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悪役令嬢には優しくない世界でした。


 リオとの密会の後、倒れこむようにベッドに潜り込んだわ。


 リオの熱や吐息の余韻が離れなくて……ヤバい。本当にヤバい。あの光景が忘れられない。

 溶ける……本当になんかこう……顔どころか耳や肩まで火照って、胸がキューってする……。

 頭がポーッとして何も考えられないわ。


 流石にクタクタで眠くて仕方なかったからアッサリ寝落ちたけれど、やはり、その夜は本当に夢見が悪かった。とにかく悪かったわ。



 首都ブルーシャトーの郊外の小高い丘にある、キャルロット公爵家の屋敷の2階。

 白を基調とした屋敷の内装は明るさと清潔感を引き立たせるはすなのだが、私の知っている、いつもの公爵家とは違う、陰鬱で張り詰めたような雰囲気が漂っていた。

 メイドたちも怯えたようにコソコソと主人の目線を伺うように仕事をしている。笑い声一つ、いえ、物音一つさえ聞こえない。


「セルシアナ!

 ヴェロニカ王妃はいつになったらリオネル王子を王宮から解放するのよ!」


 マリヤカトレア公爵夫人は激昂のあまり、扇子を書斎のデスクに打ちつけた。


「お母様、落ち着いてくださいまし!」


 憤るマリヤカトレアは修羅、般若の形相であった。萎縮する娘のセルシアナエリーゼに顧みる事などない。


「才能溢れるリリー憎しと、リオネル王子を冷遇して!

 マダム・アルディはドルンゲンの旧王家の正統な血筋なのだから、本当だったらリリーが王妃になるはずなのに!

 ドルンゲン帝国内でも下級の家柄だったドルシュキーがはした金でその座を奪い取ったのよ?!


 そのせいでリリーが早死になんて、あまりにも可哀想よ!


 セルシアナ!

 貴方、ヴェロニカにフィオナ殿下の婚約者として上手く取り入りなさいと、何度も何度も言いつけたはずよね!」


「ひっ!……はい、ですか……」


 セルシアナは口籠もる。ヴェロニカ王妃には気に入られてないと言えなかったからだ。

 今日もティータイムにご一緒したが、

「何度も同じドレスを着て来るな」と詰られたばかり。


 ドルシュキー家出身の、倹約家だった祖母の形見のドレスなのにも関わらずだ。ドルシュキー領特産の生地を使っているのに、そこに一言も触れない。


 かと言って、国王陛下やフィオナ殿下のファローもなく……いや、関心さえ無いのかもしれない。


 殿下から送ってもらった白銀の髪飾りも、お礼を言っても、結局は目も合わせずに。


「ああいや、それなんだが、セルシアナ。

 実はお母様に言われて……仕方なく……」


 と、杜撰な態度を取られた。



 取りつく島もないとは事だ。なのに。


「言い訳など不要です!

 殿下の婚約者としての勤めを果たし、リオネル王子を我が公爵家へ下るように誘導しなさい!

 それが魔力も持たずに産まれた貴方の使命でしょう!」


 お母様は、娘の私に要求するばかりで、愛すべき子ども、保護するべき子どもとして扱ってくれない。

 リオネル王子を取り戻す、政治の駒としてしか私を見てくれない。私を評価してくれない。


 お母様も、結構は王宮の大人達と同じで、光の魔力の持たないどころか、魔力の出力障害に悩まされ四大魔法すら使えない、政治的に利用価値のない小娘としか考えていないのだろうか。


 だが、私の悲しみも苦しみも憤りも、お母様にぶつけた所で余計癇癪を起こすだけだ。まるで、意味がない。

 嫌だの声も、この母親にはまるで届かないのだ。


 だから、穏便に済ますためだけに、この言葉を口にするのだ。


「……はい、承知しました」


 思考を停止して、無気力に苛まれ。悪化する状況を食い止める力もなく、状況に流されるだけ。


 ……どうして、私ばかりがこんなに苦しまなければならないのだろう?

 

 愚痴をちゃんと聞いてくれて慰めてくれたアニータも、学園の大学部進学でいなくなり、そんな話もメイドの前ではいつの間にか出来なくなっていた。


 基本の四大魔法も全く使えない。学園ではずっとお払い箱の落ちこぼれ令嬢だと陰で笑われてばかり。



 そう、思い悩んでいた矢先だった。



 王妃と婚約者のご機嫌伺いの後、王宮でこんな話を耳にした。


 薄暗がりの廊下で、国王陛下と重臣たちがヒソヒソと話し込んでいたのだ。


「聖女ローズティア様は王宮で管理するべきだろう。 教会になぞくれてやるものか。

 私の孫こそ光の魔力を引き継ぐべきだ」


「外部との接触は禁止、監視の必要性がある」


「フィオナが上手く立ち回り、ローズティアと懇ろになってくれればいいが。

 あの年頃なら鳥籠に囲い込むのも容易かろう」


「ええ、聖女の影響力もこれ以上増大させぬよう。民衆の支持が傾きつつある」


 ……なんという事を言っているのだろう?いい歳の大人が、それも権力者側が。


 セルシアナの心臓がバクバクと音を立てる。警鐘の早鐘のように。

 彼らは、聖女を“囲い込む”、つまり軟禁させようとしているのだ。

 それはただの防衛策などではなく、政治的な封じ込め、彼女の力を封じるための陰謀だったのだ気が付いたからだ。


「セルシアナ!君、大丈夫かい?顔色が悪いよ」

「リオネル王子!」


 そんな中で唯一真っ当な対応をしてくれるのがリオネル王子だった。


「セルシアナ、君の魔力が不安定になっている。いつ暴発するか分からない。もう兄上の事は諦めて、僕と……」

「大丈夫。大丈夫ですわ、リオネル王子。私は魔力なんて持ち合わせてませんもの」


 なぜ、この方は優しくしてくれるのだろう?

 リオネル王子は勤勉で、穏やかな方だ。


 そんな彼に接すると、セルシアナはいつもこの言葉が口から飛び出そうになる。

「私は、貴方を王宮から逃すために、王宮に生け贄として捧げられなくてはならないのですよ?」と。


 ……せめてこの方がいなければ。私の人生はもっと上手く行っていただろうか?


 そんな憎しみとも、抵抗とも取れる精一杯の強がりで、彼を拒絶するしかなかった。



 そんな憂鬱な日々の中で。

 夕暮れの学校の聖堂にふらりと立ち寄った。ステンドグラスに西日がさして、神秘的な情景を描いている。

 ヒロインのローズティアが祈りを捧げる姿は、まるで敬虔な聖女そのものだった。


 そこへ悪役令嬢セルシアナエリーゼは、腕を組み、冷ややかな声で絡んだ。


「あら、貴方。随分とご大層な貢物をされたのね。

 殿下に呼び出されていたんじゃなかったのかしら?」


 皮肉たっぷりに言い放つが、悪意をあまり感じられない。


 ローズティアの右薬指には薔薇の装丁が施されたプラチナゴールドの華奢なリング。西陽にダイヤモンドがキラリと光った。

 大方、フィオナ殿下が送ったものだろう。


「……いいえ、これでいいんです。あの方は私の光の魔力が欲しいだけ」


 それは、つれないローズティアの返事だった。

 セルシアナエリーゼは眉をひそめる。


「そうよねぇ?貴方は他の殿方にも熱烈なアプローチを受けてますものね?


 まさか、フィオナ様のお付きの、あのウィンデール様がねぇ。

『貴方は皆を導く希望の光』なんて。

 探りでも入れられてないかしら?



 婚約者がいらっしゃるのに大食堂で大騒ぎになったのにグレイル卿なんて、


『領民も私も貴方の存在にどれほど救われたか……!』

なんて、感銘受けて。



エルレン猊下に至っては、

『貴方の祈りは聖典の千の句よりも美しい』


なんて言い出して。

 貴方のために聖職者としての道を捨てるおつもりよ?


 一体どういった手練手管なのかしらね?是非ともご教授願いたいぐらいだわ」


「いえ、私はそんな……!」


 セルシアナエリーゼはわざとらしくため息をつく。


「その上で、殿下と婚約するですって?

 世迷言も休み休み言いなさいよ。


 ……貴方、本当に分かってるのかしら?

 王宮に入るって事は、貴方も青薔薇の聖女と同じ運命を辿るって事……その先に待つのは幸福ではないと、分かっていて?」


「わかっています。セルシアナ公爵令嬢。

 家族に嫌というほど聞かされて育ちましたから。

 ……でも、私には他に生きる術がないのです」


「……貴方ね。

 本当に、本当にそれでいいの?

 それは、本物の貴方の意思なのかしらね?」


「私が意志を持った所で、どなたが聞き入れてくれるのですか?」


 そう、ローズティアの周りは光の魔力を持つ者として持ち上げられている中で。

 唯一、セルシアナエリーゼだけが、光の聖女になる事への暗い未来の可能性を告げたのだ。



 結局、ローズティアは光の聖女、王妃として祀り立てられ、聖女を迫害したとセルシアナエリーゼは魔女狩りの様にリオネル王子に殺されて。

 闇の魔力を暴走させ、魔王となったリオネル王子を倒して。


 そして、十数年後。


 かつて光の聖女と讃えられ、王妃・国母となった青薔薇の聖女は異国に攻め落とされ、牢獄に繋ぎ止められた。


 光の魔力を持った王子が一向に生まれない。光の魔力が徐々に枯れていく。

 そんな病を患い、光の聖女と見做されなかったのも大きい。


「あと何日牢獄にいれば、私は処刑されるのかな?


 誰か、助けて……」


 消え入るような細い声。


 その声は誰にも届かず、ただ消えゆくだけなのか。



 ……これはバッドエンドの未来?

 それとも、誰かが見せた、未来の記憶なのだろうか?

 それにしては悪趣味で、こんな結末をロジーに見せたくないなと思った、その瞬間。



 記憶が粒状にぼやけて、視界を砂嵐が全てを覆い尽くし、彼女の涙は霞んで行った。

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