田舎の屋敷で婚約者とディナーを取りました
王都から遠路はるばるやってきたフィオナ様はお隣の王の直轄地の離宮には戻らず、ウチのお屋敷に泊まっていかれる事になりました。
ディナーの食器カトラリーは、相変わらず銀食器オンリー。これって威圧感与えてないかしら。
前菜のサラダはリオのお婆様からもらったハーブを使ったサラダに、スープは野菜たっぷりのポトフ。
メインは王都風のローストビーフ。
美味しいけれど、わさび醤油とご飯が欲しくなるわ。前世の頃、ショッピングモールのフードコートでよく食べていたローストビーフ丼にして食べたい。
あと、サイドメニュー的にフィオ殿下の好物の唐揚げがしっかり配膳されているのは料理長の配慮ですね。ありがとう、ロック。
「キャロルット公爵、内務大臣のディベール侯爵や他の官僚達が悲鳴を上げていますよ。
そうそう、言伝を預かって来ました。一刻も早く公爵に戻ってきて欲しいと」
「ああーやっぱりそうなったかぁ。そろそろ戻っても良い頃合いかなぁ」
「父上も心待ちにしております。どうか、王都にご帰還下さい」
国王陛下とお父様って従兄弟なのよね。仲も良いらしい。一応王位継承権の序列の上位にも入っているけれど、当の本人は権力や地位に無頓着のようで、その手の話になると、のらりくらりとかわしているのよね。
まあ、ウチの国の公爵御三家で、最大派閥ドルシュキー家と、北方や西方の国境の守り手である軍閥の長スターリングシルバー家に比べれば、何処に遠征行っているか分からないお祖父様や、当主のお父様が大人しく文官やってるキャロルット家なんて影が薄いのが悩みどころなのよね。
「ディベールのお父様は、そんなに苦労されているのですか」
「キャロルット公爵夫人はディベール侯爵家の出身でしたね。伯爵は大変心配されていましたよ」
「それで、最近のヴェロニカ様は」
「リオネルの件で罪に問われなかったものの、長らく郊外の離宮で謹慎処分になったのです。相当腹に据えかねていますね。
最近になって、禁を解かれましたが、ドルシュキー家の社交パーティーやら晩餐会やらに入り浸っていますよ。
……本来ならギロチンか、監獄島で一生出られないはずなのに。手緩い事だ」
結局、リオネル王子暗殺事件の犯人は捕まったものの、取り調べの最中に自殺。捕まったのは本当の犯人ではないのでは?とも言われているのよね。
「王太子殿下、その様な事は」
お母様がフィオナ殿下を諫める、
「失言でしたね。ご忠告感謝します、キャロルット公爵夫人。
父上は貴女の事を本当に惜しんでいたのですよ。
貴女がもっと格のある家に生まれていたなら、王妃として、あるいは女官僚の道もあったかもしれない。
もし男性として生まれていたなら臣下として取り立ててやる事も出来たのにとね」
「そんな、私にはもったいなきお言葉にございます。元々私は片田舎のしがない男爵家の生まれ。後に才を見込まれディベール侯爵の養女となりましたが、本来なら王宮に上がる事も叶わないのですから」
しずしずと受け答えるお母様。
その姿に、私とリオは呆気に取られて。
「兄上、それは初耳です」
「私もですわ」
お母様はディベール侯爵家の遠縁とは聞いていたけれど、まさか男爵家出身だったなんて。
「それに……キャロルット公爵、貴方が入れ込んでいる女性を取り上げる訳にもいかないと」
「ああ、それはいつも国王陛下が酔っ払うと話し出す定番の」
両王子の爆弾発言に、ゲホゲホと咳き込むお父様。
「王太子殿下?」
「いえ、まさか公爵様に見初められていたなんて知りませんでしたわ。いつ頃からですの?」
お母様がすかさず食いつく。受け答えたのはリオ。盛り上がってきましたよ。
「父上がよく言われてましたよ。
ちょっとした余興で開いた仮面舞踏会に、婚約者候補の姫君達もお招きしたら、まさかあの堅物の従兄弟がマリヤ様に一目惚れするなんて。ロベルトの初恋の君のマリヤ様を奪うわけにはいかない!とそれはそれは大はしゃぎで」
「リリー様は、それを聞いてはケラケラ笑ってましたね」
「鉄板だったもの。リリーお母様は『まさかマリヤお嬢様が公爵様に、従者の私が国王陛下の側室になるなんて』とよく言っていましたね」
「ええと、その時にはお父様にも婚約者はいらっしゃったはずでしょ?」
何でそこで駆け落ちしないの……?
「いやぁ、婚約者もいたし、駆け落ちしようとしていたらしいよ?若きロベルト様が『マリヤ様と結婚出来なかったら死ぬ!』って言うものだから、リリー様と父上で必死になって止めたとおっしゃられていました」
「まるで、エリーゼ姉上のようですよね」
リオのコメントに、頭を抱えてお母様は。
「リオネル様の体調が芳しくない時、『リオネル様が死ぬなら、私も死ぬ』って縁起でもない事を言っていたのは、遺伝だったのね……」
……何でそこで私が出るのよ。
「婚約者のご令嬢は勿論怒って、婚約を破棄。すぐさま隣国の王族の元に嫁いでいかれましたよ。結婚したお相手とは結構歳の差があったけれど、子供にも恵まれ、なかなか上手くいっている様です」
「先代の国王陛下は?大層お怒りでしたでしょう?」
「全然、お祖父様は笑ってたよね」
「ディベールの見込んだ男爵家の才女をお前が持ってくのか!と感心していましたもの。身分の低い方を王妃に据えるのは難しいし、力のある後見がないと不幸な事になるだろうからと、お目溢ししたのだろう」
お祖父様は王宮やお貴族よりも、騎士や平民階級の兵士達と軍馬で辺境を駆けまわっているのが性に合っていると豪語されている方で、お婆様は地方領主の出で、質素倹約の方だから、権力志向や偏見がなかったからというのもあるかもしれない。
「王宮では今も美談になってますよ」
本当に楽しそうな声色のフィオナ殿下。
「いやだわ、そんな大袈裟な……」
「フィオナ王太子殿下、リオネル王子、もうお止め下さい……」
マジか。お父様とお母様のお顔が真っ赤だわ。あと羞恥心で虫の息よ。
身分差の恋とか、何それ美味しくない?推せない?
「なのに、あのドルシュキーの爺様も爺様ですよ。リオネルがいなければ、従兄弟のロナウドの王位継承権が貰えると思い込んで」
サイドメニュー的にお出しした唐揚げを品よく、かつガツガツ食べるフィオ殿下。
ローストビーフより食い付きがいいわ。こういう所は年相応だなぁと思いました。
しかし、ゲームのヒロインの前では、穏やかで優しい理想の王子様キャラだったフィオ殿下が、まさか親族に悪態をつくとはね。フィオ殿下推しの人が卒倒するんじゃないかしら。
そんなことを考えながら、ローストビーフをフォークで突いていると、大食堂に慌てて執事長のヨハンが入ってきた。
「旦那様、こちらを」
「手紙?王都からの急報なんて珍しい」
そう言って、執事長のヨハンにペーパーナイフで手紙を開けさせる。
受け取ったお父様は見る見るうちに怪訝な顔つきになっていく。
「……お祖父様が亡くなった?!それに子爵に降格だって?」
「そんな?!」
突然のお祖父様の訃報に、衝撃が走った。