表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今更な事だけど…  作者: 四季実
5/5

5(愛しい君を受け継ぐ瞳)

エリーゼのお母様が愛した庭に纏わる話し。

お母様の初恋。ただ一つの恋に触れる話しです。

 小さい子供の声がする。

 この時間、この庭で遊ぶ子供はいない。領地を継いだ弟の子供は、今の時間は勉強でここまで足を運ばない。

 あぁ。自分は、懐かしい夢を見てるんだと思った。

 何処か私に似た男の子と、黒髪の幼い君が居る。

 その繋がれた手を見て、「ありえない」「分かっている」と打ち消す。持ち上げた私の手は、痩せ細って爪の色も悪い。これが現実。幸せにこの世を去る為の白昼夢。


「スミレ、ないね」

「きっとかくれてるだけで、さいてるよ」

「でも、みつからないのよ」

「これだけあるから、きっとあるよ」


 しゃがみこんで、花影を覗き込む二人。

 あると言った男の子が可哀想に思った。

 何故なら、スミレの花は見つける事は出来ないからだ。スミレと同じ色を集めた花壇の中。あの可愛らしい花の時期は終わってしまっている。


「スミレはあるよ」


 私は二人の姿に、誘われる様に庭に下りて声を掛けた。


「あ、あの、ぼくたち…」

「君は、クリスだね。そちらのレディを紹介してくれるかな?」


 妹夫婦が来ると言っていた事を思い出していた。

 この男の子は妹によく似ている。弟の子供達とも。


「君はクリスだろ? 初めまして。私は君のもう一人の伯父さんだよ」


 クリスは、私の顔をまじまじと見る。私の顔は弟と、もう一人の伯父に似ているから分かってくれるだろう。


「はい。ぼくはクリスです。きのうごあいさつできなくてごめんなさい」


 そして黒髪の、君にそっくりな女の子を紹介してくれた。

 君の娘なんだと実感した。

 夢うつつの日々の何処かで、妹の子供と君の子供が婚約をしたと聞いていた気がする。

 エリーゼと名乗ったこの子がそうなのだろう。

 幼い時の君に、本当にそっくりだ。君でないと分かっていても、心が歓喜に震えた。そして悲しみで悲鳴を上げる。


「おじさま。ほんとうに、お花あるの?」


 あるよと言って手を差し出せば、繋がれる小さな手。


「ここには、幾つかのスミレの花があるんだ。分かりやすいのは、このハートの葉っぱだよ」


 そして三角の葉っぱを指差す。

 枯れた花がかろうじてくっついているそれに、クリスが残念そうなため息をついた。


「花の時期は終わりだけど、この花達は、来年も咲く準備を初めてるんだ」

「また、さくの?」

「ああ、咲くよ。この花壇は、クリスの母上と、その友人とで作ってくれてね。それから毎年咲くよ。スミレの時期が終わっても、冬になるまでスミレ色の花が咲く」

「おうちのかだんといっしょだ」

「スミレの花壇を作っているのかい?」

「はい。ぼくのかあさんとエリーゼのおかあさまが好きだから」

「皆で眺めるのかい?」

「はい。あ、みなじゃないです」


 そう言ってクリスは俯いた。

 君は居ない。エリーゼのお母様である君はもう居ないんだ。


「エリーゼ?」


 小さな君の娘に声を掛ける。

 潤んだ瞳が私を写す。

 あの日の君を思い出す。「もう来ない」「もう来れない」と言って泣いた君。体の弱い私でも、君と穏やかに生きていけると信じていた未来が砕かれた日。あの日を最後に、君に会う事は無くなった。そして、私より先に、神の国へと行ってしまった。


「どうしたんだい? この庭に居るなら笑顔じゃなくてはならないよ」


 いっぱいに涙を溜めた黒い瞳の小さな女の子。君に繋がる女の子。

 この庭で別れた涙の君を思い出したくなくて、二人を私の暮らす離に招き入れた。


「この庭で笑ってた女の子だよ」


 エリーゼが足を止める。

 その先には、二人の少女が笑い合う絵が、これでもかと飾られている。私が描いた絵だ。生まれつき体の丈夫でない私。ただ生かされてるだけの日々の中で、思い出に埋もれる様に息をしている。そんな私が描いた絵。


「…おかあさま」

「そう。君とクリスのお母様だよ」


 この絵を、眺めるのだけに置かれたソファに、二人を座らせた。


「おかあさまに、あいたい。ぎゅっとしてもらいたいの」


 涙を流す君の娘の頬を、私の甥が拭う。




 滞在中。日に一度は、エリーゼが訪れる。

 じっと絵を見つめる目に、私の心と同じものを感じた。

 旅立ちの朝。スケッチに淡い水彩をのせた絵をプレゼントした。

 頬を染めて喜ぶ顔に君が重なるけど、君じゃ無いんだね。君なら大きい声で妹を呼んで私の絵に駄目出しをしただろう。これは自分に似てないと、拗ねて唇をとがらせただろう。

 照れてはにかむ君の娘は、とても可愛らしいよ。



 

 それから、私は、長い時間をかけて、二つの絵を描いた。

 黒髪の女の子の涙を拭う金髪の男の子の絵。

 そしてスケッチの絵に、私の願望を入れ込んだ絵。











 スミレ色の花が咲く庭を、エリーゼは、何時もと違う場所から眺める。

 母の愛した庭。そしてクリスの伯父の庭。同じ様で同じじゃ無い。それでも、その庭を愛でていた二人の心を、もう知っている。

 この庭に面した部屋に飾られる一枚のスケッチ。そして、届けられた絵。


「…お父様」


 スケッチに、一つだけ描き加えられた人。

 スミレの庭で、母親にキスをする少女。それを、優しく包む様に腕を広げた父親の姿。

 エリーゼの心の中の望を形にした絵。

 微笑みが浮かぶ。

 この絵の中の親子は、愛に溢れてる。


「エリーゼ。ただいま」

「お帰りなさい。クリス。ねぇ、これを見て」


 エリーゼは、もう一枚の絵を、愛する夫に見せる。

 それは幼い日の二人。

 思い出して二人は微笑み会う。



 

今話も、お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ