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第三章 双子迷宮のジェミ王国 9話

 ヤマトは、牢に囚われていた。今でも信じがたい事実に動揺が隠せないでいる。

 自分に判決を下した女王キヨ=ジェミニクスはヤマトの知るキヨ=オフィックスと瓜二つであった。そして自分を捕らえたコブラ=ジェミニクスもまた、ヤマトの良く知る盗人コブラとソックリであった。

「どうなっているのだ。大体、私とその辻斬りとやらが似ていると言うのも……」

 納得のいかないことの多さにヤマトは頭を抱えた。考えても仕方のないこと。というのは彼も承知しているのだが、何分剣も取り上げられ、何もないこの牢の中では、もはやそのことに思案を巡らせるしかやることがないのだ。考えを巡らせると言うのは、何も使用せず、自分の身一つあれば動けなくても出来る時間の潰し方の一つである。

 ヤマト自身。モヤモヤして眠れず、スタージュン夫妻に迷惑をかけるわけには行かない時は、ベッドの中で読んだ『ヘラクロスの冒険』について考えを巡らせたものだった。

 石階段を下りてくる誰かの足音がする。うとうととしていた看守も慌てて目を覚ます。

 看守はヤマトをギロリと見る。自分が寝ていたのを棚に上げて、しっかりと仕事をしているアピールをしたかったのだろう。ヤマトは彼を睨み返す。

「看守よ。このようなお時間までご苦労様です」

 聞き覚えのある綺麗な声だった。看守はすぐに声の主に頭を下げた。ヤマトは声の主の方を見る。そこには、これから眠るのか、ドレスではなく寝間着を身に纏ったキヨ姫であった。

「姫様、そのような無防備な恰好でこの男の前に出られては……」

「まぁ。良いではありませんか。彼はこのように牢に入っているし、貴方がいるわ。危険はないと思うけれど」

「し、しかし……」

 狼狽している看守を他所にキヨ姫はヤマトのそばに寄る。ヤマトは看守に余計な警戒をされてはたまらないと思い、牢の奥の壁まで行き、そこにもたれ掛かるようにして姫様を見つめる。

「あら、意外と紳士的な方ですね。辻斬りは」

「本当であるならば、しっかりと膝をついてお話したいのですが、私も疲弊しております。このような不躾な態度、お許しください」

「あら、教養もあるご様子。本当に辻斬りかしら」

 わざとらしく驚くキヨ姫に、ヤマトは困惑した。普段、彼が見ているキヨ=オフィックスがこの態度で話していると想像すると、なんだかおかしくなってくるのである。

「さて、ヤマトさま。兄上や、他の者たちに示しは尽きませんが、私は貴方を本当に辻斬りだとは思っておりません」

 キヨ姫は寝間着の状態で、そのまま地べたに座った。看守が止めようかと声をかけようとしたが、それよりも早くキヨ姫は「私に立ちっぱなしで長時間いろとおっしゃるのですか?」と看守を静止した。看守はどうしようかと困惑した様子で座った姫様とヤマトを交互に見つめていた。彼の視線が気になったヤマトであったが、話しを切り出そうと小さく咳込む。

「先ほど、私が辻斬りではない。と仰ってくださいましたが、その根拠は?」

「根拠というほど大層なものはございません。しかし、辻斬りは国の騎士たちを中心に狙った者です。その者が、兄から逃げるでしょうか? いくら兄が強いと言っても、倒すべき相手です。私が辻斬りなら暗がりに連れていってそこでザシュ! と斬ってかかりますね!」

 キヨ姫は剣を持っているような手の形を取り、振りかぶる動作をしながらニコっと笑う。

「姫様、想像の中とはいえ、騎士団長様を斬られては困ります」

「あら、兄上なら斬りかかられてもきっと華麗に躱して退治してしまいますわよ」

「左様ですか……。今見たものは私。生涯口に出さぬものとします」

「本当? では遠慮なくこの偽辻斬りさんとお話が出来るわ」

 その言葉に看守はしてやられたと言った様子で大きなため息を吐いた。

 この様子だけでこの姫がキヨ同様にお転婆な少女なのは明白であった。

 キヨ姫はニコニコと笑いながらもう一度ヤマトの方を見る。ヤマトはキヨからは想像の出来ない言葉遣いに今もなお戸惑いを隠せなかった。キヨ姫は話を続ける。

「しかし、貴方は逃げた。それに、王政に対して何か怒りがあると予想される辻斬りが、私を前にして何もせずにいることも違和感がありました。貴方は私の顔を見て何か驚いた様子しか見せません。騎士団を狙っている辻斬りであるならば、当然それを従えている私こそ、彼にとって一番の敵のはず。私が辻斬りなら、自分を捕らえている兄上を突き飛ばし、兵士から剣を奪い、そのまま私のところまで突っ走り。奪って剣でスパ! と首を斬るでしょう。しかし、貴方はしなかった。貴方からはそれをしようという殺意も感じなかった。なぜですか?」

「私が辻斬りではないからです」

 ヤマトはキヨ姫の質問にハッキリ答えた。それを聞いてキヨ姫はまたニッコリと笑った。

「そうでしょうそうでしょう! 完璧な推理です!」

「完璧でしょうか……」

 看守が呆れた声を漏らしたが、キヨ姫が睨んだことで、わざとらしく咳込んで誤魔化した。

「しかし、我が兄が貴方を辻斬りと間違えたという部分も無視はできません。兄は阿呆ではないのです」

 キヨ姫の言葉を聞いて、あのコブラが阿呆ではない。という発言に思わず失笑する。

「なっ! 今我が兄を侮辱しましたね。貴方が辻斬りではないといしても許せません」

「いや、済まない。姫様の兄君ではないのだが、少々顔の似た友人がいたので」

「顔の似た……友人? 兄上と?」

「えぇ。それは瓜二つ。しかし、私の友人は、貴方の兄上と違って愚鈍で傲慢な救いようのない悪党です。貴方の兄の爪の垢でも煎じて飲ませたいほどに」

「あの兄上にそっくりの悪党……想像出来ませんね。ふふっ」

 キヨ姫は無邪気に笑う。自分の頭の中で想像した邪悪なコブラ=ジェミニクスがよほど奇天烈なものだったのだろう。

「つまり、貴方のお知り合いが兄上にそっくりで、兄上もまた貴方を辻斬りと誤解した」

「えぇ、恐らくそういうことになるかと」

「それはどういうことなのでしょう?」

 キヨ姫は首を捻る。聞いていない素振りを見せながらも、耳を傾けていた看守もまた首を捻る。

「姫様。私の推察をお話しても良いでしょうか?」

 ヤマトは頭を下げながら、姫様への発言への許しを乞う。キヨ姫は少しワクワクとした表情をしながらコクリと頷く。ヤマトはキヨ姫の頷きを許しと判断し、話すためにコホンと咳込む。自分の意見を話すと言うのは少し緊張するのか、表情が硬くなっていた。

「貴方の兄上様。コブラ=ジェミニクス騎士団長は、私をはっきりと辻斬りと決めつけておいででした。すなわち、会ったことはないですが、私とその辻斬りは容姿が瓜二つ。ということではないでしょうか?」

「貴様、何を、ふざけたことを言っている!」

 看守が突拍子のないことを言い出したヤマトを叱責する。しかし、それをすぐにキヨ姫は静止させる。

「いえ、兄上にそっくりなお知り合いが貴方にいるのであれば、その理屈も間違いありません。ここ数日辻斬りを追い続けた兄がまったくの赤の他人を辻斬りと決めつけて捕らえるとは思えません。しかし、私は貴方が辻斬りだとは到底思えない。この二つを両立させる理屈は、貴方が仰っていた瓜二つの者が辻斬りである。という他ないでしょう」

「キヨ姫様まで。彼が自らの潔白を証明したいが故の虚言ですよ」

「あら、わたくしの意見に異論があるのかしら?」

「い、いえ……」

 看守はどもりながら、溜息を吐いて、警備に戻る。その様子にキヨ姫はクスリと笑った後、看守にそっと頭を下げる。

「いえいえ。貴方は間違っておりません。王に意見出来ぬ兵など必要ないのです。貴方は優秀な兵ですよ」

 ヤマトは看守に話しているキヨ姫を見て、その気高さに動揺した。もし、キヨ=オフィックスの先代王の時代が終わらずに、彼女が王族のままであったなら、彼女のように聡明な少女だったのだろうか。とよぎる。

「まるで、『ドッペルゲンガー』のようですな。姫様と貴様が話している話は」

「あぁー! えぇ! そうですね!」

 看守が思い出したかのように呟いた。キヨ姫は納得したように満面の笑みを浮かべる。一人ヤマトだけが納得できずに、困惑する。

「な、なんなのでしょう。そのドッペルゲンガーというのは」

「あっ、でしたら私がお話致します」

 キヨ姫は嬉々として語り始めた。

 ――この町は、日が落ちるのが早いらしく。影が長く差し込む町なのだろうだ。だからこそ子どもたちは早く家路につかねばならぬ。そして子どもを守る大人もそんな子どもたちを迎え入れるために早く家に籠るように心掛けている。

 もし、家に帰らない悪い子の影が伸びきった時、その影から自分と瓜二つの人が現れて、自分を影の中に引っ張り出し、影から出た『ドッペルゲンガー』が自分の代わりに家に帰ってしまう。大人も同じ。

 だから子どもは影が伸びきる前に帰らないといけない。そして暗くなっているのに、外にいる大人は『ドッペルゲンガー』だからついていってはいけない。もし影に引っ張られたり、ドッペルゲンガーについていったりしたら、そのまま『影の町』に落ちて帰ってこれなくなる――。

「という逸話があるの」

「影の町……とは?」

「貴方の牢の窓からは見えないかしら?」

 ヤマトはキヨ姫に促されて牢の奥にある鉄格子の窓を見る。すると、確かにこの城の遥か遠くに、ここから見ても荒れていることが分かる街がある。

 その様子を見た看守が軽く咳込んで語り始める。

「まぁ、夜遅くまで遊ぼうとする子どもを家に帰らせるための御伽噺ですよ。あの影の町も、治安が悪く、無気力な奴らのたまり場になっているので、そこを皮肉った噂話に尾ひれがついたものですよ」

「あら、貴方は夢のないことを言うのね。『ドッペルゲンガー』は実在するのよ。きっと。そしてそれが貴方なのでしょう? ヤマト=スタージュン様」

 鋭い目つき、先ほどまでの無邪気な少女とはまた違う迫力。ヤマトに覚えがあったのは、獲物を狩ろうとしている時のキヨと同じ目だ。真剣な眼差し。思わずヤマトは生唾を飲む。

「私はドッペルゲンガーではありません。もし私がドッペルゲンガーであれば、貴方を影の国とやらにご案内しているところでしょう」

「あら、お上手。あいにくもう私は連れ去られるような子どもではありません。ではもう一つ。私、どうしても気になることがあるのです。ヤマト=スタージュン。貴方と辻斬りは瓜二つだそうですね。そして貴方のお知り合いには兄上と瓜二つの者が存在する。では、私。『キヨ=ジェミニクス』と瓜二つの少女も存在するのではないでしょうか? 先ほど、貴方の目は私ではない別のものを見ておいででした。お答えください」

 ヤマトは狼狽した。ここで、直接。彼女に貴方とソックリの少女がいると伝えた時、どうなるのか。自分も、コブラも、まだお互いに自身の分身らしきものと接触はしていない。

 だが、キヨ姫の目が嘘をつくことを許さなかった。まっすぐ見つめてくる彼女の目を直視できず、ヤマトは目線を反らす。

「……あぁ、我々の仲間に、貴方様と瓜二つの少女がいる」

「あら、そうなのね。とても興味深いわ。貴方がたはみんながみんなドッペルゲンガーなのね!」

 まるで新しいおもちゃを得た子どものように目を輝かせながらキヨ姫はヤマトを凝視した。ヤマトは自身がドッペルゲンガーではないと否定したかったが、彼女たちが本物で我々が異端である可能性も否定できない以上、言葉を吐くことはできなかった。

「して、その貴方の友人である私は、どのような方なので?」

 ヤマトは目の前のキヨ姫と、自身の友人であるキヨを交互に連想する。

「……そうですね。活発な少女ですよ。貴方のように。さらには、責任感もある良き女性であると思われます」

「なるほど。ドッペルゲンガーは決して真逆な存在ではない。というわけですね」

「真逆?」

 ヤマトは彼女の言葉に疑問を呈した。看守もまたヤマト同様に首を傾げる。

「いえ、兄上と貴方の友人は性格も真反対の印象を受けました。それに、礼儀の正しい貴方と、騎士を無残に斬り殺す辻斬り。とても同じ性質とは思えません。それとも、貴方にはそういった凶暴性が孕んでいるのでしょうか?」

「……いえ。そのようなことはないはずです」

 ヤマトは純粋な瞳で見つめるキヨ姫から目を反らしながら答える。

「となると、貴方と辻斬りも真逆の存在です。ですので、私と瓜二つの少女がいると聞いた時、きっと乱暴で、教養のない方なのでしょう! と思っていたのですが、貴方の言葉に嘘はなさそうです」

 彼女は少々芝居がかった話し方をするので、聞いているヤマトの方も飽きはしない。

「まるで自分は乱暴ではなく、清楚で教養のあるかのような物言いですね」

「貴様、無礼だぞ」

 看守がギロリとヤマトを睨みつけた。

「いえいえ、私も貴方のお知り合いを少し無礼に言いました。皮肉を返されても仕方のないことです」

 そういうと座っていた姫は立ち上がる。

「もう少しお話しておきたいですが、そろそろ戻らないと兄上に見つかってしまいそうです。ヤマト=スタージュンさま。貴方がここにいる間に、辻斬りが現れれば貴方の身の潔白は証明されることでしょう。それまでしばし、この場でお休みください。では」

 姫様はそう言い放ち、ヤマトに背を向ける。看守が敬礼をし、そのまま階段を上がって去ってゆく。

 ヤマトは姫様が完全に去ったのを確認し、そのまま床に寝転がる。

「ふん。光栄に思え、姫様とここまで話すことが出来るものなど、滅多にいないのだからな」

 看守が厭味ったらしくヤマトに言い放つ。

「そうだな。王族と話をするなど、オフィックスにいた頃から中々出来ぬ経験であった。目の前の少女が知り合いの顔に似ているとはいえ、緊張するものだ」

 この威圧感。緊張感の正体こそが彼女が王族たる所以。ヤマトは全身の緊張が途切れ、一気に眠気に襲われた。

「申し訳ない看守殿。私は少し眠る。しっかりと私を監視しておいてくれ。このまま冤罪であることを証明して、仲間と合流したいのでな」

「あぁ、言われなくてもそれが私の仕事だ。しっかりと見張りますよ」

 看守のその言葉を聞いて、ヤマトは疲れ切った己の本能に従うように目を閉じ、眠りへとついた。


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