ヒロインへのイジメの疑惑をかけられました。
そう。その朝の学園で、事は起きた。
私は珍しく一人で教室に入り、クラスメイトに挨拶する。
リオは所用があって後から来るって。
「皆さん、ごきげんよう。朝早いのですね」
「セルシアナエリーゼ様!ごきげんよう!昨日は大変でしたね」
「いえ、大したことではありませんわ」
「でも……」
言い淀むクラスメイト。するとそこにズカズカと割って入って来た上級生がいた。
「あら、セルシアナ。ごきげんよう。貴女、早速問題を起こしたそうね?」
亜麻色の髪、緑色の瞳。なかなかの美人さんだけれど、目尻がきついわ。
それにしても、セルシアナ呼び?ゲームでの悪役令嬢の友人からの呼ばれ方だわ。
この方は確か殿下の婚約者候補の一人で、三年生の生徒だった……。
「貴女は殿下の婚約者候補にも挙がっていた……。
申し訳ないのですが、お名前を伺っても?」
駄目ね、思い出せなかったわ。結構な人数がいたのよね、殿下の婚約者候補って。
と言いますか、前世の記憶が戻ってから、今世の幼い頃の記憶がうっすらとしか思い出せないのよね。どうしてなの。
「呆れたこと!私の名前を忘れるなんて!あんなに親しくして、お茶会にも誘っていたというのに!招待状や手紙を送っても返事も返さないなんて酷いわ!」
はい?何を言っているんだ、このお嬢さんは。
お茶会も招待状も手紙も、いくらこちらが送っても返事なかったんですが。
だというのに、周りのご令嬢まで「可哀想」「なんて酷いの」などとヒソヒソと話し出す。
「全く、殿下の婚約者に選ばれたからって無視するなんて!酷いわ!」
……やらかした。支離滅裂なこと言っているけど、これ、悪質な印象操作だ。
昨日の今日でまたこれか。悪役令嬢大人気だな、悪い意味で。
原因は殿下の婚約者に選ばれた私への嫉妬なんだろうか。
とは言え、こういういやがらせは前世でも散々見知っているからか、もはや慣れなのか、割と冷静でいられる自分に驚いているわ。
「庶民をいたぶるのが趣味なんて浅ましいことね!」
「いえ、その様なことしておりませんわ。誤認してらっしゃるのでは?」
「それにリオネル王子は闇魔法で人を殺したっていう危険人物じゃないの。そんな方を囲うなんて何を考えていらっしゃるの?」
リオネル様のゲームとでの設定と同じ事を口にするご令嬢。
でも、そんな事実はないはずだ。
「リオネル王子が?それは本当ですか?どこで、誰からそう伺ったのですか?」
「さあ、どなただったかしら。皆様、その噂で持ちきりでしてよ」
言質を取ろうとする私に対して、そう誤魔化してクスクスと笑う。
すっとぼけるなですわ。事情聴取ぐらいまともに答えなさいよ。昔の刑事ドラマよろしくカツ丼でも食べる?
「秘密裏ではありますが、しばらくの間、リオネル王子は持病の為、わが公爵家の領地でご静養なさっていました。そのような世迷言を吹聴なさるのはお止め下さいませ」
「嘘おっしゃい!
他にも貴方、魔法も成績も振るわないのに、公爵様に泣きついてこのクラスに無理に入れてもらったのでしょう?
そんなの見て覚えればいいじゃないの!」
教育論投げ捨てるな。まだ学生だから仕方ないと思うけど。
「まあ、そんな」
馬鹿げたこと……そこまで口に出そうとして、私は口篭もる。
ここでありもしないでっち上げのイジメやズルを認めてしまえば、元の悪役令嬢ルートに戻れる。
でも、ここで認めてしまったら……ゲームでウチの公爵家がどうなったか思い出してしまう。
このままゲームのシナリオ通りに事が進んで、婚約破棄、私が死んだら……その先は……確か、お家お取り潰しだったわよね?
私の事を叱りながらも心配してくれたお父様とお母様はどうなるの?
アニータは?ロック料理長や執事長のヨハン、使用人たちは?あんなに良くしてくれたお屋敷の皆はウチの公爵家がお家お取り潰しに遭った後、何の遺恨もなく再就職出来るの?
その後、後ろ指を指されることもなく、流浪する事もなく、無事に人生を送れるの?
何より、リオは?リオネル様はどうなるの?
また、王宮に戻されて王妃様達に嫌がらせされるの?命を狙われて、教会に追いやられるの?
そして、ゲームのようにヒロインに報われない恋をして……悲劇的な最期を……。
今の今まで素敵だと思っていたエンディングが、ゾッとするような最悪の未来の予感となってガンガン脳裏をよぎる。
駄目だ。迂闊に答えたら駄目だ。これは前世の記憶や感情、周りの圧力に流されてイエスと答えたら大変な事になる。
……ゲームの悪役令嬢だって薄々分かっていたはずだ。
なのに、どうしてあんな選択をしてしまったのだろう。
まさか、今のようにヒロインの目につかない所で嫌がらせを受けていたの?!
「まあ!だんまりを決め込むだなんて!本当の事だったのね!」
いかにも楽しそうに私を嘲笑う。
完全に嫌がらせとマウンティングが上手くいっている自分に完全に酔ってるわね。
向こうは優雅に笑っているつもりだろうけど、底意地の悪さがお顔に出てましてよ。
うわ、正直キッツいですわ。
この場合の上手い切り返し方は?最適解は?この世界、前世みたいにネットやSNSや検索機能がないから、こういう時本当にキツいのよね。正直スマホが恋しい。
思いつけ。何か思い出せ、前世だったらどう対応しろってなってた?
「うぅぐすっ……そんな……酷いわ。リオネル様があんな……酷い目にあっていたのに。領地でお母様の必死の看病で持ち直して、それでも体調が安定しなくて……私、リオネル様が心配で、死んじゃったらどうしようって……ぐすっ……食事もろくに喉を通らなかったのに……」
思い付いたのが泣き落としである。ええ、嘘泣きよ。
決してこのご令嬢の圧が怖いから泣いているのではないからね。
「ひっく!お茶会なんて、そんな気になれなくて……手紙だって涙がにじんでしまって……ロクに手につかなくて……私、私は……!」
クラスメイトがざわつく。
「エリーゼ様かわいそう」
「リオネル王子の事がそんなに……」
よし、同情票をこっちに取り返したわ。感情論には感情論よね。
セコいって言うな。何度も言うけど、怖いから本当に泣き出した訳じゃないからね?
「う、嘘泣きで人の同情を買おうとするなんて浅ましいわ!」
年下のクラスに乗り込んできて、堂々と罵倒する奴が何を言っているのよ。
さて、ここから巻き返そうか……と意気込んだ所で。
「セルシアナエリーゼ様、それは本当でして?
それなら、私もお伺いしたい事がございます」
同じクラスのご令嬢が唐突に声を上げた。
プラチナブロンド、アッシュグレーの瞳の、確か、セシリー・ブルンネ伯爵令嬢だったかしら。
物静かで理知的な印象だったのに、このタイミングで?何を言い出すのかしら。
「何でしょう?ブルンネ嬢」
「エリーゼ様はフィオナ殿下の婚約者ですね?
それでは、リオネル王子とはどんなご関係でして?」
その鶴の一声で、空気が変わった。
……うん?何だろうこれ。詰問?
いや、クラスの皆が目を輝かせてこっちを凝視してる?何か色めき立ってる?何で?
「……リオネル王子は、今は訳あって王宮を離れ、公爵家でお過ごしいただいておりますわ」
「でもリオネル王子って、国王陛下の実の子ではないんでしょう?あまり似てませんもの。
だから公爵家へ養子に出されたのでしょう?」
いかにもなゴシップを信じ込んでいるのだろうか、ご令嬢が首を突っ込んできたわ。
するとセシリー嬢は困った顔をして。
「何を仰るの?
リオネル王子は国王陛下のご要望により、まだ王子の位も廃してしておりません。
未だにキャロルット公爵家の養子にもなっておりませんわ」
へ?そうなの?などと、心の声を口には出さずに、私はすかさずうけ答える。
「確かにリオネル王子は母方の血が濃く出ていらっしゃるから、一見似てない様に見えますわ。
けれども、私はリオネル王子の骨格や髪質、眉毛の形、背格好が国王陛下とよく似ていらっしゃると思いますよ?」
「あら?まさかセルシアナエリーゼ様は、リオネル王子の母方のご家族とお会いになられたの?」
「……ええ。領地で暮らしてる時、アルディ家のお祖父さまとお祖母様に。とても素敵な方達でしたわ」
私の一言で、他のクラスメイトが先を切ったようにしゃべりだした。
「あのアルディ家と?!本当?あの家、社交界にも出てこないのよ?」
「あの家って、今じゃ田舎貴族のような暮らしをしているけれど、あの軍事国家ドルンゲン帝国から亡命してきた名門貴族でしょ?」
「恐怖政治、内部粛正ばかりの悪帝ドルンゲン皇帝とも血縁関係があるって聞いたよ」
「確かご当主が悪帝の弟だったか従兄弟だったかで、ご夫人が一度悪帝のお手付きになったとか」
「嘘ぉ!でも、リオネル王子のお母様って庶民の方って話でしょう?」
「そうそう、それで、リオネル王子のお母様が所帯持ちの騎士の方と不倫の末にって噂が」
……嘘でしょ、社交界でこんな事まで言われていたの?
「皆さん、ご静粛に!ご静粛に!
様々な噂はあれど……ええ、リオネル王子は国王陛下の実の御子ですわ。
それは間違いありません」
セシリーさんがピシャリと言い放つ。お若いのに妙な威厳があるわね。
この方、見覚えあるわ。うーん、王宮の……どなただったか……。
「私、聞いた事がありますのよ。
王妃様から疎まれ、酷い扱いを受けていたリオネル王子を、セルシアナエリーゼ様が公爵様と救い出したのだと」
ああ、あの件、目撃者多かったものね。という事は、あの事件の目撃者の親族かしら。
「それで、貴女という方はフィオナ殿下の婚約者という立場でありながらも、リオネル様と惹かれあい、禁断のご関係に……!」
「ふぁ?!何を言ってるの?待って、本当に待って!」
何を言い出すんじゃ、このお嬢さんは?!




