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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

死を約束されたデスゲームの悪役令嬢に転生したので、登場人物を皆殺しにして生き残りを目指すことにした ~なのにヒロインがグイグイと迫ってきて~

作者: アトハ

No. 3

解毒条件: 自分以外の全プレイヤーの死亡



「なによこれ?」


 私は首を傾げながら、手にしたプレートに書かれた文字を読む。


「どこだ、ここ……」


 広がる青い空に、聞こえてくるのは波の音。ここはどこかの海岸だろう。


(う~ん?)


 私は記憶をたどることにする。

 真っ先に思い出すのは「学校に遅れるっ!」と自転車を大慌てで立ち漕ぎした事実。そして――突っ込んでくるトラック。否、私がトラックに突っ込んだのかもしれない。ごめんね、トラックの運ちゃん。


(……どうやら、死んだみたいね。ということは、これは異世界転生ってやつね)


 こんな場所に見覚えないし。


 私はキョロキョロと当たりを見渡すが、どうにも人の気配が存在しない。建物もなく、いかにも無人島という雰囲気だ。 



(ここはどんな世界なんだろう?)


 せっかく異世界転生したのなら。できれば楽しい世界に生まれたいよね、チート無双だってしてみたい! 私は、テンション高く今後への期待に胸を膨らませる。(最初に見た不穏なプレートの文言は、無意識に脳からはじき出されていた)

 

 しかし現実逃避は許さないとばかりに、電話の着信音のようなピピピピっと耳障りな音が鳴り響く。

ついで目の前に「受信しますか?」というポップアップが現れる。



「なによこれ?」



 存在を主張するように目の前のポップアップが明るく明滅し、やがては勝手に「はい」が勝手に選択された。この世界にもともと住んでいた私――ティアナの知識により、これが"魔法"による現象であることを知る。


(拒否権ねえのかよ)


 そう内心で毒づいていると、耳の中で機会の合成音が鳴り響いた。




『ここにいる時点で、ゲームの辞退は認められない』

『このゲームの目的は、各プレイヤーが各々に割り振られた【解毒条件】を達成し、自らに仕掛けられた【毒】を解除することである』

『7日以内に【毒】を解除できなければ、体内の毒が体に回り死に至るだろう』

『このゲームの勝利条件は、7日後に生存していることである(死者は敗北扱いとなり報酬は渡らない)』



 ろ、ろくでもない世界に転生してしまった~!

 

 私は思わず叫びそうになった。パニックに陥りそうになるも、自分の中の冷静な部分が【解毒条件】とやらを確認する。何度見てもそこには「自分以外の全プレイヤーの死亡」と書かれていた。

 



『プレイヤーは全部で6人。

アドリック・ジュレール、エルヴィス、ティアナ・クラリエル、ジェミニ・ルネスティン、ヤン、エミリーの6人だ』


 プレイヤーは全部で6人。私は重要そうな情報を脳に叩き込む。

 それにしても、このファンタジー風の名前……。日本に住んでいる私に聞き覚えが無い筈なのに、何故なじみのある名前と感じるのだろう。

 アドリック、エルヴィス……エミリー。エミリーにティアナ・クラリエル!?




 私はそれらの名前を聞いて凍り付いた。これらの名前は、前世で遊んでいた『ラスト・クイーン』という乙女ゲームに登場するキャラクターたちの名前であった。両親に嫌われていた前世の私は、友達もできずに自分の世界に閉じこもり乙女ゲームや少女漫画などのサブカルチャーにどっぷりとはまっていったのだ。

 

 数々の乙女ゲームを手にしてきた私であったが、この作品は中でも印象的だった作品であった。自らの生き残りをかけて場合によってはヒロインと攻略対象が殺し合うこともある、俗に言う『デスゲームもの』と呼ばれるジャンルのゲームだったのだ。「極限状態での恋愛」をコンセプトに作られた作品であり、人によっては深く突き刺さる。一方、合わない人にはとことん合わず、駄作と切り捨てられていた。




『それでは1番の人から自己紹介をしてもらおうか』

「アドリック・ジュレール、第三王子だ。権力争いに負けただけでなく、こうして金持ちの道楽で見せ物にされようとは情けないな。哀れな俺を嘲笑うが良いさ。私は……自らの信念を最後まで曲げるつもりはない!」


 力強い宣言。



『自己紹介ありがとう、無事生き残れると良いね。

 では次の方ーー』



 耳障りな機械音により、ゲームの参加者は自己紹介をさせられていた。この状況にも見覚えがあった。というのも前世で遊んでいたゲームの導入部の流れとまったく同じなのである。ゲーム的に言えば、このシーンは攻略対象の紹介を兼ねていたのである。


 それぞれの自己紹介は、不思議な魔法により私の前にも映し出されていた。きっと私意外の参加者にも、自己紹介が映し出されているのだろう。




『はい次の方ーー』


 自己紹介タイムは、粛々と進んでいく。

 そういえばこのゲームには、全ルートでラスボスとして立ちはだかる「悪役令嬢」と呼ばれるライバルキャラが存在したな、と私は現実逃避していた。


 目の前に映し出されているのは、真っ赤な髪をアップに束ねた勝ち気そうな少女。

 そうそう、この「ティアナ」というキャラがラスボスだった。真っ赤な髪の毛から受ける印象のとおり、最強の炎魔法の使い手。攻略対象への好感度が足りないと攻略に成功しても「バトルパート」で勝てないという、悪夢のような作りになっていたっけ。



(う~ん? 貴重な自己紹介タイムなのに、ちっともしゃべらないね)



 私は目の前の映像を眺めながら首をかしげる。


 映像の中のティアナも首をかしげた。

 自分の仕草と完全に一致する映像の中の少女。



(ま、まさか・・・?)



 そんな、そんなこと……。思わず液晶をキッとにらみつけると、同じように映像のキャラクターもにらみ返してくる。


 間違いない。このキャラクターはーーーティアナは私だ。私は、デスゲーム世界の悪役令嬢・ティアナに転生してしまったのだ。




 ――もてあそびやがって。

 ――ふざけるな。



 前世はろくでもない生活の中、最後にはトラックに引かれて死んだ。せっかく異世界転生したというのに、よりにもよって今度はデスゲーム世界のラスボス・悪役令嬢ですって?

 勝手に期待していただけではあるが、さすがにあんまりではないか。

 もしも、転生を司る神様とやらがいるのなら……。



「私は、絶対に思い通りになんかなってやらない」



 それは宣言。

 前世では友達の一人もできず、誰にも見届けられずに孤独に死んだのだ。こうして転生して、また惨たらしく死ねというのか。冗談ではない。私がうろたえたまま死ぬことを望まれているのなら――どんなことをしてでも、生き延びてやろうじゃないか。


 その宣言と同時に、私の自己紹介タイムがおわったらしい。



『何に対する挑戦状かな?

 随分と、個性的な自己紹介だね。

 ふむ、次だ』



 揶揄するような機械音。乙女ゲームですでに展開を知っている私は、この自己紹介タイムの意味を思い出していた。このデスゲームは、タチの悪い大貴族を集めて開かれている娯楽のための殺し合い・見せ物なのだ。


 金に困る貴族の末っ子など、不要と言われたものたちを呼び寄せ、殺し合いをさせるという残酷なもの。私たちの殺しあいの様子は、すべて中継魔法を通じてたちのわるい道楽連中により監視されているのだ。



(ゲームで遊んでいたときもずいぶんと胸くそ悪い設定だったけど。

 こうしてこの世界に生まれてみるとなおさら腹立たしいわね)



 このデスゲームは、貴族連中にとっては賭けの対象でしかないのだ。

 ここに集められた6人には番号が割り当てられ、何番が生き残るに賭けているのだ。そのための判断材料の1つが自己紹介によるアピールタイム。この賭けで多くの票を集めたプレイヤーは、早々に脱落しないよう運営により(こっそりと)便宜が図られるのだ。



 それだけでない、この自己紹介タイムは本当に非常に重要なのだ。なにせプレイヤー全員が映像を見ているのだ。この時間の結果をもとに、誰と組むのが生存率が高そうかか、といったことを考えるのだ。

 ゲームでも自己紹介タイムの後にルート選択があった。ヒロインであるプレイヤーは、行動をともにする攻略対象を選択するのだ。



(ははは。まあ悪役令嬢である私には関係ないんですけどね)



 自嘲気味に笑うしかなかった。改めて、自らの『解毒条件』が書かれたプレートを眺める。



===

No. 3

解毒条件: 自分以外の全プレイヤーの死亡

===



 何度見直しても、この絶望的な条件は変わらない。



 解毒条件は、このデスゲームの命綱である。そのため容易に人に明かすことは出来ない。しかし、互いを信頼しあうためには、どこかのタイミングで見せ合う必要があるのだ。ゲームでは、心を許し合ったヒロインと攻略対象が互いの勝利条件を見せ合うシーンが、どのルートでも非常に印象的に描かれていた。


 この解毒条件があるからこそ、悪役令嬢・ティアナは、必ず最後にヒロインとヒーローの間に立ちはだかるのだ。自らの生き残りをかけて。条件のせいで誰とも組めずに、たった1人でヒロインたち連合部隊へと挑むのだ。



『次の人どうぞ』

「ヤンだ。剣闘士として育ってきたから腕には自信がある。生存を目指し、協力できるものとは共に解毒条件の達成を目指したいと考えている」


 そうこうしているうちに5人目の自己紹介タイムが終わる。



『はい。

 自己紹介タイムも、次の人で最後だね?』



 いよいよ、ヒロインの番がやってくる。

 ゲームだと記憶だと、緊張のあまりろくに喋れなかった記憶があるが、この世界でもヒロインはゲームの性格どおりになのだろうか?



「ええっと、エミリーです。平民です。

 国境沿いにあるエスタニアの街からやってきました。

 借金を返すために取引をしたのですが、こんなゲームに参加させられるとは思ってもいませんでした……。ええっと、こんな状況ですが。みなさんと仲良くできればと思います」


 ぺこぺことお辞儀するエミリー。



(うんうん、たどたどしい)



 思わず生暖かい目線で見てしまう。 

 どこか擦れたところがある他の4人と違い、どこか天然なところがあるヒロイン。こんな場所には似つかわしくない、暖かい雰囲気の少女。傍にいるだけでホッとする、と称されるのは彼女の持つ独特のほんわかした雰囲気によるものだろう。さすがヒロイン。



「ティアナ・クラリエルに生存ルートはない。

 ゲームの通り進んだら、ジ・エンドだ。……ここから生き残るためには」



 ようやく異世界に転生したのに、こんなところで死んでたまるか。私は生き残るための方法を考える。答えは一瞬で出た。



 ――攻略対象とヒロインを皆殺しにするしかない



 デスゲームもののお約束といっても良いが、運営は絶対なのだ。逆らうと容赦なく殺される。どうにかして生き残るためには、おとなしく解毒条件の達成を目指すしかないのだ。

 私の決意は、くしくもゲーム中でティアナが導き出した結論と同じであった。




◇◆◇◆◇


 ゲームの知識は大きなアドバンテージだ。

 私は、他の人物の解毒条件を思い出すことにした。


1番 チェックポイントをすべて通過

2番 任意のプレイヤーからプレートを奪う

3番 自分以外の全プレイヤーの死亡

4番 青玉を5つ以上集める

5番 赤玉を5つ以上集める

6番 特定のメンバーと離れずに48時間以上離れずに行動


 こんなところだったはず。


 青玉と赤玉ね、私は手の中で魔法で作られた宝玉を転がす。キラリと光るそれは、各プレイヤーに最初に与えられるものだ。色は赤・青からランダムに合計で3つ。


 私は、赤が2つ・青を1つ持っていた。これらの宝玉は、集めれば集めるほど【勝利】時の報酬が大きくなる。だから欲深いプレイヤーはこの玉を譲ろうとはせず、4番・5番のプレイヤーと殺し合いに発展することもあるのだ。



「それにしても……。ゲームの製作者もティアナ・クラリエルに転生してみれば良いのよ。

 ふざけるなっ! て言いたくなるぐらい、恣意的な条件じゃない」


 特にヒロインの条件。特定メンバーと離れずに48時間以上行動するって、攻略対象とイチャコラさせるだけのために生まれた解毒条件かよ。


 このデスゲーム、3番のプレイヤー以外は協力すれば全員が生き残れるようになっているのだ。というか、隠しルートでは、私以外のキャラクター全員が信頼関係を結ぶことに成功していた。それぞれのトラウマを乗り越えて、別ルートでは殺し合ったキャラクターたちが信頼関係を結ぶシーンは胸熱だった。

 殺し合いが起こらない大団円、まさにハッピーエンドである。


 ――ティアナ・クラリエルを除いて



 そう、私はそのルートでも当たり前のように殺される。


(5人に勝てるわけがないだろ!)


 このルート、悪役令嬢は自らの出生を知り闇落ちした最強形態となる。結果、多くのプレイヤーに地獄を見せる、真のラスボスとして立ちはだかるのだ。悪役令嬢との友情ルートとかも、1つぐらいあってもよいんじゃないですね。



 機械音声によるゲームのチュートリアルが終わるのを確認して、私は今後の方策を練る。




(基本的には1人で行動するべきね)



 ナンバー3のプレイヤーは決して他者の信頼を勝ち取れない。決してほかプレイヤーと相容れない条件を持っているのだから。




 このゲームは、無人島が舞台となっている。序盤から中盤にかけてまずやるべきは、無人島の中に用意された飲み物と食べ物を確保することだ。無人島に人を閉じこめて、条件を満たすために殺し合いをしろと言われたところで、まともな精神状態の人であれば行動には移らないだろう(もっとも、このゲームの登場人物は基本的にまともな精神状態ではないのだが……)



「周りが突如の事態に混乱しているうちに、出来る限り準備を進めよう」



 私は周囲数百メートルにわたって、探索魔法を発動した。攻略メンバー全員+ヒロインを相手にしても、数多のプレイヤーを葬る最強のラスボスとして君臨したティアナ・クラリエル。プレイヤーとして参加して良いのか疑問なぐらいに、そのスペックは相当に高いのだ。もはや公認チートなのである。

 この程度の魔法は朝飯前であった。



(できれば近くの食料品と水は、確保しておきたいところ)



 食料品などは、地中に埋まったカプセルとして与えられる。魔法が得意な者は魔法で掘り起こし、魔法が苦手な者は肉体労働。ヒロインちゃんはどちらも苦手で主に応援してたっけ。最強のバフ持ちとは言え、よく生き残ったなヒロインちゃん。



「……あれ。結構、近くに人が居るね」



 食料品を探すための探知魔法に、人間が引っかかった。それも2人も。魔法のモードを切り替えて、より詳しく探知する。その結果、2人はヒロインとプレイヤー2番……エルヴィスであることが分かる。



(ああ、あのイベントか。

 私も、死にゲーの洗礼を浴びたものな……)



 私は懐かしむ。エルヴィスは暗殺者として有名で、人を殺すこと・強者と戦うことに快感を覚えるやばいプレイヤーであった。プレートの破壊という自らの勝利条件もプレイヤーに協力を求めるのではなく、殺して破壊するという強硬手段を取るタイプのプレイヤーなのだ。

 そして、その戦略をとるだけの魔法の腕前を持っていた(まあ私の敵ではないのだが)


「死にゲーって言われてるけど、あそこだけは本当に初見殺しだったね……」


 エルヴィスとの初エンカウントイベントはもはや伝説だ。

 攻略対象に好かれそうな選択肢を選ぶと、一撃で負けイベントが発生。速やかにゲームオーバーとなるのだ。


 「こんなところでなにをしているんだい?」に対して「おろかな獲物が引っかかるのを待っていた」が正解の選択肢だと、誰が予測するだろうか。エルヴィスには、基本的にちょっと狂った回答を返し続けないと、弱者だと判断されそのまま殺されるのだ。




「チャンスでは?」



 私はそう思った。

 公認チートたる私を殺せるプレイヤーなど、そうはいないだろう。それでも万が一を避けるためには、徒党を組まれる前に各個撃破するべきだ。エルヴィスは戦闘力の高いバケモノだし、ヒロインのバフが乗っかると非常にやっかいな相手となるのだ。

 いかに暗殺者として訓練を積んだエルヴィスであっても、殺した後には隙ができるだろう。隠蔽の必要もあるだろうし。


 ――その隙をついて、確実に仕留める。



 そんな決意とともに、私は2人のプレイヤーを見つけた方向へ向かう。



「6番のプレイヤーだね。エミリーだったっけ。

 こんなところでなにをしているんだい?」



 うちに潜む狂気を隠したまま、とろけるような甘い笑顔を浮かべてエルヴィスはエミリーに声をかけた。2人の会話に耳を傾けながら、私はこっそりと木の陰に隠れて様子をうかがう。エルヴィスの問いに対してヒロインの返しはーー



「やった、人に会えました!」


 という無邪気なものだった。


「私の条件は誰かと48時間以上ともに行動する、なんです。

 他のプレイヤーのと知りあえたのは幸運でした!」



 ニコニコと無邪気にしゃべり続けるヒロイン。



(ばかめ。それは罠回答だ、負けイベントのはじまりだ!)


 誰しもがドキッとするような無垢な笑みだが、エルヴィスは残念ながら普通の感性をお持ちではない。ちょっとイっちゃってるので、何の効果もないのだ。

 それどころか、エルヴィスはこう考えるのだ(原文ママ)


(なんだこのアホ女は。なぜこんなやつがゲームに参加している?

 幸運だ。とりあえず殺っておくか……)


 やつに愛などという感情はないのだ。殺せそうか殺せなさそうか、ただその2拓があるのみ。



 ここまで、理想通りの展開である。

 エルヴィスがヒロインを殺した瞬間を見計らってーー私も動く。



 気づかれないように、それでも確実に相手を葬れる威力を込めた魔法を撃つために。私は密かに魔力を練り上げた。得意の火の魔法は、防御すら許さず敵を焼き尽くす。

 

 そんな状況だったが、エルヴィスはいきなりこちらを振り返ると、木の陰で隠れる私に対して氷塊を放つ。



(ちっ、気がついてたのね)



 巨大な氷の塊が迫ってくるのを目の当たりにしても、私はあわてることなく手をかざしてシールドを展開。飛来する氷の塊を打ち落とし、エルヴィスに向き直る。彼もこちらを警戒しているのか鋭い視線を向けてきた。

 そして「え、え?」とキョトンとすっとぼけたアホ面を見せるヒロインちゃん。可愛い。



「貴様、この女の仲間か?」


(気がつかれていたとは、甘く見過ぎたかな。予想外よ)


 間違いなく警戒された。ただでさえこちらは全員を相手取る必要があるのだ。警戒心を持たれた相手を取り逃すのは、まずいなんてものじゃない。



 ――ここで確実に殺る


「これから死ぬものに、答える必要がありまして?」


 相手は暗殺者だ。いくら根本的な魔法技術で優れていようにも、相手を殺めるための技術・手段は、ただの令嬢である私よりも相手の方が上だろう。決して油断はしない。



「今回のゲームには、こんな骨のありそうな奴らが居たとはな。

 メインディッシュは最後までとっておく主義でな。殺すのは最後にしておいてやるよ」



 やる気満々だった私に対して、エルヴィスはあっさりと撤退を選択した。エルヴィス目線、私はヒロインちゃんと組んでいるように見えたのだろう。



(エルヴィスは徒党を組むようなタイプじゃない。

 放っておくと、一番やばいのは間違いなくこいつ!)


 ヒロインことエミリーが使う支援魔法は、本当に凶悪なのだ。「キャラクターへの好感度に応じて効果が上がる」というチート性能のバフは、特に物語が終盤になるにつれて公認チートの私でも太刀打ちができない驚異となりうる。確実にここで仕留めなければならない。



 ヒロイン・エミリー。プレイヤー・6番、解毒条件は【48時間以上誰かとともに行動する】というもの。私は警戒心を緩めずエミリーに向き合う。


 これまでにないチャンス。

 生き残るためには殺れ。同年代の可愛い女の子が相手でも……殺らなければ、最終的にはやられるぞ。私は自分自身に言い聞かせ、魔法を放とうとする。

 しかし……




「ティアナちゃん!

 助けてくれてありがとう。こ、こわかったよ~!」


 少しでも敵意を感じ取れたなら、間違いなく攻撃に移っていたであろう。しかし、エミリーからは僅かな敵意も発さず。おかげさまで、私はエミリーにガバッと抱きつれる距離まで接近を許してしまったのだった。おおよそデスゲームの場にはふさわしくない、警戒心のかけらもないふわふわした少女。


(この距離になるまで、何の対応もできないなんて。一生の不覚)


 前世の私も、この世界にもともと住んでいたティアナにしても。まったく"好意"という感情に触れることなく生きてきたのだ。これほど裏表のない、まっすぐな愛情表現を受けたのは初めてで。


 端的に言うと、私はとても戸惑っていた。



「あなた、このゲームがどのようなものか理解していないの?」

「……理解してるよ」


「なら、なぜそんなに無警戒なのよ?」

「助けてくれた恩人を疑うほど、恩知らずじゃないよ」



 本来、ここで発生するはずなのは攻略対象との出会いのイベントである。危険人物であるエルヴィスと睨み合うヒロインを、偶然通りかかった攻略対象が助け出すという出会いのイベントである。しかし、攻略対象に向けられるはずだった無邪気な笑顔は、なんの因果か悪役令嬢たる私に向けられることとなった。

 


「あなたと勝利条件が競合しているとは考えないの?」


(話すべきではない。情を移さない方が良い。

 生き残るためには、私はこの少女を葬る必要があるのだから)


 何の裏表もなくニコニコしているエミリーに、私は言葉を重ねてしまう。ゲームで生き残るためには無駄なこと、そう思っていても興味が上回ったのだ。



「たとえ敵対する運命にあったとしても。

 人間は分かり合えるはずです」



 ゲームでのヒロインは、ぶれなかった。いっそ恐ろしさすら感じるほどに、自らの信念を曲げないのだ。


(ずいぶんと人間味のないキャラクターだと思っていたけど……。

 まさかエミリーが、本当に同じような発言をするとはね)



 ここは、人と人が殺し合うことが推奨された空間なのだ。自分が相手を信じたところで、裏切られたらそれで終わりだ。真っ先に死ぬタイプ。フィクションならば良い、現実に人を信じるなどと綺麗ごとを吐ける人間がいるものか。そう思っていたのに。



「そんなのは幻想よ。私の勝利条件は【参加プレイヤー全員の死亡】

 それを達成できなければ、私は死ぬ。

 分かり合う余地なんてないのよ」



 私は。これみよがしに魔力でナイフを作りだした。少しでもこちらに怯えてくれたのなら、そして敵意でも向けてくれたのなら……容赦なく殺れる。そう思い見せびらかすようにナイフをエミリーに向けるが、彼女にこちらをおそれる様子は一切ない。

 それどころか……


「ティアナさんは、私を助けてくれました。本当に殺す気があるなら、そんな風に見せびらかす必要はないはずです。

 ……何を怯えているのですか?」


 そう冷静に返される始末。


「わ、私がおびえてるですって?」


 私はエミリーを睨みつける。頭では、さっさとエミリーを殺してここを立ち去るべきだとわかっているのに。なぜか、対話を続けることを選んでしまう。


 この世界に転生して、経った時間はごくわずか。心の整理もできぬまま始まったデスゲーム。もっと平和な世界に転生していたのなら、私はこんな選択を迫られることもなかったのだろう。「登場人物を皆殺しにしてでも生き残る」と、選択したときに違和感は無かったのだ。否、深く考えることを放棄していたから「選べた」と錯覚していただけか。



「ティアナさんは、本当は主催者の言い分に従うのがイヤで仕方ない。でも死にたくない。だから……葛藤の果てに、仕方なく殺すための理由を探している。違いますか?」

「一緒にしないで、私はこんなところで終われない。

 あなたがそう思いたいのは勝手だけど。頭お花畑なこといわないで」


 見透かしたようなことを言われる。


(攻略対象が相手でも、ゲームでエミリーは相手の内心に踏み込みズバズバと切り込むようなことを言っていた。ゲームとして遊んでいたときは何も思わなかったけど実際にやられると嫌ね)


 エミリーがこうして「この世に真の悪人は絶対にいない」という病的な信仰を持つようになったのは、両親の教えが原因であった。誠実でいなさい・良い子でいなさい、と毎日のように語りかけられた。嘘をついたり、誰かを疑う発言をしただけで鞭打ち・飯抜きは当たり前。ひどいときには何日もの間、倉庫に閉じこめたりと散々な扱いを受けたのだ。


 ゆえに、エミリーが選ぶのは言葉による説得。彼女は他の選択肢を選ぶことができないのだ。



真の意味で両親に愛されていないという意味では、エミリーとティアナは似たもの同士なのかもしれない。皮肉にもゲームの中でティアナがその事実に気づくことはなかったのだが。


「私の勝利条件は48時間以上誰かと一緒に行動することです。私にティアナさんを攻撃するメリットはありません」

「あんたになくても、私にはあるのよ」



 突きつけるように、私は3番のプレートを押しつける。


===

No. 3

解毒条件: 自分以外の全プレイヤーの死亡

===


 ナンバー3のプレート。

 それは、私を孤独にするための証明書。



 ――そのはずだったのに




「まあ! 目つきの鋭いティアナがこんなものを持っていたら。

 誤解されてしまうのも仕方ありませんね」



 いったい何を考えているのだろうか。エミリーは安心させるように微笑むと、プレートを持つ私の手を握り込むと、



「私のプレートは無害ですよ。普段はこれを持っておいてください」



 そう言いながら、6番のプレートを私に押し付ける。有無を言わさず、奪い取るように死が約束された3番のプレートが奪われた。私には、何を考えているのかさっぱり理解できない。



「なんであんたがそんなことを。何のメリットもないでしょう?」

「命の恩人のために、何かをしたいと思ってはいけませんか?」



 それが当たり前だというような回答に頭がいたくなる。



「そんなプレートを他人に見せてご覧なさい。

 それは、どの参加者とも相容れない呪われたプレートよ!

 常に命を狙われることになる」

「そこは私の無害さでカバーします!」


 何の根拠もない自信。


「いつも両親からは、鈍くさいって言われ続けてきましたから。

 とぼけた顔をしていて苛々するとも。

 ……私が、誰かを殺しそうな顔をしてますか?」

「……してないけど」



 もちろんプレートを入れ替えても、プレイヤーの勝利条件は入れ替わらない。

 ものすごい自信である。そして否定できないのが不思議だ。


(攻略対象たちと組まれなければ。……こんな能天気な女、いつでも殺せる)



 結局、私が選んだのは問題の先送り。

 なんてことはない。前世でぼっちを謳歌した私は、ストレートに好意を向けてくる相手を殺せるほど、非情になれなかったのだ。殺さなければ生き残れない状態で、チョロイと笑いたければ笑え。



「そのプレートを持ってたせいで狙われても、私は知らないからね」

「だとしても、また守ってくれますよね?」



 まさかの他力本願。



「あ、あんたってやつは……。

 なるべく、そのプレートを他人に見せないように気をつけなさいよ?」

「は~い!」



 エミリーは元気よく返事をした。

 ゲームでもヒロインは、どこか欠けたところがある攻略対象に初対面で同行を認めさせていた。こんないつ寝首をかかれるとも分からない中、あっさり一緒に行動する2人って非現実的でしょ……。そんなことをプレイしていた当時は思ったものだが。



(こんな状況だから、かしらね。

 ここまで裏表もなく、いつでも笑顔な子といると……本当に心が落ち着くのね)



 って、いかんいかん。しっかりしろ私。

 こうなってしまった以上は、作戦変更だ。たとえ心を揺るがされても、私の条件には何の変化もないのだ。私の目的は今も昔も変わらず、登場人物を皆殺しにして生き残ること。


 どうせなら攻略対象たちの警戒心を解くために、利用させてもらいましょう。



「それで、この後はどうするんですか?」

「どうするのがよいと思うのよ?」


 エミリーは「う~ん」と頬に手を当て考えていたが、



「そうですね! 1人でも多くのプレイヤーと会って、争いを止めるよう説得したいですね。

 ならば、まずは島中を歩き回るべきでしょうか」



 やめろ、死ぬわ。

 その行動に振り回されたゲーム内の攻略対象に合掌。



 生き残りを考えた場合、エミリーの最善手は島の隅に隠れていることだろう。それだけで勝利条件は自動的に満たされるのだから。人間の善性を信じて被害を少なくしようと行動できるのは美徳だとは思う。このデスゲームの場には全くそぐわないものだが。



「死にたくなければやめておきなさい。論外よ」

「論外ですか……」



 しょんぼりした様子のエミリーに、私は言葉を続ける。



「あなたの勝利条件を満たすことだけ考えれば、このまま隠れてるだけでよいでしょう。よけいなリスクを背負いこむことはないわ」

「でも……それだと、ほかのプレイヤーが大勢亡くなってしまうかもしれません」

「殺し合いたいやつは殺し合わせとけばよいのよ。

 このゲームに参加してるのは、基本的に危険人物よ」



 (私を含めてね)


 そう内心で付け足す。なぜヒロインと悪役令嬢が、こんな風に共に行動することになってしまったのだろうか。私は運命の不思議を呪う。



「分かりました。命の恩人の言葉です。

 納得できない部分もありますが、従います」

「それで良いのよ」



 このゲームには、なかなか殺意高めなキャラクターがそろっている。

 さっきエミリーと相対しエルヴィスは、放っておけば相手を強者と見るなり襲いかかるだろうし、他のメンバーもなかなかにくせ者ぞろいなのだ。



「まだ歩けるわね?」

「もちろんです。まだまだ元気ですよ!」

「7日間ってのは、結構長いからね。まずは食用品をため込むわよ」



 私だけならまだしも、エミリーもいるなら余分に物資が必要となる。


 私たちは、地中に埋まったカプセルを堀りながら無人島をさまよい歩く。ときおり、探知魔法を使って周囲を警戒しながら歩くが、今のところ人の気配はない。

 3時間ほど歩いただろうか。あたりが暗闇に包まれてきたころ



「今日はこの辺かしらね」



 そうつぶやき私は立ち止まる。今後のことを考えると、休めるうちはしっかりと休むべきだろう。


「エミリー、あなた見張りはできる?」

「探知魔法は苦手ですが。頑張ります」


 気合の入った返答だが、あまり信用ができない。小刻みに仮眠を取りながら夜間も警戒するしかないだろう。気が滅入る話だ。



「今日も1日おつかれさまでした!」


 一方のエミリーは「感謝の気持ちです」と言って、私に対して何か魔法をかけた。不思議な光に包まれ、疲労が回復していくのを感じる。


(なるほど。これが……その人物との相性によって効果が変わる、ヒロインの固有魔法ね。

 1日の終わりになるとかけてくれる、ゲームではおなじみの魔法だったわね)

 

 うっすら感じていた疲労が無くなったばかりか、五感がこれまでとは比べ物にならないほどに研ぎ澄まされたのを感じる。エミリーの使う魔法も、大概チートであった。



「明日からも大移動よ。

 そんな魔法の無駄うちしてないで、今日は早くやすみなさい」


 私はカプセルから保存食を取り出すと、エミリーに黙って手渡す。エミリーは少しだけ口にすると、そっとカプセルの中に戻した。


(気持ちはわかるけど……)


 味のしない乾燥した食材、心がすさみそうになる。



「食べておきなさい。しっかり体力を付けておかないと、この先もたないわよ」

「ふふ、ありがとうございます。ティアナは本当にやさしいんですね」

「そんなことないわよ」


 照れる私に対して


「貸してください。少しだけ魔法をかけてもよいですか?」



 エミリーは、私に食材を渡すように求めてくる。

 これが他の相手なら、ライフラインとなる食材を渡すことなど考えられない。しかし、エミリーなら大丈夫だろう、特に意識することなく食材が詰め込まれた袋を渡し――無意識に警戒心を解いてしまっている自分に驚く。


 エミリーは「えい」と可愛らしい声で、袋の中の食材に向かって魔法を発動。その後は、取り出した保存食を、さきほどとは打って変わって美味しいそうにパクパクと口に運ぶではないか。



「ティアナもどうぞ?」

「……驚いた。バフを使って、食べ物をおいしくするなんてね。

 あんた、こんな状況で貴重な魔力を使ってやることがそれって。生き残る気が本当にあるの?」

「でもおいしいですよ?」

「……もらうけどさ」


 まさかこんな場所で、ホクホクのお菓子を食べ(た気持ちが味わえる)なんて。美味しいものには逆らえない。気が付けば、完全にエミリーにペースを握られていた。




 どう接するべきかいまだに決めかねる私を余所に、エミリーは食事を終えると速やかに眠りにつく。この警戒心の無さは何なんだ。



くー くー


 エミリーは、最初の見張りを私に任せると、膝にもたれかかるようにして気持ちよさそうに眠っていた。


(こちらの気も知らないで。

 私、いつでもあなたのことを殺せちゃいますよ?)


 思わずほっぺたをツンツンしてしまう。

 なんでこの子はここまで警戒心がないのか。あなたを殺さないと、私はいずれ死ぬ。その事実すら、すでに知ってるはずなのに。信頼――そう言えば聞こえは良いが、完全に相手に命を委ねる様は、もはや狂気だ。


(まあよいか)


 エミリーと一緒にいることで相手を油断させられる。それに、いざというときには、彼女のバフは強力な武器となる……かもしれない。だから、今は殺すべきではないのだ。


(いつでも殺せるし)


 そうして夜は更けていく。



 ――ヒロインも攻略対象も皆殺しにして生き残るんだ!


 そんな決意とは裏腹に、割とのどかなデスゲームの初日が終わろうとしていた。




◇◆◇◆◇


 ここからデスゲームは加速する。



 2日目。

 プレイヤー1番が、誰かに殺された。人数の減少はプレートを通じて通知されるのだ。

 誰が殺したのかは不明だ。でも殺人犯は確実にいる――さあ疑心暗鬼になって殺しあえ、というデスゲーム運営による粋な計らいである。

 私は悲しむエミリーを説得し、一カ所にとどまり続けることを選択する。



 3日目。

 何事もなく1日が過ぎ去る。探知魔法を定期的に使い、付近に人がいないことを確認。ときおり人の気配を感じれば、すみやかに距離をとる。そうして1日を過ごし、あっさりとエミリーの勝利条件を満たす。

 ゲームではエミリーは、争いの渦中に向かうことを望み――攻略対象はそれに付き合う形で、争いの中心地へと向かっていった。ここまで争いの蚊帳の外なのは、非常に珍しいだろう。

 今日は死者はいない。勝利条件を満たしていない人物は、あと何人いるのだろうか。



 4日目。

 昼頃の通知でプレイヤー・4番とプレイヤー・5番が死んだことがわかった。互いに争いあって相打ちになったのか、2番のプレイヤー(最初にエミリーを襲った暗殺者・エルヴィス)に殺られたのは分からない。こんな状況でも、人が死んでいくことに涙を流すエミリーを、私は「仕方なかった」と慰める。

 私が一番恐れていたのは、攻略対象たちとヒロインが共に条件達成をめざすこと。私以外の全員が手を結び、私の前に立ちはだかることだったはずだ。この展開は理想通りと言っても良いはずである。

 なのに、なぜ心が痛むのだろうか。



 5日目・早朝。

 残されたプレイヤーは2番のプレイヤーであるエルヴィスだけ。暗殺者ともなれば、探知魔法をかいくぐってくるのも必然。だからこそ、警戒するべきなのは不意打ち。


「来たわね」

 

 眠っているエミリーの頭を、そっと撫でる。起こさぬようにゆっくりと起き上がり、私はこちらに向かってくるエルヴィスを私は迎え撃つことを決意。



「今回のゲームは、実につまらない回だったよ。

 1人しか殺せなかった。ひよりみ見主義のつまらない人物だったよ。おまけに、僕の知らないところで2人が相打ちって」


 余裕を崩さず、エルヴィスは飄々(ひょうひょう)とこちらに近づく。まとった殺気が以前とは違う。エミリーとの初対面イベントはいわばお遊び。この間とは比べものにならない威圧感に、私は警戒心を深める。


「ちょっとは楽しませてくれるかな?」

「あなたが楽しいかは知らないけどね」

「はじめようか」


 エルヴィスは、手始めとばかりにパチンと指をならす。するとそれに呼応するように、私の周囲に大量の刃が現れた。さまざまな柄の刃物は舞うように私を取り囲むと、複雑な軌道を描きながら私を切り裂こうとする。


「そんな小手先のおもちゃで、私を相手にするつもり?

 舐められたものね」



 練った魔力を叩きつけるように放出。エルヴィスにより作り出された魔力の刃は、一瞬で形を失った。魔力操作レベルの質が違いすぎるのだ。ラスボスとまで呼ばれた力をなめるな。


「本気でこないと、つまらないわよ?」


 こちらが放ったのは、触れると爆発する水球。見え見えの攻撃をエルヴィスはサッと飛びずさり避けると、お返しとばかりにクナイを投げつけてきた。


(たいした脅威ではないけれど、毒が塗られているかもしれない)


 ゲームでの知識を通じて、私はエルヴィスの戦い方をすでに知っていた。エルヴィスは、基本的には魔法による遠距離戦を好むが、真の姿はバリバリの暗器つかい。接近戦で状態異常を付与する変則型のアタッカーなのだ。



「ようやく君の本当の姿が見れた気がするよ。

 やっぱり、君は僕の同類だった。

 こういう命の奪い合いに、気分が高揚しているんじゃないかい?」

「戦いの最中に雑談なんて、本当に舐められたものね」



 エルヴィスの容赦ない殺意が、私の殺意を後押ししてくれるようだ。魔法を打ち合うたび、殺意が研ぎ澄まされていくのを感じる。


 ――そう、エルヴィスは所詮は前哨戦のようなものなのだ


 こいつを倒した後に、ある意味では最強のラスボスに私は挑まねばならないのだから。

 私の中で、エミリーはあまりに大きくなりすぎてしまったのだ。


(生き残るためとはいえ、ここまで情をうつしてしまった相手を、本当に私は殺せるの?)


 私はエミリーをちらっとみて、思わず言葉を飲みこんだ。エミリーは基本的に戦闘が苦手なはずだ。だから、戦闘の音で目が覚めたとしても、安全な場所に隠れているかと思っていたのだが。エミリーは気が付くと私の隣に立ち、燃えるような目でエルヴィスを睨みつけていたのだ。



「デュ・エル・ネブラ」


 詠唱破棄。

 

(出た、主人公補生の最強技。覚醒状態でのみ使えるチート技。

 ありとあらゆる状態異常を確定で与える――ラスボスにも毒が通るっておかしいでしょ)



 ヒロインであるエミリーは心優しい少女であるが、決して誰かの後ろで守られる少女ではない。出来るだけ多くの人間を助けようと行動するが、自身の大切なものを傷つけられたときは、容赦なく大切なものを守るために戦うのだ。


 毒と麻痺。相手の動きを完全に封じて無力化。

 暗殺者として多少の耐性があっても、そんなものをあっさりと無視する物語の主人公。



「あなたの勝利条件はなんですか?」


 相手をあっさりと無力化したエミリーは、そう問いかけた。相手の善性を決して疑わず、どこかで分かり合えると信じている。否、説得に成功するルートもあるのだ。


 ――やっぱりエミリーはそういう子なのだ




 あくまで対話の意志を見せるが、私はついに決断を下す。




 ゴゥッ



 発動させたのは、巨大な火柱を発生させる禁術であった。

 エルヴィスを飲み込む巨大な火柱。目の前で火柱に包まれたエルヴィスを見て、エミリーは驚愕の表情を浮かべる。


「どうして。なんで、殺したんですか?」

「……どうして殺さないと思うのよ。

 あなたには、私の勝利条件を話したわよね」


 エルヴィスはもう助からない。それを悟り、悲しそうに火柱から距離を取るエミリー。その背後で私は、凄惨な笑みを浮かべてみせる。それはさながら、ゲームの一枚絵のような風景であった。



 3番

 条件: 参加プレイヤー全員の死亡


 この番号に込められた呪いは、やはり他者と対話することを許してくれないのだ。だって、決して両方は生き残ることはできないのだから。だから、私は誰とも交わらない。

 覚悟を新たに、私はエミリーに向き直る。



「でも、あなたは良いひとです」

「……最初から言ってるでしょう。

 あなたを助けたのは、そうする方が勝利に近かっただけだって。

 あなたが私を倒すためには、もう死んでいる1~6番を1人でも多く味方につけるしかなかったのよ」


「信じられません」

「……せめて、そのまま幸せな夢をみながら。そのまま逝きなさい」



 約束された死の運命をくつがえす最後の一手だ。

 撃て、私。それですべてが終わる。


 ――なのにエミリー、あなたは何で最後の瞬間まで一片の曇りもないまなざしでこちらをみてくるのよ



 エミリーは黙って手を広げて、こちらに近づいてきた。

 自らに害意がないことを示すように。



「こないで。殺すわよ!」

「ティアナ、さっきからずっとそう言ってますよ」



 まったくこちらを恐れる様子のないエミリーの発言で、集中力が乱されてしまう。まともに魔力を練ることも出来ていない状態では、脅しにもならないだろう。

 

 それは、まるで初対面の再現。エミリーはガバッと私に抱きついてきた。



「あなたがまだ生きているのは、私の気まぐれに過ぎない。

 だって、いつでも条件は満たせるんだから」


 完全敗北だ。私はエミリーに語りかける。


「あなたは、私が怖くなかったの?」

「そんな泣き声で言われても、怖くありませんよ。私は、人を疑ってしまうこと。

 このゲームに飲み込まれてしまうことの方が、よっぽど怖い」



 うすうす前世でゲームを遊んでいたときから気づいていたこと。

 どのような事態に陥っても決して自らの意志を曲げないのはエミリーのつよさ……"ではない"。彼女もまた、このゲームの参加者たちとは別ベクトルに狂っているのだ。



「仕方ないわね」


 人を信じて誠実に生きなさい、親に繰り返しかけられた呪い。それはエミリーの絶対的な価値観となり、彼女をむしばんでいるのだ。もはや、エミリーの中で自らの命の優先順位はそこまで高くないのだろう。


 非常にいきづらそうだ。おまけにゲームのエンディングとは違い、彼女は生き残っても誰も隣にはいない。


(なんでこんな状態で、私は他人を案じているんだろう)


 どれだけ偽りの殺意で塗り固めたところで。覚悟を決めたと思い込もうとしても。

 ダメだったのだ、私にエミリーという少女は殺せない。




 ――クソみたいな世界の、クソみたいな配役に転生したけどさ。


 人生の最後で、こうして友達と呼べるような大切な人が出来たのだ。

 こんな終わり方をするのも悪くはないかもしれない。



 私は自らの生存を諦め、このままゲームの終わりを待つことを決意した。自らの選択に誇りを持って、大切な友人の今後の幸せを祈りながら逝こう。そんなこんな終わり方でも良い、そう想わせてくれたエミリーには本当に感謝している。



 6日目。

 私とエミリーは、無人島の中を気ままに歩きまわった。もはや敵に警戒する必要もない穏やかな時間である。


 前世では引きこもり、今世でもろくな暮らしをしていなかった私にとって、無人島を友達と歩き回るというのは非常に新鮮な体験であった。


「あれ、美味しそうです!」

「任せなさい、エミリー。取ってきてあげるから」


 木によじ登り、2人分の果実を確保。一緒に新鮮な果実にかぶりつく。無人島にある実なんて危ないかもしれないが、エミリーの魔法があれば毒があっても問題ないだろうと私は考えたのだ。


「ほら、あとちょっとの命だし」


 そんなことを言っておどけてみせたら、泣きそうな顔をされた。

 ごめんなさい。




◇◆◇◆◇


 そして最終日がやってくる。どんな最後を迎えることになるのかは分からないが、私はエミリーに離れているように言った。毒で死ぬ、穏やかな死ではないかもしれない。最後の瞬間を、最初で最後の友人に見られたくなかったのだ。


「ティアナ、本当にありがとう。あなたと出会えたこと、忘れないからね」


そう言って手を握るエミリーの手を、私は握り返した。


「いいえ、すべてを忘れなさい。このゲームに参加して、手を汚さずに済んだのは奇跡。

 悪い夢だったのよ、ここでは何もなかった」

「あなたとの出会いを無かったことになんてできないよ」


 涙を流しながらエミリーは言った。そこまで思ってもらえて嬉しいが、このままでは……エミリーは不幸になってしまう。背中にのしかかるのは5人の屍、デスゲームの生き残りの業である。


 なら、せめてもう1つの呪縛だけでも。



(エミリー、どうか私の分まで幸せになって)


「エミリー? 少しは人を疑うことを覚えなさい。

 これが私からの――最後の忠告よ」


 決して人を疑えないというエミリーの性質。それは危うさをはらんでおり、非常に生きづらいものであろう。実際、エミリーのその性質には、ゲームのどのルートでも、何らかの形で解決策が与えられていたりする。私は攻略対象ではないけれど――大切な親友のために。


 ピッと、魔力で作った魔法の刃を生み出す。



「最後の最後まで、こうして騙されていて。愚かな女ね」

「いいえ。あなたは私を殺しませんよ」


「なんでそう思うの?」

「ティアナは優しいからです」


 私は、魔法の刃をエミリーに近づけ……頬に斬りつける。大した怪我にはならないが、明確に相手を傷つけるための行為。エミリーは信じられないというように見つめてきた。


「初対面のときは違ったわよね?」

「ええ。私を助けてくれたティアナが、悪い人のはずがないから信じたんです」


「今も、私のことを信じてるの?」

「もちろんです」


「それは何故?」

「ティアナは良い人だからです」



 ティアナは良い人だからです。

 こちらを見ていそうで、見ていないそんな言葉。



「気が変わったのよ。やっぱりもう少しだけこの世界が見てみたくなったの」


 まるで明日の天気は晴れね、とでもいうように。

 私は作り出した短刀を振り抜いた。言葉の刃はエミリーの心を、魔法の刃はエミリーの腕を深く切り裂く。



「ッ!」


 エミリーは、痛みに顔を引きつらせた。

 そして、思わずといったように私と距離を取る。その直後、距離を取ってしまったことを後悔するように、直後に「ち、ちがう……」と怯えるようにそう言った。



「なにが違うの?」

「わ、わたしはティアナのことを信じてる。信じてる。

 疑ってなんかいない、疑ってなんかいないんだから……」


 ここにいない誰かに対する懺悔のように。

 その言葉はうすら寒く響き渡る。「人を疑うな」と両親に言われ続けた呪いが、エミリーの精神を蝕み続けているのだ。



「いいのよ、それで」

「……?」


「人を疑うのは、その人を信じたいから。

 ただ盲目的にその人のポジティブな面を――見たいところだけ見るのは、信じるとは言わないわ」


 私は魔力で生み出したナイフをしまう。

 そして、きょとんとするエミリーに「痛かったでしょう、ごめんなさい」と謝る。



 エミリーは、やがて私の行動の意図を理解したのだろう。

 泣きそうになりながら、エミリーは笑って見せた。


「信じてました、信じてましたとも。

 信じたいけれど……殺されるかとも思いましたよっ!」



 怒りもせずに、私の意図を汲んだような言葉。私にはもったいない素晴らしい友達だ。

 

(友達なんかいないボッチな私には、こんな方法しか取れなかったけど。

 少しでも今後の人生をエミリーが楽しく生きれると良いな)


 柄にもなく、そんなことを祈る。




「これからも……元気でね?」


 しめっぽいのは嫌いだ。これがたとえ永遠の別れであっても、最後は淡々と立ち去りたい。

 私はエミリーに背を向けると歩き始めた。



「ティアナ。あなたは私の一番大事な親友でした。

 本当にありがとうございました。

 天国で再会した後に、あなたに胸を張れるような生き方をしますから」


 淡々と立ち去りたいと思っているのに、なんでそんなことを言うのか。前世・今世あわせても、そんなことを言われたことはもちろんない。これがヒロインの力でしょうか、攻略対象が好きになるのも納得である。



 流れる涙を見せないため。

 私は軽く手を挙げて応えることにした。





◇◆◇◆◇


 まもなく、ゲーム最後のときが訪れる。

 あと10分で勝利条件を満たせなければ死ぬ、と機械音声が嫌みのように私に告げる。


 ゲームの運営が望むのはエンターテインメントとしての殺し合い。

 このような静かな幕切れは望みではないのでしょう。




 ここは海岸。

 はじめて目覚めた場所と同じ波の音を聞きながら、私は静かに終わりの時を待つ。



 ――ざまあみやがれ、ゲームの運営。

 ――ざまあみやがれ、神様。



 ゲームをかき回すだけかき回して死ぬはずだった私は、たしかに幸せをつかみ取ったぞ。

 死の運命を回避することはできなかったけど、それよりも価値のあるものを見つけたぞ。



 胸の中の満足感とともに最後の刻を待つ。

 待ってーー待って。



 ……。

 それから10分経った。

 変わったことは"ほぼ"なにもない。


 たしかに体の中に毒物が流れ込んできた感覚はあったが……その程度の微弱な毒、あっというまに浄化してしまったぞ? その程度の毒で、私を殺せるとでも思ったのか。


 ……驚愕の事実!

 覚醒した悪役令嬢のチート魔力、デスゲーム運営による即死トラップすらもまさかの無効化。 

 私こそが最強だ。




「ふう。死に損なっちゃったね……」


 ノビをする。


 なんとも馬鹿らしい幕切れであった。

 あとはゲームの主催者がこの結果を認めてくれるかどうかであるが……


「まあ、だめだったらその時ね。

 思う存分、暴れてから死にましょう」


 もはや死は怖くない。そんな覚悟をあっさりと決める。

 そんなことよりも――



「あんな、永遠の別れみたいな別れ方をしてきたのに……」



 思い出すのは、エミリーとの別れ方だ。これで終わりだと思って随分と好き勝手なことを言ってしまった。かっこつけもしたものだ、黒歴史である。思い出すだけで恥ずかしい。




「……ゲームの勝者はこちらへ」

「あら、本当に勝者として認められるのね。

 秘密裏に抹消されるかと思って――暴れる準備もしていたのに」


「毒を魔力だけで打ち消す化け物と、やりあう気はありませんよ。

 どうぞ、こちらへ」


 こうして私は、ゲームの主催者に案内されゲームの勝利者が集まる部屋に通される。

 いかにも金ピカで悪趣味な部屋には、既にエミリーが座っていた。



「久しぶり!」


 そう声をかけると、まるで幽霊でも見るような反応をされた。

 それでもここに立っているのが、私だということを理解すると

 


「ティアナ!

 良かった、ほんとうに良かったよ~!」


 ガバッと抱きついてきたのだった。


(ここ、本来なら攻略対象と抱き合う感動のエピローグだぞ?)


 ゲームの主催者よ、可愛いヒロインの貴重な泣き顔だ。気を利かして出ていっておくれ。



「言ったでしょう。人を疑うことを覚えなさいって。

 私、死ぬ気なんてなかったのよ?」

「それ……それこそが、嘘ですね?

 あのときの泣きそうな表情。どう考えても、これから迎える死を覚悟している眼差しでしたよ」


 正解。チラリと舌を出して肯定する。



 何はともあれ、私はこれからもこの世界でエミリーと共に生きていくことになるのだろう。それもきっと――楽しい未来だ。

 抱きついてきたエミリーをなだめながら、私は満面の笑みを浮かべるのだった。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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[良い点] 『ろ、ろくでもない世界に転生してしまった~!』という主人公の心の叫びなど、デスゲームという世界観に反してコメディタッチの作品なのかと思いきや、狂気を覗かせるヒロインとのシリアスが挟まって、…
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