第四話7 ダンジョン攻略のお約束~急~
結局、エレナの上級爆裂魔法を二、三発撃ち込んで、スケルトンはほとんど焼き尽くされた。
取りこぼしはバルトとエドモンドが処理し、これまた問題なし。
ドームの中心で、五人は安堵のため息をこぼしていた。
「レンが気付かなかったら危なかったな」
「いえ、そんな……」
「ま、元はと言えばレンのせいだしな」
「はい……」
エドモンドとバルトの両論に、レンは申し訳なさそうに言葉を返す。
「ともあれ、一件落着なのですー!」
そこにネルが満面の笑みを挟み、レンとエドモンドはふっと笑った。
反対に、バルトとエレナは表情が硬くなったが。
(……本当に、一体何が――)
頑ななまでのネルへの警戒心にレンが首を捻っていると、唐突に洞窟が震え出した。
同時に地鳴りのような低い音が聞こえ、五人は身構えて辺りを見回す。
「……出口か」
呟いたエドモンドの視線を追えば、ドームの壁に二つの穴が開いていた。レンたちを挟んで、丁度反対側に一つずつ。
唐突に発生したプチイベントだったが、どうやらこれでクリアらしい。
「じゃあ、探索を再開するのですー」
「だな。時間も食ったし、サクサク進もう」
「え……」
言いながら四人がさっさと『通路』の方へ歩いて行くのを見て、レンは戸惑いの声を上げた。
「ん、どうしたレン?」
「いえ、その……あっちは……?」
言いつつレンが指差したのは反対側、ネルによると『小部屋』がある方だ。
「そっちには小部屋しかないですにゃ?」
「いえ、でも……」
「そんなとこにゃ、討伐対象も居ねぇだろうよ」
「はあ、でも……」
まるでレンがおかしなことを言っているかのように、ネルやバルトが物を言う。
それを聞いたレンは、猛烈な不安に襲われる。
(もしかして、ダンジョンに宝が眠っている、なんてことはないのか……?)
ここまで、ダンジョンのお約束をきっちり守ってくれたモーグ洞窟だ――嬉しくないお約束も含めて。
それなのに、最大のお約束と言っても過言では無い『罠を突破したら宝箱が!』という展開がキャンセルされるというのだろうか。
そんなの、夢も希望も無さ過ぎる。
「まあまあ、それくらいなら大したロスにもならんさ。レンが気になるというなら、見に行ってみようじゃないか」
と、エドモンドが他の三人を宥めるように口添えしてくれた。
流石エドモンド、理解がある。
「じゃあ……」
他のメンバーが反論しないのを確認して、レンは逸る気持ちを抑えて歩き出した。そのまま何事も無く、十数秒で『小部屋』の穴まで辿り着く。
――さて、果たしてお約束は守られるのか。期待半分、不安半分で、レンはゆっくりと穴を覗き込んだ。
「――おぉ……!」
そこには、確かにあった。
夢にまで見た本物の『宝箱』が、小部屋の最奥に静かに佇み、開かれる時を今か今かと待ち侘びて。
古びた木材で出来た箱。年季の入った黒い金具。
三段重ねた跳び箱くらいの大きさと、ずっしりと重量感のある見た目に、中身への期待が否応なしに高まる。
レンは誘われるように小部屋へと足を踏み入れ、宝箱に向かってその両手をゆっくり伸ばし――
「そこでストップだ、レン」
「ふぐ」
――後ろから襟ぐりを引っ張られた。苦しい。
「な、なんでですか……?」
喉元をさすりながら、レンを制止した人物――エドモンドに問い掛ける。
「当たりめぇだろ、俺たちが何だと思ってんだ?」
「……?」
後から入ってきたバルトの呆れ声に、レンは首を傾げるしかない。
何故、目の前にある宝箱に近付いてはいけないのか。自分たちが一体何だというのか。
「ネルたちは異界人、つまりよそ者なのですー。だから、アルーカの物を勝手に持ち帰っちゃいけないんですにゃ」
「――!!」
レンは絶句した。
それはつまり、このプチイベントには何の意味も無かったということだ。
穴に落とされて、必死になって戦って、その先に見つけた宝を手にしてはいけないという。それは一体、どれほど酷い仕打ちなのだろう。
「――くくっ……!」
と、不意に堪えかねたような笑いが漏れた。
「……お前は本当に性格が悪いな、エド」
「くははっ、はははっ。いや、すまない。予想通りの反応をするものだから、ついな」
エレナの言う通りだ。
笑い声の主はエドモンドで、彼は絶望に打ちひしがれるレンを見て腹を抱えている。
人の純粋な心を笑いものにするとは、下衆もここに極まれりである。そのままうっかり舌を噛み切って死ねば良いのに。
「いや、悪かったレン。最初に説明しておくべきだったな。ネルの言う通り、アルーカの物をボックスに持ち帰ることはできない。一部の例外はあるが――可能かどうかより、モラルと実害の問題だ。アルーカの宝を勝手に持ち出したら、いろいろとマズいのは分かるだろう」
アルーカの民からしたら堪ったものではないし、場合によっては世界のバランスが崩れるなんてことも考えられる。
説明されれば理解はできるが、やはり感情的には残念至極というものだ。
「だから、ダンジョン内の寄り道は百害あって一利なしなのですー。できるだけ効率よく、速やかに討伐対象を倒すに限るんですにゃ」
宝は手に入らない。戦ってもレベルが上がる訳でもない。後に残るのは疲れだけ。
ゲームにおけるダンジョンのお約束、『寄り道こそ正解ルート』は、完膚なきまでに否定されてしまったようだ。
それは、全く以て本当に、
「……先に、言ってください……」
レンの沈んだ声が、小部屋にぽつりと落っこちた。
*************
再び数度の戦闘をこなしながら――レンのやる気は激減していたが――、五人は洞窟を奥へ奥へと進んでいった。
そして、『奥へ行けば行くほど敵が強くなる』というのは、残念ながらお約束通りらしい。そんなところだけお約束を守られても、ただ疲れるだけだというのに。
「エドさん、後少しですにゃ」
「そうか、それは助かる」
多少疲れた様子で、ネルとエドモンドがそんな言葉を交わしていた。
「討伐対象ですか……?」
レンも疲れを押して会話に加わるが、それは不安からだった。
体力的にも精神的にも、全員かなり疲労が蓄積しているはずだ。
魔物のうろつく暗い洞窟を、体感で三時間以上、歩いて、迷って、戦って。
(こんな状態で討伐できるんだろうか……)
もし討伐対象と相対するなら、せめてその前に小休止を入れて欲しいところだ。
そんなことを考えていたら、エドモンドがふっと微笑んだ。
「いや。……ほら、見えたぞ」
彼が指差した先を見ると、そこはぼんやりと明るくなっている。
それは何故かしら安心感を覚える光で、その先にはどうやら広い空間があるようだ。
先を行くエドモンドは、迷い無くその空間へと足を踏み入れた。
その背を追って中へ入っていくと――
「ここは……」
「『セーフティ』……分かりやすく言えば、休憩所だな」
そこは、少し広めの部屋になっていた。一般的な高校の教室くらいの広さはありそうだ。
先程のドームと同様に床は均されていて、こちらには点々と物が散らばっている。
小さな木箱や、ボロボロの布、何故か片方だけの手袋などだ。
(これは……ダンジョンの中間地点にある……!)
ここに来て、ようやく純粋に嬉しいお約束が登場した。
何故かダンジョン内の丁度良い位置にある、無料の回復&セーブポイント。流石にセーブはできないだろうが。
「昔ここに来た冒険者が、結界のアイテムを使って作ったんですにゃ。ネルたち後発組は、それをありがたく使わせていただくのですー」
ネルはご丁寧に解説をしながら、近くの木箱を軽く叩いて強度を確かめる。
検証の結果は問題なかったのか、彼女はそれの上にちょこんと座った。かわいい。
「そういうことだ。魔物は入ってこれないから、ここで少し休んでいくぞ」
言いつつ、エドモンドも近くのボロ布を地面に敷くとその上にあぐらを掻いた。
バルトもエレナも、銘々に落ち着く場所を見繕って休憩を始める。
(そういうことなら……)
とレンが休む場所を探していると、不意にネルがちょいちょいと手招きをした。
「レンさん、ちょっとお話しませんかにゃ?」
「はあ……」
そう言われて断る理由は無いが――
「ネルはお喋りが好きなのですー。気持ちを楽しくしてからの方が、いい休憩になるのですにゃ!」
(なるほど……)
精神的な疲労を回復するために、好きなことをするというのは一理ある。
「まったく、レンはどう見てもそういうタイプじゃないだろうに……ほどほどにしておけよ、ネル」
もっともエドモンドの言う通り、レンが話し相手として十分かという疑問は残るが。
何しろ元は無口のぼっち、コミュニケーションスキルは皆無に等しい。
「はーい、ですにゃ!」
しかしネルはどこ吹く風、耳をパタパタしてレンに向き直る。
「にゃはは。じゃあ、最初は……」
そう言って喋り始めたネルは、本当に楽しそうな表情をしていた。
しかしその一方で、バルトとエレナが身じろぎして若干距離を取ったのは見間違いではないだろう。
(もしかして、サシで話すと面倒な人なのでは……)
そんな恐怖を覚えるレンだが、今さら遅い。
覚悟を決めて、彼はネルの話に耳を傾けることにした。




