ヒロインの妹と出くわしました。
「それにしてもパンケーキ競争?いつもだったらもうお祭りは終わりじゃないの?」
ロジーは不思議そうに疑問を投げかける。
「今年は特別な予兆があって、そのお祝いに教会騎士団の協力の元、フィナーレにパレードが行われるんですよ。その待ち時間の間にちょっとした催し物をと、司教様が提案されまして」
シスター・セリーヌが親切に説明してくれたわ。
そういえば、聖女が現れる予兆があったとか教会の方が盛り上がっているって噂だったわね。ゲームもそういう設定だった。
にしても、司教様ってさっきのアコーディオンの方よね。思ったよりもノリノリである。
「やった!パンケーキ競争、ウチの領地のフェスタでやった事あって、オレ大好きなんだ!準備手伝うよ!あ、魔法使っていいよな?その方が速いぜ?」
それを聞いたフレイ様は大喜びする。ゲームの好物欄にパンケーキって書いてあったものね。
「ええ、下町の皆さんからのリクエストもあり開催する事になりまして。司教様もフレイ様の家の領地出身でどうしてもって押し切られたのです」
「ウチの出身か!なら一肌脱がないとな!リオネル王子様も参加しようぜ!民衆から好感度上がるからさ!」
「いや、俺がそんな事したら、王妃一派に何を言われるか……その、パンケーキは食べられるのか?」
「レモンと蜂蜜付きで食べられますよ」
それを聞いてリオは目つきが変わる。
「……ストロベリージャムは?マーマレードでも構わない」
するとフレイ様は融通を利かせて。
「あー、近所の人に頼んでウチのレストランから持ってしてもらおうか?」
「よし準備段階から参加しよう、姉上とロジーさんはここで待っていてくれ。
ロジー、姉上をくれぐれも一人にしないように」
ジャムが食べられるとなったら秒でOK出しましたわよ、このジャム好き王子様は。現金だな。
推しが幸せそうなのはとても健康にいい。実にいい。
「はい、分かりました!」
シスター・セリーヌに連れられて、フレイ様とリオ、悪役令嬢の取り巻き達が離れていく。
しばらくロジーと二人きりか。リオと離れ離れなのは少し……かなり寂しいわね。心がえぐれるわ、前世の最推しだからね。
「パンケーキ競争楽しみですね!」
「私、初めてなの。出来るかしら」
「大丈夫ですよ、フライパンを持って走るだけですから。途中で、パンケーキをひっくり返すんですけど、その時のコツはですね……」
ロジーが楽しそうにパンケーキ競争のレクチャーをしてくれていた矢先。
「……何なのアレェ、こんな所でイチャイチャしやがって。ウッザ。邪魔ぁ」
え、態度悪。酷いな、そこまで言うの?
向こうの十字路の角から、ヒロインと瓜二つの少女が悪態付いてズカズカと歩ってきたわ。
確かレダさんとハンスさんが走り去って行った方角ね……。
「あっれぇ〜?おね〜ちゃん、なんでこんな所で油売ってるのぉ?学園はぁ〜?」
気だるげだけれど、カナリアのような甲高い声だわ。
フォローとして言っておくけれど、レダ嬢もハンスさんも十二分に美形よ、前世の私が凹むぐらいには。
多分妹さんのこの毒舌、嫉妬とやっかみよね……。
赤い髪にプリムラのような唇。パッと見るとヒロインと瓜二つの容姿。何故だか目尻が吊り上がっているせいかしら?雰囲気がキツく感じる。
年相応とは言えないメイクしているし、香水も使ってるかな?ウチで使っているローズではない……ジャスミン?イランイラン?フローラルな香りがするわ。
庶民の娘にしてはやや高額な……肌が露出している過激なドレスを着て、結構派手な印象を受けるわね……何処からお金が出ているの?
「キャス?そっちこそどうしたの、こんな所で?仕事は?」
「え〜?お針子なんてダルくてやってらんな〜い!
気弱なファンテーヌに押し付けて帰ってきちゃったぁ〜。
お貴族の金持ちのオジ様捕まえた方がまだ良い暮らし出来るじゃな〜い?」
……はい!?何言ってるの?この人。最近よく聞くパパ活でもやってるの?
何処か男性に媚びているような話し方、態度身のこなしのように感じるのは気のせいであって欲しいけど、そうじゃなさそうよね。
いやあのね?世の中上手い話ほど上手く行かないし、危ないものよ?前世からの経験談だけれど。
何かおかしいと思ったら止めておく、信頼出来る情報源でよくよく調べないとね。
「こら!またそんな事!
ファンテーヌちゃんのおばさんから苦情来てるんだから、そういうのやめなよ!
本当にお父さんとお母さんに怒られるよ?それにローズマリーおばさんみたいになったら……!」
「え〜ヤダヤダ!なんでもローズマリーおばさんみたいになる訳ないじゃん?
あたしはもっと上手くやれるし失敗しないしぃ〜。そんなの放っておけばいいでしょ?
それよりもさぁ、おね〜ちゃん。学園で首尾よくやれてるぅ?
せっかくイイトコに潜り込めたんだからさぁ、世間知らずのお嬢様なんて奥手ばっかなんだから、良い家のお坊ちゃんに上手く取り行って奪っちゃいなよぉ〜。
特にフィオナ殿下なんていいんじゃないのぉ?セルシアナと上手く行ってないんだからさぁ」
そう言ってゲラゲラと笑う。
なんという事を言っているんだこの人は。モラル、倫理観が明日明後日の方に飛んで行っちゃったの?
前世で上司の酒の席で無理矢理そういうお店に連れて行かれて聞いた話だけれど、ナイトワーカーの世界でもそういうの嫌がられるって、お姉さん達言ってたわよ。
「ちょっと!セルシアナエリーゼ様本人の前でなんて事言ってるの。早く謝って」
ロジーに怒られてからようやく私に気付き、キャスリーンさんは何故か私を凝視する。
ここにいてはならないものを見つけたかのように。
そして、ボソッとこう漏らした。
「……は?セルシアナエリーゼ?本人?下町や庶民を毛嫌いしてバカにしてたヤツが?
……なんでここに悪役令嬢がいんの?こいつのメンツ潰せばイイ思いが出来るのに〜?」
「こら!キャス!そんな馬鹿な事言わないの!それに力の事は……!」
……はい?メンツ潰す?悪役令嬢を?さてはこの子、攻略情報知ってる?
なんと言いますか、この発想……。まさか転生?
「あら、随分と品のないガサツな物言いですこと。
そんな様子で本当に上流階級と渡り合えると思って?」
「……はぁ?!何コイツ?」
しまった、余計な事言っちゃった。妹さんにギロリと睨まれたわ。完全に場の空気が冷え切っておる……。
「キャス!身分の高い方になんて事を……」
「いいわよ、気にしないで。
ご機嫌よう、キャスリーンさん。キャスさんでいいかしら。
私、セルシアナエリーゼと申します。お見知りおきを」
私は優雅にニコリと微笑む。この場合、握手でもした方がいいのかしら。
「貴女、随分と明け透けな態度ですわね。
しかし、この様な往来の場で他人を侮辱するという事が何を意味するのか。私が教えて差し上げましょうか?」
ニッコリと微笑む。
キャスリーンさんは思わず。
「お、脅し〜?効かないっての」
「あら、ただの忠告ですわ。
人を浅知恵で小馬鹿にする様な態度では、それ相応の自滅を迎えるものですわよ?」
ギクッと肩を震わせて、押し黙るキャスリーンさん。
しばらくして一人小さな声で吐き捨てる。
「……あの性悪セルシアナがどうやっておね〜ちゃんを手懐けたのぉ?ゲームシナリオ狂ってんじゃね?
どーして、今回こそ殿下ルートにするつもりだったのに転生先は聖女じゃないし、上手く行かないの?」
「……あら?まさか私の婚約者のフィオナ殿下に懸想をしていらっしゃるの?
身分違いの恋なんてロマンチックですこと。
だから私に嫉妬して、無碍な態度を取るのかしら?
だとしても、これ以上私に問題行動をなさる様なら、社交界には出禁になりますけれども。
よろしいかしら?」
そう呟くと、キャスさんはギクっとした顔をして。
「何〜?冗談を本気にしてるの〜?
いっけな〜い!あたしぃ急用があるんで失礼しますぅ〜」
「あらそう、その様な失礼な態度だと時間の無駄ですものね。どうぞお気になさらず」
そう言って、目当ての男性らしき方へと走り去って行ってしまったわ。
キャスリーンさんってなんというか、台風みたいな子ね……。転生がどうのとか呟いていたけど、まさかね。
「え?ちょっとキャス!そっち仕事場じゃないでしょ!
何処行くの?早く仕事に戻りなよ!」
その様子にロジーは慌てて妹さんを止めに走り出した。
一人になるなと言われたのに、一人残されてしまったわ。不味いわ、どうしましょう?




