光の貴公子エルレン様と、悪役令嬢の取り巻きが出てきました。
長い睫毛にアメジスト色の瞳。まばゆいシルバーブロンド。
前世で、ゲームのパケ絵で一目見たときから、綺麗な人だ、と思った。
眩い光、純白、品行方正、厳格、清廉潔白。それをそのまま絵にしたかのような美しい人。こんな人間がリアルに存在するはずない。
その一方で、リアルにいたとしても、前世の平凡な容姿、平凡に暮らしている私とは全然釣り合わないな、とも妙な気後れをしたのも覚えている。
そのエルレン様が、目の前にいるのがいまだに信じられない。
実在しているの?あの現実離れした造形が?今世でもかなり気後れするわ。
彼が言葉を発すると、空気が凛と静まり返る。
「失礼だ。すぐに謝罪を」
「ふん、教皇の倅か。まこと申し訳ない。
そうだ、お父様がこの間、教会にたんまりと寄付金を出したが、ムーンローズ猊下はご機嫌いかがかな?」
声高に尊大な態度で言い放つロナウド様。
ええ?嘘でしょ?いきなり金の話かい。
ドルシュキー領は商工業盛んだからね、仕方ないね。パワーイズマネーではあるけれど、露骨というか、ここまであからさまなのは下品ではないの?
「ここは君の屋敷ではなく、元は教会。
聖女、国王陛下から賜った学び舎だ。マナーを守りたまえ」
エルレン様の言葉に同意するわ。
こんな、ロナウド様みたいな横柄な人、前世だったらすぐさま距離取るか、敬遠するんだけどな。今すぐ退避したいわ。
しかし今世では悲しいかな、お互いに公爵家で微妙に血縁関係あり、国内最大派閥の跡取り息子であるから、今後社交界などでもお付き合いしなければならない相手でもある。
正直言って、本気で面倒くさいわ。
見た目はイケメンなのにね。スタイルは鍛えているのか引き締まっていて姿勢が綺麗だし。
ヘーゼルの瞳とか色が変わって本当に綺麗。宝石みたい。
ゲームではモブなのがもったいない。攻略対象になってもおかしくないと思うわ。だからこそ余計に……。
「宝石みたいに綺麗なヘーゼルの瞳をお持ちで、顔立ちもスタイルもいい。せっかくの美人さんなのに、本当に残念な……」
大食堂の空気が、固まった。
いけない、またお口から本音が出てしまいましてよ。はしたないわ。
「……はあ!?ななな何を突然言い出すんだ?!」
素っ頓狂な声を上げて、みるみる赤面するロナウド様。
「ふん!
ずいぶんと世辞が上手くなったじゃないかセルシアナ?
べっ別に持ち上げても何も出ない!嬉しくなんてないからな!」
おや?これって、まさか照れてるの?ロナウド様が?
案外ツンデレってやつなの?初々しい奴よのう。
とはいえ、普通貴族って美辞麗句慣れしているはずなのにな。むしろ、そういった言葉に嫌味や毒が仕込まれている事だってあるはずなのに。どういう事なんだろう。
「あら、失礼だったかしら。お世辞ではなく、思った事をそのまま言っただけですわ」
正確には不用意な一言です。
おや、エルレン様の肩が震えているようにも見えたんだけれど何でかしら?
「仮にも国の始祖にして国教の基である光の聖女と、中興のブルーローズの聖女の血を引く末裔に当たるお方だ。君もご存知のはずだろう?」
エルレン様の言葉を、ロナウド様は鼻で笑って。
「ふん、そんなものにすがってどうになるというのだ」
殿下が前に言っていた聖女の軽視、本当だったのね。
「ドルシュキーの家に嫁いだ王族だっている。君の先祖にあたる方でもあるのだぞ?」
「……本当にそう思っているのか?」
……うん?血縁一応はあるって事よね。何でそんなに不審がるんだろう。
「セルシアナもフィオナ殿下との政略結婚を、さも恋愛が成就したかのように吹聴しているそうじゃないか。
実に浅はかだな」
前も同じ言いがかりつけられたわね。予想通り、発信元はドルシュキーかしら。
「ロナウド、いい加減に……」
またそれ?殿下と悪役令嬢のとの婚約は政略結婚なのは承知の上なのにね。
「またそのお話?ロナウド様とあろう方が、私達の婚約が政略結婚なのは、流石にご存知でしょう?」
他の生徒達もざわめき立つ。
エルレン様も驚いているみたい。わずかに眉が動いただけだけれど。
……あっいけない。また本音がお口から出てしまいましてよ。
「ほう?セルシアナ。
ようやく足りない頭で気が付いたのか。
自分がいかに哀れな道化で、王太子の女除けなのかを」
「あら。不粋で品のない物言いですこと。
政略結婚は国の繁栄の為でしょう?とても重要な事ではないの?」
まあ、前時代的な価値観の中だと、なのよね。
「私とて王族の血を引いて産まれたからには、国の為にこの身を捧げる覚悟は出来ています。
例えば……そうね。
殿下との婚約破棄され、ドルンゲンの悪帝に嫁ぐ事になったとしても」
ドルンゲン帝国の悪帝、その名前を出した途端、悲鳴を上げ倒れるお嬢さん達が何名か。
……嘘でしょ?たったのそれだけで、まさかの失神?
いや、お貴族の深窓の令嬢なんて気の弱いものだけれどね?
またはコルセットキツめに付けてきてるのかしら?あれって骨や内蔵まで締め付けるから気絶しやすいし、出産にもよくないから本当は止めさせたいのよね。
「はっ殊勝な事だな。
酒池肉林に飽き足らず、毎日処刑騒ぎの老害悪帝に、嫁ぐ?妾としてあてがわれるの間違いじゃないのか?
まあ、どの道この国のための哀れな生贄だなぁ?」
「あらあら、それすら政治的な取引ではなくて?それすら卑下するなんて、それでも貴方は公爵家を継ぐお方なのかしら」
「生意気な口を。
……お前、まるで別人のようだな。こんな事を言われたら、昔のお前だったらすぐに癇癪を起こしていたではないか。
『なんてこと言うの!私は選ばれた特別な人間なのよ!殿下に言いつけてやるんだから!』なんて……」
「私もずいぶんと大人になりましたのよ?」
内心ヒヤッとしたわ。
まさかロナウド様、それも敵陣営に、別人説言われるとは思わなかったわ。
前世の記憶を思い出した事により経験と知識がインプットされたので、精神的にはアラサー超えて ……いや、厳密に考えるのはやめておこう。悲しくなる。
とにかく、見た目よりはだいぶ老成しているなんて、流石に言えないのよね。
「はっどうだか。口ではなんとでもいえる」
リオが、ロナウド様から庇うように、私の前に躍り出る。
「ロナウド、失礼な事を。
仮にも未来の王太子妃に、何という口の利き方をしている」
「これはこれは廃王子となったリオネルじゃないか。
王宮に居られず、公爵家に逃げ込むとは随分と落ちぶれたものだな。
当然と言えば当然か。貴様の母親はただの妾で王妃にもなれなかったのだからな。
それにその田舎娘など守る価値などない。
そのうちフィオナ殿下のフィアンセでも、公爵家の人間でもなくなるだろう」
えっこの人何を言ってるの?
まるでこの先のストーリー展開を知っているかのような物言いじゃない?
「リオネル王子は廃位などしていないですわ」
「残念ながら近いうちに廃嫡が決まっている、とお父様が仰っていたからな」
……だからさぁ。
「それは国王陛下の公的な発言でない限り、貴方と貴方のお家の願望でしかないのでは?
敵意、悪意のある願望を、さも事実のように吹聴するのは人としてどうなのよ?
そもそも、それって侮辱、名誉毀損じゃない?しかも王族相手取るなんて、不敬罪に……」
「はっ!妾だった母親は亡くなり、後援となる家も基盤もない権力も持たない王子に不敬?笑わせてくれる!」
そう言い放つと、顔を歪ませたロナウド様は突然すぐ近くにあったナイフを床に落とした。
ナイフのカランカランという音だけが、大食堂内に響き渡る。
ああ、これって……。
「給仕のどなたか、取っていただける?」
私はナイフを取らずに、すぐさま手を挙げて給仕を呼ぶが。
……誰も、来ない。
「乗らないのか?この臆病者」
「あら、何のこと?
貴方の落としたナイフを私が拾っただけで、決闘なんて古臭い事、流石に言い出さないわよね?
仮にもか弱いレディ相手に」
「はっそれとも分かりやすく、山羊革の手袋でも投げてやろうか?」
これは決闘イベントの導入ね。
ミステリアスローズの中盤イベントで、悪役令嬢の取り巻き男子学生に言いがかりをつけられたヒロインのために、攻略対象が決闘に挑むのよね。
決闘前、攻略対象にヒロインが勝つようにとバラに光の魔力をかけて、青薔薇にして渡すシーンが凄く印象的なのよね。
「ふん。か弱いレディなら、小賢しく口答えなどするものか。
この騒動で既に泣き崩れているか、失神しているだろう。お前はレディ失格なんじゃないのか?」
でも何で悪役令嬢の私が言いがかりを付けられているの?そこはヒロインの攻略対象にでしょ?
どこをどうバグったらそうなるのよ?
「この……!」
「リオ、乗っちゃ駄目よ」
感情に飲まれてリオがナイフを拾おうとするのを牽制する。
うーん、これって大人しく大食堂から退出するしかないか。きっと、この事で社交界で延々と噂されるんだろうな。
コース料理半分も食べれていないのも残念だな。
そう考えていた矢先。
「……あの、恐れながら申し上げます。
ロナウド様、こちら落としましたよ?」
そう言ってナイフを拾い上げたのは。
よりにもよってヒロインことロジーだった。
「ロジー!何やってるの?」
「……そんなにエリーゼ様とリオネル王子を侮辱し、陥れたいなら、アタシがお相手しますよ」
「おい、貴様下がれ。平民風情が口をきいていいお方ではない。どなただと思っている」
ロナウド様のご友人が、ニヤニヤしながらロジーに牽制にかかるが。
「……いいえ、下がりません。絶対に」
毅然とした態度を示すロジー。
「平民如きが生意気な口を。この僕に勝てるとでも思っているのか?」
「……ええ、勝てます。
アタシはしょせん庶民ですから、兄さんや男の子達と混じって育っているし、教会騎士団討伐部隊に入ったウィル兄さんやトマスやベンジャミンと……兄や幼馴染みと今も剣の稽古もつけていますから。
……お父さんとお母さんに怒られるけど。
貴方のような、温室育ちの軟弱貴族の御曹司なんて一捻りですよ」
「なんだ?貴様がセルシアナの決闘を肩代わりするのか?」
「……はい、仰るとおりです。
リオネル王子とエリーゼ様に代わって、アタシが貴方の決闘相手になります!」
はい?!ロナウド様と決闘?!何言っているの、このヒロインは!?