リビングメイルと闘い、ヒロインが覚醒しました。
ヒロインとレダ嬢の悲鳴を聞きつけ、私たち、リオとフレイ様は元いた教会へ引き返す。
空を見上げると、魔物のどす黒い障気が立ち込めている。今日はせっかくの満月なのにな。
私の腕の中にはアイアンソードと大きめのガーデニングフォーク。ガチャガチャと音を立ててうるさいわ。
「お嬢、ガーデニングフォークは置いてきた方が良かったんじゃない?」
「ね、念のためよ!」
小心者なので武器を一つに選び切れない悪役令嬢ってなんだろうね?
この騒動についてリオに尋ねると。
「スケルトンの召喚?専門外だ」
あっさり否定されたわ。
「俺にはネクロマンサーの適性はないよ。
お婆さまから聞いた話だが、ネクロマンサーの技術も難解だと聞く。
確かドルンゲンの東方にある第二都市の辺りで研究が盛んと聞いたが、その手の家系の魔術師ではないと難しいはずだ」
「マダム・アルディが?」
「ああ、あの方はドルンゲン帝国の大元になったドルフェ王国の王族の血筋だからな。闇魔法には詳しい。
手紙のやり取りでだが、一通りレクチャーは受けた。
だが、ドルンゲンのネクロマンサーでもこの大規模の召喚は……一人では難しいだろうな。
その上で、光の魔力を尊ぶこの国の中で、ゴーレムで見せかけのスケルトンを作り出す事に、俺にとってどんな利があると?」
リオのお婆様といつの間に文通を……。しっかりしてるわね。
「無いわね。もしあるとするなら……例えば、承認欲求や野心?」
「そんなもの持ったらヴェロニカ王妃が兄上の地位を脅かすと発狂するだろう。
そんなバカな真似をして父上陛下やフィオナ兄上殿下に余計な負担をかけたくない」
王宮であんなに酷い目に遭わされていたというのに、リオったら至極真っ当に育ったわね……。
あの時、お屋敷に連れ帰る判断をしたお父様。
療養もそうだけどずっと王宮の魔の手から守るように慈しみ育てたお母様。
それに全力で応えてくれた屋敷の執事やメイドたち使用人たち……本気で誇りに思うわ。
でもそれって下手するとゲームよりも強くなってない?ゲームバランス大丈夫かしら?
ヒロインに至っては全くレベリングしてないのよ?
……なら先ほど会ったヒロインらしき人物は?
「それならイミテーションの魔法は?」
「あれも使用出来る人間が少ないんじゃなかったか?たしか、光の魔力も必要だって聞いたぞ?」
これはフレイ様の言。僅かながら光の魔力を持った人も、闇魔法使いのように隠れているのだろうか。
向こうの大通りからはものものしい軍靴と甲高い金属のぶつかる音。
教会騎士団の猛々しい鬨の声がこの辺り一帯に響き渡る。スケルトンの一団に応戦しているようね。
こちらの様子にまでは気がついていないのかしら?
教会前の広場に戻ると、ハンスさんと数人の騎士たちが魔物に応戦していたわ。
「魔物め!何処から首都に入ってきたんだ!?」
スケルトンじゃない。ゾンビだわ?!
うぉっくちゃい!具体的な描写は精神衛生上省略するけれど、独特の刺激的な匂いがするわ。
流石に聖なる結界の張ってある教会の中には近づかないようね。
教会前の広場の隅に、レダ嬢と男の子がうずくまっているわ。
「レダねーちゃん怖いよー!」
「トムしっかりしなさい!また弟みたいに小さい子が死んじゃうなんてこりごりなんだから……!」
「フレアブラスト!……うわ魔法の火加減難しい」
フレイ様が群がっていたゾンビを焼き払う。
近くに民家が密集してる所だから魔法も加減しないとよね。
何と言いますか、荼毘に付したみたいだわ。無事天に召されますように。
「フレイ様!ありがとうございます!さすがヴィクトル様の弟君ですね!」
「あーお世辞はいいよ。
それより状況は?それになんだよ、あの魔物は?」
「それが、分からないのです。いきなり現れて……」
ハンスさんが言い終わるより早く。
ゆらりとゆらめく黒い影がこちらを捉え、迫ってきた。
「皆、気をつけて。リビングメイルよ。強敵だわ」
リビングメイル。前世の記憶に間違いが無ければ、あれがボスだったはず。
……それにしても、敵ながら黒塗りの西洋の甲冑って映えるし、カッコいいわ。
「あの魔物、生半可な魔法はあの大剣と大盾で跳ね返すわ。
弱点は喉元よ。あそこに術者の魔法式と魔力があるはず」
「なんでそんな事知ってんの?どう見ても鎧でガッチリ覆われてますが?!」
たまらず悲鳴を上げるフレイ様、剣術の使い手で前線に出されるの確定だから仕方ないね。
「隙間を狙うか、鎧を貫通させるかね」
こんな時に限って教会騎士団は気が付かないし来ないのか。
ぶっつけ本番で、技量か力技で迫るか。やってみないとね。
「姉上、そのガーデニングフォークでアレは太刀打ち出来ないと思うが」
「そうね、この辺に置いておきましょうか」
「申し訳ありません。
聖なる結界の維持のため、私達は手助け出来かねます」
教会の結界を張りながら、エルレン様は言う。
いっそ潔いわね。あの人はゲームでも回復補助の魔法の使い手で、前線に出るようなステータスではなかったものね。
「エリーゼ様、これを!」
シスターセリーヌが、何か銀色の細長いものを投げてきた。キャッチするとそれは。
「嘘。これって、かんざしだわ」
銀杏の葉が二つずつ対になっている銀製の一本かんざしだった。真珠が幾つか綺麗に付けられているけれど、これはもしかして……ギンナンかしら?
前世の和服店や雑貨屋さんで見かけたな。懐かしいな。
「以前父が東方で買い付けたもので、銀で出来ています!
アンデッドに有効なはず!どうかもしもの時に使って下さい!」
「ええ?それなんて必◯◯事人?
ありがたいけれど、今お代持ってないのよ。申し訳ないけれど、ツケでいい?」
手持ちにサファイアの指輪があるけれど、ヴィヴィアンぶっ放すのに使うのでちょっと今は手放せないのよね。
「すまない、お代はこれでいいか?」
リオが懐から何かを取り出し投げる。
「金貨?!それも古銭!希少価値のあるコレクターに人気の!?」
はしゃぐセリーヌさんをよそに、私は長い髪を手早くかんざしでまとめる。……正直言って戦闘中邪魔だったのよね。助かるわ。
簡単なまとめ方なら前世でやったな。思い出しながら髪をまとめてかんざしを挿すと。
「こっちの方が見栄えがいい」
そう言ってリオがかんざしを挿し直してくれたわ。 ふえぇ、息遣いが近くに聞こえるわ。最推しの指が、手が大きくて暖かい……男の人だ……。
「ありがとう、リオ」
「……その髪飾りは海外のシロモノだろ?
その割に随分と手慣れているな、姉上」
「ええ、お屋敷にあった古い海外の本に書いてあったの。
憧れて何回か練習したのよ」
「ふうん?そんな本、あの屋敷の蔵書にないはずだ。 領地、王都の屋敷にある本は療養中に一通り目を通したはずだが」
……え?嘘。リオがウチの蔵書全部読んだ?
しまった。今、私ボロ出した?
「お、お爺様の本棚の奥にあったボロボロのやつよ? 流石にリオにはお出ししないと思うわ」
「おい、お前ら呑気に話してる場合か!
来たぞ!
貫け、沸る炎よ!フレアランス!」
フレイ様の先制攻撃、盾で跳ね返される!
向こうで流れ弾となった魔法が群がっていたゾンビに当たって盛大に燃えるわ。民家に燃え移らなくて良かったわ。
「ひえっあっぶね!
跳ね返すって、こう言うことか」
「さっき忠告したじゃない!」
その隙に背後に回ったリオ。
「デモンズファング!
……つまりは背面から攻撃すればいいんだな?」
流石、最推しのリオネル様!攻撃モーションも絵になる!動画撮りたい!顔が……じゃなくて頭良い!
……いえ、これは皆すぐに気がつく所よね。
前世の兄貴もアクションゲーで難敵に当たった時よくやってたわ。
背中に予想外のダメージを受けて、錯乱状態になったリビングメイルは大ぶりの攻撃を繰り返す。
攻撃を受けないギリギリの間合いを取りながら、単調になった攻撃の隙が出来るタイミングを探す。
「今!」
私とフレイ様は、ほぼ同時に手に取ったアイアンソードを構えて間合いを一気に詰める。
目指すは喉元、もしくは背面!
私は上手く懐に飛び込み間合いを詰めて、リビングメイルの首に剣を突き立てようとした瞬間。
リビングメイルの横薙ぎの重い一撃にアイアンソードを手放してしまった!
ヤバい、次の一撃でやられる!
「お願い!ヴィヴィアン!」
目眩しと次の攻撃キャンセル狙いでヴィヴィアンを放つ!
あんなに強い魔法の渦の直撃を喰らったのに、平然と仁王立ちしているリビングメイル。流石に強いわね。
「お嬢大丈夫か?!」
「大丈夫、何ともないわ!」
「全てを深淵の闇の中へ誘え……
ブラックミスト!
姉上、敵に突っ込むな!俺から離れないでくれ!」
「この野郎!お嬢に何しやがる!」
すぐさまリオが魔法で煙幕をはり、フレイ様がリビングメイルと肉薄し、応戦する。
フレイ様は正面から何度もリビングメイルと刀を交えるが、決め手にかけるようだわ。
この隙に、私は咄嗟に銀のかんざしを手にして、リビングメイルの背面に回り込む。
上手くいったわ。そのまま背中に組み付いて、リビングメイルの頸椎あたりの鎧の隙間を目掛けて喉元まで突き刺した!
「ギギィガアアアァアァ!」
断末魔だろうか、大きな音を立てて大剣と大盾を振り落とした。私はすぐに飛び降り、間合いを取って、落としたアイアンソードを探す。
隙が生まれた、チャンスだわ。ここでたたみかける!
「姉上!」
タイミングよくリオが駆けてきたわ。その手には……嘘でしょ?まさかのガーデニングフォーク?!
ああもう、これでやれるとこまでやるしかない!
「チェストー!」
私も一緒にガーデニングフォークを手に取り、二人で正面から喉元を目掛けて思い切り突き刺す!
なお、突然出たかけ声はスルーするものとする。
「ギァアアアァアアガアァァ……」
リビングメイルは断末魔を上げながら、次第に霧散していった。
カランカランと音を立てて銀のかんざしが地面に落ちる。
「なんとか、倒せた……」
「だから俺から離れるなと!何度言えば!」
まさかの銀のかんざしとガーデニングフォークで撃破よ。必◯◯事人には程遠いわね……。
さてと、ひと段落ついたわね。流れとはいえリオに買ってもらった銀のかんざしを回収しに行くと。
「あ、あの。これ。エリーゼ様……本当にありがとうございます……」
先に拾ってくれたのね、そうお礼を言ってかんざしを差し出すレダ嬢。
「それと、今まで申し訳ありませんでした」
顔を真っ赤にしてもじもじしながら謝罪を言うレダ嬢。
「あら、謝るのは私ではなくて、ロジーにでしょう?下町だと素直で可愛らしいわね」
「何よ、そんな事?!」
「それよりも貴方、貴族社会や学園よりも、教会や下町のほうが随分と楽しそうだし馴染んでいるじゃない?こちらの方が楽しい?」
「それは……後継だった弟が死んじゃって、私がお貴族様と結婚しなきゃいけなくて。
貴族としての品格が、マナーがって叱りつけて平手打ちしてくるお父様やお母様、邪険に扱ってくる執事やメイド達が、ここにはいないもの。
成り上がりの家のくせに落ちこぼれの私と、庶民出なのに優秀なローズティア。
それを比べて、嫌味を言ってきたり、物を隠されたり捨てたりする貴族のクラスメイトもいないから……すごく気が楽なの」
「ロジーがいなければって思っちゃった?」
「うん、あの子さえいなくなればって……」
ロジーと比べられて不貞腐れていたのね。いえ、それ以前にレダ嬢の生育環境がよろしくなかったか。
多分、ご家族やクラスメイトにやられていた事をロジーにやり返してたのね。よくあるパターンだわ。
だからこそ、悪役令嬢の取り巻きになって自分を大きく見せる事で自分の身を守っていたのかもしれないけれど。
前世だったらDVで警察や然るべき機関に相談したり、シェルターに避難したり、カウンセリング受けて、と助言する所だけれど、この世界にはまだそういった機関はないのよね。
「だったら、私と一緒に教会のシスターにでもなる?」
私の提案に、驚いた顔をするレダ嬢。
「私はもうすぐ、殿下に婚約破棄されて、社交界にはいられなくなるの。
そうしたら辺境の教会でシスターにでもなろうかなって。一緒に来る?」
「……エリーゼ様、どうして?
悪い子の私をあっさり許したり、どうしてそんな嫌な事を平然としたお顔で言えるの?おかしいよ……」
困惑するレダ嬢。そんな表情をさせるつもりではなかったのに。
「そんな、リオネル王子を一人ぼっちにするの?
置いて行くような事は絶対駄目!絶対エリーゼ様はリオネル王子と駆け落ちするべきよ!」
そっちかい!そういえばレダ嬢、私とリオと恋仲騒ぎの噂話が広がった時、脳焼かれてたんだったわ。
「レダねーちゃん、大丈夫だった?」
「トム!もう!無茶ばっかりして」
トムくんがレダ嬢に駆け寄ってくるわ。
嬉しそうに振り返るレダ嬢。
その瞬間、私達の目の前に、急に黒い影が不意に現れた。
嘘でしょ、リビングメイルがもう一体召喚された?!
皆が臨戦体勢を整えるよりもはやく、リビングメイルの鋭い攻撃が、トムの太ももを貫いていた。
「うわぁ!痛い痛い!」
「嫌よ、トム!
ウィンドカッター!
フォールストーン!」
怪我をしたトムくんに覆い被さって、レダ嬢が応戦するが。
新たに召喚されたリビングメイルは魔法を受けても微動だにしない。
「ちょ、ヤバ……あんな至近距離じゃ魔法打てねーよ!」
「レダねーちゃん!駄目だ!逃げて!」
「嫌よ!トム!アンタを置いていけないわ!え?きゃ?!」
リビングメイルの攻撃がレダ嬢とトムを切り裂いたか、と思われたが。
リビングメイルの剣にその身を裂かれたのは、咄嗟に庇ったハンスさんだった。
「グッ……カハッ……!私に構わないで、逃げて!」
「嫌よ!絶対嫌!私ハンスと一緒がいい!
誰か、誰か助けて!」
もう一度、ヴィヴィアン行ける?
「清き水流よ!お願い、ヴィヴィアン!」
ヴィヴィアンと何処からともなく大きな渦が現れ、周辺のゾンビたちを一層してゆくが。
嘘でしょ?バックステップでリビングメイルにかわされた?!
このタイミングで、キンッと甲高い音を立てて宝石にヒビ入った。
次打っても発動しないどころか壊れるかも……!
リオもフレイ様も手が一杯、本当に間に合わない!
……お爺様、お婆様、ごめんなさい。指輪壊してもいいわよね?
そう心で謝って、もう一度ヴィヴィアンを解き放とうと構えた瞬間。
リビングデットの斬撃が二人を捉えようとした、その瞬間だった。
「エリーゼ様、危ない!
聖なるかな、聖なるかな!
我らが万軍の神なる主よ!
主の栄光は天地に満つ!」
ヒロイン、ローズティアの高らかな声が辺りに響き渡った。これって、光の聖女専用の魔法の詠唱だわ。
「永遠にいまし主よ、聖なるみ光よ!
我ら子羊に仇なす咎人へ、
今こそ断罪を下す時!
ディヴァイン・レイ!」
激しい横殴りの雨の様に、降り注ぐ光が次々とスケルトンやリビングメイルの身体を貫き、串刺しにしてゆく。一瞬にして魔物はほぼ全滅じゃないの。
「天にまします慈悲深き主よ!
全てのか弱き子羊に光の施しを!
ホーリーリザレクション!」
淡く清らかな光が周囲を包み込み、青薔薇の花びらと香しい芳香が辺りを満たして、人々の傷を癒してゆく。
ハンスさんやトムくんの傷もたちまち癒えてゆき、レダ嬢が大泣きしながら抱きしめているわ。よかった。
「嘘でしょう?まるで、あの御伽話に出てくる光の聖女様みたいじゃない!」
これでゲームの進行通りだわ。
夜空に満ちていた魔物の瘴気が晴れていく。
神々しくも美しい満月の光に照らされて、ローズティアは天から使わされた天使のようだわ。
オータムフェスティバルの夜、ローズベル王国に百数年ぶりに、光の聖女が降臨した事になる。
「ローズティア、貴方こそが光の聖女様なのね」
「……えっいやいやアタシ、そんなつもりじゃ……違います!」
……へ?あれ?嘘でしょ?
あれだけ苦労して、迷走して、ようやく覚醒シーンまで来たヒロイン・ローズティア。
なのに光の聖女判定を拒否して、脱兎のごとくその場から逃げ出してしまったわ。何で?!




