第四話2 五人目のパーティーメンバー
瞬間、心を奪われる――。
部屋に入ったレンの目に映ったのは、真っ白なロングヘアーを揺らす少女だった。
紺色のローブを身に纏う彼女は、何故か恍惚の表情を浮かべるハイジと向き合っている。
身長はバルトよりも若干低く、四頭身の体躯は少女と言うより幼女に近い。
扉の空いた音に、彼女はくるりと振り向いた。大きな緑色の瞳がくりくりと動き、レンたちを一人一人眺める。口元はくいっと上がり、いたずらっ子という印象だ。
だが何よりも目を惹き、そしてレンの心を奪ったのは――
「にゃははっ。みなさんお久しぶりですー!」
顔の横で両手で横向きのピースをしながら、満面の笑みを浮かべる少女――その頭の上でぴょこぴょこと跳ねる、大きな猫耳だった。
髪の毛とお揃いの真っ白なそれは、モフモフと柔らかそうな毛に覆われている。
(ね、猫耳っ子だ……!)
それ以外の事実は、レンの頭から完全に吹っ飛んでいた。
バルトたちの恐れおののく表情も、エドモンドの苦笑いも、ハイジの謎のアヘ顔も。
抗いがたい誘惑。今すぐに駆け寄って、そのふわふわな毛並を思う様に堪能したい。
撫でて、摘まんで、弾いて、くすぐって、頬ずりして――心ゆくまでモフりたい。
だが、少女であるという事実がレンを制した。
衝動のままに行動していたら、レンは今ごろ立派な犯罪者である。
というか、レンはモフモフが大好きであるものの、モフモフからは嫌われまくっていた。
犬を撫でようと近付けば吠えられ、猫を撫でようと近付けば威嚇され、ハムスターに至っては顔すら見せてくれない。
一体何の業だと言うのか。顔か。やっぱり顔なのか。
結果として、レンがモフリストとしての手練手管を発揮するのはもっぱらぬいぐるみ等だけだった。
生き物をモフったことのないレンが、いくら猫耳とは言え少女に手を出すなどできるはずもない。
「そしてそちらの方は初めましてですー。気軽にネルって呼んでほしいにゃ!」
そんな苦悩に勝手に苛まれているレンに、とことこと歩み寄ってきた少女――ネルは、気さくに話しかけてきた。
小首を傾げて耳をパタパタ。その破壊力はメガトン級、サワムラーもどこかに飛んで行ってしまうレベル。あれは跳び膝蹴りか。ダーイライッ。
「れ、レンです……」
かろうじて、しどろもどろにそれだけ返した。その間も目線は猫耳に注がれ続けているが。
「アマニクの民と会うのは初めてだったかな? 中々に特徴的な容姿ではあるが、すぐに慣れる」
「は、はい。すみません」
そんな目線を見て取ったのか、エドモンドが横から解説を入れた。
遠回しに「そんなにジロジロ見るな」と言われたのかと、レンはなんとなく謝ってみるが、
「いえいえ、気にしなくていいのですー。大体みんな、最初は同じ反応にゃ」
というネルの気軽な返答に一安心。
「はーい、自己紹介はもういいかしら? そろそろクエストの説明に入るわよー」
そこでハイジが宣言し、今回のクエストの説明が始まった。
*************
ハイジが説明したクエストの内容は、エドモンドの予想通り『ダンジョン系』だった。
目的地は『モーグ洞窟』。長い歳月をかけて出来上がった天然の大洞窟で、多くの冒険者たちが――そう、アルーカにも『冒険者』という職業は存在する――探索を繰り返してきた。
だが、あまりの広さに遭難者が続出。結果として、死んでしまった彼らの魔力が淀んで溜まり、気が付けばダンジョンになっていたという訳だ。
今回のクエストは、そこに発生した危険モンスターの討伐。
詳細は不明だが、放っておくと繁殖して洞窟から出てくる危険性があるらしい。
クエストの難易度は、数値的にはいつもの戦争系のクエストより低いとのことだが――
「いやー、ネルが戻ってきたタイミングで良かったわー。モーグ洞窟なんて探索するだけで相当時間掛かるからね。ヒーラー無しじゃ流石に厳しいもん」
「にゃはっ、お役に立てて何よりですー」
ダンジョン系はまず敵の探索から始まる分、戦争系よりも長期戦だ。しかも、ダンジョン内には当然他のモンスターも居る。
雑魚を蹴散らしつつボスを見つけて撃破――と言うと普段と何ら変わりないが、雑魚は普段より数は少ないが手強い。そしてボスとは別口なので、倒してもボスに近付いているとは限らないのだ。
「ああ、言い忘れていたがネルはヒーラーだ。回復や補助的な魔法の使い手――テラリア風に言うなら、白魔導師というところだな」
再びエドモンドの解説が挟まれ、レンはなるほどと納得する。
現状レンたちのパーティー構成は、近距離アタッカーのバルトにそのサポーターのエドモンド、遠距離アタッカーのエレナにそのサポーターのレンという形だ。
そこにもう一人加えるとしたら、ヒーラーならカッチリはまる……気がする。
「にゃにゃ、レンさんはテラリア出身なのですにゃ!?」
と、『テラリア』という単語にネルが反応した。
(ああ、そう言えばそうだったな……)
テラリアからの召喚は珍しい。従ってテラリア人のレンも珍しい――というのは、忘れがちだがレンの希少価値だった。
コクリと頷けば、ネルはその緑の目をキラキラと輝かせる。かわいい。
「それはすごいことなのですー! とんでもない科学文明があるって本当ですにゃ? それに、猫がとっても可愛がられてるとも聞いたことあるのですー! 是非是非いろいろお話聞かせて欲しいにゃ!」
ネルはぐいぐいレンに詰め寄り、耳をパタパタ尻尾をブンブン――そう言えば、尻尾は見当たらない。服の中に隠しているのか、もしくはそもそも付いていないのか。レンとしては前者を推したいところである。
ともかく興味津々というネルの勢いに、レンはタジタジながらも鼻の下が伸びるのを抑えられない。
レンの名誉のため言っておくが、幼女だからではない。ただモフモフの魔力にやられているだけである。そうだったらそうだ。
「はいはい、それはクエストが終わってからね。特に質問とか無かったら、そろそろクエスト始めるよー」
パンパンと手を叩くハイジに遮られ、ネルは口を尖らせて引き下がる。かわいい。
解放されて一安心――と言いたいところだが、今度は別の緊張がレンを襲う。
エドモンドの言っていた通り、クエストは早々に始まりそうである。
「さて……全員、準備はいいか?」
彼の確認の声に、バルトとエレナは黙って頷く。得物を携え準備万端、すぐにでも戦闘が可能な状態だ。
ネルもどこからか杖を取り出し、くるくると弄んでいた。
エレナのそれとは違い、シンプルな木製の短い杖――先が渦巻きになっていて、実に『白魔導師』っぽい。
レンもエドモンドからいつもの『団扇』を受け取り、簡単すぎる準備が完了する。
「レンちゃんは初めてで不安だろうけど、頑張ってねー」
「そうだな。勝手は違うが、やることはいつもと同じだ。安心してくれ」
『世界コンソール』をいじりながらのハイジの声に、エドモンドが力強く言い添える。
レンもそれなりに経験を積んできているので、ぐいっと顎を引いて返事とした。
横目に、バルトがふっと微笑んだのが見える。
「よし、それじゃ」
ポチッとな。という締まらないハイジの掛け声と共に、レンたちの目の前にメッセージウィンドウが表示される。
――防衛クエスト。『危険モンスターを討伐せよ』のメッセージが踊る赤いウィンドウに、レンは改めて気を引き締める。
やがてレンたちの体は光に包まれ、徐々にその輝きを増し――
「行ってらっしゃーい」
最後まで締まらないハイジの声を聞きながら、レンは初めてのダンジョン系クエストへと送り込まれた。




