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第2章 豊穣の村⑩


 「よし!後はバリアの奴だけだ!左腕は大丈夫かミキヤ……ミキヤ?」


 豊穣の村の路地にて、四人の男が対峙していた。

 しかし、その内の一人である、黒い修道服を着た小柄な男――ダイキは、胸から出血している上に吐血までしていて、とても戦闘には参加できそうにも無い危険な状態だ。

 そしてその男は長身で眼鏡を掛けている男――カイトに抱き上げられ、最期の会話を交わしている。


 その二人に敵対している男――レイジは悲哀な表情をしている敵に構わず、決着をつけるべく仲間の男――ミキヤへと声をかけるが、当のミキヤは敵から多少距離を置いているレイジの元へ戻り、ダイキを刺した凶器である血がしたたっている小さなナイフを驚愕な表情で見つめ、わなわなと手を震わせている。


 「どうしたミキヤ!?何かされたのか!?」

 「…した」

 「ん?」

 「俺が…殺した…。人を刺して…殺してしまった…」


 ミキヤを怯えさせているのは、とてつもない罪悪感。


 「分かってる…。アイツは敵で…。人を沢山殺してきた敵で…」


 人を刺し殺した自分を必死に肯定しようと、ミキヤにとって都合が良い事情をブツブツと呟いている。

 どれだけ自分を肯定しようとも、人を殺したという大きな罪状は覆らないというのに。

 

 (そうか…。相手が自分達を殺そうとしてくる殺人鬼だというのに、ミキヤはその相手を殺した事へ罪の意識を感じているのか。)


 こちら側からすれば、敵から攻めてきた故の正当防衛である戦闘ではあるが、仕方ないと割りきっているレイジに対し、ミキヤは殺人をした事を重く受け止めている。


 (俺が直接殺した訳では無いから、深く同情できない感情であるかも知れないが…。いつ敵が動き出すか分からない以上、ミキヤをこのままにしておく訳にはいかない。)


 意を決し、自分が思い付く限りの奮起できそうな言葉をミキヤにかける。


 「そうだな…。ミキヤ!肉は食った事あるか?」

 「に、肉?そりゃあ当然食べた事あるけど…」


 (突然何を言い出すんだ?)


 突然問われた今の状況に合わない何の脈絡も無い質問に、ミキヤの頭が疑問符で埋まる。


 「肉を食べるって事は豚や牛や鶏とかの、生きている動物をわざわざ殺して、その命を頂くものだ。可愛そうではあるが…俺達が生きる為に必要な事だ。」

 「そ、そうだな?」

 「そして今奴を殺した事もそうだ。アイツを殺さなければ俺達が殺されていた。俺達が生きる為には必要な事だった…。それだけの事なんだ。」

 「で、でもそれは」


 違うだろ。と言おうとした。

 しかし、何が違う?

 人も動物も同じく、感情があって、家族がいて、今を必死に生きている。

 同じ種族だから?会話が交わせる相手だから?だからその命は他の動物と平等では無いと?

 

 頭が痛くなってくる。


 (俺は哲学者でも何でもない。そんな難しい事は考えた所で答えは出ない。レイジは俺に何を伝えようとしてるんだ?)


 困惑しているミキヤに顔を合わせ、少し悲しげな顔でレイジが言葉を続ける。


 「動物からしたら勝手な事だろうけどさ、さっきも言ったように俺達は命を頂いている。俺達が生きる糧にさせて貰ってる。いただきますと手を合わせて感謝してな。感謝した所で許される訳では無いが、ただただ殺すよりかはよっぽど良い…筈だ。俺はそう信じてる」

 「確かにそれは言えてるけど…。じゃあ何だ?俺も敵の死体を食べて感謝しろって?」

 「流石にそういう訳にはいなかい。でも、生きる糧にさせて貰う事は出来る筈だ」

 「?」

 「死んだ奴にも、これから先に生きて過ごしていたかもしれない未来がある。人を殺したって事は、その未来を奪ってしまったって事だ。だからその殺した奴の分まで、殺した責任を背負って生きていけば良い。決して忘れずに、その罪を心に刻んで、な。」

 「それは流石に…こっちに都合が良すぎないか?相手の想いは何も考えてないじゃないか」

 「その通りだ。殺された側からすれば勝手すぎる考えだろう。だが、ならばどうするんだ?殺した責任を背負って自分も後を追うのか?それともすっかり忘れて無責任に生きるのか?どちらも罪の放棄だろう」

 「それは…」

 「罪を放棄する位なら、しっかりと生きた方が良い。罪を償うために、世界の為になるような、人を救うような事をして生きていけば良いんだ。死んだ奴が生きる筈だった人生を、良かったものにするためにな。幸いにもお前は正義の味方を目指してるんだろう?」

 「あ…」

 「お前だけじゃない。俺も同罪だ。共犯者だ。だから俺も背負って生きていく。その為に今は、この村を脅かす敵を倒すのに集中してくれないか?」

 「・・・」


 どんな理由があろうが殺人は重い罪だ。

 レイジの言葉に完全に納得できた訳じゃない。それはただの綺麗事だ。

 

 (でも…俺が目指すものは、正義の味方というものは、その綺麗事を全力でこなす存在の筈だ)


 「ああ…分かったよ。」


 ミキヤは背負う。人を殺した罪を。

 ミキヤは生きる。責任を取る為に。


 「すまなかった。心配かけたな、レイジ。」

 

 ミキヤは立ち上がり、礼を述べる。

 

 「良いって事さ。沈まれたまんまで居られると、俺も戦う気が失せるんでな」


 レイジは軽口を叩きながら、敵に視線を戻す。


 (ああ…。俺は本当に良い友人を持ったもんだ)


 「もう一度聞くが、左腕は大丈夫か?」

 「痛みはだいぶ収まってきた。もう左腕は使えなさそうだけど…右腕だけでも戦うさ!」

 

 ミキヤも敵を見据え、ナイフを持った右腕だけで構える。

 

 「敵はもう一人だけなんだ。あまり無理はしてくれるなよ!」

 

 レイジが手から水が滴り落としながら、拳を構える。

 

 (そう、敵は残り一人。それも能力の破り方も分かっている。剣の腕はあちらの方が上だけど…、こっちは二人いる。勝てない事は無い筈だ!)


 希望が見えてくる。勝利の希望が。あと一歩でこの村を守りきれるという希望が。

 だが…、その希望はすぐに破られる事となる。

 





 ダイキという名の存在が、黒い霧となり、カイトの腕から消え去っていく。


 カイトの表情は見えない。だが、


 「許さぬ…!」


 立ち上がり剣を構えるその姿からは、激しい怒りと悲しみが伝わってきている。


 「許さぬぞ!貴様らあああああ!!!」


 カイトの体から漆黒の煙が、《闇》が、今まで見てきた黒騎士よりも遥かに大きく多く溢れ出てきている。

 

 (「《しかしあの眼鏡の男、闇を使っていなかったな…》」)


 ミキヤの脳裏に、洞窟でホノカが呟いていた言葉が浮かんでくる。

 

 (今までカイトは闇を使っていなかった…!?つまり本気はまだ見せてなかったって事か!?)


 先程まで見えていた希望が消え去る。

 そして、まだまだ戦いは終わらないという絶望の考えが、代わりに浮かび上がる。

 レイジも察したのか、表情から余裕が消え、歯を食い縛りながら焦りの表情を見せている。

 

 その考えを肯定するが如く、カイトが手を前に出し、一般的な窓に近い大きさのバリアを張る。

 しかし、そのバリアは今までの透明なバリアと違い、一面の黒で覆われている。

 だが決定的に違うのは色では無い。なんとバリアはこちら側――ミキヤとレイジの側を守護するかのように張られている。

 

 「どういう事だ!?」

 「何が来るか分からない!避ける用意をしとけ!」


 ミキヤとレイジは感覚を研ぎ澄まし、何が来ようとも避けるべく、警戒を最大まで引き上げる。


 何が起こるのかと待ち構える二人を前に、カイトはバリアに向かって剣を振る。

 横一文字に。筆で漢数字の「一」を細く書くように軽く。


 「パリン」とガラスが割れる音と共にバリアが割れる。


 (何か…ヤバい予感がする!)


 ミキヤに虫の知らせが届く。

 その虫の知らせは、ミキヤの首筋に強く届いている。


 「レイジ!伏せろ!」

 「!?」


 咄嗟にミキヤが叫び、二人ともが勢いよく、その場に伏せる。

 結果から言えば、ミキヤの判断は正解だった。

 

 一瞬前までミキヤの首があった場所に、鋭利な衝撃波が通過していく。

 かろうじてミキヤの目に見えたのは、ゲーム等でよく見るような――ブーメランの形に似た、黒い斬撃がこちらに飛んでくる様子であった。


 そしてその斬撃は、ミキヤとレイジの頭上を通過した後も止まることは無く、後ろに建っている家々を真っ二つにしながら進んでいく。


 「は…?」


 次々と民家が倒壊していく。

 村の住民達の阿鼻叫喚の声が伝播していく。


 ――あんなものを喰らったら…間違いなく命は無い!


 「殺す…全員殺してやるぞ…!!貴様らを!!一人残らず!!!」


 弟子を失った哀れな男の怒号が、村を切り裂くように響き渡っていた。

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