お父様と王宮に行ったら、最推しを引き取ってきました。
※血表現あり!
お父様に、リオネル様の境遇と、将来襲うであろう悲劇について……結局、夢で見たという体で話して、はや数日が過ぎた。いや、前世とかゲームとか言えないでしょ。
ついでにこの国での子供虐待防止策についてどうなってるのか、改善出来るのかと言ってみたけれど雲行きは怪しいかな。
まあ、いきなり変えろというのは無理筋よね。
全て聞き終わったお父様は、神妙な面持ちで「分かった」と言って下がってしまったし、その後、お父様にもお母様にも追及される事もなかったわ。これは様子見、というかスルーされるんだろうな。結局ゲーム通りに事が進みそうでつらい。
「一体、何が分かったんだろう……」
ベットで横になりながら、読みかけの絵本ページをめくる。
絵本にはこの国の伝説『ブルーローズのしずく』『神様と精霊の約束の花』というお話が載っているのだけれど、子供っぽくてあまり面白いものとは言えないかな。
まあ、前世は漫画アニメゲームにドップリと浸かっていたオタクですので。仕方ないと言えば仕方ないのかも。
……そういえば、あの大好きな少年漫画はどういう結末だったのだろう。
あの少女漫画のヒロインはちゃんと好きな男性と結ばれたんだろうか?ライバルの子はずっと一途に想っていた幼馴染の男の子の想いに応えてあげられたのだろうか。
あのゲーム途中で放り出しちゃったけど、あの登場人物の兄弟はちゃんと和解したのだろうか?
あの小説の続刊、10年ぶりに出版するってネットで大騒ぎになったけど、結局途中までしか読めなかったな。きっとハッピーエンドだろうけど、ファンの間で盛り上がっていた最高のシーンの記憶が無いんだよね。読まずに死んでしまったのかもしれない……ぐぬぬ、くやしみ。
よかったかなと思うのは、親に見られたくない蔵書を全て処分出来た事ですかね。物凄く悲しいし、悔しかったけど。どうしても売りたくない物は友人に譲ったし……まあ、売り払った分は入院費用に全部当てちゃったなぁ。
最後まで手元に残しておいたのが、ミステリアスローズだったんだよなぁ。本当に好きだった。
「お嬢様、そんな格好はしたないですよ?奥様に叱られます」
「はぁい」
アニータに嗜められて、私は飛び起きる。
モヤモヤするならいっそ自分で描いちゃおうかな。でも著作権は侵害したくないなー。
以前、紙とペンでリオ様を描いたら、アニータに。
「あら、お嬢様は絵がお上手ですね!ええと……木の棒ですか?」
と言われて轟沈してしまったのよね。……小説にジャンル変えよう。前世は文芸部だったもの。
そうだわ、今は覚えていられても、この先どうなるか分からない。ゲームの内容や攻略法を忘れないためにもノートにまとめておかないと。魔法の詠唱も書き出しておけば、後々役に立つだろう。回復魔法とか、デバフ用の術とか、リオ様の禁呪や、聖女の秘儀とか……たとえ私に使えないものだとしても。
確かフィオ殿下と、リオ様のルートは……
ノートに攻略法を書き出していると、私付きのメイドアニータが紅茶を淹れてきてくれた。
「ありがとう、アニータ」
「いえ、もう少しでクッキーが焼き上がりますからお待ち下さいね」
「やったぁ!」
そうだわ、アニータに『預言』について聞いてみよう。熱心な教会の信者だもの。
「ねえ、アニータ。貴女は『預言』の聖女って知っている?」
「ええと……確か神様からの言葉を預かり、時に未来、時に運命を語る聖女様って事ぐらいしか……旦那様や奥様の方が詳しいかと」
「それが何も教えてくれないのよ」
「ええ?しばらく前までは教会によく行かれてましたから、知らないはずはないと思います。……まさかお嬢様、『預言』を?」
「い、いえ。読んでいた本に出てきたのよ」
「でも、聖女様も大変ですよね。神様の花嫁として純潔を守る為とはいえ、教会から一歩も出れないなんて」
……あぁ、それはお父様が教えてくれないわね。
「ところで、最近お嬢様は書き物をしてますけれど、何を書かいていらっしゃるのですか?」
アニータが突然核心を突いてきた。ご、誤魔化さないと。
「ええ、素敵なお話を聞いたの。それを忘れたくないからノートに書き留めているのよ」
「まあ素敵!ひょっとして恋愛のお話ですか?でしたら私も読ませて下さいな!」
えぇ?思ったよりもアニータが食い付いてきたわ。ちょっと、困ったな。うーん……前世で読んだ童話とか、古典ものならいいかなぁ。その、著作権にはなるべく触れない方向で……
その時、ノックの音がした。正直助かったわ。どうぞと返事をすると、メイド長のサラが入ってきた。
「失礼します。お嬢様、旦那様がお呼びです」
「分かったわ、今行きます」
お父様の書斎に入ると、ニコニコしたお父様と執事長のヨハンが出迎えてくれた。
「明日、一緒にお城に来てくれないかな?婚約の事で国王陛下とお会いするんだ」
「はい、是非とも。あっ!せっかくだからリオネル様にお会い出来ますか?」
「そこは婚約したフィオナ王太子殿下が出る所じゃないかなぁ?」
やっぱり、リオネル様と婚約し直す?と聞かれだけれど、却下しました。そんな事したら前世のリオ様ファン仲間に悪い気がするもの。リオ様夢女子過激派勢に……まあうん、リオ様同担拒否のヲタ友とかもいたんで……私、どうお詫びすればいいんだろう。いや、異世界だから出来ないけどね?
翌日、綺麗なドレスを着せられ、髪飾りにと公爵家の庭に咲いている朝摘んだばかりの赤い薔薇を差して、お父様に連れられて、王宮に行きました。来たのは良いのだけれど、とにかく広い。広すぎるわ。
ゲームの背景でよく見た大理石の床、柱、贅沢なシャンデリアや、絵画、彫刻、調度品。王族や、騎士団の華麗な衣装。宝飾品。
前世だったら、何でこんなに贅沢三昧してるのだろう?と不思議に思っただろうけど、今なら分かる。諸外国や内部の敵対勢力に足元を見られないように取り繕っているんだろうと、公爵家の令嬢だからこそ手に取るように分かるわ。
長い時間待たされて、フィオナ殿下と合流し、ようやく通された謁見の間にて、フレデリック国王陛下にお会いした。謁見の間では王宮騎士がずらりと並び、高官らも参列している。王妃様も一緒だ。
……何か視線が冷たくない?厳格、威厳と言えばそうかもしれないけれど……妙に威圧的というか、息苦しいというか、まさか歓迎されてないの?私、まだ年若い少女よね?これが悪役令嬢が憧れていた王宮なの……?
フレデリック国王陛下はフィオナ殿下によく似た金髪碧眼で、確かにリオネル様と似ていないようにも見える。でも目元とか、鼻筋、唇とかはそっくりよね。
フィオナ殿下と婚約した事を報告しても、そのお礼を申し上げても、「それはめでたい」と一言言っただけで、陛下は表情どころか、顔色一つも変えなかったわ。あれが威厳なのかしら。普通ニコリも笑うぐらいするわよね?それとも単に表情筋が乏しいのかしら。
フレデリック国王陛下はあれで、現王妃派のいい操り人形。だからあんなにも無表情にもなるんだろうか。
王妃様はというと、陛下の隣なのに、にこりともしないで、まるで品定めでもするような冷たい目でこちらを見ている。それこそ、頭のてっぺんからつま先まで。
ここまで香る香水の匂いがキツいわね。ローズの香りじゃないわ。イランイランかしら?それとも別の?
……私の花飾りを見た瞬間、顔を顰めたのは何故だろう。生花で髪を彩るのはマナー違反なんてなかったわよね?
それしても、リオ様が居なかったわ。どうしてだろう?何処にいるんだろう。噂で聞いた離宮ってやつかな。
国王陛下との謁見も終わってから、ようやくフィオナ殿下に声をかけられた。
「キャルロット公爵。エリーゼ嬢。よくおいでに」
「フィオナ殿下。いやぁ久し振りだけど……陛下は相変わらずだねぇ」
「国王陛下は普段からああですから」
ああですから。この一言に落胆の色が見て取れる。
……ひょっとして国王陛下はあまり自身のご子息に興味ないのだろうか。リオネル様にも。王妃の息子であるフィオナ殿下も色々辛いお立場なんだろうな。
私、もう少ししたら社交界に出るようになるのだけれど、不安しかないわ……陰謀家で派手好きな王妃様とその取り巻きと、どう渡り合えばいいのだろう。
社交辞令?口下三寸?長い物に巻かれる?嫌だなぁ……。
その時、私は自分の身体の異変を感じた。
「……あの、ところで、お手洗いはどちらに?」
「コホン、そこは『お花を摘みに行きたい』だよ?エリーゼ」
フィオナ殿下の付き人に案内されて、とても豪華すぎるお手洗いに入りました。
凄いわね、王宮。異世界なのに、まさかの水洗式だったわ。水道もあったわ。でもこんな所まで金ピカにする必要あるのかしら。衛生面……。
回廊の向こうにはこの世界では珍しい温室もあって、南国の草木や花々、フルーツも育てているようだし、流石だわ。……バナナやマンゴー食べたいなぁ。
なんて馬鹿な事を考えていた、その時だった。
「エリーゼ、こっちへおいで」
不意に、リオネル様の声がした。
幼いリオネル様ではなく、ゲームの青年期の声。私は咄嗟に振り返ると。
回廊の奥の方で、暗い影が揺らいでいる。
その華奢な背格好、落ち着いた色味の修道服、憂いを帯びたオッドアイの瞳。
見間違えるはずもない、ゲームでのリオネル様の姿だった。
ここではあるはずのない姿に、私は付き人の静止を振り切って、咄嗟に駆け出していた。
ゲームのリオネル様の影にうながされて、大きなローズガーデンを抜けて、王宮の敷地内にある、離れの離宮まで来てしまった。いや、あの、ここ、部外者が来たらまずいんじゃないのかな。
「あの!リオネル様?どうしてここに」
「ここだよ、開けてご覧?」
リオネル様の指し示す先には、離れの重厚なドア。
「ここって何が……」
聞き返した時にはもうリオネル様の姿が見当たらなくなっていた。
「……リオネル様……?」
不安に駆られつつも、ドアを開けようとノックすると。
「……誰?入ってこないで」
幼いリオネル様の声だ。幼いのに、暗く、冷たい声。王宮には不釣り合いな、何か、生臭い匂いがした。
「リオネル様?私です。エリーゼです。開けてもいいですか?」
これ、血の匂いじゃない?
胸騒ぎがする。心がざわざわとして落ち着かない。
「エリーゼ!駄目じゃないかこんな所まで!」
「ごめんなさい、でもこの中にリオネル様がいらっしゃる様なんですが、なんだか様子がおかしくて」
「リオネル?具合が悪いのかい?」
フィオナ殿下が開けようとドアを押すが、動かない。鍵が掛けられているの?
「リオネル?どうしたの?」
「……ぐぅっ!大丈夫です……兄上。放っておいて下さい」
リオネル様の呻き声?なんで?
「リオネル、皆さん、少し離れて!アクアショット!」
フィオナ殿下が魔法を放つ。魔法の水球に何度も叩きつけられてドアは壊れたのを確認すると、お父様が血相を変えて無遠慮にも入って行く。
「フィオナ様!来てはなりません!エリーゼ!見るんじゃない!」
お父様が叫んだ。だけれど私は無視して咄嗟にリオネル様に駆け寄る。
「なんて事だ……!誰か手当出来るものはいないか!とにかく止血を!早く医者と術師を呼べ!早く!」
お父様は必死の形相で指示を飛ばす。その場にいた騎士たちは慌てふためき、メイドたちは悲鳴を上げすくみ上がっている。
おかしいでしょ?どうして誰も動かないの?!
お父様の腕の中には、血塗れのリオネル様がいた。青ざめた肌、肩はガタガタと震え、呼吸は荒く、浅い……
「いやあぁ!リオネル様ぁ!」
私は思わずリオネル様に駆け寄り、抱きついてしまった。暖かくヌルリとしたリオ様の血が私の顔に、腕に、服についてしまっても構わなかった。途端クラクラして立っていられなくて、目の前が真っ白になって……
倒れては駄目だ。せめて応急処置!悪役令嬢には回復魔法は適性ないから無理なんだけれど!
気力を奮い立たせて、私は前世の見様見真似で応急処置をやってみる。看護師になった同級生にもっと色々聞いておけば良かったのに……!
「エリーゼ、分かるのかい?」
「異国の本で見ました……でも、やってみるのは初めてです……!」
「私も手伝うよ」
でも、確か患部を圧迫しすぎると壊死したりするんだよね……?
リオネル様の傷は鋭利な刃物で斬りつけられた様に見受けられる。何よこれ、王宮の警備は何やっているの。
ガタガタと震える手でスカーフやハンカチ、手袋も使えるものはなんでも使って血を止めようとする。
でも、止まらない。リオネル様の血が止まらない。せめて、私に回復魔法が使えれば……!
「ヒール!リカバー!キュア!」
私は手当たり次第使えるはずのない回復魔法の詠唱を試みる。出来ないのに止められなかった。覚えている限り使ってみるけれど、全く反応がない。当たり前だ、私に回復魔法の適性はないのだから。
奇跡なんて起こらない。起こるわけない。だって私は聖女ではないのだから。
悔しい、回復魔法の適性のあるヒロインだったら救えるのに。私が悪役令嬢として生まれたからなの?
「エリーゼ、やめるんだ。適性のない魔法を唱え続けても魔力を失うだけだ……!」
分かっています、お父様。でも可能性が限りなく低くても、もしリオ様を助けられるのであれば。
それに。
「助けられないなら、私、そんな魔力なんて要らない。要らないのよ」
一通り覚えている限りの回復魔法は唱え終わってしまった。後は、ヒロインの秘儀だけ。絶対に発動する訳ない。ないのに、何故呪文を唱えようとしているんだろう。
『どうかこの哀れな仔羊に神の祝福を……《ミスティック・ブルーローズ》……』
そう呟くと、私の髪に飾っておいた赤い薔薇がみるみるうちに青く光り輝き出した。内心、リオ様に会えたらあげようと思っていた花飾りだ。
それと一緒にリオ様の傷がどんどん塞がり、顔色も良くなっていく。
「何だこれは?!」
「リオネル王子が持ち直したぞ!」
あれ?……遠くからそんな声が聞こえたけれど、うまく意味を汲み取れない。フラフラする。あまりに無茶をし過ぎたせいで、脳や言語野に支障が出てしまったのだろうか。
……あれ?これ確か主人公の最後に覚える光魔法の聖女専用の奥義じゃなかったかな。しかもエフェクト違うし。随分とおかしいな?
そう内心、割と冷静に思いながら。
「エリーゼ!」
私はそのまま暗転、倒れてしまったのです。
「ここは……」
王宮の豪奢な天井ではない、お父様の寝室の天井だ、そう思ったら、少しほっとした。
「エリーゼ!目を覚ましたんだね?!」
「リオネル様は……」
「大丈夫。あの後、念のため、お医者に診て処置して貰ったからね」
リオネル様は私の隣に寝かされていた。リオの穏やかな寝顔と、スヤスヤと落ち着いた寝息に、私はようやく安堵する。
「貴方!エリーゼ!」
「お母様!」
「二人とも無事なの?怪我は?……無いのね。良かった……」
安堵するお母様は、その場にストンと座り込んでしまった。
「リオネル様は?!」
「大丈夫だよ。あんなに酷い傷だったのに、あっという間に治ってしまったからね」
「エリーゼの忠告を聞いていて良かった。私とフィオナ殿下で、何とか教会行きを諦めるよう説得したのだけれど、王妃様が怖いのだろうね。なかなか陛下に聞き入れて貰えなくてなぁ。
リオネル様の身辺も警戒していたんだが、あちらの妨害もあるんだろうな、警護の人員を当てられなくて……まさかこんなに早く襲われるなんて……」
お父様の言葉に、私は苦虫を噛み潰した様な顔をしてしまった。
やはり、リオ様は王妃派に襲われたんだ。本当に迂闊だった。もっと早くに手を打つべきだったのに。私だけは知っていたはずなのに、最推しと同じ世界に転生したからといって浮かれて、今まで何をしていたんだろう。
「王妃様の悪業は、かねてから私も聞き及んでおりましたから。それでも、リリーの……いくら側室、妾の子とはいえ、こんな幼い子をここまで……」
お母様はリオネル様の小さな身体についた傷跡、アザ、細い腕や足に顔を歪める。私の何故か発動した秘儀でも、お医者様でも治し切れなかったんだろうか。
もしかしてお母様、怒ってらっしゃるの?
「咄嗟に連れ帰ってしまってすまない。だが、もう見ていられなくなってね。元々廃嫡の噂すらあったんだ。
リオネル様を引き取ろうと思う。
……君にも迷惑がかかるだろう。申し訳ない。」
「いえ、私はそんな貴方を見込んでここにいるのですわ。それに私、こんなにまでなってリオネル様を連れ帰って来た貴方の忠誠心を……誇りに思います」
珍しいわ。お母様が、お父様を褒めているわ。
ええ?抱き合っているわ?ラブよラブ。
確か私の知っている悪役令嬢のエリーゼは家庭内不和じゃなかったかしら?




