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神にガチャられたんだが頑張らないと餌にされるらしい  作者: 白井直生
第四話 新しい仲間が来たがどうもアレらしい
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第四話6 ダンジョン攻略のお約束~破~

 ――落ちる、落ちる。

 何も見えない暗闇の中、自分の体が落ちる感覚と、岩が崩れ落ちる轟音だけが全てを支配している。


(これは……死ぬ……!)


 どれだけ落ちたのか、どこまで落ちるのかは分からない。

 だがきっと、凡人のレンがぺしゃりと潰れるには十分な高さ。

 エレナの魔法に巻き込まれたよりも色濃く、そしてゆっくりとした死の気配に、レンは心胆から震え上がる。


 実際のところ、ここで死んだところでレンという存在が消える訳ではない。

 クエストが終われば、何事も無かったかのようにボックスに帰還しているはずだ。


 しかし、レンの肉体は死の痛みを味わう。レンの心には死の恐怖が刻まれる。

 思い至った瞬間、レンの中の恐怖は一気に膨れ上がった。


 何か掴むものは無いかと、滅茶苦茶に手を動かす。目線を彷徨わせる。意味も無く足まで振り回す。

 ジタバタと、傍から見たらさぞ滑稽な姿だろう。だが本人は正に必死、藁にも縋るとはこのことだ。

 格好など二の次三の次。目前に差し迫った死の恐怖から逃れようと、無意味な抵抗をレンは続ける。


 しかし、レンの体は落ちていく。

 落ちて、落ちて、その先で――


「『エル・ライト』!」


 声を聞いた。光が暗闇を切り裂き、周囲の様子が目の端に飛び込んでくる。

 そして見えたのは、小さな猫耳の少女が、何かを下に向かって投げつけるところだった。


 フリスビーのようにスナップを利かせて投げられた、薄い布のような物体。

 それを目で追って、レンは地面がすぐ下まで迫っていることに気が付く。

 想像が付かない痛みを想像し、思わず目を瞑って――


「『エア・バッファ』!」


 再び、少女の声が聞こえた。


 次の瞬間、レンの全身を柔らかい衝撃が襲った。

 耳元を駆け抜けたごうっという音で、下からものすごい勢いで風が吹き抜けたのだと気が付く。それが、レンの体を地面の数メートル手前で押しとどめていた。


「ぶ」


 だが、風は風。一瞬とどまったレンの体は再び落下し、受け身も取れず地面に突っ込んだ。痛い。


(でも、助かった……)


 全身に打撲こそ負ったが、骨折などの重傷にはなっていない。そもそも、命を拾っただけでも御の字というものだ。

 安堵七割、痛み三割で、レンは大きくため息を吐いた。


「ふう、びっくりしたのですー」


 その横にしゅたりと、それこそ猫のように着地したのはネルだ。

 おそらく、彼女が魔法で全員を助けてくれたのだろう。


「ありがとうございます……」


 痛みに顔をしかめながら、レンは起き上がって礼を言う。


「どういたしましてにゃ……って、鼻血が出てるのですー」


 ネルはトコトコとレンに近寄ると、指先でそっと鼻に触れる。


「『ヒール』」

「あ……」


 ネルが呪文を唱えると、レンの鼻がじんわりと温かくなる。

 その温度が消えると、それと一緒にズキズキとした痛みも引いていた。


「これくらいなら、触媒が無くても治せるのです」


 ふん、と腰に手を当てて鼻を鳴らすネル。

 何だこの少女、可愛い。天使。


「ありがとうございます」

「はいにゃ。他の皆さんは……当然無事ですにゃ」


 ネルに釣られて周りを見れば、他の三人は無傷で周囲を警戒していた。

 流石は戦闘職、身のこなしが違う。


「あの……すみませんでした」


 言いつつ、レンは慌てて立ち上がる。

 まんまと罠に引っ掛かった上に、さらに足を引っ張ったとあっては立つ瀬がない。


「もっと慎重に行動しろ、と説教したいところだが……それは後回しだ」


 エドモンドはチラリと横目でレンを見遣るが、すぐに視線を別の方向へ向けた。

 彼もバルトもエレナも、既に武器を構え臨戦態勢だ。


 レンもそちらに視線を送り――その姿を見つけた。


 骨だ。

 人間から骨を綺麗に抜き取ったのか、それとも骨を残して全てを失くしたのか。

 しかし、骨だけで立って歩き、手には剣まで握っているのだから不思議だ。筋肉が無いのに、どうやって動いているのだろう。筋肉が無いのに。


「スケルトン、ですにゃ」


 カタカタと音を立てながら歩み寄って来る骨を見て、ネルがそう呟く。

 全員がじりじりと警戒を強め、武器を握る手に力を込める中――スケルトンは、カタカタと歯を鳴らした。


 カタカタ、カタカタ。

 声を出している訳でもないのに、それはどう聞いても笑っているようにしか聞こえなかった。

 底意地の悪い、こちらを見下した嗤い。その不気味さに、レンの背筋に怖気が走った。


 カタカタ、カタカタ。カタカタ、カタカタ――

 その音はレンの頭に響き、やかましく反響して幾重にも重なって聞こえ――


「な――」


 否。音は、実際にその数を増していた。

 いつの間にか、スケルトンの姿は二体になっていて。


 カタカタ、カタカタと音を立てながら、次々に骨が現れる。動いて、集まって、人の形を形成していく。

 カタカタ、カタカタ。カタカタカタカタカタカタ――


 そこには、数えきれない程のスケルトンたちが嗤っていた。

 骨の鳴る音が重なり合い、けたたましい騒音となってレンたちを襲う。


「ちっ――性質の悪い罠だ」


 エドモンドが吐き捨て、ギロリと敵を睨む。


 視界を埋め尽くすスケルトンの群れ。

 それが、レンの掛かったトラップの正体らしかった。

 心を掻きむしるような音が、どんどんその強さを増し――


「来るぞ――!」


 スケルトンたちが、一斉に動き出した。


****************


 視界を埋め尽くす、黒ずんだ白の群れ。

 その数は余りにも膨大で、斬ろうが叩き潰そうが吹き飛ばそうが、尚も怒濤のように押し寄せる。


「ちっ、キリがねぇ……!」


 バルトが二、三体を斧で纏めて薙ぎ払いながら吐き捨てた。

 バキバキと音を立てて砕けるスケルトンだが、他の個体がそれを踏みつけにしてバルトに剣を突き立てようと迫る。


「同感だ。こういうときは逃げるに限るが――」


 エドモンドがそれを食い止め、流れるように撃退して視線を彷徨わせる。


 ネルの魔法で、視界は確保されている。

 ここは高さは十メートル、広さは半径二十メートルはあろうかという、広いドーム状の空間だ。レンたちが落ちてきた穴はドームの天辺にある。

 今までの鍾乳洞とは違い、壁と地面は誂えたかのように平らに均されていて、さながら円形の闘技場だ。


 そして、他には何も無い。湧き出るスケルトン以外には、柱も岩も。

 そして何より、出口が無い。


 お約束的に考えるなら――全ての敵を倒すまで出られない。そういう空間だ。


 レンたちは今、壁際に寄ってスケルトンたちを迎え撃っているという状況だ。

 背後を突かれる心配こそないが、逆に言えば逃げ場は無い。


「一応、壁の向こうに空間はあるのです。こことあっちにゃ」


 ネルが指差したのは、自身の真後ろとその反対側、スケルトンの群れの奥の壁だ。

 何の変哲もない壁だが、地図魔法で見ると先があるらしい。


「ちなみにあっちが小部屋で、こっちが通路みたいなのです」


 ――つまり、スケルトンを殲滅すれば、宝が眠る小部屋と帰り道が現れると。しかし――


(これは、無理ゲーが過ぎる……!)


 難易度設定がおかしいと思う。この数を突破できる冒険者なんて、そうそう居るものではないだろう。


「エレナ、魔法で壁を壊せないか?」

「やってみよう。前線を押し上げられるか? 壁から五メートルは離れたい」

「三十秒なら。ネル、補助を頼む」

「了解ですにゃ!」


 短いやり取りの後、まずネルが動いた。

 袖口から取り出したのは黄ばんだ白の突起物だ。おそらくは何かの角か牙。

 それに魔力を込めた後、前線で動き回るエドモンドの隙を見て背中に押し付ける。


「『ストレングス』!」


 ネルの声と共に、角から溢れ出した魔力がエドモンドを包み込む。

 すると、彼の動きが目に見えてキレを増した。

 同じことをバルトにも行い、ネルは後衛へと帰ってくる。


「あれは?」

「オーガの角を触媒にした、肉体強化の魔法ですにゃ」


 レンの質問に答えつつ、ネルは木の葉を持って身構えている。二人が傷を負ったらすぐに治せるように準備しているのだ。

 回復と補助。白魔導師として文句なしの働きぶりである。


 強化された二人は、徐々に戦線を押し返し始めた。

 骨の砕ける音が立て続けに響き、スケルトンの攻勢を上回って前進する。


「よし……。大気に宿りし火の精霊よ――」


 壁までの距離が広がったのを見て、次はエレナが詠唱を開始した。

 紡がれたのは中級魔法の呪文。足元に赤い魔方陣が描かれ、魔力が集中する。


「――『エクスプロード・フレイム』!」


 放たれた魔法は、壁を直撃する爆発となった。鼓膜を震わす爆音と、肌を焦がす爆熱が洞窟内を席巻する。


「ちっ……」


 しかし――壁にはヒビ一つ入っていなかった。


「これは……」

「魔法障壁が張られてるみたいなのです。この壁は、ちょっとやそっとじゃ崩せないですにゃ」


 薄く焦げ付いただけの壁を見て、レンは察する。

 やはりこれはお約束通り、スケルトンを殲滅するしか脱出方法はないのだと。


「進退窮まったな。逃げ場がなければ、この数が相手ではジリ貧だ」


 エドモンドは焦りを浮かべながらそうこぼす。


 確かに、この数のスケルトンを一体ずつ倒していくのは厳しい。骨が折れる――というのは皮肉が利きすぎか。

 かと言って、殲滅しようと洞窟内で魔法を使えば――


「……いや?」


(そんなこと、ないのでは……?)


 ふとあることに気が付いて、思わずレンは呟きを漏らす。


「どうした、レン?」


 それを聞いたエドモンドが、余裕無さそうに問いかけてくる。

 だが――


「いえ……その、」


 レンは、それを口にするのを躊躇った。だって、余りにも安直に過ぎるから。


「レン、妙案があるならさっさと言ってくれや!」


 言い淀むレンに、猛然とスケルトンを砕き散らしながらバルトが投げやりに叫ぶ。

 状況は予想以上に切羽詰まっているらしく、何でもいいから糸口を欲しているのは全員同じのようだ。

 だから、レンは思ったことをそのまま口にした。

 当たれば儲けもの。たとえ頓珍漢なことでも、レンが怒られるだけで済む。


「……壁が壊れないなら、エレナさんの魔法をぶっ放しても大丈夫では……?」

「「「「……ああ!」」」」



 レン以外の四人が、間抜けな声を揃えて叫んだ。

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