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神にガチャられたんだが頑張らないと餌にされるらしい  作者: 白井直生
第五話 頑張ってみたが俺はやはり弱いらしい
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第五話9 ネル

「いや、久しぶりだが、相変わらず凄まじかったな。ネルの狂戦士状態バーサークモードは」


 話は変わり、エドモンドがそう口にした。


「まったく、人の秘密を簡単に教えないでほしいんですけどにゃ」


 ネルは不満げに口を尖らせる。


「何のために封印してると思ってるんですにゃ? いい迷惑なのです」

「まあそう言うな。今回は実際、アレがないと危なかっただろう。それに――」


 更に言い募るネルに対し、エドモンドは宥めすかすように答え、


「レンには知っておいてほしかったし、お前が鈍ってないか確認しておきたかったからな」


 茶化すように笑うエドモンドに、ネルはため息を吐いた。反省の色はまったくなし、盗人猛々しいとはこのことだ。


 ネルはちびり、とグラスを傾ける。

 その目は遠くを見るように彷徨っている。


「……思い出しているのか?」


 エドモンドにそう訊ねられ、ネルはゆっくりと頷く。


「……そうか」


 エドモンドもそう言って、グラスをちびりとやった。


****************


 もう、何年前だったか思い出せないほど昔。

 あの時もそう、同じような洞窟でのダンジョン系クエストだった。


 メンバーは、ネル、エドモンド、そして当時の防衛クエスト用のメンバーが三人。

 アタッカー、タンク、黒魔術師と、構成も似たようなものだった。


 当時のメンバーはそれなりに強かったはずだ。もちろん、合成を経た分だけ今の方がステータスは高いが、逆にクエストの難易度も低かった。相対的に見て、今よりも戦力は整っていた。


 しかし――それでも何が起こるか分からないのが、防衛クエストというものだった。


「ふっ!」


 エドモンドが弓を射る。その矢が突き刺さり怯んだ敵を、ネルの杖が強かに打ち抜いた。

 意識が飛んだモンスターの体を、黒魔導士の炎が焼き尽くす。


「数が多いなー……大して強くもないけど」


 目の前のモンスターの群れを見て、ネルが呟いた。

 相手取っているのは『ヒュージラット』という、人間サイズのネズミの魔物だ。一体一体は簡単に倒せるが、ネズミらしくとにかく増える。お陰でキーキーと五月蝿い限りだ。

 開けた場所なら魔法で一網打尽にできるが、洞窟ではちまちま一体ずつ倒していくしかなかった。


 一行の布陣は、最前列にタンクを配置し、その後ろにアタッカーとネル。その少し後ろからエドモンドが弓矢を構え、最後尾から黒魔導士が魔法を撃つというものだ。

 本来白魔導士であるネルは後衛になるのが普通だが、五人の中でもステータスが抜きん出ているので、前衛に入るのが常だった。


「文句を言っても仕方がない。それに、まだ余裕だろう?」

「もちろん!」


 宥めすかすエドモンドの声に元気よく答えながら、ネルは追加でもう一体を昏倒させた。


 戦いが始まってから、およそ一時間ほどが経過している。体力と魔力にはまだ余裕があるが、終わりの見えない戦いは精神をごっそり削られる。

 うんざりしながら戦う五人。だが、まだまだ戦い続けられるくらいの忍耐力はあった。


 だからこれは、避けられなかった事態なのだろう。

 疲弊しきっていた訳ではない。油断した訳でもない。

 ただ、想定外の事態に対応できなかった。それだけのことだ。


「ぐぁっ……」


 ネズミどもが一挙に押し寄せるのを防いでいたタンク。

 その彼が、苦鳴を漏らしたのが聞こえた。


「!」


 他の四人はそれで彼を見て、驚きに目を瞠った。

 なんと、彼の頭が燃えていたのだ。


「水の魔法を!」

「『アクアボール』!」


 エドモンドの指示で黒魔導士が威力を抑えた魔法を放ち、彼の頭は鎮火された。


「一体何がっ……」

「ヒュージラットは魔法なんて使えないはずだ!」

「――見ろ、あそこだ!」


 戸惑う仲間たちに、エドモンドが答えを示す。


「『フラムラット』……親玉か!」


 そこには、ネズミのくせに真っ赤な体毛を持つモンスターが居た。

 ヒュージラットの群れの陰から現れたソイツが、タンクの頭に炎の魔法を浴びせたのだ。


「そんなことより!」


 メンバーが新たな敵に目を向ける中、ネルはヒソプの葉を持って駆け出した。

 タンクは頭に大やけどを負い、パニック状態だ。


「今治療を……!」


 その行動は、白魔導士として正しい。ただし――


「ネル!」


 前衛の戦士としては、大失態だった。

 タンクが機能していない上に、前衛がさらに一人欠けた。しかも向こうには、遠距離攻撃ができる魔物まで居る。


「っぅあっ!」


 ネルの隣から、またも苦痛の叫びが上がる。

 ネルを庇ったアタッカーが、またぞろ炎にやられたのだ。


「ネル! 急いで回復を!」


 エドモンドの声に答えようと、ネルは急いで袖口からもう一枚ヒソプの葉を取り出そうとする。

 しかし、一歩遅かった。


「あうっ!」


 完全に崩れた前線を突破し、ヒュージラットが突進してきたのだ。

 真正面から吹き飛ばされたネルは軽々と吹っ飛び、洞窟の壁に叩きつけられる。


「みん……な……」


 か細い声は喧しいネズミたちの声に掻き消され、届くことはない。

 そのまま、ネルの意識は闇の中へと落ちていった。


*************


「――ル……ネル! おい、ネル!」

「う……?」


 気絶したネルを起こしたのは、呼びかけるエドモンドの声だった。


「いったいどうなって……?」


 自分が一体どれくらい気を失っていたのか。

 辺りは暗いから、まだ洞窟の中に居るのは間違いない。しかし、あれだけ五月蝿かったネズミの鳴き声が聞こえない。


 体を起こして辺りを見ると、そこはやはり洞窟の中だ。しかし、エドモンドとネル以外には誰も、何も居ない。

 サラサラと自分の体から音が聞こえて目を遣ると、全身が砂まみれになっていた。


「一か八か、洞窟の足場を錬金術で砂に変えた。案の定、そこら一帯がまとめて崩れて死にかけたが」


 エドモンドが経緯を語る。ネズミが居ないのは、その蟻地獄に嵌ったからだろう。しかし――


「みんなは!?」


 ここに居るのは二人だけ。

 残りの三人は、


「……すまない」


 その一言で、ネルは全てを把握した。

 前衛二人は既に負傷していたし、黒魔導師は魔法以外のステータスが低い。

 やられたから一か八かの賭けに出たのか、賭けに勝てたのがエドモンドだけだったのか――それは今さらどうでもいい。


 要するに、彼らはやられてしまったのだ。


「……これから、どうするの? まだ帰れないってことは……」

「ああ、連中はまだ死んでいない。大半は崩落に巻き込まれただろうが、少なくとも一匹は生き残っているはずだ。クエストはまだ続いている」


 パーティーは五人中三人がやられた。残るエドモンドとネルも、いい加減にボロ雑巾だ。傷は回復魔法で直せるにしても、体力と魔力は心許ない。

 そして、


「……! 考える暇も無いらしい。奴ら、一度覚えた匂いは忘れないと見える」


 まだ若干遠いが、キーキーと不快な音が近付いてくるのが分かった。ほどなく、生き残ったネズミたちが襲い掛かってくることだろう。


「エドさん。援護をお願い」

「ネル!?」


 ネルは砂を払いながら立ち上がり、杖をぎりりと握り締めた。


「『獣化ビーストモード』を使うよ」

「お前、それは……!」


 アマニクの民に伝わる秘術、『獣化ビーストモード』。一時的に反射神経や膂力が底上げされるが、しばらく我を忘れて暴れてしまう。

 しかも、長時間使用すると体に大きな負担が掛かる。自分の意志で止められるものではないので、ほぼ確実に体がボロボロになるということだ。


 唯一、それを逃れる方法が――


「『マタ・タビ』を預けるから。敵を全滅させたら止めてね」


 アマニクの民を本能的に落ち着かせる丸薬、『マタ・タビ』。

 この安全装置を錬金術で解析し、量産体制をエドモンドが確立してくれたのは、それから随分後だった。


「……分かった」


 エドモンドは少しの逡巡の後、丸薬を受け取った。

 きっと彼も、これに頼らなければ乗り切れないことを分かっている。


「じゃあ……よろしくね」


 そう言うとネルは目を閉じ、意識を集中する。

 毛が逆立ち、全身に力が漲っていく。やがて目を上げたネルの瞳は黄色く染まり、瞳孔は縦に細まっていた。


 丁度訪れたネズミの大群に、ネルは全速力で突っ込んでいった。


*************


 我に返ったネルが見たのは、足元に詰まれた大量のネズミの死骸。

 殴られ、吹き飛ばされ、どす黒い血を撒き散らして、それらは洞窟を埋め尽くしていた。


 それを視認した途端、ネルの体を激しい痛みが襲う。

 全身の骨が軋んでいるようで、体のあちこちから流血し、酷い火傷が何箇所もある。

 『獣化』したネルは、己の身を省みることなく戦ったのだ。もっとも、そうでもしなければ勝てなかっただろう。


「……! エドさんは……」


 と、ネルはようやくそこに思い至った。

 自分が暴走を止めたということは、エドモンドが『マタ・タビ』を使ったということだ。


 しかし、彼の姿はどこにも見当たらない。


「ネ……ル……」


 その時、ネルの呼び声に答えるように、エドモンドのかすれた声が聞こえた。


「エドさ……」


 ――ネルの、足元から。

 安堵から発されたネルの声は、そこで口を塞がれたかのように止まった。


「戻った……だな……よかっ……た」


 切れ切れに呟くエドモンドは、今まさにネルに足蹴にされていた。

 体中に打撲痕があり、ネルよりも尚血塗れだ。

 しかしその手には、しっかりと丸薬が握られていて。


「私……私……」


 慌ててエドモンドの上から飛び降りたネルは、自分の手を見た。

 ――真っ赤な血に塗れた、自分の手を。


「ごめ、なさ……い……ごめんなさい……!」


 ネルはエドモンドの傍らに跪き、嗚咽を漏らし、許しを請う。


「大丈夫、だ」


 その手を、エドモンドは力なく握った。


 泣きじゃくるネルと、微笑を浮かべて浅い息をするエドモンド。

 二人の姿はやがて光に包まれ、洞窟の暗闇から消えていった。

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