第六話4 スキル発動
鳴り響く金属音。飛び交う怒号。時折聞こえてくる、不快な音や断末魔。
防衛クエスト、戦争系クエストは、相変わらずの様相だった。戦場に送り出されたレンたちは、敵将を討ち取るべく雑魚敵を蹴散らして進む。
ただし、これまでと異なるのは――
「オーガが混じってやがるな……」
「ああ。数は少ないが……戦闘は避けられまい。少々厄介だな」
バルトの呟きに、エドモンドがそう返した。
ゴブリンの群れに混じって、ところどころにオーガが居る。割合は大したことはないが、それでも全くぶつからずに突破はできないだろう。
「言ってるそばから、おいでなすったぞ!」
「数は三体……バルト、二体任せていいか?」
「オーガだけなら三体でもいけるが……周りのゴブリンが邪魔くせぇな」
ゴブリンの数は数えるのも面倒なほどだ。個々は弱くとも、オーガとの戦闘中に邪魔をされると厄介である。
「私の魔法で露払いするにしても……数と距離を考えると、そうそう削れないな」
と、エレナも難しい顔でそう漏らす。
(なら……)
「エドさん、バルトさん!」
レンは、意を決して呼びかける。
振り向く二人と目を合わせ、
「――オーガを一体、引き受けます」
そう、宣言した。
強化後初の実戦、レンの戦績は未だゴブリンのみ。それも数体だけだ。
しかし、ここでレンがオーガを一体相手取るのが、最良だと思ったのだ。
二人は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにエドモンドが真っ直ぐにレンを見つめる。
「……大丈夫なんだな?」
「はい!」
レンははっきりと返事をする。そしてニヤリと笑って付け加えるに、
「――それに、一体ならバルトさんは瞬殺でしょう? その後で加勢してもられれば大丈夫です」
「けっ! 結局人任せかよ! 俺が行くまでにやられんなよ?」
バルトから返ってきた軽口に、レンはこくりと頷く。
「よし……行くぞ!」
向かってきたオーガとゴブリンを相手に、レンたちは戦闘態勢を取った。
****************
オーガはほどよくバラけていた。向こうとしては、強いオーガと数の多いゴブリンの組み合わせで攻めようという肚なのだろう。
だが、それはこちらにとって好都合だった。
「おらぁっ!」
バルトの威勢の良い声と、鋭い斬撃が飛ぶ。
オーガの一体がそれを受け止め、ぎぃんと激しい金属音が弾けた。
「シッ!」
エドモンドが弓矢を放ち、別のオーガの気を引いて誘導する。
群れが三つに分かれ、残った真ん中の群れがレンとエレナに向かって突撃してきた。
「『エクスプロード・フレイム』!」
そこへエレナの中級魔法が炸裂し、ゴブリンたちをあっさりと消し飛ばした。
しかし、オーガは無傷でやり過ごしている。流石と言うべきか。
「レン、後は任せたぞ」
「はい」
これで、場は整った。
バルトとエドモンドが、それぞれオーガ一体とゴブリンの群れを引き受けてくれている。
そして、レンはオーガと一対一。真正面から向かい合う。
レンはいつもの団扇ではなく、腰に差した剣をスラリと抜き放った。
それを両手で構えた途端、
「グルァッ!」
雄叫びを上げ、オーガが一足飛びにレンに迫る。
人ならざる膂力を以て、手にした剣をレンに向かって容赦なく振り下ろしてくる。
「くっ……」
咄嗟に頭上に構えた剣で、レンはその攻撃を辛うじて防いだ。
ぎしりと体が軋む。二つの刀身が互いに噛みついて、ぎりぎりと鳴き声を上げる。
(重い……きつい……怖い……!)
食いしばった牙の隙間から濁った吐息と唸り声を漏らし、黄色い目を剥いてレンを睨み付けるオーガ。
その力は強く、その様相は恐ろしく、その殺意は肌を刺すようだ。
自分より強い敵と、真正面から向き合う。それがこれほど恐ろしいことだとは、レンは欠片も知らなかった。
だが――
(戦える――!)
押し勝てはしないが、押し負けてもいない。レンは攻撃を受け止められたし、こうして鍔迫り合いが成立している。
「ぅぬんっ!」
レンは満身の力を込めて、剣を振り切った。オーガの剣を振り払い、両者とも剣を振り抜いたイーブンの状態になる。
「はぁっ!」
横薙ぎに振るった両者の剣が、火花と高い音を散らしてぶつかり合う。
今度は組み合わず、互いが弾かれて距離が生まれる。
レンは自分の手が、衝撃に痺れるのを感じる。が、剣は握ったままだ。
そして、三度剣がぶつかり合う。
袈裟切りに振るった剣で、またも鍔迫り合いに入る。
「グルル……」
「ふぅぅっ……」
視線で射殺さんばかりに睨み付けてくるオーガに、レンも負けじと睨みを返す。
そして――レンは、ふっと笑った。
「悪いな、この勝負……俺が勝つ……!」
正直、打ち合えているように見えてそれはギリギリ、紙一重の戦いだ。
膂力はついていけても、実戦経験のないレンは経験値で大きく負けている。
だが、レンにはこれがある。
「スキル、発動――」
合成で授かった、レンの新たな力。
覚醒したそのスキルの名前は――
「『見針の魔眼』!」
レンの眼光に、妖しい蒼の光が宿った。
****************
瞬間、レンの視界が一変する。
サングラスでも掛けたかのように、世界の全てが薄暗くなる。それでいて、より細部まで事細かに見えるのだから不思議なものだ。
鍔迫り合いを終え、互いに一歩引く。
生じた間合いを、オーガが瞬時に踏み込んだ。
横薙ぎに振るわれた剣が、レンの首筋に迫って唸りを上げる。
(躱す――タイミング!)
レンの中で、きん、と何かが弾ける音がする。
その音を合図に、レンは脚を曲げつつ身を反らす。
オーガの振るった剣が、レンの髪を掠めて通り過ぎた。
(斬り付ける――場所!)
薄闇のフィルターが掛かった視界に、一筋の光が走る。
切っ先でその軌跡をなぞるように、両手で剣を振るう。
斜め下から振り抜かれたその一撃は、
「ギィァッ!?」
オーガの剣を持った右腕を、軽々と斬り飛ばした。
(――とどめだ!)
振り上げた刃を返し、レンは再び光を見る。そして――
――オーガを斜めに貫く閃光を、全力を乗せた剣閃で塗りつぶした。
「ガッ……」
異常に軽い、しかし確かに手に残る、肉を裂く感触。
それはオーガの体に深々と証を残し、その命を刈り取る一撃となった。
傷口から赤黒い血が噴き出し、短い断末魔を上げてオーガはその場に崩れ落ちる。
オーガはそのまま動かなくなり、血だまりの中に沈んだままだった。
「…………やった……」
レンは倒れたオーガを見つめ、ぽつりと呟く。
同時に全身から力が抜け落ち、荒い息を何度も吐き出す。
短い戦闘だったが、全霊の集中から解放されたレンは一気に疲労を自覚した。
(よし……よし! 勝った!)
力が通わず、声を上げる気力もないレンだが、心の中で快哉を叫ぶ。
脚の力が抜け、へたり込むように膝を突いて――
「――ガルァッ!」
「え」
――突如動き出したオーガが、レンの首筋に噛みつこうと大口を開けていた。
(しまっ――)
頭で状況は理解できたが、体は全く追い付かなかった。
迫ってくるオーガを、その濁った視線を、鋭い牙を、為す術無く見つめるばかり。
勝ったと思ったときが、一番油断をする瞬間だ。
そも、戦場で気を抜くこと自体が間違いだ。そんな当たり前のことを、レンは今さらに思い知った。
絶望に浸りながら、レンはただ呆然として――
「けっ、言わんこっちゃねぇ」
その時、頼もしい声が響いた。
ほぼ同時、ぐちゃりと鈍い音がレンの目の前から発される。
剣を振り抜いたバルト。その足元に転がるのは、胴と切り離されたオーガの首だ。
間一髪、彼がオーガにとどめを刺してくれたのだ。
「最後まで油断するんじゃねぇ。倒れた相手も首を刎ねろ」
バルトは声を荒げるでもなく、淡々とそう説いた。
「すみません……ありがとうございます」
レンは、悔しさの滲む声でそう返す。反論の余地はない。
そんな様子を見て、バルトは再び「けっ」と声を発し、
「だがまあ、一人でオーガに致命傷を負わせたんだ。上出来じゃねぇか」
レンの背中をバシリと叩いて、そう言った。
「……はい! 師匠!」
「けっ。誰が師匠だ」
バルトは、相変わらずの憎まれ口を叩く。しかし、少しでも認めてくれたことがレンは嬉しかった。
初めてのオーガとの戦闘。それは、レンの辛勝という形で幕を閉じた。




