最推しと学園に入学しました。
それは、王宮での舞踏会の出来事だ。
「セルシアナエリーゼ・フォン・キャロルット!
この期に及んで、光の聖女たるローズティア・マリー・ルイーズに陰湿な嫌がらせばかりして……!もう愛想が尽きたよ。
私は君との婚約を破棄する!
そして光の聖女、ローズティアとの婚約を発表する!」
ホール中に響き渡る大歓声。悪役令嬢の私は、絶望の淵に叩き落とされた心地でそれを聞いていた。
何で?どうして?こんな短期間で?ただの一般庶民からポッと出てきた聖女が、どうしてこんなに社交界でもて囃され、支持されているの?
「嘘!いや!嫌よ!私はローズベル王国の王族に連なる由緒正しきキャロルット公爵家の令嬢で、貴方と結婚する為に努力してきたのよ?!
なのにどうして、いきなり現れた庶民のローズティアに婚約者を奪われなければならないの?!」
狼狽して声を張り上げる私、悪役令嬢セルシアナエリーゼ。
いや、ついさっきヒロインのローズティアに赤ワインぶっかけておいて、よくもまあ「私が被害者です」みたいな口ぶりで言うよね。我ながらすげー神経してるわ。
「ローズティア!アンタ、私の殿下に何したのよ!ハニートラップでも仕掛けたっての?!」
「そんな……私は何も……!」
フィオナ殿下から送られた純白のドレスを台無しにされ、手酷い罵詈雑言に泣き崩れるローズティア。
まさしく薄幸のヒロインだわ。
「エリーゼ、もうやめなさい。これでは聖女様にも殿下にも不敬罪を働いたことになってしまうよ。
そうなったら、君を公爵家から勘当しなければいけなくなる……!」
「お父様?!何をおっしゃっているの?真に不敬なのはこの女ですわ!身分も弁えずに殿下にすり寄って!」
「光の聖女になんて口を」
「無様なご令嬢ね」
皆の白い目が一斉に私に集まる。失望、嘲笑、侮蔑。
負の感情を一身に受けるしかない、まだ年端のいかない少女。
「それだけではありません!冷酷非道なセルシアナエリーゼ令嬢は、聖女ローズティア様のお命まで狙っていましたわ!」
「先の聖女様の誘拐事件もあの方が企んだ事でしてよ」
「私も、聖女様への嫌がらせに加担しないと酷い目に遭わせると脅迫されて……」
私の取り巻きだった女生徒が次々に声高に非難と暴露の声を上げる。
だが。
「え?なに?貴女達、何言っているの?私、そんな事までしていないわ!」
本当にやっていない、身に覚えのない悪事まで私のせいにされる。
フィオナ殿下に向かい合えば、憎きローズティアを庇い、嫌悪感丸出しの表情。
それは、婚約者に恋する悪役令嬢にとって一番見たくない光景だった。それこそ、心を壊してしまうほどの。
「まさか、公爵令嬢とあろう君がそこまで悪辣で愚かだったとは……!
セルシアナエリーゼ!貴女には療養中の国王陛下に代わり、国外追放を命ずる!」
「そんな!フィオナ王太子殿下!何とぞお考え直し下さい!
私は、貴方の身を案じて……!お慕いしておりましたのに!
お父様!お母様!助けて!学園の皆も?!
リオネル王子、リオネル王子助けて!」
「もう二度と私とローズティアの目の前に現れないでくれ」
「どうして、どうして誰もわかってくれないの?
いやあぁぁぁ!!!」
私は後先考えずに、王宮内で魔法を暴走させてしまった。
はずだった。
『クロノスストップ!』
その声がかかった途端、魔法、会場の人の動きが全て止まった。
『いけませんぞ?凛々丸殿―?』
「魚?!いや、サバだわ?!」
お魚が、サバがドレスを着て喋っている。
しかもその独特の喋り方には覚えがあった。
このしゃべり方、前世の友人だ。
そう気が付いて、やっと私は正気を取り戻した。
「まさか、貴方はしめ鯖さん?」
前世の私のオタ友、しめ鯖さんだった。何故かやたらゲーム業界に詳しいのよね。この独特のしゃべり方は推しへのリスペクトと板のせいって言ってたわ。
『そう、拙者です。しめ鯖ですぞ。』
「そんな、しめ鯖さんのSNSのアイコン絵みたいな姿になって……」
しめ鯖さんのSNSのアイコン、見事なサバだったのよね。
『自分でも大草原不可避ですな。
またリオネル王子ルートをどうにかしようと思っとるのですか?ハピエン厨ですなぁ』
「ぐぬぬ、だって結婚エンディング見たいじゃん。公式の絵で」
『まあまあ、そんな凛々丸に朗報ですぞ!
実はこのミステリアスローズには裏シナリオがありましてだな。ゲームとしてはプレイできないのですが、データだけは入っておるのですよ』
「え?しめ鯖さんデータ解析でもしたの?改造とかチートとか割れ厨もだけど、よくないよ。そういうの」
『相変わらず真面目ですな。まあそういう御法度行為ではないのでご安心を。
何でも制作会社が経営難に陥ってしまい、リオネル王子ルートはバットエンドルートのみプレイ可能となってしまいまして』
「本当それ何度聞いても酷い話だわぁ」
『不景気の煽りではどうしようもないですからな』
「あれは……酷い事件だったね……」
『ですな。思い出すのもアレですから、リオネル王子救済ルートの話に戻りましょう。
まず、悪役令嬢モードでリオネル王子を真っ先に救い……ついでにウィンデール様の……』
「待って?何そのモード?情報と作業工程数多くない?難易度鬼かな?メモ取るからちょっと待って」
『あー……ただ、このモード……悪役令嬢とリオネル王子が結ばれるのでして』
「何でや?!しめ鯖ちゃん、あたしが強固なリオロズ派と知っての蛮行なの?!」
『え?何言ってるんです?
だってリオネル王子は、ヒロインのローズティアの事が大嫌いじゃないですか』
そのしめ鯖令嬢は、とんでもない爆弾発言を残していったのでした。
「そんなの嘘だわ?!」
私は慌ててベッドから飛び起きた。
幼い頃から寝起きした王都の公爵邸の天蓋付きのベッド、相変わらず豪華な私の私室。
……前世平凡なオタクOLだった私には正直持て余すし、一向に慣れないし、いまだに気後れするのよね。……この資金力が前世にあればなぁ。ミステリアスローズの制作会社の経営難、何とかなったのでは……?
「夢か。いや夢落ちでよかったわー……」
前世でプレイしたミステリアスローズの悪役令嬢断罪イベント、兼婚約破棄イベントを夢で見たのね。一瞬、過去に逆行でもしたのかと思ったわ……。
最後のお魚令嬢っぽいのが出てきてたけど、あれなんだったの?
言われたこと全部忘れちゃったけれど、大丈夫?かなり重要な事言っていた気がするわ。確かリオネル様がヒロインの事……。
突然のノックの音。アニータが来たようね。
「お嬢様?おはようございます。大丈夫ですか?」
「おはようアニータ。何でもないわ。夢見が悪かっただけよ」
「そうですか、今日から王立魔法学園ですものね。緊張していらっしゃるのでしょう」
あー、そうよね。今日からなのね。私は思わずため息を吐いた。
フィオナ殿下が公爵領の屋敷に訪れてから1年。あの日の約束通り王都に戻り、王立魔法学園に入学する運びとなった。
とうとう、今日からゲーム本編の学園生活が始まるのよね。
素晴らしいローズガーデンを兼ね備えたこの国最高峰の王立魔法学園。
王侯貴族の子息、子女のための高校、大学、大学院を一貫校にした教育・研究機関。
基本的には、ここの学生は内部にある寮で学生生活を送るのだけれど、近場の家の生徒は自宅から通う者も多いのよね。
私は今、その校門の前に立っているのです。前世の最推リオネルと一緒に。
後ろには我が公爵家からの馬車。これがまた外装も内装も凄く豪華で、前世平凡なOLだった私としてはいまだに気後れするのよね。
「ここが、学園なのね……」
ここが私とリオネル様の宿命の不幸と悲劇の舞台……。
私は思わず憂鬱に浸ってしまう。
本来のゲームシナリオ通りであれば、この学園で庶民出身のヒロインのローズティアとフィオナ殿下をはじめとする五人の貴公子、そして私の最推しリオネル様が運命の恋に落ち、私はお邪魔役として破滅するのよね。いや実際、全ルートで死ぬんだけど。
もう、婚約者のフィオナ殿下とローズティアは薔薇の咲き誇る花園で出逢い、恋に落ちているのかもしれないわね……
そう、もしゲーム通りに話が進むのなら、私はきっと隣にいるリオに殺されるのでしょうね。
それでも、そうなっても構わないわ。リオネル様が幸せになれるのであれば!
私が目指すのはリオネル様闇堕ち回避ルート。その為ならばこの身を犠牲にしても構わない。例え悪役に身をやつし、破滅するハメになろうとも!私?私は死ななきゃいいやっていう。
「姉上、そんな所に突っ立ってないでさっさと入らないか?」
バッサリと私の感傷と覚悟を切り捨てるリオ。最推しのリオネル様の面影は何処にいったのかしら。
「あのね、少しは人の情緒ってものを考えなさいよ」
「いや、そこ他の人の邪魔になるからさっさと入って」
私の手を掴んでリオはぐいぐいと学園の中へと入っていく。
全く、ここには敵対勢力の子弟もいるだろうし、何処に破滅フラグがあるかわかったものじゃないんだから、少しは緊張感持たせてよ。
本当、この破滅フラグさえなければ、大好きなゲームの聖地巡礼なのになぁ。
……ああ、台詞も物も言わぬそこのモブ女子生徒Aになりたい。これから始まる恋愛ゲームのストーリー展開に狂喜乱舞したいのに……前世の私が何をしたの?オタク業はそんなに罪深いの?いや、うん。確かに業というか、欲が深いわな?
生け垣やバラなどの花々が奇麗な幾何学模様に植えられている。見事よね。
この国の学校って、秋口入学だからそんなに花は咲いてないかもと思っていたけれど、なかなかに壮観で驚いたわ。
確かこれも防御魔法として機能してるのよね。
学園の校舎は昔、王宮として使われていた建物なのよね。古風ではあるけれど、なかなか重厚感のある作りになっている。前世で学校の資料集で見た、ゴシック様式に近いかな?
そうやって学園の庭園を眺めながら、私達が入学式の会場である大講堂へと進んでいくと、遠巻きに人集りが出来て騒いでいた。
「あれがあの、公爵家の令嬢なのか?」
「わあ、すっごい美人じゃなーい?流石、王子様の婚約者って、えっ!例の?」
「あちらがあの薄幸の王子様?」
「どちらと結ばれるのかしら?」
あれ、なんだろう……?皆、私の事を噂してない?いやいや、自意識過剰かしら?
それともまさか、もう悪役令嬢なのバレてるとか?それにしては周囲の目が温かいような?
入学式を執り行う大講堂にはフィオナ殿下が待ち受けていた。
「やあ!エリーゼ!リオネル!入学おめでとう!この日を待っていたよ」
「ええ、ありがとございますフィオナ殿下。……どうしたんですか?ご機嫌ですね?」
「当たり前だろう?ようやく君たちと気兼ねなく会えるのだからね」
フィオナ殿下、今は従者と学園内の寮で生活してるのよね。実はあれで寂しかったのかしらね?
あれ?なんだか見慣れた顔がこちらにやって来る。
赤毛碧眼の少女。
身のこなしはそそっかしく、貴族としての教育はなされていないであろうが、それでも明るく抱擁力のあるような……
「きゃっ」
見慣れた女の子は段差につまづいて、倒れそうになる。
だけれどフィオナ殿下が抱きかかえるようにして、彼女が倒れるのを防いだ。
そこでようやく私は気づいたのです。あっこれ、ゲームのスチルそのものだわ。やだ、すごく尊い。
「大丈夫かい?君」
「あ、ありがとうございます!今後気をつけます!」
ビッと敬礼をして彼女はフィオナ殿下に謝罪する。
ちょっと困ったような笑顔が魅力的で、同性なのにも関わらずにすごく可愛いなぁと思いました。
ああ。覚えてる、この子だ。
この娘がヒロインだわ。確か名前は……。
「アタシ……いえ、私はローズティア。
ローズティア・マリー・ルイーズって言います!」
ローズティア。
彼女こそミステリアスローズと五人の貴公子のヒロインであり、後に光の魔法を使う聖女となる。
「君が……」
フィオナ殿下は思わず目を見張り、食い入る様にローズティアを見つめている。リオもだ。
赤い薔薇やガーネットを彷彿とさせる美しい髪、碧く澄んだ瞳。
うっすらと色づいた頬と唇はピンクプリムローズのよう。
ゲームのグラよりも実物の方が数段綺麗だし、可愛い。
いや本当に可愛いわ。女の私の贔屓目無しで見ても美少女だわ。これなら、一国の王子すら一目惚れしてもおかしくないわね。
「私は、フィオナ。フィオナ・ダマスク・ローズベル。
この国の第一後継者だよ」
「ええ!フィオナ王太子?こんな素敵な方なんて……助けていただけるなんて光栄です!」
人懐っこく、周りを魅了するヒロインの笑顔。
フィオナ殿下が、リオネルが、皆が、ローズティアに好意的な目を向けている。
「どうぞ、ロジーって呼んでくださいね!」
空恐ろしさすら感じるわ。これが、ヒロイン補正。ゲームの強制力なの?
「初めまして、ローズティア嬢。
僕はリオネル・ダマスク・ローズベル……間違えました。今はリオネル・フォン・キャロルットと名乗っています。
こちらは義姉のセルシアナエリーゼ・フォン・キャロルットです」
「ごきげんよう。お会いできて嬉しいわ。ローズティアさん」
ああ、こんなに可愛いなんて。これは女性として勝てないかもしれない。そんな恐ろしい予感すら覚えるわ。
これから始まる学園生活が、彼女をヒロインとした乙女ゲーであることをあらかじめ知っていなければ、悪役令嬢にとってかなりしんどい日々になるわね。
……何となくだけれど、悪役令嬢が劣等感と嫉妬に狂った理由が分かる気がするわ。
この子、周りを魅了して、美味しい所を無自覚に全部持っていくタイプなのかもね。
でも、私は貴女を邪険にしたり、恋路の邪魔をしたりしないわ。
全ては最推しのリオネル様を生かしつつ、ついでにミステリアスローズの尊くて美味しいイベントをこの目で堪能するために!
……まあ悪役令嬢目線なのが悲しいけどそこは割り切るわ。
リオネル様が危なくなったら即離脱出来るように、ちゃんと秘密裏に御者や執事のヨハンには逃走ルートの話はつけておいたもの。
さぁ、かかって来いよ!恋愛イベント!
命がけで最適解に導いてエンディングを見届けてやる!
あ、出来ればリオネル様トゥルーエンドでお願いします!
と息巻いているのに、何故がローズティアはおずおずと私に話しかけてきました。
「貴女が、あの噂のエリーゼ公女様……?」
いや、そこは攻略対象に話しかけなさいよ。ヒロイン。
「噂?噂って何かしら」
「ご存じないんですか?エリーゼ公女様は……」
「エリーゼ、そろそろ入学式が始まるから中に」
ローズティアとの話もそこそこに、フィオナ殿下にそう促されて、私たちは大講堂の中に入った。