第六話3 強くなりました
強化合成を終えたレンは、ガブリエルを伴って自室まで戻った。
「それじゃあ、レン。いよいよステータスの確認といこう」
そして一息ついたところで、ガブリエルがそう言った。
そう、合成の結果、レンのステータスは上がっているはずだった。今回の合成にどれほどの成果があったのか、確認しなければならない。
「確認方法は分かっているね? 前の数字は覚えているかい?」
「はい。筋トレした後は毎回確認していましたから」
そして、ほとんど上がらない数字にやきもきしていたものだ。
『テラリアの民は魔法クエストをクリアしていないから弱い』。その事実を何度恨めしく思ったことか分からない。
もしかしたら――
(これで、一気に筋力値が上がったりするのか……?)
期待半分、恐怖半分でレンはごくりと唾を飲み込む。
「よし。じゃあ、どうぞ」
ガブリエルのその言葉で、レンはこくりと頷いて両手を構えた。
同時にガブリエルが、自分の両耳に指を突っ込む。
(ステータスステータスステータス……)
パン。
景気よく響いた軽い音に、ガブリエルは心底驚いた表情を見せていた。
「そんな……レンの拍手がうるさくないなんて……!?」
ステータスウインドウを開くだけで、毎度一悶着起こしていたレンだ。
今までは、言葉は声に出るわ噛みまくるわ、挙句加減の利かない拍手で周りに騒音被害をもたらすわと、傍迷惑だったレンのステータス確認だが。
「「これは……!」」
現れたステータスウインドウを確認したレンとガブリエルは、同時に声を上げた。
その文字列を目で追い、ほどなく目的の数値を見つける。
『制動力:14』
「おお……おお……!」
「すごいな、一気に10以上も上がるなんて珍しいよ。まあ、元の数値が低かったというのはあるけど――」
今までレンの『迷惑』の元凶だった、『制動力1』というステータス。それが一気に上昇し、レンの動きの精度が上がっていたのだった。
「これで、もう……」
力加減ができず物を壊すことも、うっかりちゃぶ台を縦回転させることもない。
これでレンも晴れて、『不器用』という評価から逃れ――
「いや、不器用の域は出てないけどね。壊滅的な、空前絶後の不器用から、普通に不器用な人に変わっただけだから」
――られなかった。
しかしまあ、改善されたということなら万々歳だ。
そして、いよいよレンが一番気にしている数値を見る。
『筋力:53』
「………………うおおおおおっ!」
レンは雄叫びを上げた。胸の奥から堪えようのない感情が湧き上がり、それが声に、動きに、涙に変わる。
レンの中にあったのは、筋力が上がったという喜び。それから、たった一度の合成でそれが成されたという虚しさだ。
今まで、どれだけトレーニングしてもほとんど上がらなかった筋力の数値。それが、一気に20も上がったのだ。
努力よりも、合成が勝った。筋力が上がることは嬉しくとも、素直には喜べない話だった。
「ただごとじゃないな……これが、魔力なしの世界から魔力ありの世界へ来た結果か」
ガブリエルの言う通り、魔力の方も僅かながら上がり、0ではなくなっていた。
言うなれば、合成によってレンの体は『魔法クエストをクリアした世界の住人』と同じになったのだ。
複雑な思いを抱え、レンは微妙な表情で黙り込む。
「ただ、ここまで上がったのは、君が努力をしてきたからだ。がわができていたから、魔力の発生と共に、それだけの筋力上昇があったんだと思う」
そんなレンを見かねたのか、ガブリエルは優しい声で語る。
「だから、安心していいよレン。君の努力は、無駄じゃなかった」
「ガブリエルさん……」
その言葉に、レンは救われた。自分の努力が無駄じゃない、そう言ってもらえるのは、何よりも安心できることだった。
「……さてと。他の数値は微増、まあ妥当なラインだね」
しんみりした空気を終わらせるように、ガブリエルはすっぱりと話題を変える。
「だが、何よりも注目すべきは……これだ」
そう言ってガブリエルが指差した部分には、小さな文字が並んでいた。
今まで何も無かったはずのそこに書かれていたのは――
「……スキル?」
どうやら、レンの今後を大きく変えるものらしかった。
****************
「スキルっていうのは、異界人に与えられたボーナスみたいなものでね。召喚されたときか、強化合成されたときに付与されることがある。魔法系列のスキルと科学系列のスキルがあって、元の世界より魔法文明が進んだ世界に行くと魔法系列のスキルが発現しやすくなるんだ。逆もまた然りだね」
だからまあ、予想できたことではあったよ。ガブリエルはそう言った。
レンは魔力ゼロの世界から来たわけで、魔法ありの世界に来たら高確率で魔法系列のスキルが付与されるという訳だ。
「で、どうだい? 使ってみた感想は」
ガブリエルはそう言うと、ニヤリと笑った。
二人は今、レンのスキルを試すべく修練場へ来ていた。屋外訓練場で、呼び出したのは最弱の魔物であるところのゴブリンだ。
「すごいですね……。でも、なんだかしっくりきます」
初めて使うものだというのに、何となく使い方が分かるのだから不思議だ。
そして、スキルを活用したレンの足元には、ゴブリンの死体が横たわっていた。
「もともと素質があったんだろうね。それが顕在化して、スキルとして定着したんだ。ゴブリン程度でも、直接倒せるようになるのは大きいだろう。これからの活躍に期待が持てるね」
ガブリエルにそう言われ、レンは顔を綻ばせる。
これでようやく、今まで助けてもらった恩を、みんなに返せるかもしれない。
『レンちゃん、もういい? ちょっと防衛クエストが発生したから、早速実戦投入と行きたいんだけどー』
と、ハイジの声が頭に響いた。
いつもなら問答無用だが、一応合成のすぐ後ということで彼女も気を遣ってくれたらしい。珍しいこともあるものだ。
そして、
「お誂え向きだね」
「ですね」
そう言って、レンはガブリエルと頷き合う。
発現したばかりのスキル、それを実戦で試せるいい機会だ。
「じゃあ、頑張って。今回は僕もじっくり見させてもらうよ」
「はい。行ってきます」
最後にそう言葉を交わし、レンは防衛クエストへと駆り出された。




