第四話4 洞窟での戦いは気を付けましょう
外からの見た目と違わず、踏み込んだ洞窟の中は真っ暗闇だった。
まだ十歩と数えていないにも関わらず、レンにはもう自分の体すら朧気にしか分からない。
(まさか、ずっとこれなのか……?)
だとすれば、レンはもうギブアップだ。普通の高校生だったレンにとって、この暗闇はそれだけで恐怖に値する。しかもこの上、魔物が出るという話なのだ。
(というか、普通に考えてこれでは誰も応戦できないのでは……)
そんなレンの心配だが、当然杞憂に終わった。
「『エル・ライト』!」
唐突に白光が暗闇を切り裂き、レンの目に突き刺さる。
目がぁぁぁぁ。
冗談抜きで目がチカチカするが、徐々に落ち着いてレンはゆっくり目を開く。
「全員揃ってるですー? うん、問題なさそうですにゃ」
まず目に入ったのは独りごちるネル。その周囲には真っ白な光の玉がふよふよと浮いていて、どうやら光の正体はネルの魔法のようだ。
急激な変化で強烈に感じたが、一つ一つは儚げと表現するのがしっくり来る光量である。
ただしパッと見て十個以上は彷徨っているので、周囲の様子はしっかり把握できた。
やはり当然だが、仲間たちも全員見える範囲に揃っている。
レンたちが今居るのは幅五メートル、高さ五メートルほどの広い道。天井には鍾乳石がびっしり、床からは石筍が所々に生えていて、壁はゴツゴツとささくれ立っている。
光に照らし出される『いかにも』な洞窟の風景に、レンは感動を覚えた。
(ああ……これぞ冒険、って感じだ……!)
今までのクエストは殺伐とした方向性に寄りすぎていた。
激しい戦いもそれは異世界召喚らしいことだが、こちらの方が趣深く、純粋に楽しめるというものだ。
レンがそんな感慨に浸っている間に、ネルは再び『ソーサリー・サーチ』を発動していた。
「ネル、どうだ?」
「うーん……やっぱりダンジョン内は正確に感知できないのですー。濃い魔力の方向くらいは分かりますけど、ほとんど勘ですにゃ」
「まあ、魔力に浸ってるようなものだからな。逆に、はっきりと分かるような魔力でなくて良かった。いつも通り周囲の警戒と地図の記録をしっかり頼む」
「はいですにゃ」
それを元に、エドモンドとネルが粛々と話を進める。
正確なところはレンには分からないが、目的地は大雑把に方向のみ、地図は今まで通ったところしか分からない、という話らしい。
理屈はさておき、らしいことだとレンは勝手に納得する。
だって、先が分かっているダンジョンなんてつまらない。
「って、言ってる傍から魔力反応なのです!」
ネルが唐突に声を上げ、全員の緊張感が一気に高まった。
「どこだ? 敵の戦力予想は」
「この先まっすぐ、二十メートルくらいなのです。弱めの魔力ですけど数が多いにゃ。七……いや、八かにゃ」
「ふむ……入り口付近でそれなら、コウモリ系だろうな」
「どうするです? 一応、気付かれてはいないみたいですにゃ」
エドモンドは静かに緊迫した声で、ネルに状況の確認を取る。
そして少し考えた後、振り返って指示を出した。
「一本道だ、どのみち避けては通れん。先手を取ってさっさと片付けよう――俺とバルトで切り込む。エレナは初級魔法、レンは団扇で迎撃に専念。ネルを守ってくれ」
各々が武器を構え、頷いて了承の意を示した。しかし、レンだけは首を傾げる。
「エレナさんの魔法で一掃するのは駄目なんでしょうか?」
雑魚散らしと言うなら、エレナの魔法がうってつけだ。ボス用に魔力を温存しておくということだろうか。
しかし、小物が数匹だけなら中級魔法でも事足りる。エレナの魔力からすれば誤差のような範囲のはずだが――
「生き埋めになりたいなら、それも手ではあるがな」
「あ、なるほど……」
否、考えればすぐに分かる話だった。
ここはダンジョンである前に洞窟である訳で、洞窟内で爆裂魔法なぞ使おうものなら崩落するのは火を見るより明らかだった。爆裂魔法だけに。
それでなくともエレナの魔法は常に暴発気味だから、狭い空間で使えば崩落せずとも巻き込まれる可能性が高い。
ゲームなどではフィールドに限らず魔法使いたい放題だが、現実にはそういう問題があるのだ。
「他に質問は?」
「大丈夫です」
疑問も晴れ、レンは気合いを入れ直す。
バルトとエレナも今までの沈んだ様子から一転、いつもの戦いの表情を浮かべている。
その頼もしい姿に安堵して、レンは団扇を握りしめた。
「よし、行くぞ!」
エドモンドの掛け声と共に、五人はダンジョン初の戦闘へと走り出した。
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ネルの『エル・ライト』が照らし出す範囲は、彼女を中心に六、七メートルというところ。
テラリアの一般的な懐中電灯と比べれば圧倒的に広く、そして全方位見えるので光源としてはこれ以上ないだろう。もしかしたら、この世界にはあるかもしれないが。
お蔭で、敵の姿はよく見えた。
茶色の毛に覆われた、レンの頭よりも一回りデカいコウモリだ。天井からぶら下がった状態でそれなので、両翼を広げたら相当なサイズである。
それらがネルの見立て通り八匹、仲良くぶら下がって眠っている。レンの知る『コウモリ』とはかけ離れた存在感に、反射的に鳥肌が立つのを感じた。
なんというか、ゴブリンとかよりも現実的な見た目のぶんリアルな恐ろしさ、不気味さがある。今さら現実的だとかは詮の無いことだが。
「うらぁっ!」
そんなレンを笑い飛ばすかのように、バルトが飛び上がって一匹をあっという間に斬り落とした。
真っ二つになった体の下の方――逆さまになってるから上半分だが――がボトリと地面に落ち、一呼吸遅れて下半分もその上に落ちてくる。
その横では、もう一匹が唐突に壁に叩きつけられていた。
何事かと目を凝らせば、その体には矢が突き刺さり、岩壁に磔にされている。
矢を放ったのはエドモンドだ。彼は命中を確認するや否や、錬金術で武器を持ち替えた。
右手に剣、左手に盾を持ち、先んじたバルトの横に並ぶ。
仲間を屠られたコウモリたちは一斉に目を覚まし、バサバサと五月蠅い羽音を立てて滅茶苦茶な軌道で飛び回り出した。
ひとまず奇襲は成功、残りは六匹。ここからが本番というところだが――
(よく考えたら……コウモリって何で攻撃するんだ?)
コウモリは何となく怖いイメージがあるが、よくよく考えると人間に危害を加えたという話はあまり聞かない。
せいぜい噛むくらいか。血を吸われるかはさておき、あのサイズのコウモリに噛まれたら相当痛いのは間違いない。
しかし、それでは普通のコウモリと大差ない。魔物と言うからには、何かしらコウモリ離れした危険があるのではないだろうか。
そう思っていたら――
「ギィッ!」
甲高い鳴き声が聞こえ、コウモリのうちの一匹が口から炎を吐いた。なるほど、そうやって攻撃するらしい。
攻撃されているというのに呑気なレンだが、バルトたちなら心配ない。予想通り、彼らは飛び退いてその攻撃を躱した。
「レン、流れ弾の処理は任せる。その団扇が適任だからな」
と思ったら、エドモンドから唐突にご指名が入った。驚きつつも、レンは「はい」としっかり返事をする。炎を防ぐのは既にヘルハウンドで経験済みだ。
「――!」
そして、言ったそばからコウモリたちが一斉に炎を放つ。先走った一匹以外が放った五発の火球は、バルトとエドモンドに向かって五方向から順次押し寄せる。
「遅ぇ!」
バルトはいとも容易く、その隙間を縫ってコウモリたちへと飛び掛かる。
次の瞬間には、豪快かつ繊細な双剣で一匹の両翼がスッパリと断ち切られていた。翼を失ったコウモリは当然地面に墜落し、そこへバルトの情け容赦ない止めの一撃が突き立てられる。
エドモンドの方も防御は抜かりなく、一発は盾で防ぎ残りは躱していた。
そして早速、レンの出番がやって来る。
エドモンドが躱した内の一発が、真っ直ぐにレンの方へ飛んで来たのだ。
(――そこだ!)
「ふんっ!」
タイミングを見計らい、レンはバッティングのように団扇をフルスイングする。
少し遅れて突風が巻き起こり、火球をきっちり打ち返す。
野球だったらピッチャー返し、完全に芯を捉えている。自分でも惚れ惚れするような防御に、レンは「やればできるなぁ」などと心の中で自画自賛し、
「ぐはっ!」
――エドモンドが突然前のめりに倒れた。
「あ゛……」
「あー……」
「あららーなのですー」
苦い声が、止める間もなくレンの口から零れる。
背後からは、エレナとネルの呆れたような驚いたような声が聞こえてくる。
(しまった……!)
完全にやらかした。
どうしようごめんなさいでも悪気はないんです許して下さい。
レンの完璧な防御は、それはもうカウンターと呼べるほどの冴えだった。同じことをやれと言われても無理、というくらい。
真っ直ぐ跳ね返った火球は、本来であれば術者に返るはずだった。
しかしそれは相手が真正面に留まっていればの話で、火を放ったコウモリは飛び回っているからそうそう当たるものではない。
だからこれはレンが悪いという訳ではない。きっとそう。誰が悪いかと言えば火を放ったコウモリが悪い訳で、責められてもどうしようもないし強いて言えば何も考えず全力でフルスイングしたことを詫びるくらいしかできないけれど如何でしょうか。
――つまるところ、跳ね返った火球はエドモンドにクリーンヒットした。
想定外の、それも死角からの攻撃を、なんなら元の攻撃より速度の上がった攻撃を、エドモンドが避けられるはずも無かった。
結果として、そこにはうつぶせに倒れるエドモンドの姿があった。背中のど真ん中、服に穴が開き微かに火が点いている。文字通りのフレンドリーファイアである。
「ご、ごめんなさい……」
洞窟内に、しばし沈黙が訪れる。コウモリさんすら空気を読んでいるようで、心なしか羽音が小さくなった気がする。
耐え難い凍りついた空気に、レンが心底怯えていると――僅かに、エドモンドが顔を上げる。
「レン……ナイスバッティング……」
最後にそう呟いて、彼はガクリと気を失った。
仲間を気遣うその姿勢に、レンは涙を禁じ得なかった。




