1(公爵家のお父様)
【今更その様な事を言われましても…】
結婚式前に終わってしまったお話しですが、結婚式書きたい。公爵家のお父様とお母様が娘と息子を可愛がるの書きたい。これからもちょっと書きたいと書き出してしまいました。
あれもこれもが、直ぐに文字になるかは分かりませんが、お付き合い下さると嬉しいです。
うららかな風が、庭に面した窓から流れ込むのに気付き手を止めた。
一段落とペンを置き、サインを終えた書類を裁決済みの箱へ入れる。
肩を動かし眉間を揉みほぐせば、『ご休憩なされませ』と声を掛けられた。
休憩かと窓へと目をやれば、はしゃいだ息子の笑い声が聞こえた気がした。
「旦那様?」
「少し、席を外す」
そう言って立ち上がった私に、「畏まりました」と声が掛けられた。
執務室を出て、愛しい者達の姿を探しながら歩けば、花も見頃な庭に面した窓から嫡男の「ちょうちょだよ!」と言う声と笑い声。
執務室で聞こえたと思ったのは、気のせいでは無かった様だ。
男の子にしては大人しいあの子のはしゃいだ声に、足が早まる。
何故急ぐのか。
これ程までに声を上げて笑う息子の姿が見たいから。決して、疎外感を感じてでは無い。断じて、寂しいからでは無い。
「すっごくきれい」
その声を探す様に外へと踏み出せば、かがみ込む息子の姿。そっと手を伸ばそうとする先には、黒髪の幼子が居た。
しまったと思った。
今日は、妻の友人が尋ねてくる日だった。
日除けのされたテーブルには、妻と黒髪のご婦人が居た。なら、息子の側に居るのはご息女か。
二つの選択肢に足が止まる。
家長として挨拶をするか、静かに立ち去るか…。
姿を見せた以上、挨拶の一つくらいは礼儀だ。通常なら考えるまでもない当たり前の事。が、今は幼子が居る。それも女の子だ。
自分の見た目を自覚している故に、柄にもなくどきどきとする。
私は、黒髪の幼子に怯む自分に苦い思いを感じた。
泣かれないうちに、立ち去った方がいいだろう。何故なら、自分は、子供受けが良くない。目付きか? 目付きが悪いのか? 兎に角、我が子以外には怯えられ泣かれる。
楽しそうな時間を、泣かせて壊す事もないだろう。そう思って後退りすれば「あっ」と、息子が声を上げた。
幼子の黒髪から、漆黒のアゲハ蝶が飛び立った。
ひらり、ふわりと舞う姿を子供の視線が追う。
「エリーゼの髪みたいにきれいなちょうちょだったよ」
このタイミングで聞こえた息子の言葉に感心する。
そして、息子の言った様に、飛び立った蝶は美しかった。
「リージェ、ちれぃ?」
舌っ足らずの可愛らしい声だ。
「そう。きらきらな黒で、きれい」
言い聞かせる様にゆっくりと話す声に、エリーゼと呼ばれた幼子は、うふふと照れた笑い声を上げた。
ああ。この一時は、優しくて美しい。
邪魔者になりたくはないので、一歩後ろ足を引く。
すると、暖かいものが足へと巻きついた。そう。巻きついたんだ。
「クリス。良い子にしてたか?」
布越しにも分かる子供の体温。膝の辺りにぐりぐりと押し付けられる可愛い額。
あんまり擦りつけたら赤くなると抱き上げた。
一歳を過ぎ、よちよちと一人歩きを始めた次男は、眠いのか、肩口に顔を擦り付ける。
私は、クリスをあやしながら妻達の元に行く。黒髪の幼子と目を合わせない様にして。
クリスを妻に渡し挨拶を交わしていると、「エリーゼ。僕達の父様だよ」と、お兄さんぶった息子の声。
「とおしゃ?」
「うん。父様」
息子を無視する訳にもいかず、緊張しながら息子達を見下ろした。
どうか、泣いてくれるな。そう、心で呟きながら。
ぽふんっと息子の頭に手を置いて撫でてやれば、嬉しそうな笑顔が返ってくる。そして、私を見るつぶらな瞳。泣き出す前兆は無いかと黒い瞳を見つめた。
「とおしゃ」
「そうだよ。父様」
教えた言葉を繰り返す幼子に、よく出来ましまと、お兄さんぶって頭を撫でてる。
こんな近くで、こんなものが見れるなんて、今日は何ていい日なんだろう。目が合ったままの瞳は、怯えを含んで泣き出す様子も無い。
日頃の行いの賜物か? 神よ、感謝いたします。
「あぃ。とおしゃ」
小さい両手が、私に向かって差し出される。
これは知っている。ぎゅっと抱っこしてと言ってるのだ。
ゆっくりと両脇に手をやり、そっと抱き上げる。
息子達は、力強く、高くが好きだが、相手は女の子。優しくふわりとを心掛ける。腕の上に座らせて背中を撫でてやると、「とおしゃ」と言って、こてんっと頬を添えてきた。
父様って私に言っているが、父と思って言っている訳じゃ無い。それでも、他所様の子供だが、とても可愛い子供だと感じた。
しかし…。何時までも抱き抱えている訳にもいかない。
母親へと返そうとすれば、妻と目が合った。
生暖かい目で、夫である私を見ていた。
「…さま? ねぇ、お父様!」
娘とも思う、エリーゼの声。
そのエリーゼと、姿見越しに目が合う。今日のこの日を迎えた美しい娘の着飾った姿。
「どうかしら? 可笑しく無い? 変じゃ無い?」
妻は、最後の確認とばかりに、ベールやドレスに手を触れてはエリーゼを見るを繰り返してる。
ベールには、花と蝶のレース飾りがあしらわれている。
だからか…。だから、昔を思い出したのだ。というか、あの時がこの娘との出会いだと、デザインに口を出したのは自分だったのだが。改めてこの目で見て言葉を無くしていたらしい。
「ねえ、お父様? クリスは、綺麗って言ってくれるかしら…」
思い出に浸って言葉を掛ける事もしないなんて、私は父親失格だな。
「言わない訳が無い。本当に綺麗だよ。もし、何も言わなかったとしたら、それは今の父様の様に見蕩れてしまったからだろうな」
「そう、かしら?」
「綺麗だって、言ったでしょ?」
何を何時までも気にしているのかと妻が言う。
気丈に振舞ってはいるが、妻も、私と同じ気持ちなのだろう。それだけの月日、この娘を見続けたのだから。
「でも、お母様もお父様も、いつも私を可愛いって言うわ。でも今日は、綺麗と言われたいの」
そうだろう。
この娘にとって、今日は、愛しい者と添う事を誓う日だ。
私達夫婦にとっては、長く慈しんだこの娘を我が子と呼べる日。そして、送り出す日。
「綺麗と言葉にする前に、ぎゅうぎゅうと抱きしめてきそうだな」
そう言えば、「えっ?」とエリーゼ。「まぁっ!」と妻が声を上げる。
「今朝も早くから屋敷に来ていたよ。教会で会えるというのに、待てが出来なかったらしい。そこまでして会いたいところに、これだけ美しい婚約者がいたら、逃げ出さない様に捕まえる…かな?」
「捕まえるまでもありません。逃げないわ。私だって会いたいもの」
そう言ってエリーゼは振り返る。
「そうだな。だから、もう行こうか」
エスコートに肘を出せば、小さい手が添えられた。
恥ずかしそうに俯くエリーゼの向こうには、愛しい妻が並ぶ。
もう少し待っていろクリス。可愛い息子の元に、愛しい娘を連れて行くよ。
前作完結後に評価やブクマを下さったかたがいらっしゃって、びっくりと嬉しいであたふたしました。ありがとうございます。
一年前から書き出したものがちょっとつまづいて進まないのも手伝って、エリーゼとクリスのお話しに逃げてきてしまいました。
書きたいけどしっくり来ない。なら、出来る事をの精神です。
不定期になるかと思いますがよろしくお願いします。