第五話1 ボス部屋はそれと分かるもの
セーフティでの一悶着の後、五人は再びダンジョンの奥へと歩みを進めていた。
バルトとエレナに加えレンまでも無口になってしまったため、道中の雰囲気は殺伐もいいところだ。
いや、もともとレンは口数が少ないから、単に空気が悪いだけかもしれない。
たまにネルとエドモンドが会話をする以外は、全員ひたすらに黙々と歩く。
「ゴールドバットか! しかも四匹、ブロンズバットとは訳が違うぞ!」
そして、敵と遭遇したら交戦。
『奥に行くほど敵が強い』のお約束は健在で、明らかに今まで戦ってきたモンスターの上位種と思われる敵がゴロゴロ出てくる。
討伐対象は魔力の濃い場所に居るから、魔力の濃い方へと進む。
そして魔力の濃いところには、強い魔物が棲息している。
つまり必然的に、進めば進むほど敵が強くなる。
嫌になるくらい簡単な三段論法だ。
「ネル、強化用の触媒はどれくらい残ってる?」
「沢山持ってきたので、まだ余裕がありますにゃ」
「よし。レンとエレナは援護、俺とバルトに強化を掛けて速攻で決めるぞ!」
エドモンドが手短に方針を打ち立て、全員に指示を出す。
「ああ、任せろ」
「了解です!」
「おっし、頼むぜネル!」
先程までと一転、残る三人も威勢よく返事をした。バルトやエレナはもちろん、レンも戦闘の雰囲気にかなり慣れてきていた。
戦闘中に私情は禁物。与えられた役割をしっかりとこなすのが、何よりも重要だ。
「『ストレングス』!」
エドモンドとバルトの背に触媒の角を押し付け、ネルが叫ぶ。
それを合図に、二人は電光石火の如く飛び出した。
****************
「ふう……ネル、回復を頼んでいいか?」
戦闘を終え、右腕を押さえるエドモンドがしかめっ面でそう言った。
一部が黒く焦げた見るも無残な腕は、ゴールドバットの雷魔法をもろに受けた結果だ。
「はいですにゃ。でも、ヒソプの葉の残量が心許なくなってきたのですー……」
『ヒソプの葉』はネルが回復魔法の触媒に使っているものだ。何でも、アマニクに自生している癒しの木なんだとか。
葉よりも枝や果実の方が効果が高いらしいが、持ち運びの面で葉は重宝されている。
「そうか……これ以上の戦闘は避けたいところだな。魔力の反応はどうだ?」
「目標にしてた魔力の塊はもうすぐなのですー。他にそれっぽい反応もないし、十中八九討伐対象だと思いますにゃ」
そして、レンたちとそれの間にめぼしい魔力反応はないそうだ。
つまり――
「ようやく辿り着いたか。いや、今回は長かったな」
「すいません……」
ため息をこぼしたエドモンドに、レンは申し訳なさそうに呟く。明らかにレンのせいだという回り道が多かったし、今回は碌に役に立っていない。
「何、こればかりは単純に運の問題だからな。罠に落ちたのだって、考えようによってはショートカットになっていたかもしれないし、レン一人が悪いということはない」
流石エドモンド、完璧なフォローだ。これで性格が良かったら人格者としてやっていけるのだが。いや、性癖でアウトか。
「ま、そう思うなら働きで挽回するこったな。ボスは目の前なんだろ?」
バルトがレンの背をバシッと叩きながら、そう言って横を通り抜ける。
「……はい、師匠!」
「師匠?」
レンがぴしりと返事をすると、ネルが不思議そうな顔で首を傾げた。
「やめろレン、小っ恥ずかしい」
バルトが不満げな顔で振り返るが、声は微妙に嬉しそうだった。満更でも無いこの人は、おそらく五人の中で一番可愛げがある。
「ふーーーん。お師匠様なんですねぇ。ふふふ、それはいいですにゃ」
「……さっさと行くぞ!」
宣言通りさっさと先に行くバルトだったが、薄暗い中でも耳が赤いのが分かった。
そしてネルが、レンに向かって悪戯っぽく笑う。その笑みはとても自然で、釣られてレンも笑ってしまう。
――油断大敵、とは言うけれど。
細心の注意を払って彼女と接するように、とエドモンドは言った。しかし、レンは思う。
きっと彼女は、怒りたくて怒ってる訳では無いのだ、と。そんなことは、当たり前かもしれないが。
「……レン」
と、エドモンドがちょいちょいと手招きをしていた。
何かと思って近付くと、
「警告、忘れた訳ではないな?」
低い声でそう言って、彼は真剣な表情を浮かべていた。
その深い眼差しにごくりと唾を飲みながら、レンは気圧されるままにコクリと頷く。
「ならいい。気を付けろ」
ふっと表情を緩めるエドモンドは、しかしまだレンから離れなかった。
そして一段と声を落とし、こう付け加えた。
「だが……レン、君にもう一つ伝えておくことがある。彼女のことで」
「……?」
彼の囁くような声に、レンは顔をしかめて耳を更に近付けた。
そして、エドモンドは――
「――」
「――!」
レンにそれを伝えると、右手に何かを握らせた。
手の中に納まる小ささと、柔らかい感触。その正体を、レンは何となく察した。
「……任せたぞ。まあ、そんなことない方がいいに決まっているが」
「はい……」
受け取ったそれをポケットに突っ込むと、レンは俯くように頷いた。
(どうして、俺に……)
エドモンドが何故、それをレンに託したのか。レンに一体、何を期待しているのか。
(いや……)
託されてしまったのなら仕方がない。理由を考えるよりも、望まれた役割を果たすことを考えるべきだ。
「おいお前ら、置いていくぞ!」
「どうしたんですにゃー?」
バルトとネルの呼び声に、レンは現実に引き戻された。
「すまない、今行く!」
エドモンドがそれに答え、彼らの元へ駆けていく。逸れては敵わないと、レンはその後を足早に追った。
****************
それから少し歩いたところで、どうやら目的地に辿り着いたようだった。
「ここですにゃ」
ネルが立ち止まったのは、大きな穴の前だった。洞窟の床がぷっつりと途切れ、大きな穴になっているのだ。
ごお、なんて音が中から聞こえてくるそれは、ネルの光魔法を吸い込んで尚深まる闇に彩られている。
穴の差し渡しは優に五メートルはある。引き込まれるような嫌な気配を感じ、レンはぶるりと身を震わせた。
「濃くて、重くて、暗い魔力だな。これは大物だぞ……」
零れた言葉に視線を送ると、エレナが穴の中を見つめ眉をひそめていた。
「分かるんですか?」
「これでも魔法使いなのでな」
正直、魔力の感知等はできなさそうだと勝手に思い込んでいた。
心の中でエレナに詫びつつ、レンももう一度穴を見つめる。
どう考えても、一度入ったら引き返せない。そして、強敵が待っているのは明白。正しく『ボス部屋』と呼ぶに相応しいだろう。
「さて……足踏みしていても仕方がない」
エドモンドが声を発し、自然と四人の注目を集める。
「出し惜しみは無しだ。初っ端から全開で、反撃の隙を与えず倒す」
ボスさえ倒せばボックスに帰還できるのだから、それは当然の作戦だ。
「ネル、下の空間はどれくらいの広さだ?」
「さっきのドームより広いのですー。魔力も濃くて余波が抑えられるし、エレナさんが全力で魔法を撃っても問題ないと思いますにゃ」
そのやり取りに、エレナが目を輝かせたのがはっきりと分かった。今までほとんど中級魔法の援護だったので、早くぶっ放したくて、さぞウズウズしていることだろう。
「となれば、話は簡単だ」
エドモンドが言うまでもない。バルトとエドモンドで攪乱しつつ、エレナが最大火力で魔法を叩き込む。レンは援護、ネルは回復と補助だ。
戦争系クエストのお決まりパターンにネルが加わった、シンプルな陣形である。
「下りる前に、ネルの強化を使っておくぞ。討伐対象と確認でき次第、エレナは詠唱開始。俺たちは全力で突っ込む。着地は『エア・バッファ』を頼む」
作戦も固まり、全員が了承の意を示した。
ネルはバルトとエドモンドに強化魔法をかけ、エレナは目を瞑って魔力の調子を確認している。
レンも団扇を握りしめて肩を回し、深呼吸して心を落ち着かせた。
「――よし。これで最後だ。さっさと終わらせて帰るぞ」
エドモンドの気障な笑顔を合図に、五人は穴へと一斉に飛び降りた。




