第一話4 大神石
謎の動画によるクエストの種類に関する説明が終わったが――まだまだ説明は終わらなかった。
「さて。じゃあ具体的なクエストの進め方についてだけど――」
「あ、口頭で大丈夫です」
ガブリエルが言いながら指を鳴らそうとしたので、レンは珍しく口を挟んで妨害した。
流石にもう一度あのテンションに付き合う自信はなかった。
「そうか、わかった……。ええっと、そう、クエストの進め方だ」
ガブリエルは残念そうな顔をしながらも、言われた通り口頭での説明を始めた。
彼には申し訳ないが、レンは心底ほっとした。
「まず、『開拓』『科学』『魔法』『文化』のクエストだけど。これらのクエストを任された異界人は、まずは現地の人間として転生することになる」
(召喚された上に転生するのか……ややこしいな)
異世界転移か異世界転生か、それは『異世界召喚』の物語を大別する指標の一つだ。だがこの場合、どちらも含まれるということになる。
「そしてある程度成長したところで、『天啓』という形でクエストをクリアしなくてはならないことを思い出すんだ。だから、現地に混乱はない。『天才が現れた』ってくらいでね」
「なるほど……」
ガブリエルの説明に、そういう配慮があるのか、と納得する。『天啓』という言葉も宗教的に使われるものだと思っていたが、事実はっきりと存在するシステムのようだ。
そう考えると、もしかするとテラリアで異界人が何かやっていても不思議ではない。そう思った矢先――
「そうそう、テラリアだと、例えばニュートンなんかがそうだね。『何かの法則を発見しなければならない』という天啓を得ていた彼は、林檎が落ちるのを見て、『重力の法則を発見せよ』のクエストをクリアしたんだ。彼の場合、他にもいろんなクエストを同時にこなしたけど」
ガブリエルが、そのものズバリな例を説明してくれた。やっぱり、と思うと同時に、
(あの人、異界人だったのか……)
と、教科書で見たニュートンの肖像画をぼんやりと思い浮かべた。
現代まで続く物理学の基礎を形作った偉人が実は異界人だった、というのはかなり衝撃的な事実である。
「そうしてクエストをこなして現地人としての一生を終えたら、ボックスへと戻ってくる。後はその繰り返しだ。いろいろな人生、それも歴史に名が残るような経験をできる訳だから、けっこう楽しいと思うよ。それなりに苦労もあるけどね」
それが本当なら、確かに中々悪くない話だ。終わりが無いのだろうか、というのは気になるところだが。
それよりも気になるのは――
「『防衛』は……」
そういう進め方をするのは、『防衛』以外の四つだとガブリエルは言った。ならば、『防衛』はどうなるのか。一番きな臭いそこがボカされているのは不安でしかない。
「ああ……『防衛』の場合、転生は無し。今のままの姿で、現地に召喚されることになる。そして戦い、勝とうが負けようがここに戻ってくる。向こうで死んだとしても、異界人としての死を迎えることはない」
(それはつまり、何度でも死を味わうことになるのでは……)
ガブリエルの短すぎる説明に、レンは恐怖を覚える。何より、『今のままの姿』というのが恐ろしい。いきなり魔物と戦えと言われてもどうしようもない。
「ま、レンはテラリアの民だから、十中八九『科学』のクエストに回されるだろう。『防衛』のクエストなんかは無縁だから、そこは安心してほしい」
流石に不安が表情に出ていたのだろうか、ガブリエルはすぐにそう言い添えた。
『防衛』クエストに回されない、というのであれば一安心ではある。異世界召喚らしく戦ってみたいと思わないでもないが、恐怖の方がよっぽど強い。
「無縁、というのは……」
しかし、その言葉を手放しで信じるのは難しい。何故無縁なのか、その根拠だけは聞いておきたかった。
「レンが元々住んでいた世界――テラリアは、非常に効率よく『開拓』『科学』『文化』のクエストをクリアしていった世界だ。さっきの説明にもあった通り、宇宙の開拓までしているのはテラリアくらいで、間違いなく最上級に優秀な世界だよ」
「はあ……」
ガブリエルの説明は、むしろレンの不安を掻き立てた。優秀な世界なら、そのぶん色々なクエストに回される可能性が高いのではないか、と。
「ただ……弱いんだ」
「弱い?」
次に放たれたガブリエルの言葉に、レンは首を傾げた。
「そう、弱い。『魔法』クエストを一つもクリアしていないのが原因なんだけど……他の世界と比べて、個々の人間の戦闘力が圧倒的に低いんだよ。そもそも身体の作りからして貧弱なんだ」
「な……」
ハッキリと『貧弱』と言われ、レンとしては忸怩たる思いだ。生まれ持った素質に弛まぬ努力を重ねた肉体は、彼の数少ないプライドと言える。
それを『貧弱』だなどと形容されたら、さしものレンでも黙ってはいられない。
「いや、言いたいことは分かる! もちろん君の肉体はよく鍛えられているさ。ただ、それでも『テラリアの民にしては』という域を出ないんだよ」
レンの怒気を察したのか、ガブリエルは慌ててフォローに回る。
「逆に、君ほどに鍛えてようやく、他の世界の一般人程度の筋力値なんだ。肉体の質が全然違うんだよ。それに加えて、魔力による身体強化もある。もちろん魔法そのものもだ。武器を使わずにケンカしたら、テラリアは間違いなく最弱なんだよ」
レンは、名も知らぬテラリアの神を呪った。先ほどは科学の恩恵に感謝こそしたが、今は『何故魔法クエストをクリアしなかったのか』と問い詰めたくて仕方がない。
魔法だけならいざ知らず、筋肉にまで影響があるとは思いもよらなかった。
「……神よ!」
ズダアアアアン。
「うおぁっ、危な!」
思わずレンが勢いよくちゃぶ台を叩くと、それはくるくると回転しながら宙を舞った。顎先をその脚が掠め、ガブリエルは戦々恐々だ。机の上のお茶などが消えた後だったのは幸いである。
「ま、まあそういう訳だから。テラリア出身の君が、防衛クエストに回されることはないよ。それはほら、いいことだろう? 戦うのは誰だって怖いさ」
予想以上に悔しそうなレンの反応に、ガブリエルは引き攣った笑みを浮かべて前向きな言葉を掛ける。
「それは、そうですが……」
なんとか心を落ち着けながら、レンはガブリエルの言葉に答える。
確かに、これでレンが防衛クエストに参加せずに済むという理由は理解できた。
だが、やはり筋肉への未練は大きい。
「くそっ、一から鍛え直しだ」
レンは唐突にそう言うと、またもガブリエルの耳にダメージを与えながら手を叩き、ダンベルを取り出す。
二つ出てきたそれを両手に掴むと、忙しなく筋トレを始めた。
「いや、やめといたほうがいいと思うよ? 無謀だから……」
ガブリエルの言葉を聞き流しながら、レンは黙々と腕を動かし続けた。
***********
「えっと、続きを話していいかな?」
しばらく待ってもレンが筋トレを止める様子がないため、ガブリエルはおそるおそる訊ねた。
レンはの腕は相変わらずフル稼働だが、彼はこくりと頷いた。
「よ、よし。それで――クエストをクリアすると、世界が豊かになるのに加え、大神ゼウスから『大神石』というものがもらえるんだ。大神石には、様々な用途があってね」
若干気圧されながらそう言って、ガブリエルは指を一本立てる。
「まずはなんと言っても召喚。君のように、助っ人として異界人を召喚する」
そしてその指をレンに向け、一つ目の用途を説明した。
「必要な大神石の数は、召喚しようとする世界の質によって上下するんだ。だから、テラリアからの召喚はとても珍しいんだよ。ほら、エドも驚いていただろう? 実際、ちょっと引くくらい大量の大神石を使ったしね。おかげで今アルーカの大神石はすっからかんだ」
(なるほど、それであんなに食い付いてきたのか……)
エドとの初対面を思い出し、レンはようやく納得する。テラリアは『最上級に優秀な世界』らしいから、必然的にテラリアからの異界人は『最上級に珍しい人』になる。
「二つ目、ボックス拡張。このボックスの居住スペースを拡げることができる。こちらは大神石一つにつき5人分だ」
ガブリエルは指をもう一本立てる。
「アルーカの300人は初期値のままだ。……この辺の話は、後でまとめて話すよ」
そう続けたガブリエルの表情は、何故かとても暗かった。不思議に思いつつも、後で話すと言うのでそのまま流す。
「三つ目、時間逆行。任意の時間まで時を巻き戻すことができる」
(それ、すごいことじゃ……)
三本目の指を立てながらさらりと説明したガブリエルに、レンは心の中でそう呟く。
「四つ目、蘇生。どれだけやられようとも、その場でクエストに参加していた全員を開始時点の状態に戻すことができる」
(だからそれ、すごいことじゃ……)
あっさりと奇跡を説明され、レンは驚くばかりだ。だが――
「三つ目と四つ目は、要するにクエストが失敗したときのリカバリーだね。前者が通常クエスト用、後者が防衛クエスト用だ」
そう言われて、気が付く。
(ガチャにボックス拡張、そしてコンティニュー……あ、これソシャゲの石だ)
後はスタミナ回復があれば完璧だ。なんだか、大神石が急激に安っぽい物に思えてきた。
「そして五つ目。輪廻転入」
(スタミナ回復……じゃ、なさそうだな)
しかし五指を広げたガブリエルが告げたのは、レンの予想とは違う内容だった。
「輪廻転入とは、異界人の現地人化のことだ。特に優秀な異界人を現地人として迎え入れ、そのまま世界の輪廻に組み込む。だから『輪廻転入』だ」
(つまり……俺が輪廻転入したら、この先ずっとアルーカ人として生きていく、ってことか……)
そもそも、輪廻転生は本当にあるのか、というところから驚きである。
ちなみにレンは元の世界にそこまでの未練はない。両親に申し訳ないなと思うくらいで、それ以外に惜しむ相手が居ないからだ。
だからアルーカ人になれと言われれば、そうですか、という程度である。
(でもそれって、何の意味が?)
異界人が普通の人間になったら、『異世界からの助っ人』ではなくなるのではないだろうか。
疑問を覚えたレンの心を見透かしたかのように、ガブリエルが説明を加えた。
「輪廻転入を行うと、そいつが一部のクエストを勝手にクリアしてくれるようになるんだ。それにボックスの枠も空くから、メリットはけっこう大きい。さっき言ったニュートンもテラリアに輪廻転入してるから、今頃生まれ変わって何か発見したりしてるんじゃないかな」
(なるほど……)
つまり、強かったり賢かったりするキャラクターがオートプレイをしてくれるようになる、ということだ。それは確かに便利かもしれない。
「異界人に関わるのはそれくらいだね。他にも現地人の強化や天啓なんかにも使うんだけど、それはいずれ機会があれば説明しよう」
そう締めくくり、ガブリエルの説明は一応の終わりを見たらしい。しかし、ガブリエルはと言えば――
「大神石の使い方が神の腕の見せ所だ。で、何故こんなことを説明したのかと言うと、だね」
そう続け、再び暗い表情を見せた。
確かに、大神石を使うのは神様なのだから、レンがこのことを知る意味はほとんど無い。にも関わらずこの説明に時間を割いたのには、どうやら理由があるらしい――嫌な予感しかしないが。
「これに関連して一つ、君にも大いに関係する問題があるからなんだ。その原因なんだけど――」
言葉を切ったガブリエルは、盛大なため息を吐く。一体何だと言うのか、と首を傾げると、彼は疲れ切った顔でこう続けた。
「うちの女神、ハイジ様は――完全なガチャ中毒なんだ」
(……今、思いっきりガチャって言ったな)
そんなツッコミは、心の中に留めておいた。