2(公爵家のお父様)
六歳の…、間もなく七歳になる息子の嫁選び。
はっきり言うが、まだ早い!
そうは言っても、嫡男の誕生日を目の前にして、招いてもいないのに娘を連れて我が家に訪れる者達は多い。
一言言わせてもらうなら、親に言われてその気になったお嬢さん方の態度は目に余る事がある。幼くても、それなりに。
私と妻の良いところを足して割ったような息子(涼やかな目元の美少年)だから、子供時代の私(三白眼で睨みを利かせた少年オマケに無愛想)の様に避けられる訳じゃ無い。だから、余計にグイグイ来られるのだが、その姿に、可愛らしさも嗜みも伺えない。六七歳の子供だからか? それを理由にするなら、押し掛けてくるな。全ての年頃の子供がそうだとは思わないが、今のところ、我が家に来るのはそんな娘達だった。
それを静かに捌く姿。女親の、ましてや公爵夫人の苦労を感じる。が、親に釘を刺す様子は素敵だ。『目に余る者はご退場』の精神は私と連れ添って身に付けたもの。頼もしい。それを存分に駆使して乗り越えて欲しい。もちろん、邪魔をしない様に手出しはするつもりだ。
嫡男であるが、物静かな息子にとって、慣れるまでが辛いだろう。だが、それも高位貴族ならば仕方の無い事。段々と身に付けていってくれれば良いと思う。
その分を、私達親が目を光らせればすむ事なのだから。
渦中の息子が弟に絵本を読んでる姿に癒されながら、そう考えていた。
「…はぁ」
何時もなら、私と同じ様に息子達を眺める妻が、悩ましいため息をついた。
「どうしたんだい、奥さん」
頬に手を添えてこちらを向かせれば、珍しく困った顔の妻。我が家に、顔に出す程の案件があっただろうか?
「家の事じゃ無いの…」
そう言いながらも浮かない様子。
「客が多くて、疲れてるんじゃ無いか? 無理するくらいなら、片っ端から断ればいい」
「本当に家の事では無いのよ」
ならば教えてくれと促せば、観念した妻が話し出す。
それは、妻の友人の話し。正確には、その娘の話しだった。
聞けば、妻の友人にも娘にも覚えがあった。あの愛らしい幼子。
あの子は伯爵家ただ一人の子供。男子が生まれれば、他所に嫁ぐ事になるだろうが…次の子供を授かる事は無いだろう。妻の言わない事情を察した。
どうにも母親と幼子が気になって調べたのだ。
妻の交友関係を、把握してなくては済まない夫では無い。その女人に謙遜した訳でも無い。私は、妻一筋だ。ただ、母親の子供を見る目に憂いが見て取れた。…それは、嘘だ。泣かなかった子供が気になった。決して怪しい思考の持ち主では無い。単なる子供好き(泣かない子供限定)だ。
調べた過程で、夫婦仲が良くない事や、複雑な事情も知った。政略結婚が当たり前だとしても、政略にもならない。王弟殿下の口利きで、伯爵家として何のメリットの無い婚姻。ブラマイ0なら許せるが、完全にマイナスだ。気の毒としか言えない。
…あの幼子は、父親とは暮らして居ない。それでもあの愛らしさ。きちんと周りの者達が愛しんでいると思う。
何故、そう思うか? 子供は、大きいものに怯えるだろう。好奇心があったって、日常に存在しないものは恐い筈だ。それは父親。私の様な大人の男。報告を受けてから、そんな事を、ぼんやりと考えたものだ。
まあ、兎に角。あちらの家でも我が家と同じ問題が上がっており、父親が自分の都合のいい家と、縁づこうしているのが悩みの種らしい。
妻の憂鬱は、そんな友人を心配してのものなのだ。
「家で、あの子を貰えばいい」
「えっ?」
つい、願望が口から出てしまった。
「ほ、ほら、婚約者として。仮で、後見みたいな…」
妻が私を凝視する。言葉の意図を探る視線だ。
不実がバレた時の男の様に、私は動揺した。
不実な事などした事も無いが、あの子を気に入っていると知られるのは何とも…。
「あの子は、まだ三歳にも満たないのだろう? 母親も、少し疲れているようだったし。家なら、王弟殿下の横槍が入っても突っぱねる事は出来るし、家自体、急いで決める必要は無い。その間だけでもどうだ、ろう?」
パッチリと目を見開く妻。…そんなに驚く事を言っただろうか?
「よろしいの?」
ん? 父として? 公爵家として?
妻の頬が染まっていく。一体どうした。息子達の前にも関わらず、深いキスをしたくなるではないか。
「本当によろしいの?」
グイッと身を乗り出した妻に、私は頷いた。
「本当ね! もう駄目と言ってもきかないわ。私、お手紙を書くわ。何時がいいかしら? 兎に角、お手紙よ!」
可愛い妻は、私の唇にチュッとすると、立ち上がって行ってしまった。
退室する前に息子達へのキスを忘れない。良い母親な妻である。
少し泣きそうな顔がある。
私を恐がっているのでは無い。少し、挨拶の出だしを間違っただけ。私を見て「とうしゃ」と言ってしまっただけだ。過日の事を覚えていたのだろう。嬉しい事だ。伯爵位を持つ母親と、前伯爵の祖父殿は、困ったと言わんばかりに恐縮した様子だが、問題無い。段々と人に会って覚えればいい。
「こうちゃくちゃま。エリーゼでしゅ」
少しの時間の後、母親に促され、子供なりの真剣さで頭を下げた。が、顔を上げない。だから私は、息子が教えた事を覚えていた事を褒めた。教えられた挨拶が、よく出来たと褒めた。
顔を上げた瞳が、先ず私を見る。そして母親を振り返り、母親の和やかな雰囲気に納得出来たのか、こちらを見てにっこりと笑った。その後、祖父殿へと身を寄せて、ぐりぐりっと頭を擦り付ける。照れてる。むふふっと聞こえて来そうで可愛い。
和やかに時は過ぎるが、小さい子供相手の顔合わせ。この後庭にでもと、お決まりに送り出す訳にも行かない。かと言って、何時までも大人の中に置いておくのも可哀想。気を利かせた妻が子供部屋へと送り出した。
息子と手を繋ぐエリーゼは、息子の真似をして退室の挨拶をする。
年上として導こうとする息子が頼もしい。
押しかけて来ていた少女達に、どうしたらいいのかと困った顔を何度も見た後なので、尚更、今の息子の姿に安堵する。
ゆっくりと自分に合った相手を見つければいい。この子のままでも問題は無い。我が家にとって良い話しが、相手にも良い話しであればいい。
後ろ盾の強みを盛り込んで話しを纏めあげていく。仮にといっても、跡取りどうしだからどうしても詰めておかなければならない事は多い。
兎に角これで、面倒事は落ち着くだろう。
だが、私は悲しい。否…息子の心配りは喜ばしい。
子供だけで遊んだエリーゼは、帰りがけに、私を『おじちゃま』妻を『おばちゃま』と呼ぶようになっていた。『とおしや』でいいのには飲み込んだ。『公爵様』とか『公爵夫人』より、よっぽどいいだろう。
息子の様子はお兄ちゃんの延長だが、二人の子供に出来た猶予を意味のあるものとしたいなと思う。
それは先の話し。焦る事は無いだろう。早い話し、私はこの子が嫁で全然問題無い。
今話もお読み頂きありがとうございました。






