第1章 神の住む村⑤
「お疲れ様でした」
夕日が登っている時刻の神殿にて
ミキヤとマイからの報告を聞き終えたストラは、まず二人を労う
「ほんの視察に行かせるつもりが、そんな事にまで発展していたとは。甘く見ていましたね。すみません」
「いえいえ、こうして無事に帰ってこれたので、私は大丈夫です!ですがミキヤ様は…」
「右腕を負傷したようですね」
「それもあると思いますがやっぱり…」
ミキヤは右腕を抑え、暗い顔で俯いている
右腕の方は、たいした怪我でもなかったし、治療してもらって痛みは引いてきているが…
もっと早く動けていれば、変わったのではないか
盾だけでも、弾かれた後に手元に戻しておけば、壊れずに済んだのではないか
そんな後悔が、グルグルと頭を回っている
「気持ちは分かりますが…顔を上げてください。そのホノカというドラゴンも、もう落ち着いているのでしょう?」
「はい…」
《闇》を纏った《黒騎士》が去ったあと
「(そう気に病むな、我はもう大丈夫だ)」
「でも…いいのか?」
剣と盾は元の台座の上に戻している
壊れたままではあるが
「(よい。破壊された時は取り乱したが、我がこの武具を守る事に変わりはないのだ。壊れても、無くなったわけではない)」
「でも…サクトは」
去っていった男が言うには、ホノカが守っていた剣と盾の持ち主であるサクトは、ホノカが知らぬ間に《黒騎士》の最高幹部になっており、更にホノカが守っていた剣と盾の破壊を部下に命じたという
「(お前達に詳しくは話していないが、サクトはとても心優しい男だった。そんな命令をするわけもないし、ましてや悪事を働く《闇》の一員になるわけがない)」
ホノカはまだ、サクトの事を信じているようだ
「(あの眼鏡の男が語った事は、我には事実には思えん。我を動揺させ、能力を考えさせないようにするための、嘘の可能性もある。)」
「でも、少なくとも奴等はサクトの事を知っていた」
「(その通りだ…。我の元へ戻らず、何をしているのか心配だ。そこでだ)」
気丈に振る舞いつつも、暗い顔をしていたホノカが、真剣な顔になり、ミキヤとマイ見る
「(どうか、サクトの行方を探しては貰えないだろうか?)」
「え?」
「(サクトが《闇》に関係しているかもしれないとなると、心配で飯も喉を通らぬ)」
そういえばホノカはご飯どうしてるんだろう
「(しかし、我はサクトに頼まれている以上、ここから動く事もできぬ。だからどうかお前たちで探してはくれないか)」
そう言い、ホノカは頭を下げる
「(お前達が何者かは分からぬが…少なくとも今、信用に足るのはお前たちだけだ。頼む)」
身の上話を聞かされ、剣と盾が破壊された現場に関わった以上、ここでいいえと言う訳にはいかない
それに俺も気になる…サクトという男が今、ホノカを放っておいて何をしているのか
「わかった。ホノカの代わりに、俺達もサクトを探そう。マイ、いいかな?」
「はい、勿論です!」
「(感謝する…。ところで、お前達のやりとりから名前は聞こえていたが、何者かは聞いていなかったな)」
そういえば自己紹介すらしていなかったな
「俺は冬野…じゃなくて、俺はミキヤ!この世界の正義の味方になる男だ!そしてこっちが…マイ、自己紹介頼む」
「はい!私はミキヤ様のお付きのマイと申します!」
少しカッコつけたが、こんな自己紹介でいいだろうか
いや、自己紹介を聞く相手からしたら、大事な件を任せる相手なのだ。これくらい誇張した方がいいだろう
「(正義の味方か…フッ)」
笑われた
鼻で笑われた
「ちょっ、人が大見得切って自己紹介したのに笑わなくても…」
「(ハハハ、すまぬな。馬鹿にしている訳ではない。サクトも、同じ様な事を言っていたような気がしてな)」
「え?」
「(サクトもな、大人になってからは言わなくなったが、子供の頃は、強くなって沢山の人を助ける正義の味方になりたい、と言っていてな)」
そうなのか…サクトはほんとに心優しい男だったんだな
でもその口ぶりからすると…
「俺が子供って言われてるみたいだな…」
「(いやいや、成長しても、幼い頃からの夢を持ち続けるのは立派だと思うぞ?」
「そ、そうか。ありがとう」
ここ最近持った夢だとか言えない
「(それに、)」
「ん?」
「(お前は勇気を出して我を救ってくれた。我を命の危険から救ってくれたのは、お前で二人目だ。力は足りずとも、我からすればサクトと同じく、正義の味方に見えたよ)」
「ん…」
面と向かって言われると恥ずかしい
でも、人から感謝されるのはこんなにも嬉しいものなんだな
いや人ではなかったけど
話が一段落したのを察したのか、マイがポケットにしまっていた物を取り出す
「あの…この笛」
「それは!」
「(無事だったか!)」
どうやら笛は、地面に落ちていたものの、岩に巻き込まれずに済んだようだ
「その笛はホノカにとって大事な物らしい。返そう」
それを聞き、マイはホノカに差し出そうとするが
「(いや、お前達が持っていてくれ)」
「え?いいのか?」
「(ああ、その笛は我を呼び出す物だ。我が持っていても仕方ない。)」
確かにホノカを呼び出す物なら、呼び出される側が持っていてもどうしようもないだろう
「(そうだ。サクトを見つけたら、その笛を吹いてくれないか?我が音色を聞き、すぐに向かおう)」
「なるほど、分かった。じゃあこれは預かっておくよ」
「(頼んだぞ。しかし、長い間吹かれておらず、壊れているかもしれない。一度吹いてくれまいか)」
「おーけー」
会話の内容をマイに話し、笛を借りる
そして笛を口元に当て、ゆっくりと息を注ぎ込む
ピュイィー
笛の音色が、洞窟内に響く
「(しっかり鳴るようだな。安心した)」
いい音色だ
この音色でホノカが飛んできて、共に正義の味方としてサクトは戦ったんだろうなぁ
そう思うと、ホノカにとっては、唯一の思い出の物である武具は壊れてしまったんだな…
やはり、まだ少し悔しそうな顔をしているホノカを見ると、再び後悔の念が押し寄せてきた
そして神殿に帰還し、現在に至る
「熱気の事はどうしましょうか」
俺が顔を上げると、マイが切り出す
ああ、本題はそれだったな
「それについては大丈夫です。もう既に他の側近に伝え、村の方達にホノカの事を伝えてもらっています。これでホノカがいきなり外に出ても、村の方は驚かずに済むでしょう」
ホノカが外に出れない原因は、村の人関係ではないが…
「それで、ホノカには外に出てもらって、湖か空にでも炎を吐いてもらいましょう。その間は私が責任を持って、その剣と盾を見守ります」
「ストラ様直々に?」
「ええ、村の者が盗みに入るとは思いませんが、私がいた方が抑止になるでしょう。もし《闇》の者が来ようとも、私なら大丈夫ですし」
真顔で《闇》が来ても大丈夫と言うストラ
そんなに強そうには見えないけど…仮にも神だから何とかできるんだろうか
でも、そこまで自信を込めて言うならそれでいいのだろう
「ですが、今日はもう遅いので、この件は明日にしましょう。では改めて二人とも、本当にお疲れ様でした。しっかり休んでください」
夕日が沈んでいく
ああ、これでこの村の問題は解決したんだな
そう思うとどっと疲れが出てきた
「ああ、疲れたなぁ」
「お疲れ様でした!ミキヤ様」
「うん、マイもお疲れ様。」
「もう大丈夫ですか?」
「うん…もう後悔してても遅いしな…」
まだ心に引っ掛かっているが、サクトを見つけるという、新たな目標もできたのだ
いつまでもクヨクヨしてられない
「それよりも、こうして生きて戻ってこれたのはマイのおかげだよ。本当にありがとう」
「あ、ありがとうございます…!」
感謝を込めてマイの頭を撫でると、今度はとても嬉しそうに返事をしてくれた
「見ない内に仲良くなりましたね…」
少し嫉妬したストラが見つめてくる
そんなやり取りをしていると、日が完全に沈み、明かりは神殿の壁などに掛かっている火の明かりだけになる
「あ、夜になりましたよ。ストラ様」
「本当ね、んん~じゃあ神の時間終わりっ!」
「え?」
急に、ストラから少しだけあった神の威厳が消え失せ、表情も口調も柔らかくなる
「あ、え、ストラ様?」
「夜の間はストラでいいわよ。あなた堅苦しい雰囲気苦手そうだし」
な、何があったんだ
「ストラ様は夜になると、神であることを放棄して、ああなっちゃうんです」
「神とはいえ、ずっと張り詰めた顔をしているのはつらいもの。夜くらい楽にするわ」
「そ、そんなんでいいのか…」
「夜は見られてないし、大丈夫でしょ」
「ん?」
「あ、いやこっちの話よ」
見られてない?
近くにいる他の側近や、俺達には見られているし、高い場所で引きこもっているなら、村の人には日中だろうと見られてないはずだがどういうことだろう
「それよりもお風呂入りましょう。お風呂。マイも一緒に入らない?」
「え?よいのですか?」
「もう私の側近じゃないから、気を使って私の後に入らなくてもいいのよ。一緒に一番風呂に入りましょう!」
「は、はい!是非ご一緒させてもらいます!」
微笑ましい会話を聞き、ミキヤは気が抜けて口元が和らぐ
「じゃあ入ってらっしゃい」
「お先に失礼します!ミキヤ様」
二人は風呂と思われる部屋に入っていく
それを見送り、地面に寝転がる
「色々あったなぁ…今日は」
こうして寝転んでたら異世界に飛ばされて、夢である正義の味方に任命されて、洞窟に行って、ホノカの話を聞いたり、この世界の敵である《闇》と戦ったりして…
本当に色々あった1日だった
それで明日は、熱気の問題を解決するために、ホノカには洞窟を出てもらうと
ホノカは物分かりがよかったし、村に悪いとも言っていたから、素直に聞いてくれるだろう
「しかし、本当に正義の味方になれたんだな…」
自分を正義の味方と呼んでくれたホノカの顔を思い出す
少し悔しさが滲んでいる表情ではあったが、確かに自分は良い事をして感謝されたのだ
その事実がとても嬉しい
「まあ、初めて感謝されるのが、ドラゴンからだとは夢にも思わなかったけどな」
これも動物と話せる能力が備わったおかげか
初めはしょぼい能力かと思ったが、今日の事を思い出すと、これ以上の能力は無かった
ドラゴンが動物のカテゴリに入るのかはいいとして、とても良い能力が備わったんだなと思う
次からはどうなるか分からないけど…なんとかなると信じよう
そんな事を考えている内に、ストラとマイが風呂から出てきて、変わりに自分が入る
想像以上に大きかった風呂に驚きながら、疲れを癒し、風呂を出る
すると、豪華な食事が用意されていた
「ミキヤ、こっちに座って」
ストラに促され、食事の席に座る
「豪華ですね~」
「ふふ、正義の味方の誕生と、マイの門出を祝ってね。さあ二人とも食べなさい!」
「じゃあ、いただきます」
「いただきます!」
「どうだった?初めての任務は」
食べながらストラが聞いてくる
「まあ、正直言って怖いことばっかりだった」
「そう」
「今では大丈夫だけど、ホノカを…巨大なドラゴンを見たときは本当に怖かった。元の世界であんな巨大な生き物いなかったから。でも…《黒騎士》とやらはもっと怖かった」
《闇》を纏った男達
《闇》というのが何か分からなかったが、実際に見ると、本能が全力で、逃げろと叫んでくるような恐ろしさがそれにはあった
今回は蚊帳の外だったが…明確にあれから殺意を向けられる事など考えたくもない
「ですが、ミキヤ様は勇気を出して、《闇》の人達を退けてくれました」
「言い過ぎだよ。実際に退けたのはホノカだ。それに、マイが俺に勇気を出させてくれたんだよ」
マイが、肩に手を置いてきた事を思い出す
逃げそうになっていた、弱腰の俺を勇気付けてくれたマイ
マイがいなかったら…どうなっていたのやら
「さっすがマイね!あなたに任せたかいがあったわ」
「ミキヤ様もストラ様もそんなに誉めないで下さい…私だって、とても怖かったんです。でも、ミキヤ様が勇気を出してくれたから、私も安心して任せられたんです。感謝するのは私の方ですよ」
「いやいや、マイの方が最初に勇気を出させてくれたから…」
「いやいやいや、ミキヤ様が…」
きりがない褒め合いが始まる
「ふふふ。あなた達、良いコンビになったわね。少し寂しい気持ちもあるけど」
「ス、ストラ様の事も忘れておりませんよ!こうして褒められる人間になれたのは、ストラ様が育ててくれたおかげです!」
「そう、それなら良かった。じゃあちょっと今から真剣な話をするけど」
三人とも食べていた手を止める
「あなた達二人には、明日から旅に出てもらいます」
「「え?」」
「もうこの村の問題は解決してしまったから、あなた達には、他の村や街の問題を解決していってほしいの」
確かにストラは最初にこの村の、ではなくこの世界の正義の味方になってほしいと言っていた
「そして、《闇》を振り撒く《黒騎士》の首領を見つけ出し、倒してほしい」
「「!」」
思わず身構える
《黒騎士》の眼鏡の男は、サクトが最高幹部と言っていた
サクトが最高幹部なのが嘘にしても、少なくとも眼鏡の男は、最高幹部に従う、《黒騎士》の中でも下の階級の可能性が高い
一緒にいた少年は、眼鏡の男を先輩と呼んでいたから、更に下の階級だろう
そんな奴等にすら怖じ気づいていたのに…首領を倒す事なんてできるのだろうか?
「ごめんなさい。せめて食事が終わった後に話せばよかったわね」
「いえ…」
マイも思うところがあるのか、不安そうな顔をしている
「でも、きっと大丈夫よ。あなた達二人なら」
「そうかな…」
「そうよ!今回だって視察だけで言いと言い渡したのに、何が問題かを見つけ出し、更に《黒騎士》と接触したのにも関わらず、退けて無事に帰ってきた。最初の任務でこれなのだから、きっとこれからもその勇気で上手くやっていけるわ」
だから退けたのはホノカなんだけどな…
でも、神様にそこまで言われると、やる気が出てくる
俺ってチョロいのかな…
「そ、そうですね!頑張って行きましょう!ミキヤ様!」
少し無理矢理だが、マイの目を見る限り、マイもやる気が出てきたようだ
「ああ!これからよろしくな、マイ!」
「はい!」
どのみち、サクトを探しに行くのに、外には出るつもりだったのだ
サクトを探しながら、世界を救っていこう!
こうして意を決し、明日からの旅に備え、今日は眠りについた
後日、想像通りホノカはストラが見守ってる間、洞窟を出てくれて、飛び立ちながら天に向かって炎を吐いていた
まるで、太陽が二つあるかのような明るさだ
「(行くのだな)」
炎を吐き終えたホノカが語りかけてくる
「ああ、サクトを探すのは任せてくれ」
「(頼んだぞ、正義の味方よ)」
マイと共に大きく頷くと、ホノカは笑顔を見せてくれた
「またな!」
「行って参ります!ホノカ様!」
「(ああ!お前達の旅が良いものになるよう祈っているぞ!)」
二人で大きく手を振りながら、洞窟から離れる
サクトの事を心優しいと言っていたが、ホノカも本当に心優しいドラゴンだった
ホノカのためにも、旅を頑張って行こう!
そう心に決め、村の出口に辿り着く
そこではストラが待っていた
「二人とも心の準備は良いですか?」
「ああ!」「はい!」
「ふふ。頼もしいです」
夜が明けたからか、ストラは敬語に戻っている
「きっと旅は過酷なものになるでしょう。ですが、貴方達二人なら、きっとやり遂げることができるはずです。私はこの村で、神として貴方達を見守っていますから、無事に…帰ってきてくださいね」
「勿論だ!」「はい!必ず!」
「よい返事です。では、いってらっしゃい。ミキヤ、マイ。…頑張ってね!」
「「行ってきます!」」
マイが馬に変身し、それに乗り村を出る
そして村を囲む林をしばらく走ると
「おおー」
まっさらな平原に出る
都会で育ってきたミキヤには初めての光景だ
「緑一面で綺麗だなあ」
道は整備されていないが、ストラに地図は渡されている
「一番近くの村は…豊穣の村ってとこだな。じゃあその村へ出発だ!マイ!」
「ヒヒーン!」
「おいおい、馬になってるからってヒヒーンって言わなくても」
「ヒヒン?」
「・・・ん?」
こうして、俺とマイの世界を救う旅が始まったのだった