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限界オタクに悪役令嬢は向いていない。

「先日、殿下と貴女がご覧になったというオペラ、素晴らしいピカレスクロマン……いわゆる復讐劇でしたわよね?


 でもおかしな話ね。私、国王陛下とフィオナ王太子殿下と観劇しましたのよ?」


 先日の舞台というのは、そう。悪どい貴族達に嵌められて、無実の罪に課された男の復讐劇、ピカレスクロマン。

 あぁ〜、前世で大好きだった小説思い出すわぁ。恋愛についてはフレーバー程度しか触れられていなかった。大変遺憾である。ちょっと中弛みしちゃって寝ちゃってないからね。

 しかし、前世のような熾烈なチケット争奪戦がないのね、今世は……いいなあ。


 まあ、前世の記憶持っている私としては、正直な所、とびっきり幸せになる事こそ最高の復讐だと思うな。


「えっ?そんな嘘言って……!」

「ほら、この観劇券をご覧なさいな。王都で人気だと聞いていたから、殿下と一緒に見てみたかったのよ」

 そう言って、私は懐からチケットを取り出して見せる。

 

 つまり、このご令嬢が言ったことは嘘なのよね。


 だって私、同じ日に国王陛下とフィオナ殿下と観劇したんだもの。ほら、婚約者のお役目ってやつで。


 ちなみにその後、国王陛下からリオにも観劇やお食事会のお誘いがあったのだけれど、ええ、即お断りです。

 なんだか陛下が可哀想よね。今度国王陛下とリオの観劇の会でもセッティングしてあげようかしら。その前に何とかして仲を取り持つ方が先かな。


「……ねぇそこの席、王族しか入れない特別席じゃない?」

「な、何言ってるの?!こんなもの!」

 ご令嬢はご立腹おかんむりで私のチケットを奪い取って破り捨てた。マジですか、あぁもったいない。チケットのデザイン、すごく気に入ってたのに。


 まあ、このぐらいの嫌がらせ、別に平気なんですよね。前世のハラスメントに比べれば……特にクレーム処理がね……堅気ではない方に怒鳴られた事もあったわー。あれはきつかった。


 前世の職場のように言い返すなとも言われてないし、少しぐらい言い返すか。


「呆れましたわ。あからさまな嘘を看過されたぐらいで怒り出すなんて。

貴族は、何時如何なる時もエレガンスに。個人的な感情を出してはいけないものよ。


 全く貴女は一体、どちらでどの様な淑女教育、王妃教育を受けていらっしゃるのかしら?」


 おお、こういう事言うと悪役っぽいわね、私。

 こんな感じでヒロインにも嫌味を言わねば……。


 私の言うことを真に受けて、顔を真っ赤にするレダ嬢。

 可哀想だなぁ、嫌だなぁ……でも本来私ってこういう役回りなのよね。ゲーム的に考えて。損だわ、心が折れそう。


「……アンタなんて、偽聖女のくせに」

「偽?」

「キャロルット公爵家のセルシアナエリーゼ嬢は自分の事を聖女だと吹聴して回っているって、皆言ってますのよ。ロクに魔力も持たない落ちこぼれの癖に浅ましいって!」

ローズティアさんがビクッと身をすくませる。何か嫌な思い出でもあるのかしら。


……偽聖女って?そんなのゲームにあった?思わず真顔になるわ。


「レダさん、貴女何言っているの?!入学式の……」

「あんなのヤラセに決まっているでしょ!きっと今に真の聖女様が現れて、必ず貴女を裁く事でしょう!」


「何ですか?ヤラセ?偽聖女?皆とは具体的にどなたの事をおっしゃっているの?

 申し訳ありませんが、私には全く身に覚えがありません。これ以上故意に悪評を吹聴なさるなら、申し訳ありませんが我が公爵家に対して侮辱があったと名誉毀損と侮辱罪で訴えなければなりませんわ。それでも宜しいのですか?」

 追記しておくけれど、これはあくまで相手を押し止める為のハッタリである。何故って日和見……いや、温厚なお父様がそんなの許してくれるかどうか怪しいからなのよね。お母様も、この程度気合いで耐えなさいとか言いそうだもの。


「それに真の聖女とは何ですか?そういった類の新手の詐欺では?

教会がその辺り厳しく取り締まりをしているはずですよね?


 もし、詐欺や悪徳商法で金銭のやりとりをしてしまったなら、まずカード会社や銀行に連絡して口座の動きを止めて、警察に通報し、弁護士や国民生活センターに相談した方がいいのでは?ああ、経済的に弁護士に相談するのが難しいなら無料相談できる法テラスを紹介しますよ?」

「何をいってるの?!」

 おおっと、いけない。このお嬢さんにつられてつい前世のノリで口を開いてしまったわ。

 ここは異世界。前世と勝手が違いましてよ、しっかりして今世の私。具体的に言うとカード社会じゃなくて、まだ小切手が主流よ。魔法の世界のはずなのに何故。


「貴女の事を言ってるのよ?落ちぶれ田舎公爵家!」

「田舎と言われましても、この数年、リオネル王子が体調を崩さないように、領地での療養生活を共に送っていたのですよ?それを落ちぶれたと言われるのは心外ですわ。

それに、私だって他家との交流なんてありませんでしたよ?そんな環境で、どうやって私が聖女であるなんて訳の分からない事を吹聴出来るの?」

 ……あー駄目だわ。この子のペースに巻き込まれて、ついムキになって素で答えてしまう。

「そっそんな見え透いた嘘までついて!」

「嘘なんてついていません。

 大体そんなつまらない事で貴女に嘘を付くメリットが何処にあるのですか?

 貴女こそ、何故そんなにも嘘を付いて見栄と虚勢を張るのです?


 例えば、そうね……そうでもしないと貴女が他の貴族に馬鹿にされるとか?」


「この!」

 ご令嬢が私につかみかかろうとする。あれ、まさか図星ついちゃった?

「セルシアナエリーゼ様!」


 だが、まさかのヒロイン、ローズティアが彼女達の前に立ち塞がった。

……えっ?本当に?ヒロインが???


 パァン!

 あろう事か、私に向けたご令嬢の平手打ちをローズティアが喰らってしまった!


「ローズティアさん?!」

「大丈夫です、この程度かすり傷にもなりません!」


 そう言い切るヒロイン。

「大人数で寄って集って!卑怯者!

 貴女達、ノブレス・オブリージュの精神は?騎士道精神はないの?!

 王家に連なる公爵家の姫君に暴言を吐き、あまつでさえ手を上げるなんて!恥を知りなさい!」


 ……ええと、ヒロインよ、この方達成り上がりだからそういうの無いですわよ。詳しくは知らないけど。


「何を言い出すのかしら、この庶民風情が!

 騎士なんて、王候貴族に従い守るためのものでしょう?

 それなのに歯向かうなんて!馬鹿を言うのもいい加減にして!

 貴女なんて、高貴なフィオナ殿下と、高尚なこの学園には相応しくないのよ!出て行きなさい!」

 

 だが、ローズティアは怯まず、相手を睨み据える。

「馬鹿にしないで!騎士とは民衆を守る盾です!

 王侯貴族の使い捨ての駒じゃありません!


 この程度の罵倒で私が怯むと思いましたか?

 残念ね。アタシは貴女なんて全く怖くないわ。


 父さんや兄さん……騎士団の皆は民のためにって、魔物の討伐や遠征に出て、もっと危なくて大変な思いをしているのに。


 お貴族の方って、もっと立派だと思ってたわ。

 貴方って貴族の品位もないのね」


 ヒロイン格好いいわぁ。惚れそう。でも何でこんなに騎士の矜持について熱弁しているの?



 まさしく女の修羅場。というかこれ、いわゆるただのキャットファイトというやつなのでは……?

 なのだけれど、どうしても引っかかる事が……つい口から出てしまったわ。


「フィオナ殿下ってそんなに高貴と評判なの?

 あの方、庶民がよく召し上がっているという唐揚げが大好物なのよね」


「えっ?!」


「唐揚げって、遠方の国の鶏肉のフリッターですよね!あれ美味しいですよね!ウチでも昨日の晩御飯で食べました!」

そこで元気よく答えるのか、ヒロインよ。


「そんな、唐揚げなんて下拙な庶民の食べ物でしょう?」

うろたえるレダ嬢。


「実は私も唐揚げが大好きで……殿下もそんな庶民的なものをお召し上がりになるのね」

「私の家でも晩餐にいただきましたのよ。とっても親近感がわいたわ」

突然の唐揚げの話題で、和気藹々とする取り巻きのお嬢さん達。

 あれ?レダ嬢に加勢しないの?レダ嬢の言動に割とドン引きして遠巻きに眺めていたみたいだったわよね。


 ……レダ嬢と他の子達とでずいぶんと温度差があるみたいよね。あちら側に私がいないせいなのかしら?


「ふ、不敬よ!不敬罪だわ!」

「不敬罪?貴女こそ、何をおっしゃっているの?

 貴女、自分が誰に何を何をおっしゃっているか分かっているの?

 これでも私、王族の血を引いているのよ?」

 仮にも王室の親戚関係である公爵家の令嬢、それも王太子の婚約者である悪役令嬢に?

 もしも、悪役令嬢がフィオナ殿下と結婚し、王太子妃、ひいては王妃となった時、悪役令嬢が貴女を不敬罪で追い込む事が出来るって、本気で潰しにかかる事が出来ると分かっているの?今の私は出来る事ならそんな事やりたくないけど……甘いのかな。

 この人、自分の立場と保身考えてないの?本気で怖っ大丈夫?


 ……うーん、権力にかこつけた発言とか、私の柄じゃないけれどね。良心と胃が痛む。実際キリキリしてるわ。


「今に見ていなさい、フィオナ殿下に訴えて貴女の不敬を……」


「おや、不敬だって?私の婚約者であるセルシアナエリーゼが?

 それは何に対してだい?」


 よく通る低い声。実にイケボである。

 皆が一斉に振り向く。


 一同が一斉に振り返ると、そこには、この国の王位第一後継者、フィオナ殿下がいらっしゃいました。その後ろに控えるのは腹違いの弟リオネル王子。

何か凄いこう……佇まいが整っていれば、凄い威厳があるのだなぁと思いました。ついでに前世のローズベル王子兄弟が大好きな一部のファンには絶景なんだろうなと思いました。以下語彙力消失。スクショが何故取れぬ。

「で、殿下……」

「お話は聞きましたよ。先日のオペラ、大変素晴らしいピカレスクロマン劇でしたね。

 私も拝見しましたよ?国王陛下とエリーゼとね。

 国王陛下はエリーゼの事が大変お気に入りでね」

 にっこりと圧をかける殿下。怖い。もの凄い怖い。


「ああそうだ、今度はリオネルも一緒に行こう?

 先日は折角誘ったのに、何故断ったんだい?

 お父上が是非リオネルに観てもらいたいとおっしゃっていたからね」

「フィオナ王太子殿下とエリーゼ姉上の仲に入っていくなんて無粋な真似、オレには出来ませんよ」

 リオがしれっと言う。……何か言い含めてない?


「それで、私とセルシアナエリーゼが何だい?婚約破棄だって?そんな話、陛下からも出た事がないな」

 殿下、サラッと嘘つくんじゃありませんよ。私散々破棄というか婚約辞退を何度も申請してるじゃないですか。お父様にも、この間だって国王陛下にもそれとなく婚約を撤回してくださるようにお願いしていたの見ていたでしょ?全然聞き入れてもらえなかったけど。


「それに、先程からの言動の数々。これ以上は見過ごせないよ?」

「しっ失礼しました!」

 ご令嬢達が涙目で逃げていく。

あれだけ言っていても、所詮は若い女の子、国家権力に弱いなーと思いました。


「殿下。失礼ですが、ちょっとやり過ぎじゃありませんか?」

「君も、なかなか過激な事言っていたじゃないか。

まあ、大方、母上の息がかかった者達だろう。女の子に手を挙げておいて、やり過ぎなんて事はないさ」

「それに王族は中立の立場を保つために、あまりこういった揉め事に首を突っ込まない方が……」

「おや。私の従姉妹であり、婚約者であり、未来の王妃と目されている君の窮地を無視してでもかい?君を守るという約束を反故にさせるるつもりかな?

……あと、勝手に私の好物を公表しないでくれないかい?大量に献上されたらどうするの」

「いいじゃないですか。唐揚げパーティーが開けますわ」

「私個人としては歓迎したいのだけれどねぇ。母上とその取り巻きのマダム達から嫌味を言われてしまうよ。どうも匂いが気にいらないようでね」

 あのニンニクや油の匂いかな?貴婦人には嫌厭されるだろうな。

 ……おや?話から察するに、殿下はあの令嬢と面識ないのかしら?

「あのご令嬢、王宮に王妃教育受けに言っていると仰っていましたわよ?」

「王妃教育?君、母君のマリヤカトレア公爵夫人から受けているはずだろう?

王宮では表立って執り行って無いはずだけれど」

 お母様から?まさか、領地の屋敷でのあの地獄のような作法所作練習とダンスレッスン、お茶会の作法、王侯貴族目録や法律等の諸制度の丸暗記等々が?あれが王妃教育だったというの?


「それにあんなご令嬢、王宮で見たことあったかな?

少なくとも私は面識はないよ。全く嘘か、それともお母様が変な所に手を回しているかだね」


 フィオナ殿下の興味の無い表情。冷めた声。

 あのご令嬢には気の毒だけれど、残酷なまでに真実を物語っていた。


「何にせよありがとうございます」

 その声、その表情には覚えがあった。

 それはゲームでの悪役令嬢に対しての態度そのものだった。熱愛するヒロインとの扱いの差に、ときめいたファンが多かったけれど、疑問に思ったファンも少なくはなかったのよね。


 そして、その杜撰な扱いは私にも向けられるはずのものだったのよね。

 いくら悪役令嬢が、殿下に恋い焦がれていたとしてもだ。

 今思い返しても、胸が痛くなるわ。



 ……そう、このシーンでヒロインをこっぴどくいじめて殿下に嫌われなければならなかったのよね。

 なのに土壇場でヒロイン庇うなんて、本当何やってるんだろうね。うう、この前世からの小市民的正義感よ。

 限界オタクには、腹芸なんて無理だったのよ。分かってたけど。


 でもヒロインだって前世からの推しなんだよ?推しをイジめろなんて無理だよ?

 やはり悪役令嬢役なんて、前世限界オタクの私には無理だったじゃない???


「礼ならリオネル行った方がいい。そもそもローズティアさんが呼び出された事を私に報告してくれたのだからね」

「いえ、礼には及びません。それよりローズティアさんは」


「ローズティア嬢、頬は大丈夫ですか?」

「大丈夫です!こんなの兄さんやロバートとの騎士ごっこの模擬戦で慣れっこ……あっいけない!聞かなかった事にして下さい!ね?ね?」

 思ったより随分とアクティブね、このヒロイン。


「……申し訳ありません、姉上。ローズティア・マリー・ルイーズ嬢」

「えっ?!何を仰るのですか、リオネル王子?」

「どうしたのリオ。貴方は何も悪くないし……」

 実質、貴方が助けてくれたんじゃないのと言おうとするけれど。

「今の俺の立場じゃ手出しし辛いんだ。あの騒動で王族から外されたようなもんで、公爵家で匿ってもらっている身だからな。俺が出て行っても話が余計拗れる。

 ……もう少し早ければ、あんな目に合わなかったはずだ。

 あんなに罵詈雑言を言われなくても、あんな暴挙を見せなくても済んだのに。もし、今も俺が義母上に媚を売ってでも意地汚く王宮にいれば、もっと早く穏便に解決出来たはずなんだ」

「……リオネル」

 フィオナ殿下がリオを嗜めるように名前を呼ぶ。

「いいえ、こうなる事ぐらい覚悟していたわ。このくらい平気よ」


「あの、えっと、ご、ごめんなさい。アタシ、こんな場違いな学園に来ちゃったから……余計な事しちゃったからこんなことになっちゃいましたか?」

 何故かローズティアが謝り出した。何なの、この子。いい子過ぎて逆に心配だわ。

ぐぬぬ、こんないい子をいじめろというのか、運命よ……!


「……いえ、貴方は何も悪くないわ。騎士道精神に則り正しく行動したまで。むしろ褒められるべきだわ」


 ……結局出た言葉がこれだった。

 やっぱり限界オタクには悪役令嬢なんて無理ゲーでした。


 内心轟沈する私をよそに。

「えっ本当ですか!ありがとうございます!セルシアナエリーゼ様ってすっごい良い人なんですね!」

 花ほころぶような笑顔を見せるヒロイン。くそう、可愛いし尊いなぁ。


「エリーゼが良い人……?」

「分かるけど素直に頷けない」

「何か引っかかるよね……」

「普段の言動が……」

 苦笑しつつ王子兄弟が私に関して何か言い含めていますわよ。

「何おっしゃってますの?王子様?」

「いや何も?」

すっとぼけようとも、その綺麗なお顔立ちに「それはないかと」って書いてありますわよ。


 その後、保険医にローズティアさんを見せて、お小言をもらい。

「そうだ。放課後、時間あるかい?

少し気分転換しよう」

 フィオナ殿下のその一言に、全私に激震が走った。

 このセリフ、間違いない。


 ああ、ようやくだわ。

 ようやく、長年待ち望んでいたその時が来たわ。


 これはフィオナ殿下ルートの、イベントの導入だ。



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