前世限界オタクの悪役令嬢は婚約者と最推しとの三角関係を疑われました。
「それで、貴女という方はフィオナ殿下の婚約者という立場でありながらも、リオネル様と惹かれあい、禁断のご関係に……!」
「ふぁ?!何を言ってるの?待って、本当に待って!」
何を言い出すんじゃ、このお嬢さんは?!
私が予想だにしない発言に驚いて言葉を失ったその瞬間、クラスの女子から一斉に歓声が上がった。
「キャー!それって本当だったの?!」
「やだ!素敵!世紀のラブロマンス!」
「……二人の王子様に挟まれるなんて……なんて羨ましい……」
何をいっとるのだ、このお嬢さんがたァ?!畏れ多すぎるわァ!
王子二人が?ヒロインではなく?よりによって悪役令嬢こと私を巡って三角関係ですと?!
か、解釈違いにも程があるんですけどぉ?!
流行りの恋愛小説か、大人向けのロマンス文芸の読み過ぎじゃあるまいし?
対象が自分じゃなきゃ、その話詳しく教えて欲しい。それ本にして!どちゃクソ読みたい!……じゃなくて。
前世、クソオタクだった私が、最推しのリオネル様に、ましてやリオに手を出すわけないでしょ?!畏れ多すぎるわ!
……あぁいけない、狼狽し過ぎて前世の素に、前世の口調に戻ってしまう。普段から前世からの地の駄目な部分を出さないようにって、ものすごく気を付けているのに!
ヒロインが二人の王子の間に入って取り合うような展開もあったけど、そういうシチュエーション大好物なファンもいたけど!前世の私はリオ様一筋ですからね!
私、今までどんな悪女と思われてたの?!まさか男を手玉に取る悪女なの?うう、心折れそう。メンタルが一瞬にしてガタガタだわ……。
「そんなまさか!私とリオネル王子はそんな関係ではありませんわ?!」
「なら、どんな関係なの?」
「そうよ!もう恋人同士?」
「それとも、既に……?!」
そう言って、私の言葉に一斉に固唾を飲む良い家のご子息ご令嬢達。皆良いところの出身でも、年頃だから恋愛関係の話になると食いつきがいいわね。
私にとってのリオとは。……なんだろう?いつも近くに居るからあまり考えたことは無かったな。
今のリオは……まあ、最推しのリオネル様とはほど遠いのよね。ぐぬぬ。だからといって嫌いではないけれど。
……今世の私にとっての、今のリオとは何だろう。
「姉上との関係ですか?命の恩人であり、僕にとってはとても貴く大切な方ですね。
また、共に領地で過ごし、共に勉学に励んだ仲でもあります。
ただ、幾何学の家庭教師と生徒でもあるかな。
本当に姉上は幾何学が苦手ですからね」
そこに現れたのはリオ。こう、大人しく猫かぶっているとゲームでの王子様オーラが出るんだよなぁ。
「リオネル王子!流石ですわ!学年トップですものね」
「先生方からは学園始まって以来の秀才と呼ばれておりますのよ!」
「いえいえ、過大評価でしょう。僕など王太子殿下の足元にも及びませんよ。
それに姉上は、兄のフィオナ殿下に取って、とても大事な方。僕の出る幕はありません。
それに皆さん、既にキャロルット公爵家に養子として入り、公爵家を継ぐことになっています。どうぞ僕のことはキャロルット伯とお呼びください」
そう、他所の人用に猫かぶったリオがしおらしく答えると、ご令嬢たちはキャー!と歓声を上げた。
「そんな!私達にとってリオネル王子は王子様ですわ!
私達はリオネル王子を応援しておりますからね!
頑張って下さいまし!」
「王宮でもリオネル王子の復帰を願っている方は多いのですよ!」
「禁断の恋なんて憧れますわ!」
「略奪愛なんて素敵!」
「ほら!エリーゼ様も、もっと自分の気持ちに素直になられて!」
うん?イマイチクラスメイトが言ってる事がよく分からないわ。しかも何かサラッと、物凄くとんでもない事を口走った方いらっしゃらない?
頑張るって何を?自分の気持ちって?
……禁断?略奪?どういう事なの???
私はヒロインじゃないのよ?悪役令嬢よ?
尊い最推しを守る以外に、何を頑張るの?……魔法と勉学ですかね?
ああ、皆して何かを期待するキラキラした目でこちらを見ているわ。
レダ嬢達がクラスの前の廊下を通り掛かっているところのよう話し声が聞こえてくるわ。
何かあったのか……まあ十中八九、教会へのボランティア言いつけられたのだろうけど、プリプリと怒っていた。けれど、通りがかりのレダ嬢たちすら、いきなり目を輝かせて。
「なんて事!」
「フィオナ殿下という婚約者がありながら……でもこれって私達にもチャンスありって事じゃないの?」
「禁断の恋なんて素敵!」
「こんな恋愛小説みたいな事ってあるのね!」
とか、はしゃいでいるし!?
そこ!「早速クラスの皆に知らせなくちゃ!」じゃない!他人の噂や醜聞、精度の低いゴシップではしゃぐな!広めるな!
私はこのゲームのヒロイン枠じゃなくて悪役令嬢枠なんだから、私がモテても嬉しくないの!
解釈違いなの!ゲームのストーリー通りに進めてよぉ!
ああああ、誰かヒロイン、ヒロインのローズティアを呼んで。すぐ代わるから!
こ、こんなことになるなんて思ってもみなかったわ、脇が甘すぎたのかしら……何だろう、やっぱり私、転生ガチャ大失敗したかもしれない……。いや、そもそも人生をガチャに例えるという時点で不謹慎よね。この状況はその天罰か何かなの?
うぅ胃が、胃が痛い……前世の持病が再発するぅ……。誰か薬持ってきて……。
「……姉上、どうしてこんな騒ぎになってるんだ?」
「……ごめんなさい、リオ。大事になってしまって」
「……王太子の婚約者、ひいては将来の王妃になる身なんだから、ゴシップになる様な事は控えてくれ」
そう言ってセシリー嬢の方をチラッと見てから。
「特に、セシリー嬢は怖いぞ。父親のブルンネ伯爵は軍人で厳しい方だ。さらには彼女の親族に、兄上の付き人している方もいる」
「……それって、ひょっとしてお父様がリオを連れ出した時、一緒にいた?」
フィオナ殿下の付き人って、まさか、王宮で私にお手洗いへ案内した、あの?
「ああ、その通りだ。俺たちの動向を見張っていると考えていい」
ひえっ。背筋がゾッとしたわ。アホな言動は控えないと。
いやでも、なんでそんな方がこのタイミングであんな話するの?
「エリーゼ様、リオ王子!おはよーございます!……あれ?これは何の騒ぎですか?」
そう言ってローズティアが登校してきたわ。昨日と打って変わって元気ね。
「ローズティアさんご機嫌よう!貴女、昨日セルシアナエリーゼ様に嫌がらせされたんですって?」
「え?いやいや何を失礼な事言ってるんですか?アタシ、逆に助けていただいたんですよ?エリーゼ様スッゴい格好よかったんですから!」
すぱっと否定するヒロイン。この子、何で率直に言っちゃうの。
「ローズティア、髪はどうしたんだ?!」
ヒロイン、ローズティアの髪の毛がバッサリと切られていた。
ショートカットで良く似合っているけれど。
「貴女、髪はどうしたの?嫌がらせでもあった?」
「え?普通に切りたかったから切りました。長くて邪魔だったので」
「切りましたって……貴族の御令嬢は、皆ロングヘアよ?それでは貴女目立ってしまうわ」
それどころじゃない。これは失恋バットエンドの髪型でもある。誰よ?この子を手酷く振ったのは。
「これですか?良いんです。私、貴族ではないですし、王侯貴族社会に入るつもりもありませんから。
あ、私の事はロジーって呼んで下さい。友達や家族は皆そう呼んでるんです。
それで、何の騒ぎなんです?」
「あら、ロジーさんはご存じ?
リオネル王子とセルシアナエリーゼ様は恋仲なんじゃないかって噂がありますでしょ?」
「ええ!?本当?!あの噂本当なんですか?!エリーゼ様素敵―!」
ふえええ?!ヒロインよ、お願いだから一際輝くような笑顔で言わないでぇ!?
「ち、違います!誤解、誤解よ!」
私はすかさず否定するも。
「顔が真っ赤よ!嘘ね!」
「頑なに否定するって事はますます怪しいわ!」
逆にクラスメイトは疑うし。
「うわぁ!凄いね!そんな恋愛小説みたいな事ってあるんだ!素敵!
エリーゼ様!リオネル王子との恋、私も応援します!」
ヒロインに至っては嬉々と有り得ない事を言ってのける。
「何言ってるの?!ローズティア?!」
これはそもそもあなたが主人公、貴女の為のゲーム世界よ!?
そういうシナリオでしょ?しょ、正気に戻って!!!
「あら、ローズティアさん話が分かるじゃないの!」
「ああいえ、妹がそういうお話が好きで。後でキャスに教えよ!」
ああ、ヒロインの妹さん許すまじ!
「ですから、僕は王太子殿下の婚約者たるエリーゼ姉上になんて畏れ多くて手を出せませんよ?!
そろそろ先生が来ますから皆さんご静粛に!ご静粛に!」
「リオネル様、そんな態度では駄目ですよ?」
「そうですよ?ちゃんと自分の大切なお気持ちを伝えないと!」
リオが顔を真っ赤にして落ち着かせようとするも、逆に沸き立つクラスメイト達。
……ああ、一体、何が起こったというのでしょう。
前世の私、実を言うとリオ様とヒロインのカプを密かに推していたというのに。いや、しめ鯖さんや他の同士に割と過激派とか言われたな。遺憾である。
こともあろうにミステリアスローズのヒロインが、リオ様と私のカップルを推すとな?
嘘でしょ、よりにもよってヒロインが?
ええ?ねぇこれ、夢よね?いいえ、これ絶対悪い夢よね……?
の、脳が理解を拒否している……?
前世の記憶が目の前の現実を拒否して熱が出そう……?
「そんな!フィオナ殿下が可哀想よ!
私はフィオナ殿下を応援するわ!」
「仲睦まじいお二人を引き裂こうとする世間の常識に捕らわれるなんて!
真実の愛から目を背けてはいけないわ!私たちはリオネル王子の恋をお守りします!」
何で皆こんなに、他人のありもしない恋路でイキイキしてるの?馬鹿なの?
「それで、セルシアナエリーゼ様はどちらの王子がお好きなの?」
「ふぁっ?!しゅき?!」
ああ、クラスのお嬢さんの圧に負けて、うっかり前世の駄目な言葉が出てしまったわ……。
凄まじいまでの敗北感である。
「ですから、セルシアナエリーゼ様。
フィオナ殿下とリオネル王子、どちらをお慕いしているのです?!」
「ふぇっ?!ふええぇ……違うの!そんなのじゃないの!やだ!お家帰るぅ!」
クラスの皆に詰められて、私は脱兎のごとく教室から逃げ出したわ。
すぐに麗しの担任、エイガス先生に捕まえられて、連れ戻されましたわ。
その上、先程の騒ぎの一部始終を知られてしまったわ。一生の恥、不覚である。
ちなみに喧嘩売ってきたご令嬢は、私がリオとの関係を詰められてる始終、唖然としながら様子を見ているだけだった。
なんなら先程こっちを睨み付けて自分のクラスに帰っていったわ。
さらに。
「あのご令嬢、殿下との婚約が上手くいかなくてすぐ激昂するようになった上、婚約者探しに難航してるんですって。確か何人も断られてるそうよ」
「ああ、やっぱり八つ当たりなんだ。でもあの性格じゃなぁ」
「この学園、結婚の為に1年と保たずに中退している女生徒多いじゃない?三年もいたら売れ残りって言われて、さぞや肩身狭いんでしょうねぇ」
ひえぇ。泣きっ面に蜂、見事な死体蹴り……震えあがっちゃう……。
結婚のために中退とか、本当にあるんだ。
前世の私、死ぬまで未婚だったからな、この場にいたら泣いちゃってるわ……。
「それにしても意外ね。ロジーさんも、他のご令嬢のようにフィオナ殿下やリオネル王子をお慕いしてるのかと思っていましたわ」
「えー?だってアタシじゃ身分違い過ぎますよー」
「身分違いの恋だって素敵じゃない!」
「ロジーさんはとても可愛らしいから、きっと貴公子や素敵な殿方に見初められてもおかしくないわよ!」
力説するクラスメイト。
「そうかなぁ?それはきっとお話の中だけじゃないの?現実はもっとこう……厳しめ?
それよりもエリーゼ様!フィオナ殿下や、リオネル王子との馴れ初めを教えて下さいよ!」
いや!だから!なんで!
ヒロイン自らがニコニコと自分の恋愛フラグをバキバキと折っていくのよ!?
「こらこら、そこ静かになさい!授業を始めますよ!」
こ、これ本当にゲームの中じゃないの?それにしてはモブキャラの皆さんが普通に自分自身の人格を持って自分の意思で動くし喋るし……どういう事なの。
うう、皆そんなキラキラうっとりした目で見ないでよ。私だってフィオ殿下は大切に思ってるし、リオだって……リオネル様と程遠いけど前世の最推し。
だけど、どうにかなりたいとか挟まれたいとか、そういう欲は本当にないんだからね!?




