表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神にガチャられたんだが頑張らないと餌にされるらしい  作者: 白井直生
第五話 頑張ってみたが俺はやはり弱いらしい
41/57

第五話6 伸ばした手の先に

 ――怖い。

 脚が震えている。心臓が握り締められたように縮み、体中の熱が逃げ出したかのように血の冷たさを感じる。


「中級魔法を唱えておく。そこからは初級魔法を三秒に一回、それが限度だ」

「分かりました」


 エレナの言葉に答えながら、レンは自分の声が震えていることを自覚した。


 レンがやることは、ただ一つ。

 自分の手に握られた安全装置セーフティを、ネルの元に届ける。――走って。


 届ける物は小さい。本来なら、投げて渡したっていいような物だ。だが、動き回るネルに渡すには、直接手で渡すしかなかった。付け加えて言うなら、レンの不器用さでは間違いなく明後日の方向に飛んでいく。明後日くらいならまだマシで、下手すれば来年くらいまで飛ばす自信がレンにはあった。


 だから、行くしかない。しかし、それはどうしようもなく怖ろしいことだった。


 行く先で待ち受けているのは、本来レンなどが足を踏み入れることのできない領域。毒と糸と魔法が乱れ飛ぶ、猛烈な暴力の嵐だ。


「……大丈夫か?」


 レンの様子を見て、エレナが気遣わしげに問う。正直に言うなら、全く大丈夫ではない。

 幾度かのクエストを経て、レンも荒事にも慣れてきてはいる。だが、その程度であの暴威には太刀打ちできない。のこのこ近付いていけば、あっという間にレンはその餌食になるだろう。


「……はい」


 だが、やるしかない。

 レンは震える声を誤魔化すように、短く強く言い切る。


 今この事態をどうにかできるのは、レンとエレナのみ。そして二人の特性を考えれば、レンが突撃、エレナが支援に徹するのが当然の布陣だ。

 それに――


「――任されましたから」


 今、暴力の嵐の間近で、力尽きているエドモンド。

 彼がそれを託したのは、他の誰でもなく、レンなのだから。


 レンの覚悟を受け取ったエレナは、ふっと微笑むと杖を構えた。


「よし。詠唱が終わったら、いつでもいいぞ。タイミングは任せる」

「はい!」


 そして最後にそう交わし、エレナは詠唱に、レンは走り出す準備に入る。


「大気に宿りし氷の精霊よ――」


 レンは目を凝らし、ネルとディルマンチュラの動きを食い入るように見つめた。


 エレナの詠唱が、最後の一節を残すのみとなる。

 レンは息を止め、戦場の動きを読み、その先を見切った。そして――


(今!)


「うおおおおっ!」


 雄叫びを上げながら、地を蹴って前へと走り出す。

 ネルはこちらに興味を示さず、ディルマンチュラもそれどころではないのか、レンに何か仕掛けてくる様子はない。


 しかし、流れ弾はその限りではない。激しい戦いは周囲に猛威を撒き散らしている。

 早速レンに向かって、吹き飛ばされた毒やら糸やらが飛んできた。


 ――行ける。

 レンは恐怖を乗り越えて、戦場へ向かって脚を動かす。飛んできた毒を身を屈めてくぐり抜け、散らばった糸を飛び越えて回避する。


 その先に見えてきたのは、色濃く毒が残るエリアだ。


「エレナさん!」

「『アイシクル・ストーム』!」


 レンの求めに応じ、エレナが魔法を解き放った。

 氷属性の中級魔法は、足元の毒を凍て付かせた。レンは氷を荒々しく踏み砕きながら、戦場の只中に飛び込む。


 毒と、糸と、杖と、脚。入り乱れる死の脅威を、とにかく見る・・

 上から飛んできた糸を、右に跳躍して躱す。着地と同時に氷を踏み砕いて滑るのを防ぐと、続いて前に跳躍。正面から押し寄せる毒の波を飛び越える。


(ヤバい――!)


 その先、真上から降ってきたのは毒の雨だった。ネルの『エア・バッファ』に吹き飛ばされた毒が、重力に従って落下してきている。とても避けきれるものではない。


「『ブリザード』!」


 しかし間一髪、エレナの初級魔法が、毒の雨を氷の礫へと変化させた。

 ぶつかって多少痛くはあるが、毒を頭から被るのに比べればどうということはない。


 そのまま駆け抜けるレンは、ディルマンチュラまであと五歩という距離まで来た。

 ネルは相変わらず跳び回っているから、ここから彼女を捕まえなくてはならない。

 しかも、近付いたぶんだけ暴力の密度は上がっている。レンは全神経を集中し、ネルとディルマンチュラの挙動を見定める。


 あと四歩。糸を躱して左へ。

 あと三歩。毒を飛び越えて。

 あと二歩。緊急停止。レンの目の前を、ディルマンチュラの刃のような脚が通り過ぎていった。

 あと一歩。ネルはレンの真上。しかし、これでは届かない。


「ミャオ」


 そこで、ネルが光魔法を炸裂させた。

 流石に学習したレンは、今度は目を塞いでやり過ごす。

 だがそれは同時に、レンが外界の情報を取り入れられなくなったことを示しており――


「『フレイムシュート』!」


 目の前まで来ていた蜘蛛の糸を、飛来した炎が焼き尽くした。

 正に間一髪な上に、これでまた三秒間は魔法の援護なしだ。


 しかし、ようやくレンは辿り着いた。

 視線を送った先、ネルがレンから三歩ほどの距離に着地していた。


(今しか、ない――!)


 一歩踏み出す。

 ネルは跳躍の構えを取る。


 もう一歩を踏み出す。

 その時、ディルマンチュラの脚が視界の端から飛んできた。辛うじて躱したレンを通り過ぎ、ネルの元へ脚が迫る。

 ネルはその脚を睨みつけて、跳躍から打撃へと姿勢を変える。


 そして、最後の一歩。

 レンは右手を突き出しながら、ネルに向かって飛びつく。

 この手が届けば。届きさえすれば。腕を限界まで伸ばし、ネルを見つめるレンの目の前で――


「ミャオン」


 ネルが、ディルマンチュラの脚を叩き折った。

 打撃の勢いのままに吹き飛ばされた脚は――


「レン!」

「ぐうぅぅぁぁっ!」


 盛大に体液を、致死の毒をぶち撒けた。

 レンはまともにそれを浴び、口から悲痛な叫びを吐き出す。

 あまりの痛みに全身から力が失われ、彼はその場に倒れ伏した。


(――くそ)


 ディルマンチュラは、ネルから逃げるように後ろへ遠ざかった。その間、暴力の嵐は鳴り止んでいる。

 しかし、レンの意識もまた、この場から遠ざかろうとしていた。薄れ行く意識の中、レンは自分の右手を見つめた。


(あと、ほんの少し――)


 ほんの、僅かな距離。

 たった一押しでもあれば、届いたであろう距離で、


(届かなかった……)


 力の失われた右手から、それ・・が転がり落ちた。


 レンの胸中を、痛みと絶望が支配する。

 毒による、体を焼かれるような傷み。託されたものを届けられなかったという、激しい後悔と自責。

 そして、ここで自分は死ぬんだという絶望。


 明滅する視界の中で、しかしレンは見た。



 ――転がり落ちたそれ・・を、小さな手が拾い上げたのを。



「……ふう。まったく――後で全員、お説教ですにゃ」


 少しの沈黙と、ごそごそと何かを探る音。

 そして――


「『クリア・ポイズン』!」


 続いて響いた声に溶かされるように、全身から痛みが引いた。

 それだけではない。辺り一帯を覆いつくしていた毒が、その一声で消え去っていた。


「『ヒール』」


 更に唱えられた呪文によって、レンの傷は癒え、視界が鮮明さを取り戻す。

 帰ってきた力に頼って体を起こせば、跪くレンの目の前、そこにご機嫌斜めな顔があった。

 しかし、その虹彩は緑色。真ん丸な瞳は、そんな表情でも愛らしかった。


「――ネルさん」


 手に持った小さな球体――『マタ・タビ』を弄ぶネルは、その目に理知的な光を宿してた。


(――ああ、なんとか……)


 レンの伸ばした手は、ネルに届いていたようだ。

 前回エドモンドが使用したのよりかなり小さい『マタ・タビ』は、ギリギリのところでその匂いをネルに届かせていたのだ。


 安全装置セーフティによって理性を取り戻したネルは、ため息を一つ落とす。

 そして手を伸ばすと、力強くレンを引っ張り上げた。


「じゃあ、さっさと片付けちゃうのです」


 そしてネルは、ディルマンチュラの様子を見て、冷静に告げる。


「――これならもう、負けませんにゃ」



 窮地に追い込まれたディルマンチュラ戦。その終わりを宣言するように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ