1 「アヒルのダンス」
「なんですって?!」
高らかなレインの声が逆さの虹の森に響き渡りました。
「それは、本当なの?シン!」
暴れん坊で何をしでかすのか分からないというのに、レインは自分より大きなアライグマ、シンをゆらしました。
「んっ・・・本当だよおお!」
☆★☆★☆★☆★
さかのぼること、二分前。
コマドリのレインは家族よりも早く起きて、空へと飛びました。
(やっぱり・・・!この日がついに来たのね)
レインは三時から九時の方向に反時計回りにできている虹を見てにっこりと微笑みました。
(誰かにこのこと言わなくちゃ・・・・あっ!)
空から怖さの森を観察してみると、明るさの森から怖さの森に移るアライグマのシンの姿が見えました。
(ちょうどいい・・・あたしが一番乗りだもん)
レインはゆっくりとシンの前に降りました。
「ねええ、聞いて!シン、今日の虹は逆さじゃないわ!今日、音楽会が開かれるのよ!」
しかし、シンの反応はレインの思っていた反応と違うものでした。
「知ってるよ」
(何ですって?!)
一番乗りだと思っていたレインはがっかりしました。
ただシンの言葉はそれだけで終わりではありませんでした。
「でも音楽会は開かれないんだ・・・今年は」
「なんですって?!」
そして今に至ります。
「それは本当なの?!シン!」
とても必死なレインにシンは「本当じゃない」とは言ってくれませんでした。
「んっ・・・本当だよおお!」
それを聞いて、レインは(本当に?!)と不思議に思いました。
「なんでよ?去年は普通に開かれていたじゃない!!」
もはや必死に質問するレインの声は悲鳴に近いものです。
「ううっ・・俺だって分かんないけど、いつも貼られてるポスターを見かけないんだ」
「そうなの?でも逆さの虹の森音楽会は誰が開いてるのか分からないものじゃない、そんなのポスターだけじゃ分からないわよ」
はて、どうすればよいのでしょう?本当にシンの言葉は嘘なのでしょうか?
その時、レインの頭の中にピカッといい考えを思いつきました。
「そうだ・・・ドングリ池の妖精なら、逆さの虹の森音楽会の司会をしていたじゃない?
もしかしたら、アンダーならなにか知ってるのかも」
「えっ?ちょっと待ったっ!」
シンの慌てた声をまるっきり気にせず、レインはずかずかと、明るさの森へと移っていきました。
なぜなら、シンは妖精を見たことがないのです。
(もしかしたら、逆さの虹を早く見ようとして、あんまり寝てないのかもしれない)
シンは思いましたが、一人取り残されてしまったので仕方がなく、レインについていくことにしました。
※
「ほんとに来たのか・・・」
シンは呆れた目で、ドングリ池を見つめているレインを見ました。
「アンダー!アンダー?いるの?出てきてえ~」
そう必死なレインは念のためドングリを持ってきています。
(アンダーが来ないみたいだから、投げてもよさそうね)
レインがそう思ったとき、またあの時と同じ水しぶきが上がりました。
「きゃあああああああっ」
いくら二回目だとしてもレインにとってこれは気持ちの良いものではありません。また体がびしょぬれになりました。
ただ、一緒にいたシンは水しぶきの中の黄色い光をしっかりととらえました。
(あれは・・・なんだ?)
「何?この時間に何よ?・・・・あっ、レインね」
そこに現れたのはやっぱり全身黄色のドングリ池の妖精、アンダーでした。
「・・・・アンダー、次出るときはゆっくり出てくれない?あたし、そのたんびにびしょぬれになるの」
「分かったわ、次から気を付ける・・・・あら?」
アンダーは不思議に思って、シンの元にひらりと降りました。
(このふさふさで、赤い毛をした動物はなんなのかしら・・・なんだか、かわいいわ)
「これは何?」
「これって・・・・俺は動物だけど・・」
レインはシンの言葉を聞かず、アンダーに答えました。
「アライグマのシンよ、ドングリ池の近くに住んでいるの・・・知らないの?」
「ええ」
アンダーは、しばらくシンを眺めた後、レインに言いました。
「それで・・・?何をしに来たの?」
「あのね・・・逆さの虹の森音楽会、今年は開かれるの?なんだかシンから開かれないって話を聞いたけれど・・・」
「う~ん・・・そうねえ」
シンの方をやっぱりアンダーは見ていました。
(やっぱりかわいいわ・・・アライグマって、どういうクマなのかしら?)
(なんで妖精は俺ばっか見んのか?)
「私、司会者だけど聞いてないわ・・・いつもは張り紙とか、手紙とか、くれるのだけど・・・」
(やっぱり・・・・・・・逆さの虹の森音楽会は開かれないの?)
「ねえ、逆さの虹の森音楽会は今年開かれないって本当かい?」
いつの間にかチチチチと音を立てながらリスのイーが来ました。
「な、なんで知ってるの?!」
「だって・・・みんな騒ぎになってるから・・・」
イーはクイックイッと、後ろの風景を指さしました。
後ろではみんなパニックになってアワアワと騒いでいます。走り回って嘆くクマのナイトや、泣いて悲しむ
ハリネズミの家族もいます。
(なんでこんなことに・・・・)
「すごいねえ・・・レインの声の大きさは・・・、みんな聞きつけたようだよ」
イーの言葉でレインは自分のしでかしたことにようやく気が付きました。
レインのさっきの大きな声でみんなに情報が渡ってしまったようです。
(これはどうすればいいの・・・?)
(この毛、ふっさふさあ・・)
「何すんだあああああ」
シンもアンダーにやたらと触られパニックを起こしていました・・・・・。
※
「み、皆さん!」
(あたしが起こしたことなんだから、あたしでなんとかしなきゃ・・・)
すると、パニックを起こしていたみんながピッタっと止まりました。
「なんでそんなに騒いでいるの?」
するとみんな口々に言いだしました。
「それはレインの声を聞いて」「今年は逆さの虹の森音楽会、開かれないの?」「ずっと楽しみにしてたのに」「練習してたのに・・・!」「どうしたらいいの!」「逆さの虹の森音楽会開いてよ」
(みんな、逆さの虹の森音楽会を楽しみにしている・・・・)
それはレインもそうでした。
(どうしたらいいんだろう・・・・あっ)
レインはまたいい考えを思いつきました。今日はなんだか頭がいいです。
「み、皆さん!・・・今年の逆さの虹の森音楽会は、あ、あたしが開きます!」
「「えっ?!」」
みんなはまさかそうするとは思っていなくて騒がしかったはずの丸太広場が静かになりました。
「さてさあ、始めましょう」
しかしみんなはびっくりで固まったようです。
「じゃあだれかエントリー表、貸してくれない?・・・・あっ、キュウありがと」
レインがヘビのキュウの頭の上に置いてあったくるくるに巻かれた紙を取るのを見て、キュウは「シュル?!」と目を大きく見開きました。
(いつの間に・・・!オラの頭の上にそんなのあったかな・・・・?)
「ええっと・・・・一番、『ダブルスアヒルのダンス』ね・・・あら、ペリーは子供産んだのね」
「うん」
そう言ってステージに上がってきたのは、大きな白いアヒルと小さな白いアヒル二匹、合計三匹のアヒルでした。
お客さんたちは慌てて拍手をします。
そしてアヒルたちは、何も言わずにダンスと歌を歌い始めました・・・。
「♪クワクワクワク・・クワクワクワクッ・・クワクワクワクワ!
グワグワワワ・・、クワクワワワワワグワグワワワワワ!♪」