第2章 豊穣の村⑨
俺はとある街の貴族の家庭で生を受けた。
街の中でも結構偉い上級貴族の家庭で。
貴族に生まれたからには、紳士な立ち振舞いや、相応の技術を身に付けなければならない。
だから俺は物心ついた時から、英才教育というものを受けていた。
一般的な教養は勿論のこと、食事での作法や人との会話の仕方など、果てには歩き方まで綿密に矯正される日々を送っていた。
だが、俺はそんな生活は送りたくなかった。
新しく出来る事が増えるというのは子供心に嬉しかったが…あらゆる事柄で自由を奪われる日々――こんな人間らしからぬ生き方より、普通の子供のように伸び伸びと楽しく生きたかった。
だからだろうか。俺に「すり抜け」という能力が備わったのは。
授業中に突然備わった能力に驚きながらも、お抱えの教師の目を盗み、能力を使用して部屋の壁をすり抜け、閉じている扉をすり抜け、初めて一人で敷地外へと足を踏み出した。
閉鎖感の一切無い、広い広いその空間に俺は感動し、これが自由なのだと、風が吹く中で思い切り深呼吸をして実感した。
そして、外出用の馬車では無く、自らの足で街へと繰り出した。
俺の足はまず、ずっと憧れていた公園という場所へ向かった。
そこには年が近いであろう子供達数人が、楽しそうに満面の笑みで遊んでいた。
俺が公園へと足を踏み入れると、何人かは戸惑った表情でこちらを見ていたが、リーダー格に見える背が一番高い男は、笑みを崩さず俺に近づいてくる。
「よお!見たこと無い顔だな!」
「あ…えっと。僕はダイキという名で…」
「ハハハ!そんなに怖がらなくていいよ!俺の名前はショウタ!一緒に遊びたいんだろ?来い来い!」
「う、うん!」
突然現れた俺に何の隔てりも無くショウタは接してくれ、他の子供達も大丈夫だと思ったのか次々と自己紹介してきたり、色んな質問を浴びせてきたりした。
一通り会話をし終えると、ショウタが公園の様々な遊具を紹介してくれた。
滑り台、ブランコ、ジャングルジム…と、遊びという事を知らない自分には新鮮な体験だった。
遊具で遊んだ後はボール遊び、その後は公園を出て街を駆け回ったり、皆が秘密基地と呼んでいるもう使われていなさそうな小屋へと招待してくれたりした。
少し前まで狭い空間が嫌だったというのに、他の子供達と楽しく話せる空間に不快感は感じられなかった。
「秘密基地…!すごいですね!」
「すごいだろ!俺が見つけたんだぜー!ここに連れてくるのは友達だと認めたやつだけなんだぞ!」
「友達…?僕が…?」
「そうだそうだ!一緒に遊んだらそれはもう友達だ!だからそんな丁寧に話さなくてもいいんだぞ?」
「で、ですけど。ショウタさんは年上みたいですから。」
「うーん。どうしても丁寧に話したいのか?なら最後に『っす』って付ければ良いよ!それも一応丁寧な言葉使いってパパから聞いた!」
「わ、分かりました…。じゃなくて分かったっす?」
「変な感じだけどさっきよりかはマシだ!これからはそうやって喋ろう!」
「は、はいっす!」
そんな会話もしながら、他の子供が持ってきたトランプや、ボードゲームなどをして遊んでいた。
とても、とても楽しかった。
生まれて初めて、心から笑えた気がした。
しかし、幸せな時間は長くは続かない。
日が傾いていた頃、突然小屋の前が騒がしくなってきた。
「本当にここに居るのですか?」
「はい。子供達がここに入っていくのを見たのですが、その中に一人だけ明らかに質の高い服を着ている子がいたので、間違いないかと」
「坊っちゃま!坊っちゃま!ここに居るのですか!?」
聞こえてきたのは執事の声。
逃げ出した自分を必死に探していたのだろう。声がとても焦っている。
「や、やだ…。帰りたくない…!」
「ダイキ!知ってるやつなのか!?」
「そうみたいっす…!きっと僕を捕まえに来たんだ!」
「そうか!ダイキが嫌って言ってるなら外に居るのは敵だ!皆扉を塞げー!」
(このまま連れ帰られたらきっとまた今までと同じ生活だ!皆とは会えなくなるのは嫌だ!)
小屋にある道具を次々に扉の前に置き、執事か入れないように皆が塞いでくれる。
「あ、開かない?」
「何かつっかえてるのかもしれませんね。」
執事は開かない扉に手こずっているようだ。
「いいぞー!もっと置けー!新しい友達を守るんだー!」
「おおー!」
ショウタを含めた皆が奮闘し、執事の行く手を阻んでくれている。
このまま諦めて帰ってくれるのを待つが…。
「皆さん!こちらです!」
「む。確かに開きませんね。使われてない廃屋みたいですし、壁を壊して進みますか」
「え」
ゾロゾロと重い足音か扉の前から壁に移動し、次の瞬間ドォォォォンという音と共に土煙が舞う。
「ごほっごほっ!何だ!?何が起こった!?」
次第に土煙が晴れ、混乱する子供達の目の前にあったのは、壁に大きく空いた穴と、その穴の先に居たお抱えの兵士達だった。
「うそ…」
「坊っちゃま。ここにいらっしゃいましたか。さあ、こんな薄汚い所にいないで帰りますよ。今日の授業はまだまだ残っています。」
執事がダイキの心を破壊する言葉を放ちながら、手を差し伸べてくる。
「嫌だ嫌だ!僕はもう帰りたくない!ずっと皆と遊んでいたい!」
「はぁ…。やれやれ。貴方は貴族の家に生まれた立派なご子息なのですよ。他の子供とは違うのです。さあ来なさい!」
「皆!ダイキを守るんだ!」
「なっ。服を汚さないでくださいよ!」
「皆…!」
ショウタが執事に飛びかかる。
そしてショウタの合図と共に、他の子供達も執事や兵士へ掴みかかる。
「どうしますか?」
「坊っちゃま以外はどうしようと構いません!引き剥がしてすぐに坊っちゃまを連れ帰りますよ!」
「分かりました」
兵士の一人が思い切り腕を振り、掴んでいた子供を吹き飛ばす。
それに続くように、強引に子供達を引き剥がしていく。
「うわっ!」
「きゃあ!」
「まったく手間をかけさせてくれましたね…!ですがこれでようやく帰れますよ。坊っちゃま。」
兵士がダイキを囲む。
他の子供達は呻きながら小屋の隅に倒れている。中には出血している子供も。
大きな穴を開けた上に暴れまわったせいか、小屋はグラグラと揺れ、今にも崩れ落ちそうだ。
「小屋が崩れそうです。すぐに出ましょう」
「そうですね。では坊っちゃま、行きますよ」
「いやだああああ!」
ダイキの嘆きは届かず、兵士の一人に首根っこを掴まれ、無理やり連れ去られていく。
他の子供達は放置したまま。
そして連れ去られるダイキが最後に見た小屋は、
「あ…。ああ…。嘘だ…」
子供達を下敷きにしながら崩れ去っていく姿を見せていた。
それからは地獄だった。
能力を無理やり吐かせられると、敷地内にある小さな物置に閉じ込められ、兵士達が周りを監視する中で、今までと変わらぬ教育が施されていた。
その物置は秘密基地よりも広くはあったが、不快感は今までで一番強く感じられた。
物置の中には常に教師か執事が出入りし、大事な行事以外では外に出る事は許されなかった。
(狭い…。暗い…。嫌だ…。)
ダイキがどれだけ泣こうが嘆こうが、誰も聞く耳を持ってくれず、淡々と英才教育は行われた。
そんな絶望の生活が何年か続いたある日
(外が騒がしい…?)
祭りの日のような騒がしさが物置に響く。
(でも今日は何も行事は無い筈だけど…?)
騒がしさがしばらく続いた後、兵士の一人が物置に入ってきて、焦りを感じる表情で執事に何やら話し出す。
すると執事の顔も次第に青ざめていく。
「坊っちゃま!少しここで待っていて下さい!絶対に出てはいけませんよ!」
そう言って執事と兵士達が屋敷へと走っていく。
静まりかえった物置にダイキは取り残されるが、何年ぶりかに監視が無くなり、好機だと考え外へ出る。
そこで目にした物は、
「え?」
阿鼻叫喚になりながら逃げ回る人々。
燃え上がり次々と倒壊していく家々。
そして、漆黒の色に染まっていく街だった。
「一体何が…!」
敷地外へと走っていったダイキのその質問に応えるように、逃げ回っていた目の前の人間に大量の刃物が刺さり、大量の血を流しながら倒れる。
「うっ…。うええ…。」
大量の血を見て気分が悪くなり、ダイキはその場にうずくまる。
そして、目の前に黒い服を来た男女が通りすぎていく。
「カイト先生!やりましたよ!」
「カエデよ。お前ももうレベル5だぞ?いい加減一人立ちしたらどうだ?」
「いやーまだ私はカイト先生がいないと駄目ですよ!もう少しだけ傍にい居させてください!」
「はあ…。しょうがない奴め」
そんな会話をしていた男女の目の前に、先程までダイキを監視していた兵士達が現れる。
「見つけたぞ黒騎士!この街をこんな惨状にしおって…!絶対に許さん!」
「カエデ。任せていいか?」
「はい!お任せを!その代わりバリアは張っていて下さいね!」
「分かっている」
黒い修道服を着た男が右手を前に向ける。
すると、兵士達と黒騎士の二人を囲む巨大なバリアが展開される。
「な、何だこれは!?」
「構わん!奴等を殺せば済む事だ!突撃!」
「残念ですけどー。ここに入った時点であなた達はおしまいです♪」
「なっ!?」
兵士達が持っていた剣が突然浮き出し、兵士達の手から離れていく。
そして浮いた剣は持ち主へと矛先を向け…
「バイバーイ♪」
まるで空中で誰かが投げ飛ばしたように、剣は凄まじい勢いで落下し、持ち主を貫いていく。
「があ…!?」
「おのれ…。忌々しき黒騎士共め…!ぐ…」
さっきまで逃げ回っていた人と同じように、大量の血を流しながら兵士達が倒れていく。
そしてその兵士達は二度と起き上がる事は無かった。
(か…カッコいい!)
しかしダイキの目に写っていたのは身内の死では無く、兵士達を一瞬で殺した二人だった。
「じゃ、兵士は片付けましたし、あのお屋敷に行きましょう!」
「それが良さそうだな」
「ま、待ってください!」
ダイキの声を聞き、屋敷へと足を向けた二人が足を止める。
「子供…?カイト先生の知り合いですか?」
「いや?初めて見る子供だが…服装を見る限りこの屋敷の子供か?」
「なるほど。じゃあ家族を守るために立ち塞がってるのかな?」
「いえ…」
煽るようにダイキの目線まで腰を下ろす少女に、ダイキは自分の決意を告げる。
「僕を…貴方達の仲間に入れて欲しいです!」
「え!?」
「ほう…?」
「俺はあの兵士達に抵抗できずに、監視されながら生きてきました…。でも貴方達はあいつらを一瞬で殺して見せた!貴方達のようになりたい!誰にも縛られない自由が欲しい!」
ダイキは憧れを抱いた目で殺人者を見つめる。
それに対しカイトと呼ばれた男はダイキの首筋に剣を当てる。
「今貴様が入ろうとしている組織は、老若男女問わずに誰が相手だろうと殺すような組織だ。例えば私は今その上質な服だけを残し、貴様の首を切り落とそうとしているのだぞ?そんな組織に本当に入りたいのか?」
それを聞き、ダイキは涙を流しながらガタガタと震え出す。
「ふん…。怖じけずいたか…。」
「いいえ…!」
「ん?」
「とっても楽しみで…震えてたんす…!」
涙を流しながらも、憧れの目は変わらずに黒騎士に向いている。
「や、ヤバい子供ですね…」
「ふっ…。どうやら貴様には素質があるようだ。カエデ、私はコイツを育てるぞ」
「えっ!?本気ですか!?」
「ああ。お前を一人立ちさせる機会にもなるしな。貴様、名は何という?」
質問された子供は口をニヤリと歪め、狂気を含んだ表情で名を名乗る。
「僕…いや。俺の名前はダイキ!以後よろしくお願いしまっす!」
それからは色々あった。
あのお方から闇を貰い、カイトの元で闇の使い方を試行錯誤しながら修行していった。
カイトは厳しくはあったものの、基本的にはダイキの自由にさせ、自主性を重んじていた。
そしてカイトと共に沢山の村や街へ行き、修行がてらに沢山の人々を殺していった。
最初は人を殺す度に気分が悪くなっていったが、新しい事が出来るのはとても楽しく、最高の居場所を見つけたと思っていた。
だから…
「だから…今まで楽しかったっす。カイト先輩」
「何を言っている!まだ諦めるな!」
豊穣の村の通路にて。
胸と口から血を出しながら倒れているダイキをカイトが膝をつきながら抱えていた。
「カイト先輩は厳しかったけど、なるべく自由にさせてくれて、沢山の事を教えてくれて、とっても感謝してます。本当にありがとうございました」
「馬鹿者!死んだらまた自由じゃ無くなるぞ!お前はまだ死んでいい男じゃない!」
「ハハハ。ずっと縛られて生きていく筈だった俺が、ここまで自由に楽しく生きれたんです。もう充分っすよ。」
「ふざけるな!まだ…お前は…!」
「何もかも縛られていた俺にとってカイト先輩と一緒にいる間は、『あの時』のように幸せだったっす…!本当に…本当に…あざっした…!」
感謝の言葉を最後に残し、ダイキは目を閉じ崩れ落ちる。
「ダイキ…?嘘だと言ってくれ…!」
まだ息はある。
まだ命は残っている。
だが、黒い霧となり消え行く体が、もうダイキは目を覚ますことは無いと証明していた。




