第六話10 最後
右手に剣を握りしめる。左手に団扇を携える。魔眼はフル稼働。肚には決意を溜めこんで、右足から一歩を踏み出す。
駆け出したレンに、蠢く腕が反応する。上から襲い来るそれを、魔眼を以て睨み付ける。
「ふっ!」
右手の剣で腕を斬り付け、さらに一歩を踏み。
(さあ……開戦だ!)
辿り着けばレンの勝ち。届かなければレンの負け。いや、レンたちの負けだ。
「うおおおお!」
雄叫びを上げながら、レンは集中力を研ぎ澄ませた。
左下からの一撃。再び剣で迎撃。
右からの頭を狙った追撃。潜り込むように躱し、剣を振り上げ斬り飛ばす。
下から突き上げる一撃。踏みとどまる。レンの顔面スレスレを、腕が空振り隙を晒す。袈裟切りの一撃が、それを一刀両断した。
「!」
その陰、真正面に掌。ガパリと開いた大口から、炎が吐き出される。
(『跳ね返す』!)
魔眼の導きを頼りに、レンは団扇を操る。
風に煽られた炎が、放った腕自身を焼く。周りの腕をも巻き込んで、開けた空間をレンは駆け抜けた。
シャルムの顔が、怪訝に歪む。
それはそうだ。動きはてんで素人なレンが、的確に自身の攻撃を防いでくるのだから。
「ふん、だからどうした」
その一言と共に、レンへの攻勢が増す。
二本の腕が同時に襲い掛かる。一本を躱し、一本を剣で斬る。
三本の腕が同時に襲い掛かる。一本を躱し、一本を剣で斬り、一本は団扇で受け止める。
四本の腕が同時に襲い掛かる。一本を躱し、一本を剣で斬り、一本は団扇で受け止め、一本は――
「ほら、こっちがお留守だぞ」
――エドモンドの矢が射抜く。
「『エクスプロード・フレイム』!」
更に迫る大量の腕を、エレナの中級魔法がまとめて焼いた。
「なるほど。これは厄介だ」
シャルムは、感心したように呟いた。
レンに腕を割けばエドモンドたちへの攻勢が薄くなる。
そうなればエドモンドは弓矢で援護ができ、バルトの護衛でエレナが中級魔法を放つ。
これ以上腕をレンに回せば、エレナが上級魔法を撃つ隙を与えることになりかねない。
(行ける……!)
この調子なら、シャルムの元へ辿り着ける。そうすれば――
「そんなに近付きたいなら、そうしてあげよう」
「な――!」
ところが、シャルムは予想外の動きをした。
突然、本体がレンに向かって飛び出してきたのだ。
あっという間にレンの目の前に現れると、シャルムは自身の拳をレンに振るった。
「くぅっ……!」
咄嗟に剣で受けたレン。しかし、シャルムの拳は傷一つ付かず、剣越しの衝撃にレンの手がじんと痺れた。
さらにシャルムは脚を踏み出し、側頭部を狙った鋭い蹴りが放たれる。
レンは咄嗟に飛び退いて、その蹴りをスレスレで躱した。
「おや、折角近付いたのに離れるのかい?」
そして、魔物の腕による追撃。辛うじて防ぐが、レンの額に脂汗が滲む。
「近付ければ、何とかなると思っていたのかい? 魔物の力を取り込んでいるんだ。本体が弱い訳がないだろう」
喋りながらも、シャルムの腕による攻撃は止まらない。
それらに対処しながら、レンは思考を巡らせる。
(どうする……一旦退くか? いや……意味がない)
これ以外の作戦はない。ただ一点、そこを破壊すること。それだけが、唯一の勝機だ。
(でも、このままじゃ……)
シャルムの攻勢は衰えない。一方、レンは既に息が上がり始めている。このままではジリ貧だ。
しかし、どうすることもできない。レンに残された手はもうない。
(いや……)
――本当は、一つだけある。
しかしそれは、本当に最後の手段だ。ただ一度きりの、失敗したら後が無い一手。それでも――
(やるしか、ないか)
ここでなんとかしなければ、どちらにせよ勝ちはない。
なら、全てを投げ打ってでも。
「……行くぞ!」
そしてレンは――魔眼の定義を、塗り替えた。
再び踏み出し、シャルムに迫る。
腕の攻撃を防ぎ、躱し、シャルムの懐に飛び込んで。
――勝負はきっと、一瞬だ。
シャルムの右手の拳を、頬を掠めながら躱す。
視点は一点に固定。シャルムの腹で眩く光る、その一点をただ見据えて――
「無駄だ」
「……まさか、見えているのかい……?」
ここに来て、初めてシャルムの声に焦りが浮かんだ。
レンの視線が、移動した光の点を追ったから。
視線から攻撃の狙いを察したであろうシャルムが、それの位置を移動させたのだ。
しかし、レンには『見えて』いる。
「そこだ!」
胸部に移動した一点目掛けて、レンは剣を構えた。
レンはその剣を突き出そうと、一歩を踏み込み、そして――
「――ぐふっ」
「……だったら、何だって言うんだい?」
――シャルムの腹から生えた腕に、脇腹を貫かれた。
――痛い。傷口から血が溢れる。口からも血が零れる。痛みに視界が明滅する。
「……だったら、何だ!」
――想定内だ。
レンはそれに構わず、問われた言葉をそのまま返し、思いきり剣を突き出した。
レンの魔眼は、レンの定義に従って光の点を生む。
しかしそこには、無意識のうちに付けられた条件が一つある。
――自分の身を守ること。
その前提で可能ならば光が見えるし、不可能ならば光は消える。
その条件を、レンは無理矢理に取り払ったのだ。
自分がどうなってもいい。ここで、シャルムを倒す。
その決意は――
「――惜しかったね」
ギリギリのところで、シャルム本人の腕に阻まれた。
レンの突き出した剣は、シャルムの胸部に僅かに刺さり、しかしシャルムの腕に掴まれて、肝心の場所には届いていなかった。
「――いいや?」
だが、まだ終わりじゃない。
「コイツ……!」
シャルムの魔物の腕が、さらにレンを貫く。一本、二本。レンの体に穴が開く。しかし――
「いいか、結局最後に、物を言うのは……」
構うものか。レンは傷が広がるのも厭わず、全身の力を込めて。
「筋肉、だ!」
止められた剣を、無理矢理に捻じ込んだ。
ピシリ、と音がする。
それは、レンの剣の切っ先が、シャルムの体内にある物体を砕いた音。
「貴様……! クソ、クソが!」
「本性現したな。それがないと、魔法を防げないんだろ?」
そう、レンが砕いたのは、バリアの発生装置。
エレナの魔法を防ぐ、大事な大事な守りの要だ。
レンが見極めた『一点』は、『エレナの魔法が効くようになる一点』だった。
そして、そこを突いた今。
「エレナさん!」
「クソがああぁ! 死ね!」
血反吐を吐きながら、レンは大声で叫ぶ。
八つ当たりのように、レンにさらに腕が捻じ込まれる。
しかし、もう遅い。
「中級魔法でも、生身なら死ねる。俺は知ってるからな」
何しろ、余波でレンを瀕死に追い込んだのだ。あの頃からさらに威力も上がり、直撃ならあっという間に天国へ行ける。
そして――
「『エクスプロード・フレイム』!」
エレナの詠唱と、眩い閃光を最後に。
「――俺たちの、勝ちだ」
レンの意識は、光の彼方へ吹き飛んだ。




