第三話9 ボックスの休日・レンの場合③
ギイ、ガシャン。ギイ、ガシャン。
修練場の前室に、硬質な音が響き渡る。一定のリズムを保って、何度も、何度も。
音の正体は、バタフライマシンと呼ばれる筋トレマシン。座った状態で両腕でアームを持ち、羽ばたくように動かす器具だ。アームにワイヤーで繋がれた重りで、負荷を調整する。主に大胸筋に効果が期待できる器具である。
それを動かしているのはテラリアからの異界人、レン・アワード。
今日一日を振り返りながら、彼は黙々と腕を動かし続ける。
(バルトさん……良い筋肉だった)
一番の感想はそれ。未だに指先には彼の胸筋の感触が残っている。
やはり、実戦で付いた筋肉、というのが大きいのだろう。彼の肉体には無駄が無く、素早く力強く体を動かすための筋肉だった。
レンはボディビルなどの『魅せる筋肉』も好きだ。しかし、実用的な筋肉の方がグッとくる。これも一種の機能美と言うのだろうか。
「おや、レン。まだ居たのか」
ひたすらに筋肉に思いを馳せるレンに、ふと声が掛かる。そちらを見れば、エレナが杖を手に入口から入ってくるところだった。
「ええ。エレナさんは?」
最初は美人だからドギマギもしたが、今やもう慣れたもので気楽に返事ができる。
一緒に過ごした時間はまだ二日足らずだが、濃厚な経験だった。共に死線を潜り抜け、共に勝利を分かち合い、共に恥を掻いた仲だ。
とそこまで思い返して、今日見た彼女の媚態まで思い出してしまう。瞬時にレンの頭が沸騰した。
「ああ、私も鍛錬だ。と言っても、ただ魔法を撃つだけだが」
そんなレンの胸中を知る由もないエレナは、微笑みながら上機嫌に杖をくるくると回す。
「そうだ、良かったら見ていくか?」
「え……」
どころか、キラキラした目でそう提案する有様だ。
レンはと言えば、男の子的な動揺に加え、思い出した恐怖による動揺で不安げな声を上げるのが精一杯だ。つい昨日、彼女の魔法で死にかけたばかりである。普通に考えてトラウマものだ。
「そうかそうか、言葉も出ないくらい嬉しいか! そうだよな、私の魔法は凄いものな!」
しかしエレナは限りなく自分に都合の良い解釈をする。政治家か。法律の曖昧な文言を拡大解釈して自分に都合の良いように利用する政治家か。
言っている間に、エレナはレンの腕を引っ張って立たせる。そのままレンを引き摺って歩く彼女は、細身なのにやたら力が強い。
(くそっ……これが、魔力の差なのか……!)
「肉体の質が違う」とはガブリエルが言っていたことだ。魔法クエストをクリアしていないテラリアは貧弱だと。
(ここまでの差があるとは……これはまだまだ鍛えないと……)
忸怩たる思いで引き摺られるレンは、気が付けば既に砂地の方まで連行されていた。
格好良く杖を振り回した後ピタリと止まったエレナは、どうやら目を閉じて集中モードに入っている。
「いえ……あの……危ないんじゃ……」
そこでようやく、抵抗を始めるレン。エレナはぎくりと目を開け、レンを見て何やら気が付いたような顔をする。
(たぶんこの人、今思い出したな……)
人を殺しかけておいて薄情なものである。レオパレスの壁くらい薄い。
「い、いや。決して危ないことなんてないぞ? もちろん、あの時のことは悪かったとは思ってる。でもほら、アレだ。私の溢れ出る才能が抑えられなかったというか……」
しどろもどろに言い訳するエレナを、レンはジトッとした目で眺める。
「それにほら、レンだって慣れておいた方がいいだろう? そうそう、そうだとも。これから防衛クエストに参加する訳だしな」
やがて閃いたのか、彼女はもっともらしい理屈を宣った。
そこを突かれると弱い。事実、レンはあらゆる意味で防衛クエストというものに慣れていかなければならないのだから。
「……本当に、大丈夫なんですか?」
仕方なしに、確認の意味を込めてそう訊ねる。流石に、毎度あんな目に遭うとはレンも思っていない。前回は運が悪かっただけだと。そもそもイレギュラーな使い方をしていた訳だし。
「大丈夫だとも! 少なくとも私の傍に居れば巻き込まれることはない……ほとんど」
「たまにあるんじゃないですか」
台無しだ。
自分の魔法に巻き込まれるとか、それはもう魔法使いとしてダメなのではなかろうか。
「大丈夫だ! 一発! 一発だけでいいから! ……あ、」
尚も食い下がるエレナは、何やらそこで不意にパッと顔を明るくした。果たして続けた言葉は――
「それに、レンだって安全なら見たいだろう? 知ってるぞ、テラリアの少年は爆裂魔法が好きだと」
――エレナはどこでテラリアの知識を得ているんだろうか。だいぶ偏りがあるようだ。仮にエレナがテラリアに召喚されたら、赤っ恥を掻くこと火を見るより山の如し。
まあ、レンも爆裂魔法は好きな訳だが。
「あと、こんな言葉もあるらしいじゃないか。『爆発は芸術だ』!」
逆です。
渾身のドヤ顔を決めたエレナに向かって、咄嗟に口をつぐんだレンは偉い。
「……一発だけですよ」
そして結局、そのまま折れた。まさか一発で自爆を引くことはないだろうと自分に言い聞かせて。それにやっぱり、なんだかんだ爆裂魔法はカッコいいので。
「よし、よく言った! じゃあしっかり見ていろ。あ、もう一発見たくなったら言ってくれていいぞ?」
「まさか、はは……」
この後、めちゃくちゃ爆裂した。
*************
奇跡的に、自爆より先にエレナの魔力が尽きた。
「ふうっ、スッキリした!」
魔力を使い切ったということは疲労困憊のはずなのだが、元気な声でエレナはそう言った。いわゆるランナーズハイというヤツだろうか。
――と思ったら、エレナは突然倒れた。やっぱり限界らしい。
「ああ、やっぱりエレナも居たんだね。道理で爆発音が聞こえるなと思ったよ」
「ガ、ガブリエル様!」
――と思ったら、今度は凄い勢いで起き上がった。忙しい人だ。
気が付けば、修練場の砂地にはガブリエルが現れていた。笑顔を浮かべながら歩み寄る彼を、エレナは正座で待機している。
「エレナ、楽にしていていいよ。また魔力を使い切ったんだろう?」
「いえ、それはその……」
「熱心なのは良いことだけど、程々にね。ほら、これを飲むといい」
言いつつ、ガブリエルは指を鳴らして何やら小瓶を取り出す。透明な瓶の中には、澄んだ緑色の液体が入っている。
(ポーション……いや、エーテル的な……?)
流れ的に、魔力を回復させる薬か何かだろう。
エレナは「ありがとうございます」とそれを受け取ると、蓋を開けようとして――ふと動きを止めるとガブリエルを見た。
(今、耳がピクッと動いたな……)
そして閃いた、というような顔。かと思えば急にしおらしい表情を作り、
「あの……力が入らなくて……」
と言って、ガブリエルを上目遣いで見つめた。
「ん、ああそうか。気が利かなくて悪いね」
「い、いえ! ……そんなつもりでは」
ガブリエルは察しよくエレナから小瓶を取り戻すと、ポンッと小気味良い音を立てて蓋を開けた。
「どうぞ。自分で飲めるかい?」
「えっ……あ、いや、その……大丈夫です!」
何故か慌てふためいたエレナは、引ったくるように小瓶を受け取った。そしてグイッと勢いよく飲み干す。さっき「力が入らない」と言っていた人間とは思えない動きだ。
「ぷはーっ! 生き返る!」
「はは、いい飲みっぷりだね」
レンの心の声を代弁したガブリエルの感想に、エレナはハッと固まって真っ赤になる。
「さて、ちゃんと回復したかな?」
続けてそう問いかけられ、エレナはそのままコクコクと壊れた人形のように頷いた。
(さっきから酷い挙動不審だな……)
レンははて、と首を傾げる。表情も行動も言葉遣いも、全てが彼女らしくない。
そんな疑問を抱えたまま、彼は二人のやり取りを見守る。
「うん、よろしい。『健康第一』、『過ぎたるはなお及ばざるが如し』だ。頑張りすぎはいけないよ」
「はい……!」
熱っぽい視線をガブリエルに向けながら、エレナは感じ入ったような声を上げた。
傍から見ればいい話だが、エレナは頑張っていたというよりはしゃいでいただけだ。
傍迷惑な話である。
その後ガブリエルの誘いを受け、三人は食堂へと場所を移した。
「レン、エレナの魔法はどうだった?」
「カッコよかったです」
「ふふん、そうだろうそうだろう。またいつでも見せてやるぞ」
「トラウマになってもおかしくなかったのに、やはりレンは中々に強い心を持ってるね」
「いえ、そんな……」
「でもエレナも、たまにはコントロールを気にするといい。火力は既に申し分ないからね」
「あはは……でもほら、『大は小に勝てる』って言うじゃないですか」
「うん、それを言うなら『大は小を兼ねる』、だね」
「え」
(流石ガブリエルさん、ズバリ言った……!)
「まあ、確かにそういう言葉もあるけどね。さっきも言ったけど、『過ぎたるはなお及ばざるが如し』という言葉もある。要はケースバイケースさ。なら、どちらもできるに越したことはないだろう?」
「さすがガブエリエル様、博識ですね……!」
「はは、テラリアオタクなだけだよ。『下手の横好き』ってヤツさ」
「いえいえ。ガブリエル様こそ『サイケカンパチ』と呼ぶに相応しい」
「……『才気煥発』、かな?」
三人は夕食を突きながら、のんびりと会話する。
いや、サイケカンパチって。フグの五十倍強い毒とか持ってそうだ。
(というか、本当に日本の諺とか四字熟語が頻出するな……)
と、今までの会話などを振り返り。
「……ああ!」
遅ればせながら、レンも気が付く。
(エレナさん、ガブリエルさんが好きなのか……!)
そう考えると全て辻褄が合う。エレナの挙動不審も、間違った諺を乱発するのも。
「どうした、レン?」
「……いえ、なんでも」
怪訝な顔で問いかけるエレナを見て、レンはクスリと笑う。
(なんと言うか……ここに居る人たちも、人間なんだな)
なんとなく、ここに居る人たちは自分とは遠い存在だと思っていた。自分とは違う世界の住人――というのは、その通りだけれど。
しかし、異界人だってみんな元は普通の人間なのだ。それぞれに生活があり、人柄があり、人生がある。もちろん、恋だってするんだろう。
「なんだレン、気になるじゃないか」
「いえ、本当に何でも」
ずっと身近に感じるようになったエレナに、レンは緩んだ頬で答える。
そのまま、下らない会話は続く。生活感たっぷりの食事を食べながら、どこにでもあるような会話が、のんびりと。
そうして、ボックスの夜は更けていった。
第三話終了です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
どこで笑った、とか感想もらえるととても参考になるので、よろしければ是非お願いします。
三話の後書き的なものや今後の更新予定は、また活動報告に書きます。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。
2019年4月13日 白井直生




