異世界で推しと出会い、尊みを叫ぶ
「ご機嫌はいかがかな?セルシアナエリーゼ嬢。
貴女の婚約者となりましたフィオナ・ダマスク・ローズベルと申します」
「フィオナ王太子殿下?
このローズベル王国の次期国王になられるフィオナ王太子殿下ですわね?
私はセルシアナエリーゼ……セルシアナエリーゼ・フォン・キャルロットと申しますわ。
どうぞセルシアナ……いえ、エリーゼとお呼びくださいませ……?」
私こと、セルシアナエリーゼ・フォン・キャロルットは唐突に思い出したのです。
よりによって婚約者のフィオナ王太子殿下と、その弟君リオネル王子と出会った王宮のローズガーデンでのパーティーの最中に。
「リオネル王子、フィオナ王太子殿下……?ですよね?」
困惑する私の様子なんて気にもかけずに、目の前の王子様は私の手にキスをしました。イエローサファイアを思わせるハチミツ色の柔らかな髪に、アクアマリンの様な鮮やかな水色の瞳。
私はあまりにも美しい王子様とその情景に、まるで乙女ゲームの様だわと思いました。そう、まるで、私の大好きな乙女ゲームの……。
いやこれ、『ミステリアスローズの君と五人の貴公子』の世界そのものじゃない?と。
いやいや、私、病院で一旦死んだよね?と。
そう、前世の私は、ブラック企業で酷使され、全方位からの無茶振りに胃を潰され、見事病気となり、元アラサーOLは未婚でもって無事死亡しました。
前世の、生前の私は、それはそれは見事な乙女ゲーオタクで『ミステリアスローズの君と五人の貴公子』を愛好しておりました。
ええ、最推しですか?婚約者フィオナ王太子殿下の弟君リオネル様です。
フィオナ殿下じゃなくて、リオネル様です。
愛しの彼は、全ルートで闇堕ち確定、闇の魔力に侵蝕されラスボス化し全ルートで無残な死に方をするのです。必死で漕ぎつけた裏ルートですらメリバエンドしかない。
悪役令嬢は?全ルートで死亡してましたね。ええはい、リオネル様に殺されるんですよね。
この王子、いわゆる隠しキャラで、公式からの供給が本当に少なくて、彼のファンは阿鼻叫喚だったのよね。つらい。いや、本当つらかった。
神よ、公式よ!何故このような苦行を与えたのですか!
だから、だからなのです。
他の参加者に悪態吐きまくって、両親を困らせたパーティーで。
私の婚約者となる水の貴公子、フィオナ王太子殿下に連れられて、おずおずと私に挨拶してきた幼い王子様。
柔らかな黒髪と、アイオライトの様な青紫色の左の瞳、ピジョンブラッドのルビーの様な赤の右の瞳のオッドアイの、幼いリオネル様を一目見た瞬間、こう泣き叫ばずにはいられなかったのです。
「初めまして、エリーゼ嬢。ご婚約おめでとうございます。僕は……」
「ま、待って?待って待って無理!尊い!
小さいリオネル様が……最推しが目の前にいる!?
転生ガチャ大成功!我がオタク人生に一片の悔いなしーー!
でもセルシアナエリーゼって悪役令嬢じゃないですか!ヤダー!!!!」
煌びやかな婚約者と、最愛の推しに出逢った王宮での庭園パーティー会場のど真ん中。
突然蘇った前世の記憶と尊みと興奮を抑え切れず、リオ様とフィオ殿下の前で、こともあろうに号泣しガッツポーズを取ったままの私が倒れ込んでも、仕方なかったのです。無惨である。
目が覚めたら、私は自分のお屋敷の自室のベットに運ばれていました。
私の目が覚めたと聞きつけて、悪役令嬢エリーゼにそっくりのお母様は開口一番。
「セルシアナエリーゼ!
何事なのですか!あのはしたない仕草と大声は!
せっかくの婚約パーティーが台無しですわ!」
「申し訳ありません、お母様……」
「マリヤカトレア、その辺にしておきなさい」
しおらしく謝る私を庇うように、お父様が嗜める。
うん、あれは流石に自分でも自重しろと言いたくなるわね。本当に恥ずかしいわ。
ふと天井を見上げると、ベットの天蓋。
シルクで出来てるのか、光沢がキラキラと凄い。
見知らない天井にも綺麗な装飾が施されていて見事だわ。何かの迎賓館かな?
だってゲーム本編には悪役令嬢のお屋敷の内部なんて全く出てこなかったものね。
それにしても私、推しと同じ世界に転生するなんて!
ああ、神様仏様、ご先祖様、公式様!ありがとうございます!
でも私、前世で何か善行とか功徳とか積んだ覚えあった?……リアルイベのチケット争奪戦の時に、徳を積めば当たると信じて稼いだぐらいしか覚えないんだよね。
結果?ハズレだった。くそう。
でも、例え悪役令嬢でもリオ様と同じ空気が吸えるなんて嬉しいわ!
けれど……もう少しなんとかならんかったのか、転生担当の神様。
ここは多少手心加えるとこじゃないの?と正直思う。
弱冠15歳で死ぬ悪役令嬢ってどんなハードモードだよ?まだ前世の方が良くない?
「マリヤ、抑えて抑えて。きっと何か事情があったのだろう?ねぇ可愛いエリーゼ?」
「ええ、お父様……」
お父様ごめんなさい。
事情と言っても、前世の最推しに出逢えて大興奮してしまった、なんて恥ずかし過ぎて言えないわ。
サンストーンの様な金髪、サファイアの様な碧眼、キツいつり目。
ゲーム内でも悪役令嬢が生き写しとまで言われるほど、見た目も性格もキツいお母様ことマリヤカトレア・フォン・キャルロット公爵夫人。
琥珀色の髪に青い瞳、柔らかい物腰で、愛情と甘やかしダダ漏れのお父様ことロベルト・フォン・キャルロット公爵。
これが今の私の、悪役令嬢セルシアナエリーゼの両親。
お父様は子煩悩だし、地位の割には地味でウダツの上がらない人だとゲーム内の悪役令嬢は言っていたけれどね。
王族の血を引いているし、確か王宮で事務次官の様な仕事をされているのよね。地味だけど。
意外と国王陛下からの信任も厚いらしい。
お母様に関しては、当たりが強いのは仕方ないのかもしれない。
何せお母様は現国王陛下のお妃候補にまで上がっていたのに、地位だけは良いけど、イマイチうだつの上がらないお父様と結婚する羽目になったのよね。
だからせめて娘の私は王宮に……!と、頑張っていらっしゃっているのだけれど。
ところが肝心の娘のエリーゼがワガママ過ぎて全く思い通りにならなくて、苛立っているのよね。
「ところでエリーゼ、初対面だったのにあの方がどうしてリオネル様だと分かったのだい?」
相変わらずの優しい眼差しで、問いかけてくるお父様。だけれど、態度と言葉に違和感がある。
……なんだろう?何か違和感があって落ち着かないわ?探る様な感じがする。
「え?リオネル様はオッドアイと有名ですし……いえ、挨拶されましたわ?」
「何を言っているの?エリーゼ?
リオネル王子がオッドアイなんて誰も貴女に教えていないはずよ?
それにワタクシが一緒におりましたけれども、フィオナ殿下ともまだご挨拶しておりませんわよ?」
……えっ?待って?
お母様がそうおっしゃられて、私はようやく気が付いたのです。
ああ、始まってもいないゲーム情報で先行しちゃったのか……!
「それは……その……」
言い淀む私を前に、お母様とお父様が相談し合う。
「貴方、やはりこれはこの子の……せめて、教会に相談するべきなのではないのかしら」
「うーん、いや。安直な決め付けは良くないし、教会にもしこの事が知られたら、エリーゼは私達と引き離されてしまうかもしれない」
「それでも……」
「この事に関しては、既に私の方で手を回してある。この子の将来を今から狭めたくはない。任せてくれ、マリヤ」
「はい、貴方がそう言うなら……」
あら、どうしたのかしら。いつもなら強引に意見を通すお母様が珍しく引き下がったわ?
「コホン。いいかい?エリーゼ。
今日のパーティーはお開きになってしまったのだけれど、フォオナ殿下とリオネル様は後日改めて来られる事になったよ。
今度は、くれぐれも、粗相の無いようにね?」
……はい?
まって、無理。本当に待って?
「リオ様とフィオ殿下がウチに来る……?」
嘘、嘘でしょう?最推しが来襲するの?我が家に?なんで???
お父様に釘を打たれた事実よりも、最推しが来るという情報に、私の脳内は果てしなく膨張する困惑と宇宙と尊みで混乱していましたとさ。
……えっ?私死ぬの?尊くてもう一度死ぬの?