第五話4 突破口
魔法を撃っても、吸収してそのまま吐き出してくる敵。吸収ということは限界がありそうなものだが、既に最大火力の魔法を返されてしまった以上、キャパシティを超える魔力をぶち込むことは不可能だ。
要するに、エレナの魔法では奴を倒せない。
今まで、強敵はほとんどエレナの魔法で倒してきた。例外はあのゴーレムだが、ここには大砲を作るための材料がない。だから同じ手は使えない。
第一、動きが遅く『核』という弱点のあったゴーレムと違って、この蜘蛛に大砲を撃っても有効打になるか分からない。頭を潰せば流石に死ぬだろうが、あの素早さがある以上避けられてしまうだろう。
つまるところ――
「うらぁっ!」
通常物理攻撃でなんとかするしかない。
雄叫びを上げるバルトだが、しかしその一撃も脚の一本にぶつけるので精一杯だ。
そして、武器を振り抜いたバルトに、脚がもう一本襲い掛かる。
「『エクスプロード・フレイム』!」
それを防いだのはエレナの中級魔法だ。小規模な爆発が起こり、振り下ろされようとしていた脚が止まる。
「ちっ!」
そして、ディルマンチュラの口から爆炎が吐き出される。
とは言え中級魔法のレベルなので、バルトなら十分に躱すことができた。
バルトとエドモンドによる物理攻撃と、エレナの中級魔法での牽制。
それを繰り返して、現状なんとか凌いでいる――というのが、率直な戦況だった。
「これじゃジリ貧ですにゃ……」
ネルの言う通りだ。向こうは脚を動かしているだけ、こちらは総力を尽くしている。このままでは、いずれバルトとエドモンドの体力が底を尽いて負ける。
「とは言え、他にできることもない。くそ、ウールが居ればな……」
言いつつエレナは氷の塊を放つ。やはりそれは吸収され、ディルマンチュラの口を通ってエドモンドに向けられる。
エドモンドはそれを盾を使って弾き、振り下ろされる脚に剣で対抗する。
(ウールさん……俺の前任者……)
話にしか聞いたことはない。何しろ、レンが来る少し前に、その人物は『餌』にされてしまったから。
彼は盾持ちの前衛で、タンクとして活躍していたらしい。三人から話を聞く限り、油断しがちなものの、基本的には優秀だったようだ。
敵の攻撃を一手に引き受け、多少の攻撃ではびくともしなかった、と。
その代わりに入ったレンにそんなことは不可能で、つまり元の布陣から前衛が一人足りないのだ。
――ここに居るのが、ウールだったら。
きっと誰もがそう思っているに違いない。脚の攻撃を受け止め、その隙にバルトやエドモンドが攻撃に移れたはずだ。
(いや……そんなこと考えても仕方がない……!)
レンにウールの代わりは務まらない。ならせめて、何か別のことで役に立たなければならない。
何か一つ。何か一つでいい、突破口は無いか。
レンは目を凝らして、ディルマンチュラの挙動を観察する。忙しなく動き回る脚。時折吐き出される糸。エレナの魔法を受け、その魔法を吸収して――
(――吸収……?)
レンの目に、違和感が映った。
魔法を吸収する――とは言え、無条件に当たった魔法全てを吸収できるのだろうか?
(いや……)
違う。レンの中の何かが、そう告げていた。
「エレナさん、一発、アイツの頭を狙って撃てますか」
「頭を……? やってみてもいいが、知っての通り私はノーコンだぞ」
「お願いします」
何でもいい。とにかく、頭近辺を狙ってくれれば。
「いいだろう。いくぞ――」
頭が弱点、というのは定番だからのついでだ。レンが見たいのは、ディルマンチュラが魔法を受け止めるその瞬間。
レンの直感が、そこに何かヒントがあるはずだと告げていた。
「――穿て! 『フレイムシュート』!」
短い詠唱が終わり、エレナの杖からバスケットボールほどの火球が放たれる。
狙いは悪くない。頭の辺りに向かって飛んでいく。
ディルマンチュラがどうやらそれを視認した。
そして――
「――!」
レンは見た。
ディルマンチュラが脚を振り上げ、その魔法を受け止めるのを。
「……毛」
「は?」
突然一文字の単語を呟いたレンに、エレナが怪訝な顔を向ける。
「毛です、エレナさん。アイツは、脚に付いた毛で魔法を吸収してます」
レンは、確かに見た。エレナの魔法が脚にぶつかった瞬間、奴の毛が魔法を分散させながら吸い込んでいくのを。
「って、それがこの距離から見えたんですにゃ? すごい視力なのです」
「昔から目だけは良いんです」
レンの数少ない取り柄の一つだ。そんなものが取り柄だという辺り悲しいが、今はそのことに感謝だ。
「となれば――」
「はい。魔法を吸収できるのは脚だけです」
奴の毛は、脚にしかない。頭なり腹なり胸なり、そこに直接ぶち込めれば魔法が通じるはずだ。
「だが、一発目も二発目も、全身飲み込んでいたぞ?」
「たぶん、毛に触れた瞬間に分散が始まっています。だから通じなかったのかと」
要するに、脚に少しでも触れたらアウトだ。
「でも、あの八本脚を掻い潜って魔法を当てるのは難しいですにゃ」
しかし、ネルの言う通り。ディルマンチュラの脚の動きは素早く、それが八本。胴体の下に潜り込むくらいでないと、直接当てるのは不可能だろう。
他に方法があるとすれば――
「師匠、エドさん! 脚を斬り落とせませんか!」
「無茶言うな! やられないので精一杯だ!」
大声で問いかけるが、当然の答が返ってきた。
脚を無くせば、そこまで行かずとも数を減らせれば、魔法を当てられるようになる。
もっとも、そんなことができるなら初めから苦戦はしていない訳で。
(くそ……脚さえ、どうにかできれば……!)
折角突破口を見つけたというのに、それを実行する術が無い。実行できなければ、思い付いたところで何も意味が無い。
あと一人。あと一人、前衛をこなせる仲間が居れば。この作戦を実行できるかもしれない。
ここに居るのが、レンじゃなくウールだったら。だがここに居るのはレンで、他には誰も居ない。
――いや。それは嘘だ。
実は、一人居るのだ。
(でも……)
それは、本当に『最後の手段』だと言われていた。
どうしても、絶対に勝てないと判断した場合だけ使うように、と。
本当に、もうどうしようもないのだろうか。まだ手はないか。頭を回転させるレンだが、妙案は浮かばない。
そしてその間に、決断の時は向こうからやって来た。
「しまっ……」
「エドさん!」
視線の先、エドモンドが立ち止まっていた。その足には、避けきれなかった蜘蛛の糸が絡まっている。
――このままでは、エドモンドがやられてしまう。そうなったら、この均衡はあっという間に崩れる。
(やるしか、ない……!)
レンはポケットに入った小さな玉を握りしめ、そう決断した。
****************
「だが……レン、君にもう一つ伝えておくことがある。彼女のことで」
「……?」
ゴールドバットとの戦闘を終えた後。
江戸も喉の囁くような声に、レンは顔をしかめて耳を近付けた。
そして彼は――
「彼女は強い。ステータスを見せたから分かると思うが、前衛で戦える程にだ。だが、ある事情から、彼女は絶対に前に出ないと決めている。
もちろん、普段はそれでいい。だが、いざというとき。本当にもうどうにもらならないとき、最後の手段で。彼女を前衛で戦わせる方法が、一つだけある。それは――」
「――!」
レンにそれを伝えると、右手に何かを握らせた。
手の中に納まる小ささと、柔らかい感触。その正体を、レンは何となく察した。
「……任せたぞ。まあ、そんなことない方がいいに決まっているが」
「はい……」
受け取ったそれをポケットに突っ込むと、レンは俯くように頷いた。
****************
エドモンドが、それをレンに託した理由はもう分かった。
いざというとき、エドモンドたちは余裕が無い。場合によってはエレナもだ。
その時に間違いなく動けるのは、レンだけだから。そして――
(やるしか、ない……!)
レンは振り返り、ネルに向き合った。
――レンなら、リスクを承知の上で動いてくれると、信じてくれているから。
その信頼に応えるべく、レンは大きく息を吸い込んで、全力で、声の限りに叫んだ。引き金を引くその言葉を。
エドモンドを救い、この戦いの突破口を開くために。
「――戦え、『ミネルヴァ・カエサリウス』!」




