第一話7 女神ハイジの一日
「はああぁぁー……」
するすると動く石段に揺られながら、彼女は大きく長いため息を吐いた。
彼女の名前はハイジ。林檎のような赤髪、真っ白な肌に深い緑色の目。超絶美少女にして、この世界『アルーカ』を預かる偉大な女神である。
そんな彼女が何故、こんなにも深い悲しみに囚われているのかと言えば。
「星3……星3って……在庫使い果たす勢いで石突っ込んだっていうのに……」
彼女が今日行った、異世界召喚――その結果のせいである。
世界に課せられた『クエスト』をクリアするため、他の世界からの助っ人を召喚する『異世界召喚』システム。
『大神石』というレアアイテムを消費することで可能なそれは、対象となる世界こそ選べるものの、その中からどんな人間が選ばれるかは全くのランダムなのであった。
召喚された人間――『異界人』の評価は色々な指標があるため、『当たり』かどうかは使ってみなければ分からないことが多い。
ただ、一番分かりやすい目安となるのが『星』である。
『星』とは、その人間のステータスやポテンシャルを総合的に評価して大まかに五つにランク分けしたものだ。下は星1から、上は星5まで。
今回出た異界人は星3。真ん中ならまだいいじゃん、などと思うなかれ。文明度が格上の世界からの召喚は、必ず星3以上になるのだ。
要するに、最低ランクだった。
「阿波蓮太郎……ステータスも微妙だったなー。っていうか制動力1って何よ1って」
その最低ランクの彼、阿波蓮太郎のステータスを思い返しながら、ハイジはぼやく。
『テラリア』は科学文明一辺倒、個々人の戦闘力は皆無なので、別に『戦闘力5』は問題ではない。見た目とのギャップから思わず『ゴミ』などと評してしまったが。
ただ他のステータスもイマイチだったので、現状『ゴミ』である可能性が高い。
特に、テラリアの民に期待される『知力』がそこまで高くなかったのはいただけない。『科学』クエストには一番重要なステータスだからだ。
そして特筆すべきは『制動力1』。制動力とは簡単に言えば『器用さ』で、高ければ高いほど自分の身体を自在に操れる。
大体、ごく一般的な人間で20はある。職人などになれば50越えもあり得るが、それはレアケースだ。
しかし、『1』というのは逆に超レアである。ここまで普通に生きてこられたのが不思議なレベルで、例えば『針に糸を通せない』どころか『そもそも絶対に一発で針を摘まめない』くらいだ。ハイジですら初めて見た。
「っていうか……」
しかし、ハイジの中で一番の問題はそこではない。
思い出すだけで、沸々と怒りが込み上げ、彼女は思わず叫ぶ。
「なんで十五歳なのよ! しかもあの見た目で! 年上のイケてるオジサマであれ!」
ハイジは、生粋のオジサマ好きだった。『ボックス』の男性陣の平均年齢が高いのはそのせいである。
もちろん、どれだけ渋いオジサマだろうと人間である以上彼女よりは年下なのだが。彼女は『永遠の十七歳☆』なので十八歳以上なら年上と認定していた。
しかし蓮太郎は十五歳。あれだけ渋く厳つい見た目をしているのに。
ハイジの気持ちを正確に言い表すなら、『折角見た目は私好みのカッコいいムキムキダンディーなのに、年下(十七歳以下)だから萌えるに萌えられないじゃねーかこの野郎』である。
「ハックション!」
凹んだり怒ったりと考え込んでいるうちに、気が付けば階段の上まで辿り着いていた。段を降りると同時にくしゃみが出て、「こんちくしょー」と言いながら通路を歩く。
「う゛あー、なんか誰かが『威厳がない』とか言った感じがするわね……それっぽい奴見たら一発ぶん殴っとこ」
八つ当たりの決意をしつつ、ハイジは通路の奥側の扉へと入っていった。
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扉を開けたそこは、『召喚の塔』直結、女神ハイジの私室だ。
ボックスの構造は神の意向で自由にレイアウト変更ができるのだが――そこが直結の時点でお察しである。
部屋の中はふかふかの絨毯が敷かれていて、そのど真ん中にふかふかのベッドがある。逆に、それ以外の物は何もない。必要に応じて出せばいいのだから、こうなるのは必然かもしれない。
そして部屋に戻ったハイジはと言えば、ノータイムでベッドにダイブである。
「あーあ、やる気出ないなあ。えーっと、今出てるクエストは……」
飛び込んだベッドの枕元には、薄いタブレット端末のような物が置いてあった。
それは神専用の『世界コンソール』で、基本的にはこれを使ってクエストの発注などを行うのだ。
召喚のショックから抜け出すのにはまだまだ時間が掛かりそうだが、放っておくと人類が滅亡するのでチェックを怠る訳にはいかない。
「げ、防衛クエスト出てんじゃん。うーん……」
そして正に、『放っておいたら滅亡する』クエストが発生していた。
アルーカ最大の都市国家が、魔物に攻め滅ぼされそうになっているのだ。このままだと滅亡とまでは行かずとも、大きな衰退は免れない。
しかし、ハイジは悩んでいた。
クエストには、クリアに必要な目安が示されている。防衛クエストなら、メンバーの戦闘力の合計値がそれに当たるのだが――
「これは、ちょっと足りないかも……」
前回かろうじてクリアした防衛クエストがあるのだが、それよりも10ほど高いのだ。今のままだと、普通に失敗しかねない。
「よし、いつものメンツ強化しとくか」
ボックスの容量はまだ多少余裕があるが、別に普段使っていない異界人もたくさん居る。
「コンティニューに石使うのが一番むかつくし」
ここで戦闘に参加するメンバーを強化しておけば、勝利を確実なものにできるだろう。
そう決めて、ハイジはタブレットを操作する。強化合成の画面を呼び出し、強化対象を選択する。
「あー、そう言えばウールはこの前食わせたんだった」
『いつものメンツ』のうちの一人が中々見つからないな、と思っていたら、よく考えたら最近合成したんだと思い出す。
ある程度気に入っていた異界人でも、使えないと判断したらバッサリと切り捨てる。それが、石の使用数を減らす運用のコツだ。
「よし、まずはエド様から」
強化対象に『エドモンド・アルフィー』を選択し、『お気に入り』でない異界人から適当に十人くらいを合成素材として指定する。
「合成開始っと」
そして、しばらく待機。
強化合成を行う際、対象も素材も即座に『強化合成の塔』に転送される。しかし、そこから魂の抽出作業には時間が掛かるのだ。人数にもよるが、大体三十分前後は掛かる。
その間はちょっとしたゲームでもやって時間を潰すのが、ハイジのお決まりパターンである。
「よっし、完了! 次はバルトー」
『バルト・タイラス』を選択、素材を適当に、そして待機。
流れ作業でこなし、後はゲーム。
「最後はエレナたそ~。相変わらず可愛いなあ、うん」
流れ作業三人目は、今一番お気に入りの女の子である。
基本的にはオジサマ好きのハイジだが、可愛い女の子は別腹なのだ。
「よし、おーるおっけー! じゃ、早速試運転と行きますか」
強化合成が終わり、早速防衛クエストを開始する。
パーティメンバーを選ぶ画面になり、エドモンド、バルト、そしてエレナを選択し――
「って、だからウールは居ないんだった。どーしよ、あと一人あと一人」
いつもならそこに『ウール』というデカい盾役を配置していたのだが、彼はもう居ない。
いつも四人で戦わせていたのだから、もう一人代役を用意してやった方がいいだろう。
そう思って、ハイジは一覧をスクロールして良さげな異界人を探す。
「あ、コイツ良さそうじゃない。パッと見ゴツくて強そうだし」
そして、最後の方に如何にも『歴戦の勇者』然とした顔を見つけた。
盾役と言っても、基本的には残りの三人が優秀だからそこまで重要ではない。最低限生き残ってさえくれればいい。
そう適当に考えて、その異界人を四人目のメンバーとして選択。
「ほい、開始っと……って、あ゛あ゛ああ!」
そしてクエストの開始ボタンを押したところで――全身に悪寒が走り、ハイジは絶叫した。
「やば……コイツ、今日のテラリアガチャで出たヤツだった……」
気が付いた時にはもう遅い。クエストへの転送は既に始まっていて、もうハイジにも止めることはできなかった。
テラリアの民は防衛クエストには全く向いていない。もしかしたら、速攻で殺される可能性もある。
「いや、まあいいか、本当に死ぬわけでもなし。エレナたんが居ればなんとかなるでしょ」
しかしハイジはこの程度のことではへこたれたりしない。颯爽と切り替え、ポジティブに物事を捉える。彼女としては、コンティニューにさえならなければ問題ないのだから。
「よし……ゲームしよ」
そして彼女は悠々とゲームを再開する。
お分かりいただけただろうか。
この女神、真性のクズである。
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「ハイジ様!」
「うわあ! ちょっとガブちゃん! ノックくらいしてよ!」
突如部屋の扉が大きな音を立てて開き、仰向けでゲームをやっていたハイジは飛び上がった。
お気に入りのオジサマ主人公のゲームをやっている最中だったので、盛大に顔がにやけていたはずだ。よもや見られてはいないだろうか。
それはそうと、部屋に入ってきてがなっているのは、ここの天使ガブリエルだった。
「ハイジ様、一体どういうことですか! なんでレンを防衛クエストに!」
「あー、やっぱりそれよね。うん、分かってる。明らかに防衛向きじゃないものね。でも、たまにはそういうのもいいかなって……」
そして彼は一足飛びにベッドの近くまで詰め寄ると、バフンとベッドを叩いて猛烈な勢いで抗議を始めた。もちろん悪いのはハイジなので、彼女はぼそぼそと言い訳をする。
「正座」
「はい」
そんな彼女に、ガブリエルはピッと床を指差して一言で指示する。
立場的には当然ハイジの方が上なのだが――アルーカではよく見られる光景だった。
「操作ミスですよね?」
そしてガブリエルは容赦がない。言葉こそ問いかけの形を取っているが、それはもう断定の言い方だった。
「ち、違うもん! アイツがあんな見た目してるのが悪いのよ!」
「なるほど、ウールの代わりを適当に見た目だけで選んだ結果、レンを防衛クエストに送ってしまったと。そういうことですね?」
反射的に反抗するハイジだが、ガブリエルは正確に事情を把握して冷淡に確認を取る。腕を組んで完全に説教モードなガブリエルに、ハイジもたじたじである。
「えっと、そういう見方もできるって言うかぁ。まあ、そういうこともあるよね、みたいなぁ?」
どうにかはぐらかせないかな、と無駄な抵抗をするハイジ。
「ええい、このアホ女神め! あれほどクエストメンバーを選ぶのは慎重にやれと言っているのに!」
「アホって言うな! 仮にも女神様に向かって!」
「アホはアホだこのアホ! ちょっとは反省なさい!」
「アホじゃないもん、きーっ!」
だが当然の如く一喝され、ハイジは涙目で逆ギレする。
そのまま、やいのやいのと不毛な言い争いがしばらく続いた。
「ったく、この駄女神は……元はと言えば、ウールを合成したりするからですよ! 折角優秀な盾役だったのに」
そしてガブリエルは大きくため息を吐くと、そう言ってハイジの行いを責める。ガブリエルとしては、そもそも強化合成自体遠慮してほしいと何度も言っているのだが。
「だってあの馬鹿、あんな簡単なクエストであっさり事故死したのよ!? お蔭で石一個無駄にしたんだから!」
しかし駄女神に反省の色はない。彼女に石を無駄遣いさせる、それ即ち極刑に値する――というのが、ハイジの定めたルールである。なんと理不尽なことか。
「っていうか、ねえ、駄女神って呼称あんまりじゃない? 終いには泣くよ私? ねえ泣いていい?」
そして、ガブリエルがさりげなく放った言葉に一拍遅れて文句を言うハイジ。そう言いつつ既に半分泣いているが。
「別にいいでしょ、もう。アイツが死んでも合成はしないし、エレナたんが居ればクエストは大丈夫よ」
いじいじと絨毯の毛を弄びながら、ハイジはしょんぼりとギブアップの言葉を投げた。
「はあ、全く……分かりましたよ。じゃあ、クエストを見守りましょうか」
ガブリエルも諦めて話を畳む。というか疲れた、というのが正直なところだ。打っても響かない説教ほど空しいものはない。
「えー」
「つべこべ言わない!」
「はい!」
面倒くさがるハイジにまた一喝し、嘆息。
「はあ――死なない程度に頑張って、レン」
女神がタブレットを操作するのを見ながら、ガブリエルは憐れな異界人を思ってそう呟いた。
これにて第一話終了です。お読みいただきありがとうございます。
ここまで如何でしたでしょうか。感想等いただけたら嬉しいです。厳しい意見も大歓迎でございます。
また、すみませんがここから不定期更新になります。詳細は活動報告にて。
それでは、引き続きよろしくお願いします。
2018/11/17 白井直生




