クラス分けテストが行われました。
大講堂に入って定時になると、入学式が始まった。
王侯貴族が集うだけあって、内装が豪華ね。まるでオペラ座かな?優美なロココ調。
「皆さん、王立魔法学園にご入学おめでとうございます。
それではまず、クラス分けテストを行います」
新入生達がザワつき出す。ほぼ抜き打ちテストだものね。
突如、スポットライトが照らされる壇上。
そこには古びた石の玉座と、その真上、空中で起立する杖が現れた。
「どうぞこの古の聖女が遺した杖をその手に持ち、運命石の玉座におかけなさい。
さすれば貴方達の魔力を解放出来るでしょう」
ああ、このイベントか。
某魔法学校のオマージュと言われているけれど、実際は単なる魔法適性試験なのよね。
魔力量や各属性、隠された才能を発揮させて、どのクラスに合うか先生方が見極めるのよね。
ちらっと周りを見渡す。
亜麻色の髪、土の貴公子のカミーユ・ロダン・グレイル卿と、銀色の流れるような髪にアメジスト色の瞳を持った光の貴公子のエルレン・シメオン・ムーンローズ猊下は三年生の席。
水の貴公子フィオナ殿下と、ペールグリーンの髪と瞳が特徴的な風の貴公子ウィンデール・エメラルドアイル様は二年生の貴賓席。
ヒロインで光の聖女ローズティア、炎の貴公子フレイ・ヒュー・ディクソン様、ラスボスで隠しキャラの闇の貴公子リオネル様、そして悪役令嬢のセルシアナエリーゼは一年生の席。
ようやくミステリアスローズの全キャラクター揃い踏みね。
ここからが本番よ。何だか緊張するわね。
ふと、ヒロインのローズティアと目が合った。
ヒロインは私が嫌がらせの主犯になる悪役令嬢であることなど知らず、ニコッと元気に笑いかける。
……なんだろう、ゲームのヒロインとは雰囲気が違う気がするわ。
こんなに元気じゃなかったわよね?それにもう少し物静かでミステリアスな感じだったはず。
「皆さんのお手本として、フィオナ王太子殿下お願いします」
王太子自らって……恐れ多くない?いいのかな。王立だものね、この学園。
まずは、手本としてフィオナ殿下が杖に触れる。すると杖の先端に大輪の紫のバラが咲き、魔法の水流がぐるぐると輪を描きながら溢れ出だした。水の輪から水の鳥が象られ、飛んでゆく。
「流石は次期国王候補!」
「フィオナ殿下素敵!」
多くの生徒達から拍手と賞賛の声が上がった。
女子生徒の声が大きかったのは気のせいではないのよね。
ゲーム中でもフィオ殿下をお慕いする子は多かったし、ファンもフィオ殿下ガチ恋勢多かったもの。
最初は炎の貴公子フレイ様から。
少し高慢な所はあるけれど、礼儀正しくて真面目で誇り高い方。代々騎士団の重鎮の家系なのよね。
意気揚々と触れると、赤いバラが咲き、勢いよく炎が噴き出す。
あのエフェクト、生で見ると格好いいな。
ローズティアが触れると、白いバラが公会堂の一面に咲き乱れ、キラキラと魔法の光が溢れる。
皆がどよめき、感嘆の声を上げる。まるで星の瞬きみたいだわ、綺麗ね。
ゲーム通りの流れだわ。
そして私、セルシアナエリーゼ。
……実を言うと、悪役令嬢セルシアナエリーゼはこれといって目立った魔法の才能はない。
このシーンでも、杖に小さなつるバラを咲かせただけで、何人かの生徒に失笑されるのよね。
これが後に悪役令嬢がヒロインに因縁をつけるきっかけとなってしまうのよね。
人前で恥をかくの嫌だなぁ、と思いながらも、表情は笑顔で登壇する。
これもイベントの一環だと嫌々ながらも、ゆっくりと杖に触れる。
すると手触りが、よく知っているもののように思えた。
あぁ、桜だ。前世でよく見た桜の枝にとても似ていると。
何故?ファンタジー定番のトネリコやオークの杖ではないの?
何で桜なのよ?一応バラ科だけどさぁ。
そう内心毒づくと、桜の花が杖の先に咲いた。
……えっ?本当に桜が咲いたの?
思わず二度見しましたわよ。やはり桜、それもソメイヨシノでしたわ。私、花咲か爺さんか何かなの?
あーあ、何処からか笑い声がするわ。この際だから、そいつの顔をたっぷりと拝んでやろ。
げぇ?!例のドルシュキー公爵家のロナウド様だ。
ゲームでは悪役令嬢の取り巻きとして出て来ていたけれど、あの人傲慢で苦手なのよね。
しかし、仲の良かった人に嘲笑われていたなんて……。
ゲームでの悪役令嬢って、本当に人間関係に恵まれていなかったのね……正直同情する。
さて、そろそろ玉座から立って、杖を放さないと。
すると、何処からか、桜の花びらが舞い始めた。キラキラと光る、薄紅色の小さな花びら。
桜の季節だったかしら?いや、この学園秋口入学でしょ?
そもそもこの国に桜なんてあったかな?と見渡すと。
ホール一面に桜、菜の花が咲き誇る。今、秋口よね?それならコスモスじゃないの?
我ながら本当に季節の統一感が無い魔力だなぁ。
そう呆れかえっていると、私の手にした杖はやがて太い幹となり、その枝の先には桜の花が満開で咲き誇っていた。生徒たちの周囲をぐるりと囲むように、枝垂れ桜が次々と現れが咲いていく。
入学式の参加者達が歓声が上がる。「綺麗」「こんなの見たことない」と。
そうでしょうね、私だって桜なんてこの国では見たことないもの。
前世の故郷では見慣れた春の光景。
懐かしいな。よく家族や友達とお花見に行ったのよね。屋台の食べ物を買いに。
お爺ちゃん、私が生まれたお祝いにと、庭先に桜を植えてくれたってお父さんがいつも言っていたな。
……寂しい。恋しい。
……あの国に、皆の元に、愛しいあの方の元へ帰りたい。
知らない人の郷愁の声が頭に響く。
桜はゆっくりと青くなってゆく。どうして青くなるんだろう。故郷が遠のいていく気がする。
青い桜は八重となり、だんだんと大きくなっていく。
これ桜じゃないわ。青いバラに成り替わっていってる?!
『いや!帰らせて、故郷へ!あの国へ!』
何処からか叫び声がする。私ではない、若い日本人のような女性。
この国の、身分の高そうな男性達に囲まれて悲鳴を上げている。
『なりません!聖女様、どうかこの国の為に力を貸して下さいませ』
流れるような長い黒髪、紫色を帯びた青い目。
毅然とした雰囲気、何処となくリオに似た風貌の女性だなと思った。
『嫌よ!勝手に呼びつけておいて、目の色まで変わってしまうなんて!
それに私には婚約者が!お慕いする宗一郎様がいるの!
他の殿方と夫婦になるなんてイヤァ!!!』
え?何?……誰の声?私じゃない、別の女性の声。
何これ、知らない、私じゃない人の記憶、感情が流れ込んでくる。
怖い!怖いのに杖が、幹から手が離せない?!
「エリーゼ、離して!今すぐその杖を離すんだ!」
そうフィオナ殿下に叫ばれて、ようやく桜の幹から手を離す。
すると桜の木は立ち消え、カーンと音を立てて杖が床に転がり落ちた。
……今の、何?杖を放したら見えなくなったけれど。
視界がぐらぐらして、足元がおぼつかない……いや、足の感覚がない。
動悸が激しい。冷や汗が背中を伝う。
そんな最中、思い出していたのは、前世の婆ちゃんや両親、兄貴と一緒に食べた桜餅の事だった。
香り高くてちょっとしょっぱい桜の葉に、ピンク色の餅と包まれた粒あんのハーモニー。随分食べてないなあ。
「……桜餅食べたい」
そう呟いて、私の意識はブラックアウトした。
気が付くと、あたしは病室のベットで寝かされていた。
何かすげー変な夢を見ていた気がする。あたしが悪役令嬢とかめっちゃ向いてないし。
でも、最推しのリオネル様はなんか楽しそうだったな。キャラ崩壊してたけど。
でも、ああいう健康的でちょっと強気なリオ様もよきよき。
カーテンの向こうに人の気配がする。兄貴がまた見舞いにきたのかな?
平日だっていうのに仕事はどうしたよ。全く心配性だなあ。
「……あれ、兄貴?ごめん、あたし寝てた?
そうだ、兄貴の元カノのユリちゃんがここの病院にいたよ。念願叶って看護師さんやってるって。
兄貴の事心配してたし、今フリーらしいからより戻せば?
ウチの婆ちゃん、もう長くないんだからさ。そろそろ身を固めなって。
あたし?あたし結婚は難しいんじゃないかな……ほら、ごらんの有様ですし」
「姉上?!何を言って……」
慌ててカーテンを開いたリオの姿を見て、ようやく気が付いたわ。
「ごめんなさい、人違いです。不謹慎な事言ってすいません」
……あぁ、そうだ。ここは前世の病室じゃないんだわ。
でもどうして体育会系の前世の兄と、細っこいリオを間違えるかしらね?
私、魔力使い果たすと言語野とか、脳の海馬とか記憶を司る所に支障でも出るの?
「……リオ、ここは?」
「保険室だよ。学園の保険医や回復術師が在席している所だそうだ。
診てもらったけど、魔力の使い過ぎだとさ」
そういえば前に、魔法の過剰使用が~なんて、殿下がリオに言っていた気がする。
「姉上、あの花木は何だ?あの花木を見て、どうして泣いていたんだ?」
「えっ泣いて……?」
ふと、自分の頬に触れる。涙で濡れていた。
「とても……とても懐かしい気がしたの。とても寂しくて、帰りたいって思ったわ。でもどうしてでしょうね?あんな見事な桜、どこでも見た事ないのに」
「……サクラ、サクラというのか。あれは」
「多分、ソメイヨシノだと思う。ほら挿し木とか接ぎ木するやつ……一応バラ科よ」
自分でも良く分からないフォローを入れる。
「接ぎ木?まさか宿り木の……!?
そうじゃない。あれは、あの木は青薔薇の……いや、何でもない。
……それで、サクラモチって何だ?」
「桜餅?」
「倒れながら食べたいって言っていた」
嘘でしょ、そんなアホな事を口走っていたなんて。
「姉上、無理をしないで。遠くに行かないでくれ」
「行かないわ。リオを守るってあの時誓ったでしょ?」
「そんなのいい。いらない。貴女さえ無事でいてくれれば俺は……!」
え?どうしてそんな事言うの?何でそんな苦しそうな顔をしているの?
だって私は、貴方が殺したいほど嫌った悪役令嬢なのよ?
その時、保健室のドアが開いた。
「失礼する。エリーゼ、大丈夫……そうだね」
フィオナ殿下が安堵の笑みを浮かべる。
「あの件は、聖女の杖の魔力に当てられたという事にしておいたよ」
「聖女?」
「ああ、あの杖を残した聖女は、サクラという花が咲く国から召喚されたそうだ。
……婚約者もいたというのに、当時の王子と無理矢理結婚させられたそうだよ。気の毒なことだ」
多分、日本だ。やはりあの人、日本人女性だったのね。
「失礼します」
「エルレン!どうしてここに」
「どうしてもこうしてもない!殿下!何故、聖女を隠していたのですか?!」
それってヒロインのローズティアのことかしら?
でも確か、ローズティアは妹と二人で教会の孤児院で暮らしているはずじゃなかった?
それにローズティアが光の聖女であると最初に報告が上がったのは教会のはず。
何故、枢機卿の息子であるエルレン猊下が知らないなんて言い出すの?
「……申し訳ない」
「そんなに教会が信用ならないのですか?
それともまた、聖女を王宮で囲い込むおつもりですか?
またあの『青薔薇』の聖女の様な悲劇を引き起こすおつもりか!」
悲劇?青薔薇?
「エルレン、ここには体調を崩した者がいるんだ。議論ならサロンでしよう」
「……失礼しました。では、後ほど生徒会のサロン室にて」
そう言って踵を返すエルレン様。
「兄上、大丈夫ですか?今のは枢機卿のご子息……」
「うん、まあ、いつものお小言の呼び出しだよ。馴れているから大丈夫」
慣れている?何でかしら?
「リオネル。先生方が呼んでいるよ、大講堂へ急いで」
「分かりました、そちらに向かいます」
リオを促し、退室しようとするフィオナ殿下。
私は思わす、こう呼び止めていた。
「あの、私もご一緒してもかまいませんか?」
「でも身体が」
「もう大丈夫ですから」
ミステリアスローズの世界に放り込まれて、知っている事ばかりだと思っていた。
けれど知らない事ばかり、予想しえない事ばかり起こるわ。
大講堂のホールに入ると、あんなにいた生徒たちはいなくなって、がらんとしていた。
「……人払いは済ませてあります。どうぞ、リオネル王子。杖を」
「この国は光の魔力によって繁栄を遂げた歴史と伝統がありますのに、どうして闇の魔力など……」
「国王陛下は何を考えておられるのか、私には分かりかねますな」
先生方のぼやきが聞こえてくる。
お気持ちは分からなくもないけれど、生徒の前でそれを言うのはいかがなものでしょうかね。
それも兄君と公爵家の私がいるというのに。
リオが壇上に上がり、杖に触れる。
すると真っ黒な大輪のバラが咲き、あたりは一面の黒いビロードのような、底知れない闇が広がる。
上もなく下もなく、まるで全ての感覚を失うような漆黒の闇。
「これが、闇属性の……」
「初めて見ましたわ」
「こんな圧倒的な魔力……」
学園の教師陣がざわめいている。
これがリオネルの魔力。闇魔法。最推しを破滅に導いたもの。
きっとこれが私を殺しに来るのね。
想像していた以上に怖いわ。肩がカタカタと震える。
隣に立っているフィオナ殿下が、私の手を握ってくれた。
「大丈夫だよ。エリーゼ。リオネルなら大丈夫」
フィオナ殿下の手の温もりが、こんなにも心強いなんて。
でも、これでゲーム通りに進んでいるのよね。私以外は。
そうイレギュラーは私だけ。でも、何故私だけなの?