上級生に絡まれた翌朝、お母様に「無理に学園に行かなくていい」と言われて。

 なんだ。セルシアナエリーゼは、両親からちゃんと愛されてるんだって、理解してしまったのよね。


 本当は高圧的でも、無関心でもない。ただ不器用な母親だったのだと。


「あの日、リオネル様を王都から連れ出してくれたお母様の慟哭を。


 アルディ家に頭を下げたお母様を、ずっと私を支えてくれたお母様を決して愚かと思うものですか」


 前世の私なら、あの謝罪など当たり前だ、と思うのだろう。


 リオネル様の行く末を、悪役令嬢の破滅を予想出来たはずなのに何故止められなかった?と……恐らくは軽蔑していたのでしょうね。


 でも今世の、セルシアナエリーゼとしての私には、とてつもない衝撃だった。

 あの日まで鉄の女か何かだと思っていたお母様の、あの誠意を、悔恨を。


 娘の今世の私は忘れない。


 あの夜の、私のお母様は、誰よりも強く優しい人なのだと。

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